拳を交わした末に

「ほう、素直でよろしいっ」

「だけど一つ条件がある!」

「んなあ?」


 怪訝そうな顔をするフランヴェルムに、僕はあえて強気に力比べを受ける条件を出す。


「勝負の結果がどうあってもルナちゃんたちには手を出さないこと! いいね!?」

「ルナ……ああ、お主の後ろでチビってる小娘か。お安いご用じゃ、どのみち今はお主以外に興味がないっ」


 良かった、これで最低限ルナちゃんたちの安全は守られたよ。


「セレナさん、ルナちゃんをお願いします」

「――本当に受けてたつんだね。分かった、でも気をつけて。村のみんなが束になっても勝ち目がない相手だよ、絶対に死なないでっ」

「はい、分かりました」


 僕の返事を受けたところで、セレナさんがルナちゃんを抱えてはなちゃんから飛び降りる。


 それから姉妹二人が少し離れた場所に移動したところで、僕とはなちゃんは最強の相手フランヴェルムと改めて向かい合った。


「それじゃあ始めるかのう」


 片腕をぐりぐりと回して準備万端なフランヴェルムの前で、僕たちは先手を打ってでる。


「はなちゃん! ブレスブリザード!!」

「ズオオオオオ!!」


 僕が唱えるや否や、はなちゃんの鼻から吹雪のような冷気が吹き出す。


 グラタンを凍りつかせたこの魔法で、フランヴェルムだって……!



「――いやー、涼しいのう! ここまでの移動で火照った身体に気持ちいいのじゃ!」


「ウソでしょ……!」


 フランヴェルムは凍りつくどころか、まるで扇風機の風でも浴びるかのように平然としていた。


「――まさか、それで本気とは言わんよなあ?」

「そ、それは……」


 まさか僕たちの魔法が全然効かないとは思わなくて、僕はすっかりしどろもどろ。


「――しゃーないのう、次はわらわからいくのじゃ!」


 そんな僕に呆れたような顔を一瞬見せたフランヴェルムが地面を蹴り、


「あ……!」


「ほいっ」


 はなちゃんに乗った僕の目前に一瞬で飛び移ったフランヴェルムが平手を振るったときだった。


 目の前で無数のお星様が瞬いたかと思ったら、次の瞬間には頭がなくなった僕の身体が視界に映って。


 それから何度も暗転した視界に、今度は目が恐怖で塗りつぶされたルナちゃんの顔が映りこんだ。


「い、いやああああああああああ!!」


 けたたましいルナちゃんの絶叫がだんだんと遠のいていく。


 あれ、もしかして僕また死ぬの……?





「――くん」


 ……おかしいな、誰かの声がまた耳元に届いてくる。


 まぶたを開けると、涙でくしゃくしゃになったルナちゃんの顔があった。


「あれ、僕は……?」

「ユウキくん!!」


 そうかと思ったらルナちゃんが僕に抱きついてくる。


「わわっ、ルナちゃん!?」

「ユウキくんユウキくんユウキくん!! 良かったです! ルナ、ユウキくんが死んじゃったかと思いましたよ~!」


 一瞬ビックリしたけど、抱きついて号泣するルナちゃんを僕はすぐに優しく抱き返した。


「なんだかよく分からないけど心配してくれたんだね。ありがとう、ルナちゃん」

「当たり前ですよ! だってユウキくん、あの時フランヴェルムに首を吹っ飛ばされたんですよ!?」

「……へ?」


 ぎゅーっと抱きつかれたまま僕が後ろを振り向くと、バツが悪そうにそっぽを向くフランヴェルムの姿がある。


 そのさらに背後には、鎖のようなもので拘束されてもがくはなちゃんの姿も。


「――フランヴェルム、事情を聴かせてもらえるかい?」

「聴いても怒らぬか?」

「大丈夫、怒ったりしないよ」

「わ、分かったのじゃ。分かったからそのどす黒い笑顔はやめい!」


 慌てふためいた様子で説明を始めるフランヴェルム。


 僕そんなに怖い顔してたかなあ?


「わらわとて殺すつもりなどなかったからできる限り力を抑えたのじゃが、まさかそれでお主の首が吹っ飛んでしまうとは思わなかった」

「それでルナの足元にユウキくんの首がゴロンと転がってきたんですよ!? ルナ、心臓が止まるかと思いましたよ!」

「首が吹っ飛んだぁ!? ……だけど僕まだ生きてるよね?」

「それはわらわの治癒魔法で急いでお主の首と身体をくっつけたからじゃ。どーにか間に合って良かったわい」

「くっつけたぁ!?」

「いちいちリアクションがデカいのじゃあ!」

「あ、ごめん」


 そりゃあ首を吹っ飛ばしたと思ったら次の瞬間にはくっつけた、だもん。にわかには信じられないよ。


 でもどうりでルナちゃんがこんなに泣いてるわけだ、普通ならあの時点で僕が死んだと思うもん。


「で、はなちゃんはどうしてああなってるの?」

「そりゃあユーキ、あの巨大なはなちゃんとやらがわらわに襲いかかってくるものじゃからな。ああでもしないとお主を治せんだろ?」

「それもそっか。――はなちゃんが怒るのも当然だと思うけどねっ」

「じゃからそんな怖い目をするでないのじゃあ!」


 さっきまでの不敵さはどこへやら、フランヴェルムはすっかり申し訳なさそうに縮こまっていた。


「分かったから、はなちゃんを元に戻してよ」

「分かったのじゃ」


 フランヴェルムが指をパチンと鳴らすと、はなちゃんを縛っていた鎖が一瞬で消滅。


 その途端はなちゃんがこっちに突進してきた!


