ピッピちゃんとのお別れ

「はなちゃん! ストップ!!」

「プオオ!?」


 僕が慌てて停止の指示を出して、はなちゃんが全速力からの急ブレーキ。


 その反動で僕ははなちゃんの背中から振り落とされてしまった。


「うわあああ!!」

「ユウキくん!」


 地面に叩きつけられた鈍い痛みで顔を歪める僕に、ルナちゃんがおぼつかない足取りで歩み寄ってくる。


「大丈夫ですか、ユウキくん!?」

「痛たたた……。僕は平気だよ、……だけどピッピちゃんが!」

「そうでした!!」


 僕とルナちゃんが慌てて振り替えると、意外なことにピッピちゃんがレインボーフェニックスに嘴をすり寄せていた。


「あれ……?」

「どうしたんだろう、なんか微笑ましい雰囲気になってるけど」


「ピュルルル~」


 僕たちが聞いたことのなかった甘えるような声のピッピちゃんに、レインボーフェニックスは優しく嘴でその小さな身体をなぞる。


 ピッピちゃんを見つめるレインボーフェニックスの目は、まるで我が子を愛する母親みたいで。


「ルナちゃん、もしかしてあのレインボーフェニックスって……」


 そこへ横からたたたっと駆けつけてきたのは、肩を上げ下げして息を荒くしたセレナさんだった。


「ルナ! ゆー君! 大丈夫!?」

「セレナさん!」

「お姉ちゃん! はい!ルナたちは無事です。でも……」


 ルナちゃんの目線の先で仲睦まじく寄り添うレインボーフェニックスとピッピちゃんを見たセレナさんは、合点がいったようにうんうんとうなづく。


「なるほど、そういうことだったんだね」

「どうしたんですか、お姉ちゃん?」

「ピッピちゃんとあのレインボーフェニックスは親子だったんだよ」


 やっぱりそうなんだ!


 セレナさんの考察はまだ続く。


「理由は分からないけど迷子になってたピッピちゃんを、あのレインボーフェニックスは探しに来てたんだね~。うんうん、親としては当然だよね。こっちは大迷惑だったけど……」


 セレナさんの説明を聞きつつレインボーフェニックスの親子にも目を向けると、二羽は何か話してるように見つめあっていた。


 するとそこに駆け込もうとしたのはルナちゃんだった。


「ルナ!」


 セレナさんの制止と同時に足を止めたルナちゃんは、レインボーフェニックスに寄り添うピッピちゃんにこう言った。


「あなたにもちゃんと家族がいたんですね。そうと知らないで連れさらってしまって、ごめんなさい」

「ピィ?」


 きょとんと不思議そうに小首をかしげるピッピちゃんに、ルナちゃんは続ける。


「短い間でしたが、ルナも一緒にいられて楽しかったです」


 そう言い切ったルナちゃんの笑顔は、どこか無理しているように見えて。


 それを見届けたところでレインボーフェニックスが大きな翼を羽ばたかせて宙に浮き上がり、ピッピちゃんもそれに続いて小さな翼で懸命に羽ばたいて浮かび上がった。


「ピイイイイイギュルルルルルル!」

「ピィ!」


 そして二羽はお空の向こうへ飛んでいったんだ。


「ピッピちゃん、さようなら~!!」


 声を張り上げてお別れの言葉を一生懸命口に出したルナちゃんは、飛んでいく二羽の影が小さくなっていくのを見てペタンと座り込み。


「うう、うわああああん!!」


 そして二つの点が見えなくなったとき、ルナちゃんはダムが崩れたように泣き出した。


「ピッピちゃん、行っちゃイヤ~~!!」


 これが本当の気持ちだったんだね、ルナちゃん。


 そんなルナちゃんをセレナさんが何も言わないで優しく抱きしめる。


「うう、うう~~!!」


 嗚咽をもらすルナちゃんの華奢な背中をポンポンと優しく叩いてなだめようとするセレナさん。


 その様子を僕は突っ立ったままただ見ていることしかできなかった。


 ふと僕は焼け焦げた木に引っかかった七色に輝くものを発見する。


「あれは? はなちゃん、ちょっと取れる?」

「パオ」


 はなちゃんが長い鼻で黒焦げの枝を折ると、七色のそれはヒラヒラと落ちてきた。


「おっと」


 僕が手を差し出して受け止めると、それは大きな羽根だった。


「これはもしかして、レインボーフェニックスの羽根……?」


 僕はセレナさんに訊いてみることにした。


「セレナさん、これってレインボーフェニックスの羽根ですよね?」

「え、ウソ!? ゆー君なんでそんなものを持ってるの!?」

「え、いや。レインボーフェニックスが飛び立った後に木に引っかかってたのを見つけたんですけど。そんなにすごいものなんですか?」

「すごいなんてものじゃないよ! レインボーフェニックスの羽根は入手が難しいうえに壊れやすいから、市場でもものすごく希少価値が高いんだよ!!」


 そんなにすごいものなんだ!


 レインボーフェニックスの落とし物に、僕は手が震えるようだった。




 レインボーフェニックスの襲来からしばらく日が経った頃、村は火事の被害からの復旧に明け暮れていた。


 はなちゃんに乗って建築資材の運搬をしていると、それを見かけた村人たちが口々にこんなことを。


「ありがとよ、巨獣使いのユウキ!」


「お前のおかげで村も元通りだ!」



「いえいえ、こちらこそですよ」


 村人たちの感謝に僕ははなちゃんの背中で照れ隠し。


 僕とはなちゃんも魔法で消火したあと、焼けてしまったところの後始末とか家の建て直しに進んで力になった。


 そのためか村の復旧も速やかに進んでるみたい。


「そういえばルナちゃん、あれからどうしてるかな……?」


 ふと思い浮かんだのはルナちゃんのこと。


 ピッピちゃんとのお別れで悲しみにくれているまま村の復旧作業に勤しんでいたから、最近あんまり話せてないんだよね。


 毎朝の水遊びのときは元気そうに振る舞ってはいたけれど……。


 夕方になって作業が一段落着いたところで、僕はルナちゃんの元に急いだ。


「ルナちゃん、入るよ」

「どうぞ」


 扉をノックして入ると、ルナちゃんは何かを描いているみたいだった。


「はわわわっ、見ないでください~!」


 慌ててそれを隠すルナちゃんに、僕は問いかける。


「ルナちゃん、それは?」

「はう~、……実はピッピちゃんの絵を描いていたんです。せめて思い出として残したかったので……。……あんまりうまく描けなかったんですけどね」


 モジモジするルナちゃんの背後で見え隠れする絵をのぞいてみると、いかにも子供が描いたような微笑ましい絵柄のピッピちゃんが。


「ルナちゃんの絵、心がこもってて僕はいいと思うんだけどな」

「ほ、ほんとですか?」

「うん! これならピッピちゃんも喜ぶよきっと!」

「えへへ、ありがとうございます……ユウキくん」


 ポッと頬を染めて笑顔を見せるルナちゃんに、僕は少しドキッとしてしまう。


 何だろう、僕の中でルナちゃんの存在が前よりも強くなってるような……?


 だけどルナちゃんもピッピちゃんとのお別れから立ち直れそうで何よりだよ。


 心のつっかえも取れたところで僕はその後も復旧作業に力を出して、あの火事から十日を迎える頃には元通りの姿になったんだ。

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