逃げないという決意
逃げないという決意-1
空港の到着ロビーに着いた。すごく久しぶりな気がするが、よく考えると三日前にも来ている。ヘビーユーザーじゃんと思いつつ、正人の姿を探した。
正人に会える。そう思うと、胸が高鳴る。モスグリーンのセーターの上にかけたペンダントを無意識に握った。
それは、高校三年生のクリスマスに正人から貰った物だ。芍薬の花をモチーフにした木彫りのペンダントは、正人の手作りだ。
正人はいつも、到着ロビーの自動ドアの前で待っている。沢山の人が行き交う中で、ドアの真正面に立っているのだ。そこで、自分の帰りを今か今かというように何度も背伸びをし中をのぞき込みながら待っている。
到着ロビーの自動ドアを出た所で立ち止まる。
必ずいると期待していたその姿は、ドアの前になかった。後ろから人にぶつかられ、自分がとても邪魔な所に突っ立っていることに気付く。
人々の動線から外れたところで辺りを見回す。
やはり、正人の姿は見えない。
正人の性質上、電話を掛けたらすぐに車に飛び乗るはずだ。時間を見計らってというのは苦手なはずだから。それとも、時間を見計らうはずが仕事に没頭してしまったのだろうか。
スマートフォンを取り出し、正人に電話を掛ける。
「お客様のおかけになった番号は、電源が入っていないか電波が届かない場所にあるためおつなぎできません。」
無機質な女性の声がそう言い、通話が切れた。
「……どういうこと?」
スマートフォンをかざして、それに問いかけた。
***
アッシュの事務所との契約は、破棄される寸前だった。何度か篠田と話し合いを重ねたが、のえるは「折り合う」という事ができず、平行線のまま篠田の心証を悪くして行ったのだ。
ところが、先日篠田が電話で、正式に契約をしたいので東京に来て欲しいと告げてきたらしい。その裏には、事務所社長アッシュの鶴の一声があったようだ。
「プロモーションの方法は、自分たちに任せていいんじゃ無い?あの子ら面白いよ。」
そんなことを言ったのだという。
今、東京へ発つ為新千歳空港にいる。一階のモスバーガーの前で、のえるを待っていた。
アッシュのレーベルと正式に契約をする。その事に陽汰はもう反対する気持ちは無くなっていた。のえるがこの契約に掛ける気持ちも、自分と一緒に活動したいという気持ちも充分に感じ取った。だから、自分だけ怖じ気付いて逃げているわけには行かない。
陽汰は、正人の言葉を何度も心の中で反芻していた。
『逃げたら、後ろめたい気持ちが残りますよ。ずっと後ろめたい気持ちを抱えて、生きていくことになりますよ。』
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