メンタルぽこぽこポッキー 1
「……やわらかいベッド、あんしんする」
「よかったわね」
謎の人物との遭遇と同時に気絶してから、気が付けば一日が経過して。
目を覚ました時、俺は全く見覚えのない部屋のベッドの上だった。知らない天井だ。
そこから上半身を起こして辺りを見渡すと、俺の傍らには長い緑髪が特徴的な少女がいた。
ウィンド姉妹のお姉ちゃんの方──カゼコだ。
こっちの事情もあっちの事情も、とりあえず後でまとめて話そうという流れになり、俺は彼女の看病を受けることになった。
話を聞く限り、どうやら俺は昨晩まで重傷だったらしい。
レッカ以外のヒーロー部はみんな来ているようで、俺の怪我の大半はヒカリが光魔法で治療してくれた、とのことだった。右目はまだ治ってないけど。
で、現在はお昼。
他のヒーロー部のメンバーは買い出しやら何やらで朝から出払っているらしく、俺はカゼコお姉ちゃんにタイマンでお世話してもらっているのであった。
「ほらキィ、お口開けなさい。あーん」
「おいしい」
「もうご馳走様?」
「うん」
「いっぱい食べられて偉いわね。よしよーし、いい子いい子。じゃあ次はお着替えしましょうか? ほぼ丸一日眠ってたわけだし、寝汗でびっしょりでしょ。はい腕上げてー」
「はーい」
風菜がお姉ちゃん大好きウーマンになってしまう理由が垣間見えた気がする。これはダメになりますわ。
「……老人介護ですの?」
「あら、ヒカリ。おかえりなさい」
「え、えぇ。ただいま戻りましたわ、カゼコさん」
カゼコお姉ちゃんに上のパジャマを脱がして貰ったところで、ちょうど部屋の扉が開かれて、ヒカリが入室してきた。
その手に買い物袋が握られていることから、買い出しの帰りだという事が察せられた。お疲れ様です。
──どうしてヒーロー部がここにいるのか。
そもそも俺はどこの国にいるのか。
何かもが不透明な状況ではあるものの、それらすべてを一気に知ろうとするほど、俺はまだ回復しきっていない。
これまでの一人旅は苛烈を極める地獄旅そのもので、何よりいつ襲われるか分からない恐怖と、頼れる人間が一人もいない孤独感と不安のせいで俺の精神は摩耗しきっていた。人生ハードモードってこういう事なんだなって実感しちゃったよね。
なので、知っている人間に匿われるばかりか、柔らかいベッドに温かいご飯まで用意されて、俺はようやっと人間らしい感性を取り戻し始めている途中なのだ。
親友のハーレムの一員だろうが、TSした自分を気に入っている少女の姉だろうが関係ない。甘えさせてくれるなら全力で甘えてやるぞ。俺は疲れたんだ。
カッコつけて姿を消したのに結局見つけられてしまったわけだから、本来なら恥ずかしい状況なんだろう。とてもヒーロー部に顔向けできるような立場ではない。
しかしそんな事はもう気にしない事に決めた。
今ここで自分を甘やかしておかなければ、俺はいよいよ精神が崩壊して植物人間になってしまう。
結局主人公でもメインヒロインでもなくただのサブキャラだったのだ。格好つけた行動をするのは一旦おやすみして、普通の人間らしく休息を取ることにしようと思う。
「今のアポロさんは貧血気味ですから、お腹の調子が良くなったら……あった。これですわね、このサプリメントをあとで飲みましょう」
「うん」
「もう少し温かくした方が良さそうかしら。このブランケットを羽織るといいわ」
「モフモフ」
コクの姿をしてるのに、完全にアポロだと認識されている事が不思議でならないが──別にいいか。
元から美少女ムーブをする気力も残ってないしな。思考停止でアポロのままでいられるんなら、精神衛生上は間違いなくそれが一番だ。
