私は先輩の 2
「……音無。今から俺が言う事は、含みのある言い回しなんかじゃない」
「えっ?」
「ただありのまま、言葉の意味だけを受け取ってくれ」
先輩の表情は変わらない。小さく微笑んだままの、私を気遣うような優しい顔だ。
やめて欲しい。
そんな顔を見せないでほしい。
私が先輩にとっての重荷になっていると思い知らされてしまう。
「お前は──俺を裏切ってくれて、いい」
そんな、初めて聞く言葉に、私の心が揺さぶられた。
先輩の手を握る力が弱まってしまう。
彼からは握り返してくれないから、私が手を離したら。
このままだと、私たちは。
「恨んだりなんかしないさ……絶対にな。ここまで一緒に、無償で衣月を守り続けてくれた音無には、どんなに感謝してもし足りないくらいだ」
「…………」
「ヒーロー部に戻っていいんだ、音無。あそこはいつでもお前のことを受け入れてくれる。……ここまで付き合ってくれて、本当にありが」
私たちは──!
「せっ、先輩ッ!」
「っ!?」
正面から先輩を抱きしめた。
背中に手を回して力強く抱擁した。
離さない。
一人にはさせない。
絶対にこのまま別れたりなんかしない。
「…………っ!」
「……おと、なし?」
ダメだ、泣いちゃだめだ。
私は弱い女の子じゃない。
守られるだけのヒロインなんかじゃないんだ。
私は先輩の、たった一人の、対等な仲間なんだから。
「せんぱい、はっ……バカ、です」
「……」
落ち着け、深呼吸だ。
先輩は待ってくれている。少し困ってる様子だけど、すぐに引き剝がすでもなく私の言葉を待っている。
だから大丈夫。
ちゃんと言葉で伝えよう。
察してもらうんじゃなくて、しっかりと自分の意思をそのまま、純度百パーセントで届けるんだ。
「かっ、勝手すぎますよ。散々ここまで利用しといて、用が済んだらポイですか」
「い、いや俺は……」
違う。分かっている。先輩がそんな事を考えていないのは百も承知だ。
……あぁ、なんかうまく出てこない。
こんなに本気で、誰かに意思を伝えようとした事なんて、今までにあったかな。
「先輩は何でも、一人で背負い込もうとしてますけど……自惚れないでください。人を裏切る辛さなら……誰よりも、理解できるつもりです」
そう、私は数多の人々を裏切ってきた。
たくさんの隠し事を、秘密を抱えてここまで逃げてきた。
「レッカ先輩を裏切ったんでしょ? ……奇遇ですね。私も裏切った事ありますよ。あの人だけじゃなく、ヒーロー部を。……何度も、何度も」
「お前……」
私は忍者だ。
仕えるべき主を転々とし、その度に元の主は容赦なく切り捨てる──そういう教えの元で、忍者一族の最後の生き残りとして育てられてきた。
情報操作や潜入といった諜報活動のたびに、何十回も何百回も人を欺いて、生き汚くこの世にへばりついている”シミ”こそが、この私の正体だ。
「先輩なんか目じゃないくらい、いろんな人たちを裏切ってきました。他でもない……私自身の意思で」
誰の味方にでもなって、誰の敵にでもなる。
それが我が一族の忍者としての在り方だった。その教えは私の心の奥深くに根付いてしまっている。裏切る事がクセになっていると言ってもいい、本当に最低な女だ。
ヒーロー部は元々は政府公認の特殊チームであり、正体を隠した状態でなら、何度も敵対して秘密裏に戦ったことがある。
政府に引き抜かれて彼らのサポートに回り、命令違反でヒーロー部が組織から追放されたあとは、自警団の如く『市民のヒーロー』として活躍するようになった彼らの仲間になった。
今まで敵だった、傷つけてきた秘密をひた隠しにして、都合よくチームに加入したのだ。
そして──彼のハーレムに入った。
ヒーロー部に加入したのは私が最後だったが、その時既に他の少女たちは、あのレッカ・ファイアという少年に好意を抱いていた。
チーム内のほとんどが、だ。
交際の申し込みこそしてはいないものの、誰もかれもがレッカさんへの態度を隠していなかった。
みんながそれぞれ、彼にいろんな形で救われてきたとのことだった。だから好きになった、と。
……だから、私もそうした。
レッカさんを好きになった。
チームの結束力の源が彼であるなら、そうするのが最適解だと思ったから。
恋敵で、ライバルで、だからこそレッカさんを好きな気持ちは皆同じ。
彼の為なら頑張れるという共通の強さを手にすることで、私はヒーロー部での居場所を獲得したのだ。
「全てがウソで塗り固められた、卑劣で最悪な女なんですよ、私は」
私に人並みの”普通の日常”なんてものは、ハナから存在しない。
いつも秘密を隠すことに心を擦り減らしていて、他の少女たちと同様にレッカさんに媚びるたびに、自分は何をしているのだろう、と頭の中が葛藤と混乱で埋め尽くされていた。
確かに楽しい事もあった。でもそれ以上に負い目を感じていた。
秘密を話したとしても、優しいヒーロー部の先輩たちなら許してくれるだろう。……私は許されたくなかった。
きっと自分が許されたことを、一生許せなくなるから。
「……だから、裏切り者で最低最悪な先輩の味方になってあげられるのは、同じくサイテーで悪~い後輩の私しかいないんですよ。分かりました?」
「……で、でも、なぁ……」
この先輩を一人にしちゃいけない。
今でもレッカさんに対して大変な事をしているのだろうが、一人になったらもう歯止めが利かなくなってしまう。
「こーんなにかわいくて献身的な後輩を捨てるなんて、先輩ってば贅沢すぎません? あれですか、私ってもしかして、レッカさんと先輩にとってのおじゃま虫?」
「ばっ!? ち、ちげーよ何言ってんだ!」
だから私が先輩の理性を保つ、最後の砦になる。
私では止められないんだろうけど、彼が壊れないように、支えることはできると思うから。
「ていうか捨てるだなんて言ってないだろ、人聞きの悪い」
「似たような意味でしたよ。……そんなの、だめです」
「ちょっ……ぉ音無? あの、いろいろ当たって……」
どうだ、あなたが拾ったのはこういうヤツだと、理解できたか。
殊勝な態度で受け身になってやったりなんかしない。私は対等に、先輩の隣で歩いてみせる。
「私を連れ出したのは先輩なんですよ」
絶対に離さない。
「責任……とってくださいね」
先輩と衣月を守る。
ようやく見つけた私の居場所を守る。
この二人には──私自身には。
もう絶対にウソはつかない。
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