9話:「神殿に向かって」
居住区の一角、木製の屋敷が立ち並ぶ風情ある街並みの中、一つの扉が勢いよく開かれた。開かれた扉は閉められることなく、開きっぱなしだ。その扉から、一人の少女が慌てた様子で飛び出してきた。
彼女の名前は、リナ・シェーラ。この【ジェスタ】の町にある神殿の神官を務めている。若干17歳にして初級神官の過程を修得し、現在中級神官のクラスに属する人物だ。
「ハアハア、いけないかなり遅刻です」
腕を大きく振りながら、ひたすら目的地に向かって走り出すリナ。彼女の年齢には似つかわしくない二つの大きな膨らみが、左右上下に大きく揺れる。
すると、とある建物の前で掃除をしている鼻の下に髭を蓄えた中年の男性に声を掛けられた。頭頂部は髪がなく、耳のすぐ上の部分のみ髪が残っている特徴がある髪型をしている。年齢は40代後半から50代といったところだろう。
「よお、リナちゃん今日も遅刻かい?」
「バーナーさんごめんなさい、いまちょっと急いでますので!」
「はっはっはっ、転ばないように気を付けるんだよ」
それだけ言うと、行ってらっしゃいというように手を振って見送ってくれた。
「早くしないと司教様の雷が落ちてしまいます。今月に入ってこれで5回目の遅刻ですからね」
そう彼女はよく遅刻をする人物なのだ。時間に対してルーズというよりは、好きなことに夢中になりすぎて時間が経つのを忘れてしまうといったタイプの人間だ。
「時間が経つのってホントに早いですね。特に好きな人といるときなんて……」
そうつぶやくと、今朝の出来事を思い出しているのだろう、走りながらデレっとした顔を浮かべるリナ。その光景を他の人が見れば変人と言われても仕方がないほどに、彼女の顔は喜悦と欲情で崩れていた。
すれ違っていく人の異様な視線に、自分がどんな顔をして走っていたのか理解したリナは、首を左右に振って通常の顔に戻した。
彼女の顔は目口鼻そして輪郭がバランスよく整っているため、普通にしていれば絶世の美少女の顔のそれになる。だがしかし、彼女の性格と性癖がその整った顔で保つことを許してはくれない。いわゆる黙っていればいい女なのだ。そう、黙っていれば……。
しばらく走っていると、目の前には十数段の階段が見えてきた。それを急ぎ足で駆け上がり、階段の途中の踊り場からさらに左方向にまた十数段の階段がある。そうして登り切った階段の先にあるのが、その町の中心部でもある広場だ。
ちょうど中央部分には噴水があり、その町の待ち合わせ場所としてもよくその広場が使われるほどだ。だが、今は早朝ということもあり、その広場にはまばらに人がいる程度だった。
その広場の東側にあるのが、彼女の目的地である【クリスト神殿】だ。それはまるで神秘的な雰囲気を醸し出したモニュメントのような外観で、白の大理石を使い一切の汚れを寄せ付けない、大きな建物だった。
神殿の入り口の前に緩やかな傾斜の階段が数段あるが、急いでいる彼女はそこをてくてくと走り抜け、神殿の内部へと続く扉を勢いよく開けた。あまりにも勢いをつけすぎたのだろう、開けたときの音が神殿内に大きく反響する。
予想外に大きい音のため、神殿内にいたほとんどの人が何事かと視線をそちらに向けた。その視線に一瞬羞恥心に駆られたが、今はそれよりもやるべきことがある。
肩で息をしながらゆっくりと歩きだしたリナは、神殿内の祭壇近くにあるスピーチをするときに使う演台のような場所の近くに立っている人物のところへと向かう。
その人物が彼女を視認すると同時に目を細め、首を左右に振りながら呆れた様子で彼女に話しかけてきた。
「はあ……シェーラ、またですか……」
「ハアハア、申し訳ありません司教様!」
彼こそ、このクリスト神殿の総責任者であり、司教の位を持つ神官バイゼル・リブル・アークである。
年齢は50代から60代前半といったところだろうか、見た目は年齢に反して若干若く40代と言われても誰も疑わないほどだ。
青を基調とした神聖な雰囲気を漂わせる神官服を纏っており、まるで某有名RPGの僧侶を思わせる出で立ちだった。
遅刻してしまったことに深く頭を下げるリナだったが、何度もその光景を目にしているのであろう、バイゼルは意にも介さず話を続ける。
「あなたのその言葉は聞き飽きました。いつになったらその癖を直してくれるのですか?」
「申し訳ありません、自分でも直そうと思っているのですが……」
小さくため息を吐き、もういいです頭を上げなさいとバイゼルは言った。それを受けゆっくりと頭を上げるリナの手は前で組まれ、少し緊張した面持ちでバイゼルを見据えている。
「あっ、あの。司教様一つご報告がございます」
「なんですか?」
「昨日のことなのですが、神殿での務めの帰りに森へ続いている道の辺りで一人の男性に出会いました」
「それで、続けてください」
「はい、その人物を見つける前に彼のいた辺りが光の柱に包まれており、まるでそれは先日降りたご神託にある光の柱のようだったのです。見つけたときは気を失っておられましたし夜も遅かったので、私の家に連れ帰り、一晩お泊めいたしました」
その言葉を聞いた瞬間バイゼルは目を大きく見開き、神殿の責任者らしからぬ大きな声で彼女に問いかけた。
「なっなんですって! それでその方は今どちらに!?」
「え、えっと私の家におられると思いますが」
そう答えると、すぐに神殿中に響き渡るほどの大きな声でリナに叫んだ。
「今すぐその方をここに連れてきなさーーーーい!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます