第152話王と神
鼻腔をくすぐる匂いの元を辿るようにして、エルピスは目を開けずに手探りだけでその匂いの元を探る。
少しすればその匂いの元がどうやら左手に抱きついている事を寝ぼけた脳が認識し、昨日の夜のことを思い出しながらゆっくりと上体を起こす。
髪に触れてみればいつぞや触った時のようにさらさらとしており、少しはだけた服からは白い肌が見え隠れしている。
自分の現在位置を〈神域〉を使って確認してみれば、どうやら王国まであと数時間程度でつきそうな距離までついていたらしい。
昨日の夜からの記憶がほとんどなく、いくつかの情報を使用して頭の中の記憶を保管しながらとりあえずはと行動を開始する。
「アウローラ、起きなよ」
何故彼女がここで寝ているのか、というよりなぜ自分がこちらで寝ているのかがエルピスにとっては疑問だった。
記憶がないといったが正確には昨日カレーを食べたあたりまでは覚えている。
だがその後について何も覚えておらず、おそらくは龍種の冬眠が原因なのだろうということはなんとなく分かっているが、こうやって隣に寝ている理由は判断不可能だったからだ。
おそるおそるといった風にエルピスが自らの衣服を観察してみればいつもより心なしかズボンが下がっており、その事実を認識した瞬間に目に見えて分かるほど動揺する。
そのエルピスの動揺を感じ取ってか、アウローラがゆっくりとエルピスの腕を掴んだまま起き上がる。
「おはよエルピス、昨日は凄かったね」
頬を赤らめ照れながらアウローラがそう言うと、エルピスは無言で壁に頭を打ちつけ始める。
エルピスの頭部が余りにも硬すぎるため打ち付けるたびに壁が凹んでいくが、気に留めるどころかその動きはさらに加速していくばかりだ。
突然のエルピスの奇行に驚いて目を丸くしていたアウローラは、とりあえずエルピスの奇行を止めるべく服に手をかけその行動を静止しようとする。
「何やってるのよエルピス! 怪我するわよ!?」
「ごめん何も覚えてないんだ、こんな馬鹿野郎はいっぺん痛い目にあったほうがいい! ……セラ辺りに頼んだらやってくれないかな」
「多分消し済みじゃ済まないわよ!?」
アウローラはエルピスとセラの関係をふんわりとしか把握していない。
何故ならそれはエルピスが秘密を話さないからであり、あれだけ聞きたがっていたアウローラやエラが口出ししなかったのはエルピスが話したそうにしていなかったからである。
誰でも秘密はあるものだ、アウローラが予想している範囲では元は天使だったとか、実は性別が女だったとかそういった類のものだが、それが事実だったとしてアウローラにエルピスを見捨てるつもりは一切ない。
というよりもアウローラからしてみれば、他の女が居ても側において欲しいと思っている自分の恋心を理解しろと言いたいのだが、誘った夜に爆睡されてしまうとそれも無理そうな気がする。
「エルピス、アウローラ朝からうるさーー」
そんな中突然やってきたのは隣の部屋で眠っていたであろうエラだ。
髪はほんの少し寝癖がつき、服装は昨日のうちに着替えたのか王国でアウローラが見てきたものによく似ている。
まず最初にエラの目に映ったのはエルピスのズボンを脱がそうとするアウローラの姿、そして次にエラの目に映ったのはそんなアウローラの行為を壁に手をついて受け入れているように見えるエルピスだ。
どうなるかなど考えずともわかる、いまからエルピスとアウローラが行為に及ぶと思われたのだろう。
それもかなりマニアックなタイプの。
「ーーちょっと待て! 絶対にいまエラは勘違いをしようとしている!! 絶対にだから扉を閉めようとするな!」
「そうよ何もしてないから! 本当だから!」
「ーーいえ良いんです。せっかく譲ったのに朝っぱらから盛るなんてふざけるななんて、思ってもいませんから」
エルピスとアウローラが予想していた通り、というより予想するまでもなくエラは怒りの感情をあらわにしていた。
