第203話情報整理

 始祖達の集会が終わり早いことで一週間が経過していた。

 魔界の街はいままでどうりというわけにもいかず、ピリピリとした気配が漂っているもののすぐにどうこうなるようなものでもなさそうである。


 現時点において大きな戦力差というものは魔界に住む住人たちが認識している中ではほとんどなく、どちらの勢力に着くべきか迷っている者が居る程度には傍目から見れば平等な戦力差らしい。

 しかし耳の良いものには桜仙種やエルピス達が一方の勢力加勢していることを知っている者もある程度は居る様で、この数日間何度か魔界の中でもそれなりの権力を手にしている人物たちをこちら側の陣営へと引き入れることに成功していた。


 だがもちろんその反対の現象もそれほど多くはないが発生しており、悪魔はいまのところそういった話もないが他の種族からは破壊神復活の一報を受けて敵の方へと寝返った魔族もそれなりに居る。

 基本的に力で全てを解決しようとする魔界の住民たちでこれだ、人類の中で既に破壊神の側についている者がどれだけいるかと考えるだけで頭が痛い。


「エルピス様、今日も特に異常はなさそうですね」

「特にこれといった動きもなし。それなりに深く切ったとは思ったけどもしかしたら死んじゃったかな」


 そうした中でエルピス達は情報収集のために日々冒険者組合へと足を運んでいた。

 冒険者組合とは言ってもこの場所は議会が管理しているため人類生存圏内にある冒険者組合とはまた毛色の違う政治の色を持つ。

 もし評議会の人間が行動を起こすとすれば最も簡単にできるのは冒険者組合で敵対している人物を批判する文章を上げるなどの印象操作だろう。


 だがここ数日間何度か訪れている者のそういったものが出てくるような気配というのはこれっぽっちもなく、むしろ魔物の討伐依頼などは日増しにその存在感を減らして言っているといってもいい。


 一瞬そのまま殺してしまったのではないかと考えたエルピスであったが、上位種というのは総じて頑丈にできていると相場が決まって居るので死んでいるというのはあまり考えられない事である。

 エルピスも口に出してその可能性はないだろうと判断した。


「それはそれで悪い話ではないですが……ところでなんで今日この面子なんですか?」

「んァ?」

「何か言いましたかフィトゥス」


 これから何をするべきかと考えていたエルピスに対して小声でそう問いかけてきたフィトゥスの目線の先には、組合内部で飲食する人用に備え付けられていた椅子に腰を掛ける二人の姿があった。


 男の方は特にこれといった装備を持っておらず丸腰、女性の方は短剣と弓を持っている。

 男の方は別として女性の方が来ることは想定外だったのだろう、いやそうな顔をしているフィトゥスは隠したつもりだったのだろうが軽く頭をはたかれていた。


「アーテとヘリアしか暇な人がいなかったんだよ。ニルは気になることができたらしくて帝国に、セラは父さんと母さんとエラもつれて四人で龍の封印されてる遺跡探しに。

 アウローラは相変わらずフィアを見てくれてるし、フェルは実家で始祖達と情報交換中。ほかにもみんないろいろとしてて手が空いてるのがこの四人だったってわけ」


 それぞれがそれぞれやるべきことをしているので仕方がないことではあるが、随分と全員がそろう機会が減ってしまったように感じられる。

 これから戦争が始まろうというのだ、それも仕方のない事だが特にこれと言って用事もないのに外をぶらぶらと歩いていた頃が懐かしい。


「まあとりあえずフィトゥスさんも座ッてくれよ、とりあえずここ数日かけて始祖についての情報をヘリアさんと調べてきたんだ」


 一瞬トリップ仕掛けていたエルピスを引き戻したのはアーテのそんな声。

 机の上を見てみればいくつかの書類が置かれており、ここ数日の間にどれだけの量の聞き込みをしたのか様々な情報が記載されたそれらを纏め、人数分用意し、見やすい書類に直した手腕はさすがの一言に尽きるだろう。


