8話:「朝の一時(ひととき)」
彼女が隣の部屋に消えてから15分ほど経過しただろうか、その間何かの食材を刻む音やせわしなく動いている足跡が聞こえていた。
その後、何とも言えない香しい匂いが隣の部屋からこちらの部屋に漏れ出し、大和の鼻に届いていた。
時折だが、彼女の鼻歌が聞こえ、楽しんで料理をしている光景が目に浮かんだ。
そんなことを頭の中で考えていると、彼女が入っていった扉が開き、50センチほどの大きさの料理を運ぶためのトレイに二人分であろう料理が乗せられたものを運んできた。
「お待たせしました、朝食です」
「おおっ、待ってました!!」
先ほどのいい匂いを嗅がされてしまっているからだろう、運ばれてきた料理がどんな味をしているのか想像に難くない大和は、思わず顔を綻ばせ、目の前に出された料理をしげしげと観察する。料理は全部で3品あった。
一品目は、緑と赤のコントラストが実に美しく生えている料理で、この料理名を敢えて付けるなら【サラダ】だ。レタスやトマト、キュウリに似ている野菜が盛り付けられ、瑞々しく光り輝いていた。
二品目はパンだ。形状は楕円に形作られ、等間隔に溝ができていた。全長は20センチ弱だろうか、見た目フランスパンを短くしたようなパンだった。
三品目はスープ。透明な透き通った汁の中にはじゃがいものようなものと、薄切りにした何かの肉が入っていて、湯気が立ち上っていた。
よくも15分という短時間でこれだけの料理を作れたことに感心した大和は、素直な感想を口にした。
「うわあー、すげえうまそうだな!」
「ふふふ、たんと召し上がれ」
「いただきます!!」
彼女が作った料理はどれも美味しく、高級レストランのような上品な味ではなく、いつでも食べられる家庭的な旨さが広がる味だった。
「うめえ、リナって料理上手なんだな!!」
「一人暮らしですから、これくらいは普通にできますよ」
「ちょっと見直しちゃったよ」
という言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が眉をつり上げ。
「えっ? 今惚れ直したって……」
「言ってません!」
言い終わった直後にすぐさま否定の言葉を返す大和。惚れてもいない相手をどうやって惚れ直すというのだろうか
その後、他愛のない会話を楽しみながら目の前の料理に舌鼓を打ち、料理も残り僅かというところでリナが声を上げた。
「あぁ!」
「ん? どうかしたのか?」
彼女の視線の先には壁に掛けてある物があり、それを見て声を上げたようだ。どうやらこの世界でいうところの【時計】らしい。ただ文字盤が数字ではなく、見たこともない文字が並んでいた。
ただ姿形は壁掛け時計そのままなので、文字盤に書かれている文字が数字なのだということは大体予想できた。
「もうこんな時間、急がないと」
「急ぐって、どこに行くんだ?」
「日々のお務めですよ。私、こう見えてもこの町では名の知れた神官様なんですよ?」
「へえー」
と空返事をしながら残ったスープとサラダを頬張り、料理を完食する大和。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
「こんな朝食を食べたのは久しぶりだよ、ありがとな」
「こんなものでよかったらいつでも作りますよ。では私はこれから神殿に行ってきます。ヤマト様のことも司教様にご報告しないといけませんので」
そう言うと、彼女は帽子掛けに掛けてあったいかにも神官が被りそうな白い帽子を被り、小さくて丸みのある白いポーチのような小物入れを腰に装着させ、薄い青みがかった無地のストールを首に巻き付けると、小さく「よし」と呟いた。
「ではヤマト様行って参ります」
「あ、ああ。いってらっしゃい」
「食べた食器なのですが、私の分の食器も含めて隣の部屋に持っていっていただいてもよろしいですか?」
「ああ、わかった」
「では、行って参ります」
彼女は手を前に組み、深々とお辞儀をする。その行為を申し訳なく思いつつも、どう対応していいかわからず、ただ彼女がお辞儀をするのを黙って見つめる大和。
そして、にっこりと笑いかけた後くるりと体を回し、外に通じる扉に手をかけそのまま部屋を後にした。
