ストーカーの部屋かと思った

【渡り鳥はかく語りき】


「さ、あがってあがって!」

「お邪魔します……」

「そんなにかしこまらないでよ、とっきー! 自分の家だと思ってくつろいで。もしかしたら、本当に私たちの愛の巣になるかもしれないしね」

「……?」

「ごめん、冗談だからそんな冷めた目で見ないで」


 八重城のアパートは国立くにたち駅南口から少し歩いたところにあった。あたしの賃貸が北口だから、駅を挟んでちょうど反対側の場所だ。


 黄ばんだ外壁、古代遺跡のようなブロック塀、赤錆が生えた階段の手すり。見るからに築年数は古い。


 狭いキッチンスペースには惣菜の空容器が積み重なっている。女の子に可憐な幻想を抱く男子には決して見せられない光景だ。


「もっとマシな物件はなかったの?」

「家賃が格安だからね。それに、文豪ってこういうオンボロアパートに住んでるイメージでしょ?」

「それは偏見だと思う。まぁ、あんたがそれでいいならいいけど」


 そういえば八重城は小説家に変な憧れ(ほとんど偏ったイメージや先入観だけど)を持っていて、真似ようと実践しているんだった。


 そんな八重城の生活空間は六畳の和室である。畳は部分的に日焼けしていて、隅には布団が折りたたまれている。


 部屋の中央にはレトロなちゃぶ台。その上には書きかけの原稿用紙が散らばっている。


 なるほど。たしかにここだけ見れば古き良き日本家屋、あるいは八重城が言うように、かつての文豪が過ごしていたような風情のある執筆環境に近いのかもしれない。


 だが、


「…………」


 壁四面には猫屋依鈴ねこやいすず(『残荘』であたしが演じたキャラ)のタペストリーが、まるでそれらが一枚の壁紙を形成するように敷き詰められている。天井には、これまた天井本来の模様がわからないくらいあたしのポスターが万華鏡のように貼られている。


 とういうか、玄関から部屋に続く廊下にも同じポスターやらタペストリーが嫌がらせかと思うくらい掛けられていたが、見ないフリをしていた。


 自分と、自分のキャラに四方八方から見つめられている気がして落ち着かない。


 しかし、それらはあくまでもにすぎない。さっきからが視界の隅で存在感を放っている。


「…………」

「あ、気付いちゃった、とっきー? んふふ、本人に見られるの少し恥ずかしいね」

「なに……これ」

「とっきーの祭壇だよ」


 依鈴の缶バッジやらアクリルフィギュアやらが無限に盛られたオブジェクトは一見すると神輿みこしのよう。全長はあたしと同じくらい。背後にはペンライトが剣山のように生えていて、依鈴カラーの緑色がギラギラと光っている。


「昔はチェストの上に乗るくらいの大きさだったんだけど、グッズを買い足していくうちにどんどん大きくなっちゃってさ。もう私の手に負えないんだよね~あはは」


 まるで研究者の手から離れた捕食型のモンスターが生贄を喰らって巨大化していくみたいな話だ。


 よく見れば祭壇の中央には以前に書いてあげたサインが御神体のように祀られている。


「朝起きたら『おはようございます』を、寝る前は『おやすみなさい』を祭壇様に言うのが日課なの。えへへ、なんだか同棲してるみたいだよね。フリマアプリで依鈴ちゃんグッズを見つけたらすぐに落として、少しずつ進化させてるんだ。あ~あ、『残荘』グッズ公式で再販してくんないかなぁ」


 古風な外見のアパートからは想像もつかない異次元な一室。文豪らしい風情とはいったいなんだったのか。


 良く言えば趣味に溢れた部屋。言葉を選ばなければ、狂気の巣窟。


「本当は抱き枕カバーとかも欲しいけど販売してないんだよね~。そもそも『残荘』グッズって種類少ないし。ねぇ、とっきーの力でなんとかなんないかなぁ。 ……なあんて、無理言っちゃダメだよね。てへ」

「…………」

「ポスターに挨拶するときは思わずチューしちゃうこともあるんだ。汚れちゃうから、ほどほどにしなきゃなんだけどね。って、なに言わせるのよとっきー、恥ずかしいじゃない、うふふ」

「…………」

「どうしたの、とっきー? さっきから黙っちゃって」

「ストーカーの部屋かと思った」

「ひどくね!?」


 絵に描いたような、絵に描いた以上のオタク部屋だった。これは痛部屋というレベルを凌駕している気がする。外の世界とのあまりのギャップに、異空間に迷い込んでしまったと錯覚しそうになる。異世界転生したキャラはこんな心情なのだろうか。