 司会進行を行うのはこの資料を作ったヘリアだ。


「まずは一番近い人物、悪魔の始祖種フェルさんについての情報から話させていただきます」

「情報元はどこから?」

「直接お聞きしたところご本人が嬉しそうに教えてくれました」


 そう言ったヘリアの言葉にエルピスの脳内で笑顔を見せるフェルの表情が浮かんでくる。

 確かに彼であれば聞いていなくとも教えてくれそうなものだ。


 最近は時間がなさそうなのによく協力してくれたなと思いつつ、エルピスは渡された書類に目を通しながらヘリアの言葉に耳を傾ける。


「産まれた日は他の始祖と同じく世界創生時から、能力などはエルピス様に聞いた方が早いと。

 支配領土は魔界南西部狭間の地、種族名は原初の悪魔レイヴン・ブラッド・アフター

 呪いに対しての完全耐性や高い魔術適正が特徴的であり、周囲の感情の起伏に応じてその力を増すという能力を保有しています。

 また彼の最も凶悪な部分は同胞を簡単に増やせる事にあります」

「同胞を? つまり悪魔を作り出すって事?」

「そうです。彼は一定濃度の魔力溜まりからランダムなレベルの悪魔を作り出すことができます、その場の状況や周囲の感情。

 使用された魔力溜まりの魔力量や元の魔力の持ち主によってある程度は強さを決められるらしいですが。

 最近になってからは彼が制作に携わっていない悪魔も発生し始めたそうですが、魔界にいる悪魔は大元は全て彼が親です」


 全ての悪魔の産みの親というのは比喩表現でもなんでもなく実際にそうだったのだ。

 単為生殖ではなく二匹以上の生殖活動によっても増殖することが確認されているので全員が直径の子供というわけではないだろうが、先祖を辿っていけば彼が最初の悪魔には違いないのだろう。


「お次に仲間になった3名の始祖種の方々についてです」


 粘液生命体スライム種始祖、フィリル・トルフェス。

 物理攻撃に対しての完全耐性と魔法に対しての高い耐性能力を持つ。

 しかし攻撃能力は低く、また物理的な攻撃手段はないため魔法による遠距離戦闘を主だったものとする。


 領土は持たないものの魔界全土に粘液種は点在しており、今回の一件を受けてフェルの元へと粘液種を集めている。

 権能は周囲の魔力を喰らう事で己の体積を増加させる能力。


 闇夜の帝王トゥルーヴァンパイア

 バーン=フィリップ

 吸血鬼でありフィリルと同じく太古から存在する始祖種ではなくその名称を継承してきた始祖種。

 身体能力が高く、また吸血鬼として様々な特殊能力を保持している。

 彼の周囲は自動的に夜へと変わり、彼がいる場所は常に夜である。


 英霊の死霊使いヘレディック・ネクロマンサー

 もはや名前を失ってしまったかつての英雄、その死霊が始祖となった姿である。

 他の始祖種に比べればまだそれほどの時を生きていないが、フェルいわく人が繁栄する前には既にいたとのことなのでかなりの昔からいたらしい。

 知り合い既に死亡した『英雄』の称号を持つものを召喚する能力を有しており、それゆえに人類とは非常に友好的な関係性を築いている。

 かつての大国滅亡にも関係しておらず、一貫して中立の立場を貫いている。


「また二癖も三癖もある人物ばかりですね」

「おそらく一番話がわかるのはヘレディック氏でしょうね、ついで利害関係が一致しているお二人でしょうか」

「個人的にバーンさんと話す場所が作りたいかな。この作戦が終わった後に人類の守護を頼めるかもしれないし」



 利害の一致がある以上裏切られる心配性はそれほど気にしなくてもいいだろう。

 そうして大事な事を任せられる相手であると判断できたのであれば、エルピスの行う必要のあった業務を代わりにやってもらうのも一つの手だ。


「ついで敵となっている始祖種についてですが、こちらはあまり情報は掴めませんでした。一応集めておいた情報はこちらです」


 緑厄の愚王ゴブリンロード愚物の集合体コレクト・ハルピュイア不死者の王アンデットキング地獄の覇王ヘル・ザ・ロード万病の生みの親イルネス・ペアレント

 以上五名の始祖種が今回の敵であり、破壊神に与する存在となった存在である。


 中でもハルピュイアとイルネスは自我と実体を持たないため行動を予測することが極めて難しい。

 種族名以外にはこれといって重要な情報はなく、情報統制がされているのかそもそも人前で行動を起こすことが少ないのかアーテ達も困っているようだった。


「ハルピュイアとイルネスは戦闘になるとすれば俺かフェルがいいかな、病気は効かないし実態を持たない生物相手でも攻撃する手段がいくつかあるから」

「それでしたらゴブリンなどはこちらで対処できそうですので我々にお任せください。これで後二匹、どうしましょうか」

「それだッたらセラさんとニルさんに任せれば良いんじャ?」

「あの二人はできれば予備戦力として残しておきたい気持ちがあるかな。戦況を一番見れている二人だしそれに加えて俺は状況次第では邪竜も相手しないといけないし」


 今回最もエルピス達が苦しい条件として考えられるのは、邪竜が意図しない所で復活し人類生存圏へと高速で飛翔。

 それとは違う所で一挙に始祖種達が動き始めて魔界を混乱に陥れ、ついでにいくつか人類の国が責められるようになる事だ。


 いくつかの国を同時に守らなければならない上にどこに誰がいるか詳しい情報がないと戦闘相手も選べない、イルネスなどはフェルやエルピスと当たれば楽なものだがそれ以外と当たれば生物には天敵とも言える存在である。


