アポロとコクの脳内会議




 最近記憶に残るような夢見すぎじゃね? 


「そうだね」


 誰だお前。


「私」


 答えになってませんが。


「どうせ察しはついてるんでしょ。知らないフリとかしなくていいから」


 意味わからん……。



 ──気がつくと、俺は妙な空間で座っていた。


 辺りを見渡す。

 おんぼろだが見覚えのある家の内装だ。

 記憶を辿ってみれば、沖縄を目指す旅の途中で音無と衣月の二人と一緒に潜伏していた、あの田舎町の隠れ家が該当した。

 確か音無がナポリタンを作ってくれたんだったっけか。

 あの時は別に仲が良いわけでもなかったからどこか距離感があって、それを縮めるために同じ食卓を囲もうって考えたんだよな。


 そんな思い出の場所で、俺は何をしているのか。

 座布団の上に座り、テーブルを挟んでと向かい合っている。


 水色だったり純白だったりと特徴的な髪色が多いレッカのヒロインたちと比べれば、随分と個性が薄く見える黒髪黒目の少女。

 彼女の名前は──コク。

 漆黒。

 俺が魔法のペンダントを使うことでハイパー大変身できる『この世に存在しない少女』というのが、彼女の正体だ。


 では何故見覚えのある部屋で、目の前にコクが座っていて、なおかつ俺の姿もアポロに戻っているのか。

 答えは簡単である。

 これが夢だからだ。


「また変な夢かよ……」


 思わず呟いてしまった。

 逃亡生活を始めてからというもの、俺は眠るたびに絶妙なラインで不快感を刺激してくるような悪夢に毎度の如く苛まれている。

 もう夢で苦しむ展開はいいから……なんて毎回考えたりはするものの、夢は拒否できないものなのでどうしようもない。


「悪夢じゃないよ」

「……お前が目の前にいることが既に悪夢だよ」


 何でTSした自分と会話しなきゃならないんだ。

 こんなの十分悪夢に該当するだろ。


「苦しいの?」

「え。……いや、別に苦しくはないけど」

「じゃあ悪夢じゃないでしょ」

「気持ち的な問題とかもあるし……」

 

 夢の中とは言え自分自身と会話するなんて、よっぽど精神が追い詰められてないと起こりえない事態だ。

 まあいい。

 これが明晰夢だってんなら、頬をつねれば今すぐにでも目覚められるはずだ。

 さっさと起きてしまおう。


「起きていいの」

「は? そりゃ起きるだろ」

「これから何をするのか、決まってる?」

「…………」


 コクに問われて言葉に詰まった。

 正直に言えば決まってない。

 ぶっちゃけ無計画もいいところだ。

 

 ヒーロー部を巻き込まないために一人で逃げだしたにもかかわらず彼女たちには見つかって。

 直そうと思っていたペンダントも未だに修理できておらず。

 おまけに右目も見えなくなって、ライ会長にコテンパンにされるまではPTSDも発症していた。

 俺の体はボロボロだ。

 ついでに計画もボコボコだ。

 ヒーロー部のハーレム癒しコースで徐々に回復してはいるものの、このままだと単に堕落ルートを進むだけな気もしている。

 彼女たちに頼りきりで、一人で生活する事すらままならないこの状態は、果たしてと呼べるのだろうか。

 美少女ごっこもまともに終わらせられず、衣月との約束も果たせそうになく、逃げ続ければいいのかレッカのヒロインたちと一緒に何食わぬ顔で学園に戻った方がいいのか──何もかもが分からない。


 どうしよう。

 俺はこれから何をすればいいんですかね。


「……ていうか、お前は何なんだ。どうして夢の中で俺と話せている?」

「アポロが脳内を整理するために生み出した相談相手。要するに、あなたが考えた“妄想”でしかない。都合のいいもう一つの人格とかではないから、妙な期待はしないように」


 ちょっと期待してた部分が見事に打ち砕かれた。

 ……いや、ほら、ペンダントを使い続けたことで生まれたもう一つの存在とかさ。

 実は本当にコクっていう少女が封印されてたとか──そういうのじゃないのね。

 妄想。

 ただの妄想かぁ……うぅん。

 この夢の中でだけ話せる、俺が生み出した妄想の産物。


 それってつまり、ここにいるのは俺だけじゃな?