それはもう怒髪天をつく勢いである。
彼女が口に出した通り耐え難い思いをなんとか耐えて、自分も会えなくなるのにと二人っきりの時間を渡したというのに、こんなに見せつけられては堪ったものではない。
「朝から忙しいねぇ、早く行かないと人の国は混むんじゃないかい?」
「ーー確かに! 急ぐよエラ!」
「納得してませんからね私! 後で詳しく教えてくださいよ」
「エラちゃんが敬語に戻っちゃって私悲しいわ」
今朝はポンチョ風のファッションに身を包むレネスが、部屋の中でドタバタとしているエルピス達に声をかけると丁度良いとその提案に乗っかってエルピス達は外に飛び出す。
アウローラにしか理解できていない状況なので、エルピスも説明を求めている状況だったが、それよりも逃げたほうが良さそうだと判断しての行動だ。
実際のところはエルピスが今乗っている馬車にはアルヘオ家の家紋があるし、それでなくとも王都では知らない人間を探したほうが早いエルピスが門を潜る際に待たされることはそうない。
現にそれから数時間後、時刻にして11時ほどだろうか。
エルピス達が王都の城壁に近付くと、遠くから家紋を見つけたらしき兵士達が慌てふためく姿が目に止まった。
列に並ぶ商人達も自分が顔を覚えてもらおうと、いままさに王都に入る寸前であった商人までもが踵を返しエルピス達の馬車へと走り寄ってくる。
「アルヘオ様、王都にお帰りになったのですね!」
「我が商品を是非見ていってくだされ! 気にいるものが必ずあると思います」
「私を雇ってみませんか!? 武術には自信があります!」
「うちの商品を見て行きませんか? エルピス様には特別な商品もお見せいたしますよ」
最も早くエルピスの元へたどり着いたのは王国内でそれなりに幅を効かせている大商人、ついでいくつかの有名な商人が訪れ後ろの方で乗り遅れた商人達がガックリと肩を落とすのが見えた。
〈鑑定〉を使い調べてみれば王国在住の商人が多く、昨日の事もあって王族が死んだり貴族が死んだ土地の商人が新たな居住地を求めて大量に王国にやってきているのかと思っていたエルピスは少し拍子抜けする。
人類史においても稀に見るほどの大事件なので。世間に知れ渡っていればもう少しはアクションがあるはずだ。
だというのに大した動きが見られないのは、ただ単純に情報が流れてきていないからだろう。
過去にも何度かこうしてエルピスに商品の購入や雇用についての相談を持ちかけてきた商人はいるので、それらに対してエルピスは焦らずいつも通りの対応で対処する。
「分かりました。物品販売の方はーーヘリア」
「ーーはい、居ますよ」
「彼女に任せます。雇用志望の方はフィトゥスが担当します」
「お任せを。条件はどうなさいますか?」
「フィトゥスに任せるよ、死なない程度に揉んであげて」
エルピスが軽く手を叩けば、見知った人物が二人エルピスの隣に現れる。
いつもと同じように黒い服に身を包むフィトゥスと、最近王国の流行の服を着る事が多いのか、カジュアルな服装に身を包むヘリアだ。
昔からこういった事に関してはエルピスは全てこの二人に任せており、エルピスが口に出した通り物品販売はヘリアが、フィトゥスが雇用志望の方を担当しておりエルピスが関わることは殆どない。
フィトゥスの方は基本的にフィトゥスに勝つ事が雇用条件なのだが、昔ならばまだしも邪神の権能を行使できる今のフィトゥスに勝つ事は不可能である。
ヘリアの方はまだ希望があると思えるが、値切りに値切られ定価よりも圧倒的に下の価格で販売する事になるので毎度涙目で帰っていく商人達が多い。
二人に商人などを任せたエルピスはそのまま城壁の方へと向かっていくと、見知った顔の人物が一人立っていた。
「よう、久しぶり……ってほどでも無いか。よく来たなエルピス」
「久しぶりですよアルさん」
エルピス達の事を待っていたのはアルキゴスだ。