「本物のとっきーがうちに来てくれるなんて夢みたい。あ、座ってて、今お茶淹れるから」


 友達の家に遊びに行った記憶はほとんどない。同年代の女の子の部屋ってこんな感じなのかなと思いつつ、座布団にちょこんと座る。


 女子の部屋の匂いというよりは畳のい草がほどよく主張する安心する香り。小型のテレビもあって、テレビボードには何冊かの文庫本と『残荘』のBlu-rayが巻数順に収納されていた。


「すぐに見れるように取り出しやすい位置にしまってるんだ。あ、こっちにあるのは特番の録画だよ。せっかくだし一緒に見る?」

「恥ずかしいから遠慮するわ」

「え~! とっきーの隣で、本人が出演してるアニメを見るのが夢だったのにぃ~~~」

「今日は遊びにきたわけじゃないでしょ」

「そうだけど……」


 唇を尖らせた八重城は、ルイボスティーが注がれたコップとバタークッキーが盛られた皿をちゃぶ台に載せた。


「お構いなく」

「お構いするよ! せっかくとっきーが家に来てくれんだから」

「睡眠薬とか入ってないわよね?」

「…………」

「なんで間があるのよ。それと、こっそりAnezonで探そうとするのやめなさい」


 八重城がメモ用の原稿用紙と万年筆をスタンバイしたところで本題に入ることにした。


「それじゃあ始めよっか、対紅音ちゃん用の作戦会議を」


 *


 YuriTubeを使ったあたしと紅音の人気争奪戦。紅音から出されたルールはシンプルで、一ヶ月間でより多くの視聴者の評価を得られたほうの勝ちというもの。具体的な得点の算出方法は以下の通り。


①新規チャンネル登録者数(1人につき1ポイント)

②動画もしくはライブ配信の総再生数(1再生につき1ポイント)

③高評価1つにつき3ポイント加算。低評価は減点の対象とはしない。

④コメント1件につき5ポイント加算。内容は問わないが、広告やスパムを目的としたコメントは対象外。


これらの合計得点の高いほうが勝者となる。


※勝負の期間は十一月一日~三十日までとし、いずれも期間中のフィードバックのみを加点の対象とする。

※メインチャンネルのみ有効とし、サブチャンネルは得点の対象外とする。


「つまり、運動会みたいにどっちがたくさんポイントをゲットできるかってことだね?」

「そういうことみたい」


 八重城は唇に万年筆を当ててルールを咀嚼する。


「これ、紅音ちゃんが提案してきたルールなんだよね?」

「そうね」

「なんか紅音ちゃんに有利な内容に見えるなぁ」


 ①に関してはあくまでも新しくチャンネルに登録してくれた視聴者を加点の対象にするので、現時点での人数は関係ない。しかし傾向として、あたしのようにファンが少ないチャンネルは登録者を伸ばすことが難しく、すでに軌道に乗っている発信者は天井を無視してどんどんファンを獲得できる。


 ②についても同じだ。有効なのは十一月のみの再生数だが、もともとの登録者が多ければ再生数も比例するのは明らか。


 だから、①②のスコア対決では紅音に軍配が上がるのは必至。


「視聴者が多いほうがコメントや評価がもらえる可能性も高いんだから、やっぱり紅音ちゃんに有利なルールだよ、これ」


 八重城の指摘はもっともだ。紅音のチャンネル登録者数は2万人、対してあたしは1,000人弱。二十倍の開きがある。いくら過去の実績を考慮しないといっても、土壌が違いすぎる。


 圧倒的な後衛を抱える敵陣に、数少ない駒だけでどうやってチェス盤を覆すことができようか。


「とっきー、勝てる未来がまったく見えないよ」

「頼んだあたしが言うのもなんだけど、さじ投げるの早くない?」


 八重城の気持ちはわかる。逆の立場だったら、あたしもきっと見切っていただろうから。


「どうしてこんな不利な勝負受けちゃったの? 負けても罰ゲームとか無いんでしょう? なら、無理にやらなくてもいいと思うけどな」

「それは……そうなんだけど」

「あ、勘違いしないでね。協力したくないとか、そういう意味じゃないからね」

「わかってる」


 半分脅しみたいな流れから、なし崩し的に勝負を受けることになってしまった。けれど今は、すべてが受け身なわけではない。


 ――また逃げるんだ?


 紅音の言葉を思い出す。我ながらずいぶん安い喧嘩を買ってしまったなと思う。その不愉快な挑発をかき消すように、あたしは不敵に笑って見せた。


「天狗になってるあの女に、一泡吹かせてやりたいのよ」

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