あっ、風菜が帰ってきた。
「……キィ君がハーレム築いてる」
「おかえりなさいフウナ。頼んどいた乗り物は用意できた?」
「あ、うん。ちょうど皆で乗れるくらいのバスが手に入ったよ、お姉ちゃん」
「お疲れ様ですわ!」
風菜からも一目で俺だと判断されてしまった。
何でだろう、あいつコクのこと好きなんじゃなかったっけ。謎は深まるばかりだ。
なにはともあれ、続々とヒーロー部の仲間たちが集結し始めているのはとても良いことだ。主に俺が安心する。知人に囲まれるって幸せな事だったんだな……。
「キィ君、もうご飯は食べたんですよね。食後のデザートにリンゴを買ってきましたよ」
「でしたらワタクシが切って差し上げますわ。……あっ、お皿はどちらでしたっけ……」
「こっちにあるわよ。それからコレ、果物ナイフね」
ベッドの周囲を少女たちがうろついて、俺の為に色々用意してくれている。至れり尽くせりとはこの事だろうか。感動で咽び泣きそうだ。
おや、氷織が帰ってきたわね。
「ぁ、アポロくんがハーレムを──」
「コオリさん、そのセリフはさっきフウナさんが仰いましたわ」
「えっ、そうなの。……じゃあ驚くことじゃないか。ありがとヒカリ」
……飲み込み早くない?
何だかしばらく見ないうちに、ヒーロー部の女の子たちのフットワークがめっちゃ軽くなってる。コレが本編終了後ヒロインの風格ってやつなのか。もう俺じゃ勝てないに違いない。
「そうそう、紀依さんたちと連絡取れたよ。港に船を用意してくれたって。もう少しでおとうさん達と会えるね、アポロくん」
聖母の微笑みで癒してくれる氷織。
「バスで港まで移動したら、そのまま学園に帰る感じになるわ。キィの家は組織に壊されちゃったから、しばらくは学園の寮での生活になるわね」
面倒見が良くあれこれお世話をしてくれるカゼコ。
「キィ君は誰との同室がいいですか? 一人にするのはまだ危険だから誰かがそばに付くことになってるんです。ちなみにアタシとお姉ちゃんと氷織ちゃん、あと部長と音無ちゃんが寮生ですよ」
ワガママっ娘だった過去が嘘に感じるほど凛々しくなり、なにやら温かいココアまで用意してくれてる風菜。
「わたくし以外の方々は皆さん同じ寮なのですわ。……あっ、もちろんアポロさんがご希望でしたら、わたくしの屋敷でも大丈夫ですから。部屋はたくさん空いてますのでご心配なさらず」
甲斐甲斐しくリンゴを切ってくれるその姿が、もはや看病に来てくれた恋人にしか見えないほど理想的な美少女ムーブをかましてくるヒカリ。
誰も彼もが本編終了後の余裕あるヒロインになっていて、俺は思わず感涙してしまいそうだった。
あの戦いを通じて彼女たちは成長したのだ。
ごっこ遊びの俺では到底太刀打ちできない、手の届かない高みへ到達してしまった。
この敗北感は、もはや一周回って心地が良いまである。
ヒロインですら無くなってしまった俺には、こうして彼女たちにお世話され、格の違いを見せつけられながら静かに涙を流すくらいの扱いが丁度いいんだろう。
……ん、誰か帰ってきたな。
「ただいま偵察から戻りました。周囲に敵影はありませんでし──」
「はいアポロさん、リンゴが切れましたわ。あ〜ん♪」
「うまうま」
「ココア出来ましたよ、キィ君。どうぞ」
「あつい」
「ダメじゃないフウナ。ちゃんとスプーンも付けないと」
「おかえりオトナシちゃん。偵察ありがとね」
「あー、はいっす。ついでに遠出に必要そうなもの、色々買ってきたっすよ」
久しぶりに見た音無の顔は、やはり記憶の通り余裕のある表情だった。
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