「プオオオオオオオン!!」

「うわあ!?」


 そうかと思えば僕ははなちゃんの鼻に抱き抱えられてグルグルとぶん回されてしまう。


「プオオオオ、パオオオオン!!」

「心配してくれたんだよね、ありがとう。でも分かったから放して!」

「パオ」


 はなちゃんから解放されたけど、僕はまだ目が回っていて千鳥足。


「はわわわ、大丈夫ですかユウキくん!?」

「うん、なんとかね……」

「いやー、このひとときで何度も死にかけてゆー君も大変だね……」


 セレナさんまでなんか苦笑いしてるし~!


 するとフランヴェルムが勢いよく土下座をした。


「単なる力比べのつもりがお主を殺しかけてしまって、申し訳なかったのじゃあ!」

「フランヴェルム……」

「わらわにできることは何でもする、この通りじゃ!」


 必死で謝罪するフランヴェルムからはもう敵意がこれっぽっちも感じられないので、僕は彼女を許すことにした。


「分かったよ。僕はこうして生きてるわけなんだし、もういいって」

「許してくれるのか?」

「うんっ」


 僕が笑顔でうなづくと、フランヴェルムはその浅黒い手で僕の手を取る。


「ありがとう、こんなわらわを許してくれるとは本当に感謝なのじゃ!」


「――でも条件がある、一つだけね」


 目を潤ませてるところ悪いけど、僕はもう一つ付け加えた。


「何じゃ、わらわにできることなら何でも申してみよっ」

「それじゃあ僕と友達になってよ、フランちゃん・・・・・・

「わらわが友達に、か……?」


 僕からのお願いで金色の目を丸くするフランちゃん。

 ここで割り込んできたのはセレナさんとルナちゃんだった。


「ちょっとちょっとゆー君! 相手はあの竜血だよ、友達になりたいだなんて何考えてるの!?」

「そうです危険すぎます!」

「パオオ!!」


 はなちゃんまで加わり口を揃えて反対されるけど、僕にはちゃんと考えがあるんだ。


「だからだよ。確かにフランちゃんは危険な力を持っている、でもそれなら味方にしちゃえばいいじゃん! フランちゃんだって友達には手を出さないと思うんだ」

「なるほど、それも一理あるかもね」


「ですけどそんなうまく行くとは思えません、ルナは反対です!!」

「パオン!」


 あごをなでてうんうんとうなづく姉とは対照的に、ルナちゃんは頑として譲らない。

 はなちゃんも大きな顔を寄せて、多分反対してるんだろうな……。


 だけど当のフランちゃんの答えは意外というか、僕にとっては一周回って予想通りだった。


「わらわと友達になりたい、か。いいじゃろう、今日からお主は親友マブダチじゃ!!」

「ありがとうフランちゃん!」


 気をよくしたのか、フランちゃんが僕の肩に腕を回してくる。


 この華奢な腕で僕の首を吹っ飛ばしちゃうんだから、すごい力だよね。やっぱりまだ怖いかも……。


 そんな僕の心境を知ってか知らずか、フランちゃんはさらに身体を寄せてくる。


「フランちゃん、その……当たってるんだけど」

「ん、何がじゃ?」

「お……おっぱいが僕の腕に……」


 遠目では小さいと思っていたフランちゃんの胸だけど、いざ密着されるとちょっぴりおっぱいの膨らみがあって、その柔らかさにドキドキしちゃうんだ。


「ニシシっ、親友マブダチなんじゃから気にすることはないない!」

「えぇ……」


 遠慮がちな僕から離れるどころか、フランちゃんはさらに密着して僕の顔に頬擦りまでしてくる。


 すると今までおろおろと見ているだけだったルナちゃんも、頬をプクーっと膨らませて僕の腕にしがみついてきた。


「フランさん! ユウキくんを一人占めしないでくださーいー!!」

「ルナちゃんまで!?」


 思わぬ形で両手に花になってしまい、僕はもう大混乱。


「ニシシっ、しょんべん垂れの小娘などにわらわの親友マブダチは渡さんのじゃ!」

「しょ、しょんべん垂れだなんて、る、ルナを変な風に呼ばないでください!!」


 両側から可愛い女の子二人に引っ張られて、僕はどうすればいいのやら。


「ゆー君もモテモテだね~。ひゅーひゅー」


「セレナさんもからかわないでくださいよ~!」


 こうして波乱の出会いだったはずが、新しい友情の誕生になったんだ。

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