 こいつの姿こそコクだけど、実のところは一人で脳内会議してるだけだ。

 急に虚しくなってきたわ。

 相談相手がいなさ過ぎてついに自分自身をサンドバッグにしやがった。

 これが想像力イマジネーションってやつらしい。見えた! 俺の終着駅!


「アポロ。まずは何から決めればいいか考えて」

「……今後の方針、かな」


 とりあえずでいいから指標が欲しい。

 何の目的もないまま動き続けるのは、俺の立場を考えると不可能だ。

 いろんな人間に余計な迷惑をかけてしまう。

 

「ヒーロー部の女子たちに囲まれてる今の生活……それをまずは終わりにしたい。あいつらが俺の傍にいるってことは、その間ずっとレッカが一人になってるってことだ。それじゃいつまで経っても先に進まない」

「自分が戻るかどうかはさておき、ヒーロー部は優先して帰らせたい……てことだね」


 そうです。

 せっかくラスボスを倒したのに一人にされてるレッカが可哀想だし、ヒロインの少女たちにも気を遣わせ続けていて、普通に居心地が悪い。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 特に音無には早急に帰って普通の日常を取り戻してほしい。

 俺の旅は衣月をハッピーエンドの世界へ連れていくことが目的だったが、道中で巻き込んでしまった音無をちゃんとヒーロー部の日常に戻してあげる事も考えていた。


 それが出来ていたのに、また俺に付きっ切りにさせてしまったのだ。

 これでは旅を頑張った意味がない。


「アポロ。ひとついい?」


 コクが挙手をした。

 

「どうぞ」

「……そのレッカみたいな鈍感のフリするの、もうやめよう」

「…………何のことでしょうか」


 無表情がデフォルトのコクだが、なんだか呆れた顔をしているように見えた。

 

「いや、気づいてるでしょ。私はあなたなんだから、心の奥底で考えていることくらい知ってる」


 こいつ俺の相談相手とかのたまってたけど、これ明らかに説教じゃね?

 お前は俺の良心だとでもいうつもりか。

 色々と目を逸らして逃げ続けてる俺を窘めるつもりなのか。


「音無はヒーロー部よりアポロの方が大切だよ。恋愛的な感情はこの際考えないとして、それでもあの子にとってアポロは大切な存在ランキングで上から数えた方が早い位置にいる。それくらい察してるはず」

「……ま、待て待て。お前こそ俺なら知ってるだろ。あいつがヒーロー部で楽しそうに過ごしていた事をさ。この前だってその夢を見たばっかりだ」


 口では必死に否定しているものの、目の前にいるコクが自分自身なのは明らかに事実で、彼女の発言は俺が極力考えないようにしていた感情そのものだった。

 つまるところ、図星。

 音無云々の話はすべて心の中で抱いたことのある俺の思考だ。

 