コツコツコツと彼女の足跡が遠ざかっていく。その足音が消えるのを確認した大和は、大きなため息を吐く。
「はあー、疲れた……なんだったんだあの子は。あれじゃあ、ただの変態ドM娘じゃないか。ちょっとタイプだったのに……。まあ、料理は美味かった……けどさ。だからって、あの性格と体質(性癖)はちょっとねえ。見た目だけなら、とびきりの美少女なのに」
などと彼女がいなくなってから独り言を呟く。椅子の背もたれに全体重を預け、何もない天井の一点を見ながらさらに大和は呟く。
「天は二物を与えず……か」
【天は二物を与えず】その意味は天は一人の人間に、いくつもの長所や才能を与えてはくれないという意味である。まさに彼女を指す言葉といっても過言ではないだろう。
しばらくの間一点を見つめボーっとしていると、急にバタンという音とともに入り口の扉が勢い良く開かれた。
「ごふっ!」
その音に驚き、椅子から転げ落ちてしまった大和。何事かと思い音のした方を見ると、そこには先ほど出て行ったこの部屋の主がいた。急いで戻ってきたのだろう、肩で呼吸をしながら両手を膝に置き息を整えている。
「あれ? どうしたの??」
大和の質問に答えるだけの余裕がないのだろう、その質問には答えず「ハアハア」と荒い呼吸を繰り返す。
「何か忘れもの? 急にドアを開けるからびっくりしたじゃないか」
ようやく息が苦しくなくなったからかその問いかけに彼女は答えた。いや正確には言葉を発することなく、白いポーチに手を突っ込み何かを取り出そうとしていた。目的のものが見つかったのか、それを大和の前に突き出した。
「渡すのを忘れてました。これ、受け取ってください」
渡されたのは、単純な作りをした小さな鍵だった。
「?」
なぜこのようなものを渡してくるのか疑問に思っていた大和に、その疑問に答えるように話を続けるリナ。
「外に出かけるときに鍵を掛けないままでは不用心ですから!」
「ああ、そっかそうだよね。わざわざ渡しに来てくれたんだ、ありがとな」
そこでふととある疑問が浮かんだ、彼女は一人暮らしと言っていた。つまり、この部屋の鍵は一つしか持っていないのではないか? その考えに至り、大和はリナに問いかけた。
「でもこの鍵って一つしかないんじゃないの? リナが戻ってきた時どうするんだ?」
それは至極当然な質問だそう思ったその時、リナの瞳がキラリと光り輝き、もう一度ポーチから何かを取り出し大和の前に突きつける。
「大丈夫です! 合い鍵、ありますから!!」
どうだまいったかと言わんばかりのドヤ顔に一瞬あっけに取られたが、その清々しい態度と彼女の見た目とのギャップに思わず吹き出してしまった。
「あははははは、なんだよそのしてやったりみたいな顔は」
「どうして笑うんですかーー!!」
大和のリアクションをバカにしている態度と思ったのか、頬を風船のように膨らませ、両手を子供のようにブンブンと上下に振るリナ。
「あははは……ほんっと、そういうところはかわいいんだよな」
あまりの面白さに笑いを堪えられなかった大和だったが、最後にポロっと心の声が漏れ出てしまった。
「かっ、かわいい!?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まった。その後、ロボットのように同じ言葉を繰り返す。
「かかかかわっ、かわっ、かわっ」
自分が失言をしたことに気付いた大和は、取り乱す彼女を落ち着かせるため、そして先ほどの失言をごまかすために彼女に話しかける。
「ほっ、ほら、神殿に行くんだろ? こんなところで油を売ってていいのか?」
「はっ、そうでした。早く神殿に行かなくちゃ! でっ、ではヤマト様、行ってきまーーす!!」
足をバタバタとバタつかせて走っていったリナに手を振る大和。ホントに急いでいたのだろう、ドアも閉めずに行ってしまった。
「全く……ほんとに騒がしいやつだな」
まるで、嵐が過ぎ去ったあとの静けさに満ちている部屋でぽつりとつぶやく大和。そして、彼女が閉め忘れていったドアをバタンと閉じた。
これから考えなければならないことが山ほどある。それをわかっているかのように大和は言葉を発した。
「さて……まずは確認だな」
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