第56話 星


 何も決められないまま、時間だけが過ぎていった。



 このまま何もしなければ、私は12月24日に死ぬ。


 死んだ後、一橋達也は、また優太君を死に追いやるかも知れない。



 けどもし、私が一橋達也と関係を持てば、私は生きられる。


 そして梨花ちゃんが優太君を死なないようにしてくれる。


 

 この方法なら、1つのことを除いて全てを解決してくれる。


 私が嫌だという1つのことを除いて。



 もう一つ方法がある。


 全てを優太君に打ち明けて、一緒に運命と戦ってもらう方法だ。


 色々試して、数字が増えるような事があれば全て解決するし、増えなくても優太君と一緒に最後の時間を過ごすことが出来る。


 でももし、優太君が理解してくれなかったら?


 悲しそうな顔で「そんなこと言われると思わなかった」なんて言い出されて、そこで思考停止されてしまったら?


 一度説得に失敗してしまったら、梨花ちゃんにお願いしていた方法は使えなくなる。


 優太君だって私の差し金だと気付くはずだ。


 ただ優太君が知ってくれはするので、死ぬ可能性は少なくなるはずだ。


「……しんどいな」


「大丈夫? 少し休もうか?」


 優太君がこっちを振り返った。


 あ。


 そうだった。


 今は優太君と星を見に来ていたんだった。


「大丈夫だよ」


 私が言うと、優太君は頷いて、


「もう少しだからね」


「うん」


 郊外にある星が綺麗に見える高台。


 夏になるとカップルだらけになる場所だけど、今の時期はまだ寒いので人が少ない。


 自転車で来た。


 私の持っている手袋では寒いからと、厚手のしっかりした手袋を優太君が貸してくれたので、全然手が冷たくならなかった。


「手袋ありがとう」


 手袋を外して返そうとすると、


「まだいいよ。帰りもあるから」


「でも優太君が寒いでしょ?」


「大丈夫。軍手も結構暖かいんだよ」


と言って軍手を見せてくれたが、どう見ても寒そうだった。


 すぐに両手をポケットに入れて、寒そうにして歩きだした。


 優太君。優太君。優太君。


 二人で幸せになれる未来があったら良かったのに。


「え? 真理!?」


 私が優太君のポケットに手を入れると、優太君が驚いた声を出した。


「こうしてると暖かいでしょ?」


「え、いや。そうだけど……」


「私の手は嫌だった?」


「そんなこと……ないよ……」


「……星。綺麗だよね」


 私は夜空を見上げる。


「うん。いつも見てる夜空よりすごいね」


「うん」


 夜空には、街中で見るよりも、ずっとたくさんの星々が輝いていた。


 普段は見えていないけど、空にはこれだけの星々が、確実に存在しているのだ。


「優太君。知ってる? 月の光って、実は1.8秒前の光なんだって」


「そうなんだ」


「だからもし、月が煌煌と光っているように見えたとしても、本当はもうないのかもしれない」


「でもきっと、月は突然なくなったりしないよ」


「あるかもしれない。その時は、お月様を探してくれる?」


「探すよ。真理と一緒に」


「私といても何の役にも立たないよ」


「役に立つとか立たないとかじゃないよ。僕はその……真理といたいと思うよ。月のない世界だったとしても」


「……」


 ……失いたくない。


 けれど、確実に失ってしまう。


 今、もし私が全部を告白したら、優太君は全部を受け止めてくれますか?


 運命に一緒にあらがって、戦ってくれますか?


「優太君……あのね。実は……私……」


 突然。


 口を塞がれて、近くの茂みに引きずり込まれた。


「え? 真理!? 真理!?」


 心配した優太君の声。


 声が遠くなる。


 ……。


「ようやく生徒会の目の届かない所まで、出てきてくれたな」


 分厚いゴム手袋で、私の口をおさえたまま、そいつは走り続けた。


「メチャクチャにしてやるよ。木下真理」


 口を塞がれたまま、地面に押し付けられて、手足の自由を奪われる、


「女ってのは不自由だよな。力も弱い。頭も弱い。今からお前を俺のものにしてやるよ。何。すぐに気持ちよくなって、俺のいう事を何でも聞くようになる。お前を使って、他の女も俺のものにしてやるよ」


 頭が弱いのはどちらなのだろうか。


 ヤツは私の上に乗って、足を動かないようにしてはいる。


 けど、ヤツの左手は私の口を塞いでいるので、私の右手が自由になっている。


 私はポケットから警棒を取り出して、ヤツに押し当ててスイッチを入れた。


 ビクン!


 ヤツの体が痙攣して、そのまま動かなくなった。


 私はその体をおしのけて、立ち上がった。



 ……決めた。


 やっぱり巻き込めない。


 コイツは危険すぎる。


 もう、迷わない。


 私は、梨花ちゃんを騙す。


 優太君も騙す。もちろんコイツも。


 全員騙して地獄に落ちてやる。




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