初めてエルピスと会った時には王国騎士団の団長という役職を背負っていたが、今はその座を退き剣術指導役兼魔物排除役として力を入れている。
アルキゴスとエルピスが最後に出会ったのは土精霊の国に向かう前なので、半年ほどは前だろうか。
人の感覚で久しぶりと言おうとして、半人半龍であるエルピスに遠慮し言い直そうとするも、エルピスはアルキゴスの言葉を肯定し笑みを浮かべる。
「そうか。グロリアスが例の件で呼んでいる、ここは人が多いからな、詳しい話は城についてからにしよう」
「そうですね。アウローラは付いてきて、エラはレネスに王国を案内してあげてほしいけど大丈夫?」
「大丈夫よ。エラも大丈夫よね?」
「ええ。私も問題はないわ、よろしくねレネス」
「ああよろしくねエラ」
街中で話すにしては少々重たい話を抱えながら、エルピス達は足早に王城へと向かって進んで行く。
エルピスがエラにレネスを街へ案内させたのは、単純に二人の中を取りまとめるのも理由としてあるが、一番の理由はレネスに人とはなんなのか知ってもらうためだ。
離れていく二人の背中を眺めながらエルピスが歩いていくと、数十分して王城と貴族街を隔てる城壁が目に入り衣装に身を包む二人の王子の姿が見えた。
一人の人物に対して王族が二人も出迎えに出るなど異例どころの騒ぎでなく、周辺にいた兵士達がドギマギするのがエルピス達のところからも見て取れたが、相手がエルピスである事を知ると兵士達は納得したような表情で業務に戻っていく。
「お帰りなさいエルピスさん、お待ちしていました。兄さんが待っていますのでどうぞ中へ」
「わざわざありがとうございますアデルさん。それとルークもありがとう」
「師匠でもあり弟の恩人でもありますからね、これくらいやって当然のことですよ」
学生として行動していたアデルとは違い、ルークは既にこの王国にて兵士達を纏めあげる役職についている。
アルキゴスが先代である騎士団長の座は、剣術においては比類ないと言われたほどのアルキゴスの次代として相当なプレッシャーがあったはずだが、ルークの表情は晴々としておりどうやらプレッシャーは自分で解決したようだ。
着用している服はいつも着ていた動きやすいシャツとズボンだが、胸には王国の紋章が入った勲章が取り付けられているなが見えた。
アルキゴスはそれほど付けていることは無かったが、本来団長は全員つけるべきもので、歴代の団長の想いが込められたその勲章にはエルピスの目には特別な効果も見受けられる。
ルークにとっては近衛兵になる為の踏み台の一歩に過ぎないが、アデルにとっては目指す高みでもありそんな二人がセットになっているのを見ると元教師役としてエルピスも感慨深い。
二人の王子に先導されるまま廊下を歩いていると、ふとかなりの人数が密集している雰囲気を感じ取りエルピスが疑問を口にした。
「大量に送った生徒達をどうしてるのかと思ったんだけど、全員王城で匿ってるのか。なんかグロリアスに申し訳ないな」
「敵がまた来ないとも限りませんし、こう言ってはなんですが恩も売れますからね。グロリアス兄さんは喜んでましたよ?」
「イリア姉様はぶつくさ文句言ってましたけどね、食事やらなにやら用意するのが大変だってぼやいてましたよ?」
「まぁそりゃそうだよねぇ……後で内の子達何人か補助で回すようにするよ」
グロリアスはとことんエルピスに甘い。
それは父から対等に扱われ、自らよりも年下でありながらこの世界における最高峰の実力者であるエルピスに対しての尊敬からだが、国王がその為に正常な判断ができないのは問題だ。
グロリアスの言い分ももちろん正しいのだが、エルピスからしてみればイリアの対応こそ普通である。
ヘリアとフィトゥスを商人達の対処に置いてきてしまったのが悔やまれるが、後でリリィに頼めば問題ないだろう。
「ーーすいませんアウローラ様、到着して間も無くお疲れだとは思いますが、マギア様がお呼びでございます」
「お爺ちゃんが? そう……エルピス、ちょっと席外すわね」