 必要なのは情報だがそれもろくに集まらないのが現状だ、エルピス達は魔界の住人からすれば他所者でありフェル達の名前を借りた所で信頼など高々知れている。

 なんとか上手く事が運んでくれれば良いのだが……。


「いっそ最高位冒険者でも呼んでみますか?」

「裏切られる可能性を考えると無しかな、それに生半可な実力の人に来られても困るし。

 でも出来ればいざという時に避難誘導出来るくらいの人達は呼んでも良いかもな、当てはあるし俺も探してみるよ」


 エルピスが当てとしては思い出しているのは美食同盟の四名、歩い程度の実力に信頼できる関係性、コミュニケーションの高さを持つ彼等なら一つの街くらいなら任せられるだろう。


「事が事ですし帝国で待機させていた人員も呼び戻した方が良さそうですね。

 指揮系統を任せられる人物の数が少ないのが難点ですが」

「それだったら僕に考えがあります。エルピス様の許可さえ降りれば指揮官として有能な人物を連れてこれますよ」

「本当に? なら任せたよフィトゥス。費用に関しては後で書類回しといてくれたらいいから」

「了解いたしました」


 情報の共有も終わり安全対策も考え終わったとなると、後は何をしなければいけないだろうか。

 頭を回転させてみるが結局のところ相手の現在地が判明しない限りこちら側としては待つしかないわけで、如何にもこうにも手が出せない現状に苛立たしさすら覚えてしまう。

 だがそんな考えはどこかへと捨てて、エルピスは目の前のことに集中しようと意識を改める。


「後やらないといけないのは始祖種の能力の聞き込みに怪しそうな場所、援護に来てもらう人達のルート確保に地図作成それと──」

「──少しよろしいですか?」


 考えてみれば色々と案は浮かんでくるものだなと思いながらエルピスが説明していると、ふとその会話の間に割り込んでくる人物がいた。

 ここは冒険者組合の酒場、そんな所でこんな話をしているエルピス達を不思議に思って声をかけてきたのだろうか。


 そう思い視線をテーブルから外して声をかけてきた人物の方を見てみると、病的なまでに青白い肌が見えてエルピスはその種族がなんであるかを確認する。

 おそらくは吸血種、始祖からの伝言な何かだろう。

 だが間違っていても嫌なので、しっかりと確認は取る。


「失礼ですがどなたでしょうか?」

「バーン=フィリップ様からの使者でございます。エルピス・アルヘオ様に便宜を図るように仰せつかっております」

「お気遣いありがとうございます。ちょうど人手が足りていなかった所だったんですよ、貴方が入ってくれれば助かります」

「そう言っていただければ恐縮です。粘液種の方からもお一人手伝いに入っていますが、今日は手が離せないとのことなのでここにはいません」


 予想が当たっていた事にほっと息をなでおろしながら、同時に目の前の女性がやってきた意図を考える。

 すぐに思い当たる所で言えば監視役か、今回の騒動はエルピス自身自分を中心に話が成り立っているという実感があった。


 フェルや話に出ていた英雄達を使役する死霊使いであれば何も言わずとも戦争に参加するだろう、だが粘液種と吸血種がこちら側に参加したのは神の称号を複数持つエルピスという存在があってこそ。

 もしエルピスの行動が不甲斐ないもの、もしくは戦争に勝てないものであると判断された場合には即座に彼等も敵に回るだろう。


(正直に信頼されていないのは少し嫌だけど、逆にこの人が近くにいる間は向こうもこっちに協力してくれているって事だろうし)


 元から裏切ったフリで敵側に内通しているという可能性もないわけではないが、その場合はその場合だ、その時に対処法を考えるしかないだろう。


「了解しました。それじゃあ一旦作戦を立ててからこちらから追って連絡します。

 フィトゥスはアーテの方を手伝ってあげて、ヘリアさんは母さんのところに行って状況の説明をお願いします。

 明日辺りには顔を出す予定なのでそれも伝えておいてください」

「了解いたしました」


 やらなきゃいけないことはいまだに山積み、作業はいつまでだって終わることはない。

 いつになれば腰を下ろすことができるようになるのか、いやもはやそんな時間すらまともに取ることは叶わないのかもしれない。

 破壊神との戦争は終わることがない、張り詰めた糸は一体いつまで張り詰めたままでいられるのだろうか。


 このままで居続ければきっといつかは重大なミスを犯すだろう、それがいつかも知らずにただひた走るしかないのだ。

 大切なものを守るためには。

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