たぶん、ハッピーエンド 1




 実を言うと、現在の世界はほぼ元通りとなっている。


 もうラスボスはしっかり倒してゲームクリアをした、という意味だ。

 全人類にかけられた洗脳は解かれ、悪の組織の親玉もくたばり、世界は平和になった。

 衣月と約束した通りの、ヒーロー部が誰も死なない真ルートのハッピーエンド。誰もが望んでいた未来である。

 何もかもが丸く収まった、完全無欠の大団円だ。



 ──俺、アポロ・キィが陥った今の状況を除けば。



 では、ここまでの流れをまとめてみよう。


 まず悪の組織が企んでいた真の目的は、魔王の復活とのことだった。


 かつて世界を混沌に陥れ、レッカのご先祖さまである『勇者』に倒された伝説の怪物である魔王を再臨させるためには、大勢の人間による復活の祈りが必要になる。

 というわけで悪の組織は全世界の人々を洗脳し、魔王復活の礎としてみんなに祈りを捧げさせていたのだ。


 ほぼ全ての人間が祈っていたおかげで、俺たちが学園にいたときも誰も襲ってこなかったんだろう。

 祈りは継続中らしく、風菜が突き止めた洗脳装置の所在地を遠くから見ても、明らかに警備は最低限だった。


 たった三人だけしかいない俺たちを甘く見ているのか、それとも魔王の復活にはそれほどまでに人員を割かねばならないほど余裕がないのか。

 どちらであろうとチャンスに変わりはない。


 空が暗雲に包まれ雷が轟き、明らかにヤベー奴が復活しそうな雰囲気満々だ。早く止めないとマジに世界が終わるかもしれない。



 で、俺たちは洗脳装置が隠された場所である、国会議事堂に突入した。

 

 流石に洗脳装置を破壊されるのはまずいと考えたのか、議事堂で待機していた警視監の男の命令で、組織の手下や洗脳された人々が俺たちの道を阻んだ。

 しかし窮地を乗り越えてきた風菜は一段と強くなっており、雑魚は任せろと言わんばかりの勢いで俺とレッカを先に行かせ、彼女は数千人を一人で相手取ることに。


 そうして先に進んだ俺たちを待ち構えていたのは、正真正銘のラスボスこと警視監の男。

 ついに最終決戦が始まったというわけだ。


 彼は魔王の力の一部を裏ワザで引っこ抜いたらしく、この世界が精霊やドラゴンで溢れていたファンタジーな世界だった頃の大昔の強大な力を手に入れた。

 

 そんで、めっちゃ強かった。まぁ勝てないんじゃね? って普通に諦めそうになる程度には、史上最強の敵と化していた。

 ほんっとうにヤバかった。俺なんか心折れて泣きそうになってたくらいだ。二重人格で悩んでたのがバカみたいに思えてくるほどの恐怖だった。



 しかし、そこはやはり主人公。


 コクモードに切り替えて俺がそれっぽい言葉で応援すると、我が愛しの親友であるレッカくんは覚醒。

 彼が使っていた炎の剣が、かつて世界を救った勇者の剣に大変身した。さすが勇者さまのご子息といったところか、主人公補正がバリバリだった。レッカくん最強~!


