むっつり忍者 1


 おそらく人生で一番情けないであろう姿を、後輩に目撃されてから数分後。


「……」

「……」


 俺たちは二人ともベッドの上で、正座になって向かい合っていた。

 今の俺の心境を表すとすれば、さながらイタズラがバレて教師に叱られる直前の生徒みたいな心持だ。あとちなみにズボンは履きました。

 

「……何なんすかね、これ」

「アヒんッ♡♡ 急に突っつくな!!」

「あ、ごっ、ごめんなさい」


 まだ覚醒したままである俺の息子の先端を、ズボンと掛け布団の上から指でタッチしてきやがった。

 いろんな布で防御されているとはいえ、突然急所を指で突くなんて信じられん。恐ろしい娘だ。


「でも、まだ勃ってる先輩もおかしくないです?」

「……否定はできない」


 そうなのだ。

 めちゃくちゃに恥ずかしい場面を見られて、本来なら一瞬で萎えて縮こまるはずなのに、俺の珍宝は暴れん坊将軍のままなのだ。一体どうなってる。

 もしかしたら女の子に変身しすぎて、肉体そのものがバグっているのかもしれない。こんな事になるならペンダント使うのやめようかな。



 ……終わった。俺の物語はここでお終いのようだ。


 よりにもよって数少ない仲間である音無に、男なら確実に見られてはいけない瞬間を目撃されてしまったんだ。もうどう取り繕っても俺の評価はマイナスだろう。

 今までだってそこまで頼りがいのある先輩としては見られていなかったんだろうが、今この瞬間をもって彼女は俺に心底失望したので、もはや人間としてすら認識されなくなったに違いない。


 すまない父さん。遥か高みを目指すアポロ・キィの夢は、こんなにも呆気なく潰えてしまったよ。


「くぅ……」

「先輩、そんな赤くならないでも……思春期の男の子ならよくある事ですよ。……たぶん」

「むり……」


 顔から火が出るとかそういう次元の話じゃない。このままだと感情が爆発して闇落ちする。世界を滅ぼしちゃう。


「ほんと、穴があったら入りたい……」

「えっ? ……え?」

「ちょっ、待て! 変な意味じゃない! お前だって分かってるだろ!?」


 ただのことわざを深読みされる状況、端的に言って地獄だ。


「……いや、マジですまなかった。見られた時は事故だって言ったけど、これは確実に俺が悪い。変なもん見せてごめん」


 頭を下げて謝罪。元の体勢が正座なので、そのまま奇麗な土下座となった。

 本当に死にたい。こんなん母親にバレるのより精神的にキツい。


「……私は別に構いませんけど、他の人が入ってきてたら……先輩どうするつもりだったんですか」

「ゃ、それは……ほら、ヒーロー部がホテルを出ていくのは見えてたから。……その、大丈夫かと思って」

「カギ、普通閉めませんか? ここ先輩の家じゃないんですよ?」

「何とでも言ってくれ。俺は世界で一番ダサい男なんだ」


 あの時の俺はどうかしていたんだ。

 そうだよ、何で部屋の鍵をかけなかったんだ。下半身に忠実すぎるだろうがよ。アポロくんガバも大概にして……。


「……まぁ、その、私も……はい、本当にすみませんでした」


 音無も小さく頭を下げてきた。何事かよ。


「いえ、勝手に部屋の中に入りましたし……強引に布団を剝いだりもしたので、申し訳ないです」

「分かればいいんだよ、分かれば」

「調子良すぎません?」


 こうでもして気持ちを誤魔化さないとやってられない。俺はいまここで自爆してもいい心構えが出来上がってるんだぞ。


「……相変わらずおっきいままだし」

「掛け布団で見えねぇだろ」

「表情や体の動きで分かりますよ。忍者なので」


 絶対ウソだ。お前の忍者の認識どうなってんだよ。流石に万能すぎるぞ。


「基本的には何でもできるって、前にも言ったでしょ」

「……ロールキャベツは?」

「作れます」

「ブルドーザーの運転とかは?」

「ぜんぜん余裕ですね」

「房中術は?」

「だからできっ──いま、なんて言いました?」


 房中術。

 あれだよ、アレ。昔の人がやってたあのエロい事して相手を油断させる技的なヤツ。


「できんの? 房中術も」

「…………」


 おや。赤面して黙っちゃったぞ。


「忍者って何でもできるらしいからなぁ。そういう相手を陥落させる初歩的な技術なんて、当たり前のように心得てるんだろうな~」

「……で、できますよ? えぇ、出来ますとも。あまり忍者を舐めないで頂きたい」

「えっ。……じ、実戦経験あんの?」

「うぇっ!」


 彼女の返事に対して思わず怯んでしまった。煽ったのは事実だが、ここでは『出来ませんけどそれ今関係あります?』みたいな感じの正論で、俺のことボコボコにしてくると思ってたから。

 マジかよ、出来るんだ房中術。

 忍者ってそういうのヤるのが当たり前だったんだな。これからはもっと音無に優しくしよう。


「ば、バカっ! した事なんてあるわけないでしょ!? 知識ですよ知識ッ!」

「ふむ。音無後輩はむっつり忍者だった、と」

「わたし先輩のことキライになりそうです」


 恨めしい顔になる音無。どうやら煽りすぎてしまったらしい。

 この場の恥ずかしい雰囲気を誤魔化すために、何かをやろうとした結果だったのだが、裏目に出てしまったようだ。

 

「ごめん音無。その、俺……」

「うるさいです。大体むっつりとか言ってますけど、先輩だって度を超えた変態じゃないですか。人のこと言えないでしょ」

「なっ」


 度を超えた変態だと……? アンタいつからそんなに口が悪くなったんだい……!


「この前の夜だって、女の子に変身した状態でレッカさんに迫ってましたし」

「──────」


 心臓が止まった。


「ぉ、おま、ぉっ、え、おまえ、おぉ……?」

「言語能力を失ってる……」


 まさかアレ見てたのか!? 俺とレッカの怪しい情事の現場を!

 バカな、そんな気配はしなかったはずだ。

 あの場にいたのは俺たち二人と、その遠くから向かってきていたヒカリだけだ。

 何度も周囲は確認してたし、間違っても音無に見られてたなんてことはあり得ない。ハッタリに決まっている。


「あのですね、自分の気配を消すのは忍者の初歩的な技術ですよ。それが出来なかったら忍者になんてなってるワケないじゃないですか」


 ニンジャ、すごい……。


「今までありがとう。さよならだ」

「窓から飛び降りようとするのはやめてくださいね」

「はなせッ! 俺はもうこの世では生きていけないッ!!」


 くそっ、押さえつけられてベッドに戻された。

 単純な力だけなら俺の方が上なのに、対人戦の技術に差がありすぎる。

 後輩の女子に拘束されるなんて情けない限りだ、もう舌を嚙み千切るしかない。


「落ち着いて。どうどう」

「うるさい慰めるな。もう煮るなり焼くなり好きにしろ」

「別に先輩を辱めるつもりなんてありませんから……」

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