風町渡季のとき☆めきラジオ

 つきの書房から帰宅した私は、早速コンテスト用の執筆に取り掛かった。そこまではよかったんだけど、


「もう一万字!?」


 さっきから書いては捨て、書いては捨ての繰り返し。ゴミ箱はくしゃくしゃに丸めた原稿用紙で溢れかえっていた。


 叔父から応募するように言われた小説コンテスト。テーマは自由。ただし、一万字以内の短編が条件。


 私は今までにいくつもの長編を書いてきた。だから短編なんて楽勝だと踏んでいた。それなのに、


「また一万字!? ああもう! 全然書きたいこと書けないよ!」


 筆が乗ってきたと思ったら、もう字数制限に達する。


「短編ってこんなに難しいんだ……」


 正直、舐めていた。短編なんて長編の字数をちょこっと削れば出来上がると思っていた。長い物語を書く体力があれば、余裕で仕上げられると思っていた。


 しかし、全くの勘違いだった。


「字数を収めるには余分なシーンを省かなきゃだけど……。ここの会話は絶対に必要だし……。もっと冒頭を簡潔にしたほうがいいのかな~……、でもそれじゃ話の筋が伝わらない気がするし」


 書いている時の伸び伸びした楽しさはない。まるで、窮屈な鳥籠の中でどれだけ優雅に飛べるか競わされているよう。


「んもう! なんかもどかしい!」


 *


【渡り鳥はかく語りき】


『みんなーーー! はろはろとっきー! 今週も始まりました風町渡季のとき☆めきラジオ! パーソナリティーの風町渡季です。はぁい、ということで……なんか今日めちゃめちゃ寒くないですか? この前は素敵な秋晴れって感じだったのにね。風邪とかひいてないですか?』


 テンションという名のギアを二段階も三段階も上げて、今日も収録に臨む。


 ちなみに番組名は『風町渡季のとき☆めきラジオ』に決定した。


 今まで無名ラジオだったけど、ちゃんとラジオ名があったほうがリスナーも親しみが持てるという八重城の意見を参考にしたものだ。直感で思い浮かんだネーミングを採用したけど、けっこう自分でもしっくりきていて、リスナーからも好評だ。


 やっぱり名前って重要だ。自分の手に収まる感じがするし、みんなとそれを共有している感覚になれる。かすみさんが言っていた『お店はお客さんとの共有財産』という言葉の意味が少しだけ理解できた気がした。


 そして、変わったことといえばもうひとつ。


『続いてはこちら【みんなのとき☆めき】コーナ~! このコーナーでは、リスナーさんが思わずときめいちゃったエピソードを紹介しちゃいます。今週一通目のお便りはラジオネーム:しろくまベアーさんから頂きました。ありがとっきーで~っす! とっきー、はろはろとっき~!』


『はろはろとっきー!』


『彼女との下校途中、コンビニでアイスを買った時の話です。そのアイスはたまにハート型が入っているのですが、なんと彼女が選んでくれた箱にはハートがふたつも入っていたのです。


 なんだか神様に祝福されてるみたいでときめいちゃいました。ハートのアイスを分け合って食べながら帰りました』


『うわぁ青春だなぁ……! でもなんかわかるな。縁起がいいっていうか、そういう小さな幸せがあると、神様はちゃんと見ててくれてるんだな~って思うよね。


 あ、ちなみにあたしもそのアイス大好きです。六個入りのやつだよね、まだハート型に出会ったことないけど……。てかハートふたつってすごくない!? そんなことあるんだね~。素敵なエピソードありがとっきーで~す!』


 【ふつおた】に加えて、テーマメールも始まった。それが、【みんなのとき☆めき】コーナー。リスナーさんの心が動いた体験談を広く募集するコーナーだ。恋バナっぽい題目だけど、たとえば散歩していたらきれいな花を見つけましたとか、新しい趣味を始めたら休日が楽しくなりましたとか、とにかく何でもOKだ。