「主人公じゃないんだから、そういうくだらない鈍感ムーブは要らなくない? それともこの旅で物語の主人公にでもなったつもりだった?」


 これは俺が自分自身を責め立てているに過ぎない。

 わざわざコクの姿を駆り出してこうしなければならないほど、俺はどうしようもない状態になっていたのだ。


「ライ会長も音無も衣月も、みんな本気でアポロの事を想ってる。……風菜はわかんないけど」


 風菜の感情は俺も分からない。

 彼女は女の子が好きで、なおかつコクの事が好きだったのだから、その正体が俺だったとしても『じゃあアポロを好きになります』とはならないはずだ。

 ゆえに風菜に関しては考えても分からないので、そもそも思考しないものとする。今はそんなこと考えてる場合でもない。


「知らないフリを続けるの、そんなに楽しい? 自分もレッカみたいに鈍感主人公になれたと感じられて、ついついやめられなかった?」

「……そ、そうです」


 彼女の言葉は俺の思考だ。

 的外れな発言など一つもない。

 認めるしかない。

 何よりも俺自身が考えていた事なのだから。


 知ってる。

 分かっているんだ。

 ラノベ主人公ムーブをしている少年を、まるで物語を読むかのように遠くからずっと眺めていたのだから、彼ら彼女らの感情の機微には気がつかないハズがない。

 アイツ俺のこと好きなんじゃね? とかいう中学生みたいな思い違いを否定したい気持ちはあるものの、何をどう考えても衣月と音無は俺のこと好きだろう。

 会長や風菜に関してはまだ本当に断定できる段階じゃないから決めつけるのは不可能だが、前述の二人に関しては確定だ。


 抜いてあげましょうか発言や一緒に罪を背負う発言などから、あまりにも献身的すぎてそれはもうヒーロー特有の奉仕精神じゃなくて、音無本人の感情だろってことは分かりきっている。

 衣月の結婚宣言は流石に気が早すぎるだけだと思うが、俺への感情は気の迷いなどではない。……はず。

 俺は主人公じゃないのだ。

 鈍感でもないんだしそれぐらい気がつくに決まってるではないか。

 コクの言う通り『見て見ぬフリ』を続けていただけだ。


「それが分かるのなら、レッカの気持ちも察せるよね」

「……まぁ、そうだな」


 何が一番アイツの為になるのかは分からないが、とりあえずレッカが喜ぶような事は把握している。


「男に戻って親友としてあいつのもとに帰るか、もしくは完全にコクになってレッカのヒロインになる。あいつのメンタルが回復しそうなことと言えばこんな感じか」

「でもヒロインになるってことはメス堕ちさせられるってことだし、アポロには戻れなくなる。逆に親友として戻ったら、『コクは死んだ』とか言わない限り、今まで通りの中途半端な美少女ごっこを続けることになるね」

「……問題だらけだな」


 やっぱりむつかしい。

 消去法で行くと、多分一番無難なやり方は、アポロとして生活しつつたまにレッカの前でコクに変身してあげることだ。

 しかしそれはエピローグでやる事ではないだろう。

 またダラダラと美少女ごっこを続けるだけでは


 なによりこのままだと誰も俺を止めてくれない。

 俺を止められるのはただ一人、俺だ! と開き直る事が出来ればどれだけ良かったことか。

 俺は自分を止められない。

 だから音無やレッカに期待して美少女ごっこを続けていたのだが、おやおやちょっと待て。

 誰も止めてくれないぞ? 

 おかしいね。

 物語の結末は俺が決めたいところだがそうは問屋が卸さない。

 美少女ごっこを続けるにはコクが大罪人になりすぎているし、真実を告げようにもレッカはそれを信じようとしない。

 ……詰んでるじゃん。


「身から出た錆だよアポロ。今まで人を欺いてきたあなたへの罰だね。いんがおほ~」


 コクが無表情のままからかってきやがる。

 いや待て。

 ここまでやって俺はまだ自分の罪を清算できていないのか。


「聞けよコク。半ば無理やり巻き込まれた衣月騒動を解決して、アイツのことはしっかり最後まで守り通した。それに悪の組織の親玉をやっつけて再建できなくさせた。世界を救ったんだ。おまけに組織の残党の狙いも全て俺に集中させて衣月やヒーロー部を庇いつつ、人殺しの汚名を被って世界中の敵になって、右目も失明してPTSD発症するくらい一人で孤独に戦い続けたんだぞ? ……ま、まだ足りないってのか?」


 怖くなってきた。


「レッカには謝りながら真実も告げただろ? でも信じて貰えなかった……これ以上何をどうしろってんですか」

「いや、そもそもアポロが勝手に美少女ごっこを始めたのが原因だし」


 ぐうの音も出なかった。

 全部私のせいだアッハッハ!