「分かった。俺も後でそっち行くけど、マギアさんによろしく言っておいて」
「ええ分かってるわ」
急にやってきたメイドの一人に連れられていくアウローラの背中を見ながら、なんだかタイミングが良すぎる気がするなぁとエルピスはいつもながらに勘ぐりを始める。
普通に考えるのであればマギアが今からグロリアスと会うのに際して気を遣ってくれたといった所だろうが、エルピスからしてみれば今から自身が口にしようとしていることも相まって少しだけ肌寒さすら感じられた。
老人の経験則と知恵からなら予測は、時として未来予知にも近いものがあるらしい。
「さて到着と、なんだかこうしてここに来るの久々ですねムスクロルさん以来かな?」
「あの時とは大分状況も違うがな、服装は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。前回よりいくらかマシです」
「そりゃ結構だ」
前回は用意されて着ていたものだが、エルピスがいま着用しているのは王国で一番高い店で一番高い服をさらにアレンジして貰ったものだ。
正直な話そこらで売っているものとのデザイン的な違いはそれほど分からないが、分かる人には分かる品だとエルピスは言われているので前回よりはいくらかマシであるはず。
「それじゃあ開けるぞ?」
「あ、いえ僕が開けます。一度開けてみたかったんですよねこれ」
「子供か」
呆れた顔のアルキゴスを横目にエルピスが閉じたドアを開けてみれば、どっしりと玉座に座り冠を頭に乗せながら王の威厳を見せるグロリアスがそこには居た。
その顔に初めて会った頃の幼さはなく、身長こそ百七十と少し程度というところだがムスクロルの面影もあってか随分と王らしい姿になったものである。
ただ体の線は未だに細く、最近は執務に追われていたのか修行もサボっていたように見受けられ、昔が少女であるならば今は男装の令嬢と言った風に見えるのが残念なところではあるが。
エルピスが開けた扉を脇から通り抜けていくと、ルークとアデルも武官が並ぶ列の前の方へと移動していった。
「高い所から失礼しますエルピスさん。この度は人類の危機を救っていただきありがとうございました、首謀者も排除なされたという事で我が国民も安心して暮らせるというものです」
前回会った時よりも少し低くなった声でグロリアスがそう言うと、周囲にいる文官や武官が全くその通りだと言わんばかりにぶんぶんと頭を縦に振った。
全員が全員とまでは行かずとも安堵の感情を抱いており、エルピスは〈神域〉によってそれらを把握する。
そんな彼らに対して申し訳ない気持ちを抱きながらも、まだ敵対勢力が消えていないのだから嘘を告げるわけにはいかずエルピスは躊躇いながらも真実を口にする。
「いや、完全に殺し切れたわけじゃない。肉体は消滅させたけど魂がまだこっちに居るから、五年後くらいにまた出てくるとは思う」
「なんと!」
「それはまた……なんとも」
「脅威はそう簡単に去ってはくれぬと言う事ですか」
事実をそのまま伝えただけだが、〈神域〉など使わなくても分かるほどに場の雰囲気は悪くなっていく。
国単位ではなく、種の単位での脅威が消えたと思ったら一時凌ぎでしかなかったのだから仕方がない。
彼等は雄二の真の目的がなんだったのか知らないだろうが、学園を狙われるという事は最悪それくらいの危険性も考慮に入れるほどの大事件なのだ。
知らない場所に現れた脅威がいきなり消えた分には安堵感だけで済むが、その恐怖が五年と言う具体的な数字で自らに牙を向けるとなると不安感があるのも当然と言える。
そんな暗い空気の中でグロリアスが軽く手を叩くと、自然と視線はグロリアスの方へと向けられた。
怯えや恐怖といった感情は見受けられず、凛々しい顔を見せながら多数の視線に対して照れたようににっこりと笑みを浮かべると力強い声音で指示を始める。