 その伝説の剣によって警視監の男が持っていた魔王の力を消し飛ばし、ヤツが怯んだその隙に全世界洗脳装置を破壊。

 衣月の代わりとして装置に組み込まれていた少年を助け出し、世界中の洗脳が解かれ、全人類は元通りとなった。



 だが、やはりそれだけでは終わらず。


 祈りが中断されたことによって、復活の最中だった魔王が不完全な姿でこの世に降臨した。

 一言で言えば怪獣だ。

 いかにもラストバトルで倒される感じの、自我が存在しない巨大なモンスターとなって魔王は現れた。


 アイツを倒せばハッピーエンドだ、というわけで、遂にヒーロー部の全員が集結。

 しっかり音無と風菜も再加入して、最終回らしくみんなで名乗りを上げた。


『燃える烈火の魔法使い!』

『凍てつく氷の──』


 こんな感じで。見てるこっちが恥ずかしくなってきそうだったが、あまりにも迫真だったせいか、名乗りを見終わった後は謎の高揚感があった。

 ちなみに最後は『市民のヒーロー部、ただいま推参!』だった。めっちゃ息ピッタリ。

 勇者の謎パワーで全員妙なパワーアップもしてたし、完全に戦隊ヒーローのそれだったな。カッコよかったかは別にして、俺も混ざりたかったなぁ、とは思っちゃった。

 そんなヒーローらしく配色もバッチリな彼らがデカブツと戦っていた──その、すぐ傍で。



 俺は、俺だけの最終決戦をしていた。



『……私を殺しに来たか』


 生き残っていた警視監の男──真のラスボスとの決戦だ。


 まぁ決戦ていうほどの激しい戦いではない。

 お互いに満身創痍で、ド派手なラストバトルをしているヒーローたちを横目に眺めながらの、生き汚い人間二人による泥仕合だ。


『私が生きてさえいれば、悪の組織は何度でも再建できる。洗脳装置のデータも私の手元だ。あの魔王モドキがヒーロー部に倒されたとて、計画には何の支障もない』


 悪の組織というのは案外脆いもので、ここまでの計画は既に逝っている組織のボスとこの警視監の男の二人が中心になって、必死こいて進めていたらしい。他の連中は組織に属していただけの無能だ、と。


 こいつが生きている限り組織は不滅だが、逆に言えばボスの理想を継ごうとしたコイツが消えれば、悪の組織は息絶えることでもある。


 だから、この場で葬らなければならなかった。

 正義のヒーロー然としたレッカ達にこんな事はやらせられんし、こういう汚い事が出来るのはこれまでアホな事をしながら物語に居続けたこの俺だけだ。


『後悔する事になるぞ? 世界中を洗脳し、私は自分の悪事の証拠を完全に消し去った。今の私は清廉潔白の国民を守る人望高き警視監だ。しかもこの状況は私が用意した監視カメラに写っている。私を殺せばその瞬間、殺害の映像が世に出回りお前は大罪人と化すんだ。仮に逃げられたとしても、組織の数少ない残党がお前の命を狙い続けるだろう──』


 警視監の男はペチャクチャしゃべり続けていたが、ぶっちゃけ話の半分もまともに聞いていなかった。所詮は悪人の脅しなのだから、真に受ける必要はないと判断したのだ。

 

 問答無用、ということで戦闘開始。

 警視監の男は強かったが、俺は彼の脳に埋め込まれている爆弾に、強い衝撃を与えて起爆できればそれで勝ちだ。

 悪の組織の連中は例外なく頭の中に爆弾が仕込まれているため、それが俺にとっての唯一の勝ち筋だった。


 つまり、脳天に一撃ぶち込んでやればいい。

 そのための技術を、俺は既に持っている。


『そっ、そんな馬鹿な、あの裏切り者の息子如きにっ、この私が……ッ!?』


 部室で手に入れた音無のクナイを、得意の風魔法に乗せて射出した。

 攻撃を額に直撃させる為にはそれなりのコントロール技術が必要とされるが、そこは全くもって問題ない。

 

