第34話 スカイツリー



 優太君にスカイツリーに誘われた。


「おい、今度の土日は予定ぜんぶ空けとけよ」


 一橋達也が言う。


「今度の土日は駄目。優太君とスカイツリーに行くんだから」


「スカイツリー? お前。高い所駄目だったんじゃねえのか?」


「まぁ。駄目だけど……」


 でも優太君が行きたいんだから仕方ない。


 私は優太君の行きたいところには全部行ってあげたい。


 その方が、罪悪感が薄まるし、バレるリスクも下がる。


 優太君も嬉しいし、私も気持ちいい。


 ただ、あまり数字があがらなくなった。


 最初は「10」ずつ増えていた数字が、8になり、6になり、今はたったの1だ。


 まあ、増えないよりはいい。


「お前さ。無理して優太と付き合ってんじゃねえの? 好きなものを食べずに我慢して、嫌いなものを無理して食べて。それでいいのか? それでお前の人生はいいのかよ」


「うるさい」


「おーこわ」


 いつからだろう。


 いつから私は、ヤツとこんなに普通に会話するようになったのだろう。


 気持ちよいから一緒にいるだけの関係が、いつからかよくお喋りするようになっていた。


 でも、一緒にいる時間が増えて、どうしても会話も増える。


 体の接触が増えるたび、縮まる心の距離。


「まだ優太に手も握って貰えないのかよ。お前さ。それって愛されてるって言えるのか? 俺ならずっとお前を愛してやれるのに」


 一橋達也は、しつこく優太君との関係を聞いてくる。


「真子とは別れる。他の女とも。お前が求めるのなら、俺はお前だけと真剣に付き合う」


「なあ、俺の事をどう思ってるんだ? 教えてくれよ」


「嫌い」


「そうか。聞いて悪かったな。ごめん……」



 そんな顔をするのはやめろ。


 私が悪いみたいじゃないか。


 気持ちいいから別にいいけど。





「ねえ優太君。今日はずっと二人でいたい」


 たまには優太君に癒されたい。


「いいよ」


「しちゃおうよ。私、優太君とやっぱりしたいよ」


 勇気を出して言ってみた。


 ストレートに。


「どうしたの? 変だよ。そういうのはまだ早いよ」





「かわいそうに。優太に愛されてないんだな」


 違う。


「ほら、俺を優太の代わりにしろよ。俺を優太だと思って、好きなだけ俺の上に乗れよ」


 やめろ。



「気持ちいいだろ。隠れてするの」


 気持ちいい。めちゃくちゃ気持ちいい。


 1ずつしか増えないのに、加速度的に数字が増えていく。


 私の心は喜びでいっぱいになる。


 朝も昼も夜も、ゼロ距離で肌と肌を重ね続けた。



「あれ? スカイツリーはどうした?」


「いかなかった」


「なんで?」


「優太君が週末は天気が荒れるからやめようって……」



「なんだよ。その程度なのか? 俺なら雨でも楽しめるデートコースを考えるけどな。そもそも高所恐怖症のヤツをスカイツリーに連れてくのは頭おかしいぞ」



「違うよ。前に夜景を見たいって私がいったから。それに、お互いがお互いの事を考えすぎて、自分が何が苦手で相手が何が苦手かわからなくなってるの」



「お前。愛されてないんだな。かわいそうにな」


 かわいそうじゃない。


 かわいそうなのはお前だ。


「お前は優太の事をこんなに愛してるのに。優太はお前の事を愛してないよ」


 そんな事ない。


「じゃあ何で家に来たんだよ。俺と愛し合いたいからだろ? 愛が足りてないんだろ?」


 違う……違う……違う……。


「優太に愛されてないから、足りないものを俺に埋めてほしいからだろ?」


「違う」


「ほら。気持ちよくしてやるから来いよ」


 抗えない。


「俺の事を好きになれなんて言わない。ただ優太に愛されない分、俺が愛してやるよ」


 愛されたい。


 気持ちよくなりたい。


「俺だけを見ろ。真理。俺だけがお前を愛してやれる」







「真理さん。話って何ですか?」


 私は優太を好きだという彼女に話を持ち掛けた。



 決めた。



 私は一橋達也を選ぶ。


 優太との未来は先が見えない。

 


「優太と別れる事にしたから、私の事は気にしないであなたの好きにしていいよ」


「え? いいんですか?」


「うん。私、達也と付き合う事にした」


「達也さんと? でもあの人、いい噂きかないですよ」


「いいんだ。私に相応しい相手なの」


「真理さんがいいなら私、私は別にかまいませんけど」


「うん。だからお願い。私が優太に冷たくするから、あなたは優しくしてあげて」


「わかりました……でも、本当にいいんですか?」


 遠慮がちな顔。


「いいって言ってるでしょ。もう早くわかれたいんだよね。優柔不断でどうしようもないヤツだし」


「意外です。真理さんがそんな事言うなんて」


「なんか文句あるの?」


「ご、ごめんなさい」



 計画はうまく運び、私は優太と別れて達也と付き合いだした。


 数字も増えた。


『600』



 順調だった、


 数字は増え続け、教室で見る優太は笑みが増えた。



 これでいい。

 

 これでいいんだ。


 これでお互いが幸せになれた。



『620』



 順調だった。ただ幸せだった。



 私は毎日毎日、逃げるように快楽に溺れ続けた。



『650』



 ある日。


 学校を終えて家に帰ると、優太君のお母さんが、真っ青な顔で私の家の前に立っていた。


「真理ちゃん! どうして電話に出ないのよ!?」


 そう言えば電話を切っていたな。


 大好きな達也と一緒にいる時は、誰かに邪魔されたくないから。



「どうしたんですか?」


 私が聞くと、優太君のお母さんは、私を凝視して、


「真理ちゃん。驚かないで聞いてね」


 そう言われると身構えてしまう。


「優太がね、死んだの……」


 私は、彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る