「ーーほらほら落ち込まない! 敵が来る事が分かっていたら、君達なら十分に対処可能でしょうに。ルークは対人戦闘訓練から亜人用に兵士達の訓練を変更、アデルは少し早いけど魔法開発局に入って経験を積んでおいて。文官は他国との連絡を密に、この際だからついでに四大国のうざったい共通法もどさくさで潰すよ。武官は非常事態宣言の発令と伝達、職がない人達の受け入れ先として兵士の募集項目を増やして、代わりに盗賊達の摘発。ただし怪我を負わせたり殺害は厳禁だよ、兵士として受け入れるから盗賊をやめろってわかりやすく伝えられればそれでいいから」
「御意に」
「文官達は簡易医療についての講習会の実施と、ストレスチェック。あと可能であれば煙などを用いた遠距離通信行動の取得に力を入れて」
「それじゃあ兄さん、時間も勿体ないし先に行かせてもらうよ」
王の指示が出れば手足が動くのは早く、軽く一礼だけするとエルピスとアルキゴスを残して他の面々は外に出ていく。
エルピスの横を抜け扉を向かう際にエルピスの肩をルークが少し笑顔で叩いたことからも、グロリアスの指示もあるがおおよそはエルピスとグロリアスがなるべく人目を気にしなくてもいいように気を遣ってくれたのだろう。
グロリアスは現在他国からひっきりなしにやってきている使者に対する対応がある手前、この空間から移動することはできず、エルピスと会話するのであればここしかない。
「なんだかいつも気を遣ってもらってばっかりですね僕、王様なんですけどね」
「……未だに敬語が抜けてないからだと思うけどな。とりあえずさっき話した通り事態は悪化こそしてないが好転する気配もない。敵がどう動くか分からないが今日から一年間は王国に残って人類の強化に専念するよ」
「それは助かりますエルピスさん。最高位冒険者への依頼もありますしこれから忙しくなりそうですね」
最高位の冒険者達は基本的にこういった戦争に参加することはなく、また冒険者組合も基本的にこういった戦争に参加すると言うことはない。
それは多数の種族が管理職、実務職として働いている冒険者組合としては生物間における争いは知性を持つ者同士の戦争である場合、冒険者組合内での不和を招いてしまう危険性が非常に高い為に禁止されているのだ。
しかし今回の場合は人類という種に対する危機である点、また計画者が人であるという点が大きく人同士の戦争に限ってならば人であれば最高位冒険者の出動も期待できるところである。
「それはそれとして、なんかいつもの事だけど利権が絡みまくってる筈の大事な会議なのにここは話が進むのが早いな……まぁ良いけどさ。転覆する国もいくつ出てくることか。あいつの考え通りに全てが進んでいるのは勘弁して欲しいが」
「父が粗方処理してくれていましたからね、僕の代では優秀な人ばかりが残ってくれたんですよ。敵とは前世で出会った事が?」
「ああ。元クラスメイトだった、仲良くはなかったけどな。法国にまだ向こうに所属していないクラスメイトがいるらしいからそいつらの援助にも行かないと」
エルピスが手に入れた情報が確かであるのならば、副担任が法国に居るはずである。
男子女子両方から癒し役としての評価が高く、また能力獲得の際にも数人のクラスメイト達と共にしていた事から彼女の周りにいるメンバーは信用できる可能性が高い。
一年後の行先は法国で元から決まっていたのだが、そんな事を口にしているとエルピスの背後、閉じた扉の方からドタドタと音を立てて一人の人物がやってくる。
足音と気配からして戦闘ができるような人物とは思えず、まんまると太ったその身体とは対照的にどんよりと曇った表情は何か病的なものすら感じられる。
身長は165といった所だろうか、服装は王国式というよりは最近の流行である帝国式の服装に近い。
対象が誰であるとしても王の謁見中に閉じられたドアを蹴破り入ってくるなど、場合によっては極刑すらもあり得る重罪行為だ。
