第63話 さよなら Part.1




 夏休みも終わり、気が付くと4ヶ月を切っていた。


 やり直しの機会を与えられてから一年半。


 同じ所をぐるぐると回り続けている気がする。




 ベストな方法はわかってる。


 一橋達也をこの世から消し去ることだ。


 でも失敗したら、私だけが死ぬ。



 

 優太君に全てを話す方法もある。


 きっと一緒に手を尽くしてくれるはずだ。


 でも方法が見つからなかったら、彼はこう言うだろう。


『ごめんね。本当はして欲しくない。でも真理には生きて欲しいんだ』

 

 優太君が泣きながらヤツとして欲しい言ってきたら、きっと私は断れない。


 ヤツはまた喜んで動画を優太君に送ってくるだろう。


 地獄の再来だ。

 


 なんてね。


 本当はわかってる。


 私はたんに話したくないだけだ。


 自分のしてきた事を優太君に知られたくないだけだ。



 でもきっと、優太君は許してくれる。


 それで「よく話してくれたね、大変だったね真理」って言ってくれる。


 ずるずると優太君の優しさに甘えて、何もかも忘れて、自分だけのうのうと死ぬのだ。


 そんな事、絶対に許されない。

 


 だからごめんね優太君。


 今から優太君を思い切り巻き込むよ。



私には、こんな方法しか思いつかなかった。



 私はプリントを1枚。ヤツの机の上に置いた。


「……?」


 不思議そうな一橋達也。


 これは台本だ。


 優太君を偽の手紙で呼び出して、私とコイツで浮気しているところを見せる。


 優太君はきっと苦しむ。


「それで?」


 つまらなそうに、ヤツは言った。


「まだある」


 もう一枚。


 喫茶店に優太君を呼び出して、二人で優太君を傷つける。


優太君は死ぬほど苦しむだろう。


「詳しく話したいから、放課後にちょっと付き合って」


「……ふざけるな」


「なに? 一緒にいくのが怖いの?」


「お前は信用できない。連絡はIMでよこせ」


 スッとIMのIDを紙に書いて寄越した。


 信用できないのはこっちなんだけどな。



―――




「これを私がやればいいの?」


 計画書を、梨花ちゃんにも渡した。


「うん。使われてない野球部室があって、そこに優太君を手紙で呼び出すから」


「……私が忘れ物のプリントを届けるていで、桜田さんと一緒に真理ちゃんの浮気現場を隠れて目撃する、か……どこに隠れるの?」


「ロッカーが大きめだから二人で入れる。1つを残して全部入れないようにしておくから、そこに入って待ってて。わざと大きな音を立てていくから」


「わかった。それからバンジージャンプ? に行けばいいのね?」


「うん」


 浮気現場を一緒に目撃して、一緒に危険を体験する。


 これだけやれば、二人の距離は一気に縮まるはずだ。


「そしてさらに優太君をおいこむ。浮気女が毎日家におしかければ、優太君は限界が来て逃げ出すはずだから」


「逃げ出す?」


「優太君は優しいから、絶対に私に直接文句を言ったりしない。きっと自分が逃げようとする」


「逃げるって、なんかちょっと情けないね」


「情けなくなんて無いよ。逃げるのだって立派な戦術だよ。梨花ちゃん」


「あ、ごめ……また私……」


「私の方こそゴメン。こんな事お願いしちゃって」


「全然いいよ。それでどうするの?」


「優太君が逃げ出そうとしたら、すかさずカルペディエムに誘って」


「カルペディエム?」


「私が最上階を買ったタワーマンション」


「ああ、あの80階建ての凄いマンション?」


「うん。一緒に住もうって言えば、きっと住んでくれると思う。他に行く場所ないはずだから二人で住んでくれないかな?」


「……でも、ちょっと強引じゃないかな?」


「強引だと思う。もし嫌なら早めにいって欲しい。すぐに変更するから」


「嫌ではないよ。でも、真理ちゃんも一緒に住んで欲しい」


「え?」


「二人きりはさすがに不安だよ」


「卯月さんでもいい?」


「私は真理ちゃんがいい。変装して、声も出さないようにすればバレないよ」


「でも……」


「だめかな? 三人で住もうよ」


「……考えておくよ」


「うん」


「……そして私は、証拠を持って桜田さんと喫茶店に行けばいいのね?」


「うん。そこで達也に優太君をメタメタにしてもらうから」


 梨花ちゃんは、私と一橋達也が関係を持っていると思ってる。


「証拠って?」


「証拠があるって言えば、あることになるよ。見せられないとか何とか言っておけば大丈夫」


「そんなので大丈夫かな?」


「それより大事な事を頼みたいの」


「大事な事?」


「私と達也のしてる動画を優太君の前で再生させるつもりなんだけど……」


「え? 本気? 喫茶店だよ?」


「うん。わかってる。でもそれに優太君が耐えきれない可能性があるの。だから、優太君がヤバいなって思ったら、梨花ちゃんの判断で、これで達也のスマホを破壊して」


 スマホを破壊する道具を梨花ちゃんに手渡す。


「ノミとハンマー……。え、でも、一橋達也さんに言えばやめてくれるんじゃないの?」


「アイツはそんな事で止めるような人間じゃないよ」


「そう……なんだ」


「事前に、達也のスマホは安心保障プランに加入させておくから、心置きなく破壊していいよ」


「わ、わかった」


「そして出来たらでいいけど、しれっと壊したスマホを回収してきて欲しい」


 うまくいけば何かヤツの悪事の証拠を掴めるかもしれない。


「タイミングを見て、私と達也は帰るから、その後の優太君のフォローをお願いね」


「……やってみるよ」


「ありがとう……ごめんね。こんなことまでお願いして」


「ううん。大丈夫だよ」




――




 いよいよ前日。


 私は実家の自分の部屋で、優太君の部屋が見える窓を開けた。


 優太君と、最後にした会話は覚えている。


『真理。このゲーム面白いよ。やってみたら?』『それ、あんまり面白くなかったよ』


 私が優太君の彼女としての、最後の会話だ。


「また……お別れを言えなかったね」


 1回目は私の浮気が原因で、優太君が死んじゃってお別れを言えなかった。


 2回目も私の浮気が原因だ。




「さよなら優太君。大好きでした」





――



 油断せず、慎重に。


 私は生徒会と、お金の力を借りて、当日はあちこちに人を配置した。


 でも、一橋達也が何かを仕掛けて来る様子はなかった。



 一橋達也と意味ありげな会話をして、一橋達也が背の低い私にキスをしてるようにして見せた。


これできっと私の浮気を確信してくれたはずだ。


 野球部室を出る時に、チラリと後ろを振り返った。


 優太君と梨花ちゃんの隠れたロッカーは、固く閉ざされたままだった。



 私が始めたことなのに、ひどく胸が痛んだ。



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