 腕をもっと上にあげて、指先の力を抜く──だったよな、風菜。


『アポロ……アポロ・キィ──!!』


 で、大爆発。完全なる俺の勝利だ。


 自分を支えてくれた後輩二人の力をもって、俺はようやっと世界を救えたのであった。

 ほんとにあの警視監の男、散り際までしっかり悪役染みてたな。ある意味尊敬するわ。



 そんで現在。


 ヒーロー部は不完全な魔王モドキのでっかい怪獣を撃破して、間違いなく悪の組織の野望は打ち砕かれた。

 とても遠い回り道だったが、やっぱ最後は奇跡の大勝利で終わるのがヒーローらしい。



 みんながビルの屋上で勝利の喜びを分かち合っている。

 俺は薄暗い路地裏で座り込み、怪我をした腕に包帯を巻いている。


 レッカは大勢の仲間たちに囲まれ、戦っていた姿を全国中継されていた事も相まって、名実ともに人類を救った英雄となって。

 俺はたった一人孤独に、尚且つ人殺しの汚名を背負った犯罪者として、逃走を続けながら生きていくことになる。


 これが正義のために戦ってきた主人公と、自分の感情の赴くままに行動したよく分からんキャラの決定的な違いなんだろうな。捕まらない内に早くこの場を去らなきゃ。



「──紀依」


 透き通るような声が聞こえた。

 静謐な空気が漂う路地裏にやってきたのは、これまであらゆる人間を欺いてきた俺が、ただの一度もウソをつかなかった唯一の存在。

 純白の少女、藤宮衣月だ。


「……おいで、衣月」

「っ……!」


 立ち上がり、駆けてきた彼女を正面から受け止めた。俺も少女の姿だからか、男の頃のように大きく抱きしめてやることはできない。

 

 ……うん、そうだな。

 彼女にだけは、ちゃんと別れを告げておこう。


「見たか、アレ」

「うん、見た。見えてる。ヒーロー部の人たちは、誰も死んでない」

「だから言ったろ? ハッピーエンドにするってさ」

「……確かに、未来は変わった」


 小さな声で言いながら、彼女は顔をあげて俺と視線を交わした。

 衣月が見た、あのヒーロー部が不幸になる未来はちゃんと回避した。人間その気になれば、運命なんざ簡単に変えられるのだ。やったね。

 

「でも、紀依は救われてない。紀依一人だけが……不幸になってる」


 衣月は目を伏せてしまう。落ち込んだ声音からも分かる通り、彼女は俺を想って悲しんでくれているんだろう。

 人間性最悪で性癖がカスみたいなこんな俺でも、こうして寄り添って温もりを与えてくれる存在がいる。


 もう──その事実だけで十分だった。


「救いなんて必要ないって。悲劇のヒロインじゃあるまいし」

「でも……」

「まぁ、強いて言うなら衣月が俺の救いだな。衣月がまた普通の日常を送ってくれるのなら、俺にとってそれ以上の救いはないよ」

「……ほんと、お人好し」


 自分を不幸だとは思っていない。

 身から出た錆という言葉があるように、俺がこれから一生追われ続ける状況に陥ったのは、他でもない俺自身の責任だ。こうなって当然な行いをしてきたわけだし、なんなら五体満足で生きている今の状況は、むしろ幸運だと呼べるだろう。


 救いは要らない。

 もう俺は救われているから。

 誰よりも助けたいと思った少女を、無事に平和な世界へ導くことが出来たんだから、どっからどう見てもこの上ないハッピーエンドだ。


「……紀依。好き、だいすき。世界で一番、あなたが好き」

「うん、俺もだ」


 これからはもう一緒に居られないことを悟ったのか、彼女は唐突に愛を囁きだした。

 照れるからやめて欲しい気持ちもあったが、もしこれが今生の別れになるのなら、俺も恥ずかしがってないで答えやるべきだ。


「……ひとつ、約束して」

「なんなりと」


 まるで主人公とヒロインのような関係だが、アポロ・キィは……紀依太陽はどう足掻いても主人公になり得るような立派なモンではないし、藤宮衣月という少女もヒロインと呼ぶにはあまりに幼すぎる。


「紀依がちゃんと帰ってこられるように、わたし頑張る。本当に一番わるい人をやっつけたのは、紀依なんだって、みんなに分かってもらう。だから……」


 血は当然繋がっていない。

 兄妹でなければ家族ですらなく、ましてや恋人だなんて大それた関係でもありはしない。

 

 それでも、俺と彼女の間には──確かな絆があった。


「……だから。待ってる、から」


 だからこそ、彼女が言いたいことも理解できた。

 たとえそれが不可能に近い事であっても、この少女との約束であれば必ず守ろうと、そう思えた。

 絶対に嘘をつかないと誓った唯一の存在が望むことなら、無理難題であろうと俺は頑張れるのだ。


「あぁ、必ず帰る。約束だ」


 どうやら俺は既に、自分勝手に死ぬことは許されない立場になっていたらしい。



「……帰ってきたら、わたしと結婚する?」

「いやそれは約束できねぇな……」


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