第55話 side 天満梨花①



お父さんは厳しい人だった。


時々は優しかったけど。


お父さんは事あるごとに言っていた。


「梨花は素質がある、必ず有名な女優になれる」


私はその言葉を信じた。


お父さんもまた、私の頑張りに期待した。


けれど結果が出ずに、伸び悩む日々。


「こんなはずは無い」


私もお父さんもそう思っていた。


でもある日、お父さんは姿を消した。女の人と。


私のせいだと思った。


私がオーディションに落ちて、お父さんをがっかりさせてしまったから、いなくなってしまったんだと思った。


頑張って立派な女優になったらお父さんが帰ってくるかもしれない。


子供の頃の私はそう思っていた。



その頑張りが、全部無駄だったんだとわかったのが、私が14歳の時。


天音美羽。


私より4歳年下で、天才的に演技が上手な女の子。


彼女を初めて見た時、私は驚いた。


彼女に、父の面影があった。


調べたら簡単に出て来た。


私の父だった男性が、自慢の娘の事をペラペラと喋っているインタビュー記事。



自分のすべてを否定された気がして、全てが嫌になったのに、それでも私は女優を辞める気にはなれなかった。


 私には他に何もなかったから。


 交差点で空を見上げた時に、何かがこみあげてきて、このまま車の前に飛び込めたら楽なのにと思った。そんな勇気ないけど。


 そこでフードをかぶった男性に襲われた。


 急に手を掴まれて、よくわからない事を早口に言われた。


 何を言ってるのかほとんど聞き取れなかったけど、聞き取れた言葉もある。


「下手くそな演技を俺がなんとかしてやるよ!」


 そうか。


 この人から見ても、私の演技は下手くそなんだな。


あはは。


 

 そこに金属バットを持った少女が現れた。


 彼女はあっという間にフードの男性を倒すと、私の手を取って、走り出した。


 驚いたけど、必死に私を引っ張っていく彼女の表情を見て、私は泣いてしまった。


 泣いて泣いて、彼女を思い切り困らせた。


 泣ききったら気分が落ち着いた。


 彼女は未来から来たと言っていた。


 信じられなかったけど、彼女が喋ることには真実味があった。


その証拠に、彼女の言葉に従って言った結果、仕事が増えて、事務所での私の待遇はどんどん良くなっていった。


 女優の仕事も増え、アイドルとしてデビューして、前とは比べ物にならないほど知名度も上がった。

 

 浮かれていた。


 もしかしたら、人気が出て父親が私の事を気にしてくれるかもなんて、ありえない事を考えてしまったりした。


 わかってる。


 私のお父さんはもう、どこにもいない。


 私を見ても、きっと目もくれないのだろう。


 でも、もしかしたら、奇跡が起こるかもしれない。


なんて、


 夢を見る位は許して欲しい。


 

 「いや。っていうか1年切ったからもういいかな」

 

 そう言って、未来から来たと言った彼女は私に手の平を見せた。


「数字が毎日、1つずつ減っていってるの。昔からなんだけど、あと356日なんだよ」


「……この数字が……減るの?」


私が聞くと、彼女は頷いて、


「うん。毎日21時に減るんだ」


「0になるとどうなるの?」


「わかんない。けど、おばあちゃんは私を『長生きできない』って言ってた。だからたぶん、死ぬんじゃないかな」


「真理ちゃん。私、その話、聞いてないよ」


「うん。言ってないからね」


 勝手だな。


と、思った。


 こいつも自分勝手だ。


 勝手に人に『桜田優太』を押し付けて、勝手にいなくなろうとしている。


私に勝手に女優を押し付けて、いなくなった男と同じように。


 私は立ちあがって、彼女の頬を叩いた。


「勝手な事を言わないでよ」


 私はポカンとする彼女の前に立ち、


「なんで全部、自分で勝手に決めちゃうの? 私の事なんてどうでもいいの?」


 彼女の顔が見れない。


 白い床。テーブルの脚。


 私は今、誰に向かって話している?


「また私を置いていくの?」


「……梨花ちゃん?」


「私、一人で浮かれてた。有名になって来たとか。女優としての仕事も増えて来たとか…………」


「……」


「真理ちゃん……私は一人じゃここまでこれなかったよ。ここまでこれたのは、全部真理ちゃんのおかげ」


「そんなことない。梨花ちゃんが努力したからだよ」


「違う。私には真理ちゃんが必要なの」


「梨花ちゃん……」


「だから、死ぬなんて言わないで」


「でもね。梨花ちゃん。この数字は、とめられないんだよ」


「なんで? 方法はないの?」


「あるけど……それは……」


「あるんだね。教えて。どうすればいいの?」


「一橋達也と……だから」


 話を聞いて、私は笑ってしまった。


 神様はどこまで意地悪なんだろうか。


「他の人じゃダメなの?」


「うん……たぶん……」


「試してみた?」


 コクコクと頷く彼女。


「本当にそれしか方法がないのなら、やろうよ」


「……嫌だ」


「なんで? 死なないで済むんだよ?」


「ごめん」


「なんで?」


「出来ない」


「でも……」


きっぱりと言われてしまい、私は言葉が出て来ない。


でも何か言わないと。


このままでは彼女も消えてしまう。


「真理ちゃんが死んだら、桜田優太さんも死ぬと思う」


私は言った。


「え?」


「話を聞いてて思ったんだ……その1回目? の世界で、桜田優太さんが死んだのは、自分が真理ちゃんを幸せに出来ない事が辛かったから。真理ちゃんが死んだら、また彼は逃げるよ」


「……私が死んだら、優太君も死ぬって事?」


「うん」


 私は頷く。


 ごめんね真理ちゃん。


 いまからもっと最悪な事を言うよ。


 本当にごめん。


「だから提案があるの。真理ちゃんが一橋達也と関係を持って数字を増やしてくれるのなら、私は桜田優太さんを全てを投げ捨て守る。でも、してくれないのなら、私は桜田優太さんとは一切関わらない」







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