第42話 BadApplePromotion








 

 天満梨花のマネージャー候補が二人。


 死ぬ前と歴史がかわっていないのであれば、どちらかは天満梨花を裏切って財産を持ち逃げする事になる。


 そんな事態は避けたい。


 だから私は言った。

 

「やっぱり卯月さんにしよう。梨花ちゃん」


 マネージャーに会いに行く道すがら、私は梨花ちゃんに言った。


「え。まだ会ってもいないのに?」


「うん。一番大事なのは梨花ちゃんがどう感じたかだから」


「私が?」


「だって普通に考えたら、梨花ちゃんが選ぶのは優しい卯月さんでしょ?」


「うん」


「だったら卯月さんが犯人だよ」


「え。じゃあ毒島さんを選んだ方がいいんじゃないの? ちょっと嫌だけど。かなり嫌だけど」


「犯人が誰なのかわかってる方がやりやすいよ。その人が泥棒だってわかってるなら、その人だけを警戒しておけばいいんだから。野に放って外から狙われた方が面倒だよ」


「……なるほど」



「というわけで、マネージャーは卯月さんにお願いしようと思います」


「え? 本当? 嬉しい。天満ちゃん、これからよろしくね」


 頭にぴょこんとアホ毛を付けた可愛らしい細い目のお姉さんが、梨花ちゃんに抱きつくと、


「ちょっと。マネージャーを決めるのは今週末のはずでしょ? 何言ってんのよ」


 冷たい美人系のお姉さんが、バシッとテーブルを叩く。


「ちょっと落ち着きましょうよ毒島さん。まだ正式に決まったわけじゃないわよね? 天満ちゃん」


「はい。あくまで私の気持ちを伝えておきたいと思ったので」


「ふーん。ならいいけど」


 もちろん部外者の私が、マネージャーを決める会議に参加できるはずもなく、梨花ちゃんが動画で撮影してくれたものだ。


「これでよかったのかな? 真理ちゃん」


 微妙に納得してないような表情で、梨花ちゃんが唇を尖らせている。


「とりあえずはね」


「とりあえず?」


「うん。でも卯月さんにだけ会わせてほしいかな。一応、人となりを知っておきたいし」


「わかった」



 その子はショートカットで、まるで針金のように細くてスレンダーな体つきをしていた。


「あなたが木下真理さんですね?」


 その子は、私を親の仇を見るような目で睨みつけてきた。


「あー、うん。どうも……あさひちゃん」


「……どうして私の名前を知ってるんですか?」


 しまった。


 こっちでは初対面だったか。


「あ、いや。その……優太君から聞いてたから」


 私が言うと、彼女は悔しそうに顔をゆがませて、


「何なんですか! 何なんですかあなた!! 仲がいいアピールですか!? 羨ましいですね!! 羨ましいですよっ!!!」


「ちょっと落ち着こうか。あさひちゃん」


「ようやく再会できたんです! 私、ずっと探してて、子供のころに、助けてくれた男の子。ずっと探してた! ようやく再会できた! なのに何なんですか? 優太さんが好きだって言ってくれているのに、付き合いもしない、でも好きだから他の女と付き合うのは許さないって言ったんですよねっ!?」


「い、言ってない。言ってないし、声が大きいよ。あさひちゃん」


「でも好きだって言ったんですよね!?」


「う、うん」


「そしたら優太さんは諦めきれないじゃないですか! 付き合うつもりがないなら嫌いって言ってあげるのが筋なんじゃないんですかっ!!」


「それはその……うん。ごめん。私が悪かった」


 あさひちゃん。


 こんな子だったのか。


 ぜんぜん知らなかったな。


「あなたみたいな綺麗な人にはわからないと思いますけど、私には優太さんしかいないんです。お願いですから邪魔をしないでください。応援しろなんて言いません。ただ、付き合うつもりがないのなら、ちゃんとふってあげてください」


「いや……うんとね……」


「邪魔……しないでくれますよね?」


 泣きはらした目で、私を睨みつけるあさひちゃん。


 どうしよう。

 

 あさひちゃんと付き合われるのは非常にマズいんだよね。


 すでに前科があるから。


 でも、それを今、目の前にいる彼女に伝えたところで理解してもらうのは難しい。


「……わかった。邪魔はしない」


 優太君を信じるしかない。


 あの時とは状況が違う。


「それじゃあ私は行きます……大声上げて、すみませんでした」


 彼女はペコリとお辞儀して、そのまま去っていった。






 梨花ちゃんの所属する『BadApplePromotion』は結構大きなプロダクションだった。


 エレベーターで4階まで行って、卯月さんと梨花ちゃんを呼び出してもらってゲストルームで待っていると、


「あら? あなたが天満ちゃんのお友達? 初めまして、卯月 千草です。よろしくね」


 卯月さんは、ニコッと笑うと目が細くなる。


 彼女は、頭にアホ毛があって、全体的にはぽわぽわした雰囲気なのに、目が冷たくて、アンバランスな印象を受けた。


「木下真理です。よろしくお願いします」


「それで? 話って何かしら?」


「ちょっとこれを」


 私は、紙袋に入れたものを彼女に渡す。


「これは?」


「プレゼントです。これから友達の梨花ちゃんをどうかよろしくお願いしますね」


「わかったわ。わざわざありがとう」


 卯月さんはまた目を細めてニコッと笑うと、紙袋を受け取ってくれた。


「ところで正式にマネージャーが決まるのっていつですか?」


「3日後の金曜日ね」


「楽しみにしています」


「ありがとう」





金曜日の朝。


私の元に、梨花ちゃんからIMでメッセージが届いた。


【天満梨花:大変だよ真理ちゃん。卯月さんが誰かに刺されたって今、毒島さんから連絡があって】


【木下真理:慌てないで大丈夫だよ。今から行くから。今は事務所?】


【天満梨花:ううん。まだ家だよ】


【木下真理:じゃあ家まで迎えに行くね。まっててね】


【天満梨花:うん】


 私はスマホをカバンのポケットに入れると、


「……ちょっと待ってくださいね。学校に遅れる事を連絡しないといけないので」


 朝の早い両親はすでにもう出かけた後だ。


 私は家の電話で学校に電話をかけて、家庭の事情で遅れる事を伝える。


 それから部屋に戻って彼女に声をかけた。


「それじゃあ行きましょうか……卯月さん」




 

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