 あまりにも因果応報すぎて涙が出てきた。何やってんだろ俺。


 俺が衣月を拾わなかった場合はレッカがロリコンパワー全開で衣月をモノにして世界を救う、というのが衣月本人が予知した未来だ。

 結局俺が何もしなくても世界は救われていた。

 ヒーロー部の誰かが死ぬことになるとか言っていたけど、レッカならどうせ『ヒーロー部の運命さだめは僕が決める!』とかカッコよく言い放って未来も変えられてたでしょ。あいつ主人公だし。


 つまり俺の頑張りはすべて俺自身の尻拭いでしかなかった──という事だ。

 世界のことなら最初からレッカに任せときゃよかったのである。Q.E.D。


「で、結局アポロはどうするの? わしわし」


 後ろから俺に抱き着いて髪を触ったり耳たぶを引っ張って遊びながら、コクが一番大切な事を質問してきた。

 えぇい触るな気色悪い。

 何が悲しくて自分自身に遊ばれなきゃならんのだ。


「……まずはペンダントを修理して男に戻れるようにする。それから一旦学園に帰るよ。アポロの姿なら逃亡生活をする必要もない」

「じゃあその後は」


 俺の膝の上に座って知恵の輪で遊び始めるコク。

 こいつ俺のくせに自由すぎない?

 ……いや、よく考えたら俺って自由な人間だわ。

 いらない持たない、常にフリーな状態。


「予定はない」

「行き当たりばったりだね」


 明日はいつだって白紙ブランクなのだ。

 その場その場のアドリブで窮地を乗り切ってきたこの俺が、今更らしくもなく綿密な計画を立てようとしたって上手くいくわけがない。

 とりあえずの目標があればそれで何とかなると思う。


「誰かに止めてもらうまで美少女ごっこを続ける。色々な人たちと触れ合う内に、いつの間にか自分が主人公なのかもって錯覚してたけど、俺の当初の目的はそれだったんだから」


 原点回帰ってやつである。

 たとえ俺の秘密を知っていたり勘違いをしていたとしても、音無やレッカなら俺を止めてくれるはずだ。

 彼ら彼女らに……ヒーローの資格があるなら……!

 何とか頑張って止めてください。

 俺はもう自分を偽らないからさ。

 気の向くままに行動する初期のポッキーに戻ることとするぜ。

 その欲望、解放しろ。


「ヒーロー部の皆から聞いた限りでは、俺の逃亡期間は三か月だった」


 長いのか短いのかよく分からない中途半端な期間だ。

 実に俺らしい。


「計算すると、あと二ヵ月後には修学旅行がある。なるべくその一大イベントで美少女ごっこを“継続”するのか“終了”するのか確定させたい……ってところだな」

「……修学旅行に行きたかっただけでしょ、アポロ」


 流石は俺。考えていることが筒抜けだ。

 俺がお前でお前が俺って感じだな。ポッキーブラザーズXX。

 ウィーアー!


「でも、やりたいことが決まったのならよかった。頑張ってね」

「おうともさ」


 何とか頭の中を整理する事が出来た。

 まずは修学旅行に向けてペンダントの修理だ。

 心が躍るな!


「ほっぺをつねれば夢から覚めるよ。またこんなところに落ちてこないよう、上手く立ち回ってね、アポロ」

「あぁ、任せろ。それじゃあな、コク」


 別れの挨拶と共に頬を引っ張ると、急速に視界が暗くなっていく。

 その中で僅かに彼女の声だけが俺の頭の中に響いてきた。



「いってらっしゃい」



 イテキマー。


 ただの夢のはずだったのに。

 ただの妄想のはずだったのに、何故か心地よい安心感と自信、そして当初の目的意識をから受け取る事の出来た俺は、ようやく現実世界へと帰還するのであった。

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