だというのに男は止まる様子もなく、エルピスの所まで寄りかかってくると投げ飛ばさんばかりの勢いでエルピスの体を持ち上げようとする。
「ーーぬぐっ!! 何故だ! 何故神は我にこの大罪人を滅ぼす力を与えてくださらない!」
エルピスの身体は見た目と反して驚くほどの重量がある。
普段は魔素の働きによって周囲の重力に働きかけ一般的な人間と同じ程度の重さにしているが、半人半龍ベースの神人であるエルピスの体重は龍種のそれに匹敵こそしないものの何もしなければ重たい自動車程度、つまり3から4トンくらいはあるので、いくら物理法則が息をしていないこの世界だろうとも鍛えていないものには一生あげられない重さである。
さすがに床に傷がつくのでそれほどの重さは出していないものの、それでも今のエルピスを投げ飛ばそうというのは無理だ。
「ああ……なんだ、取り押さえようか?」
「いやまぁ別に害もないんで良いんですけど、この人誰ですか?」
「先日の襲撃でお子さんを亡くされたマーロイド伯爵です、出来るだけエルピスさんと接触させないようにさせていたんですが、どうやら対処不足のようだったようですね……すいません。マーロイド伯、王の謁見に横槍を入れ、あまつさえ客人に暴力を振るった大罪、心中は察するが到底看破できない。一日独房で頭を冷やせ、アルキゴス連れていってくれ」
「王よ! 何故この者を庇うのですか!? 王はご乱心なされたのか!?」
「乱心しているのは貴公だマーロイド伯、一度落ち着きたまえ」
首根っこを掴まれて連れていかれる伯爵の姿を眺めながら、エルピスはため息をつき肩を落とす。
向こうの怒りに対して理不尽さを感じるほどエルピスも子供ではないが、それでもこうも直接的な行動をされると少々嫌気もさすものである。
とはいえそのおかげで目的の状況を作り出すことに成功したのだから、エルピスとしては先程の人物に感謝をする方がいいのかもしれないが。
「災難でしたねエルピスさん……エルピスさん?」
音を立てずに気配を出さずに、そうやってエルピスが歩けば先頭から離れたグロリアスの近くに寄るなど難しい話ではない。
玉座は階段上になった場所の先にあるため先程まではグロリアスの言葉通り見下ろす形になっていたが、エルピスがグロリアスの直ぐ近くにまで寄ってきたため身長差も相まって若干エルピスが見下ろす形になる。
不安げな声を上げるグロリアスの髪を軽く撫で、頭につけている王冠の感触を味わいながらエルピスは今日言おうと思ってきていた事を口にする。
「グロリアス。俺にはずっと秘密にしていた事があるんだ、アウローラにも両親にも。聞いてくれるか?」
「は、はいもちろんです。でもなんでこんな近くに? というかそれこそ話が急な気がするんですが」
「他の奴に聞かれたら不味いからだよ、誰が聞いてないとも限らないしな。後今からする話はいつしたところで多分急だ」
この城は前の王、つまりムスクロルが魔改造を施した結果各部屋の様々な場所に様々な覗き穴が作られている。
盗神の力を多少は解放しているエルピスに見破れない罠があるとは思えないが、それでも警戒しておくに越したことはない。
完全に外界と断絶した空間を魔神の力によって作り上げたエルピスは、自分を見つめるグロリアスの瞳を眺めながらゆっくり言葉を紡ぐ。
「荒唐無稽で多分信じられない事を言うけど、それを信じられるか?」
「ーーええ。もちろんですよ、エルピスさんの事信用してますからなんでも言ってください」
瞳に嘘はない。
なら紡ぐ言葉は簡潔なもので構わないだろう。
声を震わせないように気をつけながら、後はほんの少しの勇気さえあればいい。
真面目なセリフを口にしようとして自分とグロリアスの間柄には合わないなと判断し、エルピスは軽口でなんでもないかのように振る舞い口にする。
「ーー俺実は神様なんだよね」
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