 新コーナーを開始したからといって、急激にお便りは増えないだろう――数日前までのあたしはそう思っていた。そして淡い憶測はすぐに打ち砕かれることになる。


 すべてに目を通すのもやっとなくらいのお便りの数々。初見さんからのメールもいくつかあった。


 コメントの中には「風町渡季、復活!?」「YuriTubeやってたんだ!」「おかえりなさい」「もう顔出しはしないの?」などの声まであった。


 まだ、あたしのことを覚えていてくれた人達がいた。それだけでこんなにも嬉しい。


 反響の声はチャンネル登録者数にも表れた。ずっと横ばいだったのに、この数日で500人ほど増えて1,500人になった。今までの活動から考えたら驚異の伸び率だ。


 本格的に軌道に乗りはじめたラジオ。以前のような雑談オンリーじゃなくなり、よりラジオっぽさが増したけど、今の華やかな雰囲気もあたしは好きだ。


 リスナーからのお便りを読むのが楽しいし、あたしのことをもっと知ってもらえるのが嬉しい。


 八重城のアドバイスを参考にしただけで、こんなにすぐ効果が出るなんて。


 なのに――。


「なんで、あんたは近くにいないのよ……」


 あの日以来、彼女とは会っていない。バイト先にも来なくなったし、お互いの連絡先も知らない。向こうはこちらの住所とバイト先を知っているけど、あたしは知らない。八重城が会いに来てくれなければ会えない。


 胸の中に刺さった小さな棘がいまだに抜けない。それはきっと八重城も同じなのだろう。だから十月になってからバイト先に一度も顔を出さなくなった。


 Lysに行けば会えるかもしれないけれど、どこか及び腰になっている自分がいる。連日部屋にこもってラジオを収録しているのは、もしかしたら彼女と会わない口実を作っているだけなのかもしれない。


 会いたいのか、会いたくないのか。会いたいけど会わないほうがいいのか、会いたいけど八重城がどう思っているかわからないから恐いのか。


 自分の気持ちが行方不明だった。でも彼女のおかげでラジオに弾みがついたのは事実。ショッピングモールにお出掛けした時も一応はお礼を言ったけど、ちょっとぶっきらぼうな言い方に聞こえたかも。


 だから、改めてお礼を言いたい。それなのに、八重城はそばにいない。


「あんたと作った企画でしょ……バカ」


 *


 十月三週目の深夜。


 今夜のシフトはあたしだけ。学生バイトの井澤さんは休みだ。レポートの提出期限が迫っているらしい。


 この時間帯になるとお客さんの数はめっきり減るし、業務もあらかた片付いてしまう。


 つまり、暇だ。


 ファミレスやレジャー施設も24時間営業をやめる店が多くなってきたし、ゆくゆくはコンビニもそうなるのだろうか。まぁ、あたしが働いているうちは関係ないと思うけど。


 こうした自由時間が設けられるのは、夜勤の思わぬ副産物だった。思考を整理するのに無心になる時間が大切ということを学んだ。静かな夜にぼーっとするのは、とても贅沢な時間の使い方だった。


 でも、最近はちょっと違う。


 隙間時間に思い浮かぶのは決まって八重城の顔。


「いらっ……しゃいませ……」


 入店音がして顔を上げるけど、知らない男性だった。一瞬でも、八重城かもしれないと期待してしまった。


 期待……? なんで、あたし期待しているの……? 何を期待しているの?


「レシートのお渡しです。ありがとうございました」


 お酒を買いに来た男性客の会計を済ませて、再び一人。


 最近のあたしはちょっと変だ。なにかと八重城のことを考えてしまうし、入店音がしたら彼女が来たんじゃないかって反射的に振り向いてしまう。ほんと、どうかしている。


 あの日、あいつがしおらしい顔で別れるものだから、気にしちゃってるんだ。騒がしい性格をしているから、居なくなった数日間の空白が目立っているだけ。


 ただ、それだけなんだ……。


「なんなのよもう……。これじゃあ、まるで……」


 なんだかムズムズする。


 たまには顔出しなさいよ、バカ。あんたのおかげでラジオも好調だよ、ありがとうって言わせなさいよ……バカ。


 バカバカバカ……バカ……。


 またお客さんが入店してきた。八重城じゃないとわかっていても顔を上げて挨拶はしなければいけない。仕事だから。


「え?」


 しかし、今度は一般客ではなかった。もちろん八重城でもない。


 賑やかな店内BGMがすぅーっと遠のき、まるで全身を流れる血液が一瞬だけ活動を止めたような感覚に陥った。


 訪れたのは一人の女性客。あたしは彼女を知っている。忘れもしない。


 かつて、共に夢を目指したその女の子は――


「……紅音」

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