第126話鍛治神
「やぁ、遠方からわざわざご足労いただいて申し訳ないね。
私が鍛治神レルバン・フォン・コーラス・ヘパイストスだ、ここは一つよろしく頼むよ」
真紅の瞳を輝かせ、お洒落な作業着に身を包んだ鍛治神は警戒心を見せずにエルピスに自己紹介をする。
殺気やそれに類する負の感情は全く感じ取れず、一先ずは友好的なその態度にエルピスも落ち着く。
戦闘中で興奮していたとは言え煽ってしまったので、正直戦闘になってもおかしくないと思っていたからだ。
「レルバンさん……でよろしいでしょうか? 酒場以来ですね、私の方から自己紹介は必要ないでしょうか?」
「どうせ私の名前は制約で神意外に、つまり他の人物の前で話すことも出来ない、好きにすればいいさ。
話は君の幽霊から聞いているよ、座りたまえ。
ああそうそう、君の大切な人達は別室に待機してもらっているから後で会ってくるといい」
「ええ、そうさせていただきます。失礼しますね」
創生神のおかげか話は案外スムーズに進み、エルピスは部屋の中央に用意された椅子に座る。
丁寧な装飾が施された洋風の椅子であり、鍛治神の技能を使ってエルピスが自室を作り替えた時と少し似たような部分も見受けられた。
どうやって話を切り出そうか考えていると、鍛治神は無造作にどこらから紅茶を取り出しエルピスの前に置く。
「我が国で取れた茶葉を使って作った紅茶だ、飲みたまえ」
「ああ、これはどうもありがとうございます。いただきます」
「どうぞ。さて、こうしてここまでご足労して貰って迷宮の点検までしてもらったんだ、次は君の話を聞く番だろう。なんでも質問に答えようじゃないか」
頬杖をつきながらエルピスに指を刺すと、鍛治神はにっこりと笑みを浮かべてそう言った。
エルピスも話をだらだらと続けるのは好きではないので、その好意に甘えて今日ここにきた理由を単刀直入に聞く。
「では不躾ではありますが、単刀直入に聞かせていただきます。雄二という人物をご存知ですか?」
「ん? それは人の名かい? 私は知らないね。君の大切な人なのかい?」
「いえ、どちらかと言えば恨んでいる、とまでは言いませんが敵ではありますね。
最近久しぶりに出会ったのですが、どうやら裏で神が手を引いていた様でして逃げられましてね。
どこの神様が手を出したのか気になったので調べているんです」
人類に対してわざわざ権能を貸し与えるような神だ、おそらくはなんらかの狙いがあると思われる。
そう言った点で考えると死神や邪神などの世が荒れることで力をます神の存在が怪しいところではあるが、そう言った物たちが表立って動けばさすがにエルピスも分かる。
だと言うのに今の今まで何度も〈神域〉を使用しても犯人がわからない理由が、暗躍している神かそもそもエルピスが存在を認知していない神だとすれば話も早い。
「なるほど、そういう事なら私ではないし、私は知らないよ。
私が今まで会ったことのある神は海神と空神に酒神それに大地神と新たに君だけだ、この中で裏で手を引くのは空神くらいだけれど彼は自分の手下にやらせるから違うね」
「そうですか、ありがとうございます」
海神は顔を突き合わせていないが既に障壁越しに触れているのでこちらに敵意がない事は確認が取れているし、それ以外の神に関してはエルピスは何も知らないが鍛治神がそう言うのだからそうなのだろう。
先ほど会ったばかりの人物に対してそんなに信頼を置いて良いのかと聞かれれば、確かに問題ではあるかも知れないが直感がそうすべきだと言っているから良いのだ。
それに嘘ならば邪神の権能で分かる。
話を切り上げたエルピスに対してそれだけで終わったのが意外だったのか、鍛治神は意外そうな顔をしながらエルピスに確認をとる。
「—―ん? もしかしてそれだけかい?」
「ええ、そうですが何か問題でもありましたか?」
「いやそう言うわけではないのだけれどね。ここ最近神と立て続けに会ってるんだけどそのたびに無理難題を押し付けられてね、少し私の中で基準がおかしくなっていた様だ」
神同士の会話か、気になるところではある。
エルピスとセラの会話も一応分類上神同士の会話ではあるが、それは特例としてもこの世界で他の神同士がどんな会話をしているのか気になるところではある。
「どの様な話をするのでしょうか? 個人的に神同士の会話は気になります」
「別に面白い話はしていないよ。どこの誰が面白そうだとか、面白い遊びないかとかだけれど、最近で言えば海神に君と話す場を設けるように迫られたり、人生で一番驚いたことで言えば君の幽霊と話したときとかかな」
鍛治神のように目指す目標がある神ならばそれに打ち込むこともできるが、海神や空神などと言った特に目的のないものを司っていると、普段何もすることがないので暇なのだろう。
それよりも聞き捨てならないのは海神が鍛治神にこちらの事について聞いていた、と言うところだ。
あの船以来何度かこちらに接触しようとしているのは察知していたが、まさか鍛治神にまで会っているとは想定外にも程がある。
「あの神様まだ僕のこと付け狙ってるんですか? 何度かこちらに来ようとしていた気配は察知していましたが」
「彼は面白そうなものに目がないからね。君という人物に一度は合ってみたいんだろう、会ってみたら案外面白くなくてすぐに解放、なんてこともあるかもしれないね」
「そうだといいんですが。怖いんですよね戦闘になる可能性も十分にありますし」
まだ戦闘向けでない神や言ってしまえばそれほど規模の大きくない物を司っている神ならば勝てる見込みも有るが、海神クラスになってくるとエルピスが全力で戦っても勝機があるか怪しいところではある。
果てすら見えない海を相手にいくら神とは言え個人で出来ることに限りはあるし、アウローラ達を人質にでも取られたらその時点で詰みだ。
数百年後ならばどうか分からないが、いま戦うのは絶対に避けたい相手の一人である。
「よほどやらかさなければ神と戦闘になる事は無いよ。私の様な生産職の神はそもそもが戦闘をしないし、戦神だって理由もなく戦うほど馬鹿じゃない」
「……もし理由を作られて戦神と戦うことになったら、貴方達製産職の神はどうするんですか?」
「どうするか……確かにそうだね。考えてもいなかったよ、これから先何が起きるかは確かに分からないね。どうだい私の用心棒になってくれないかい?」
赤い目をキラキラと光らせながらそう言った鍛治神に対して、エルピスは予想外の方向へ話が飛んでしまったと焦り始める。
確かに少なからずエルピスの力を対価として何かしてくれないかな、とは思っていたが、まさかそこまで直接的な要求が飛んでくるとは。
「用心棒ですか? 戦神と戦うのが嫌と言ったばかりの僕にそれを言いますか?」
「まぁまぁお姉さんからのお願いじゃないか」
「お姉さんって言っても人からすれば十分—―」
「—―ああ!? なんだって? 私のどこがどうだってんだ!?」
エルピスの言葉に神を逆立て真紅の目を更に燃やし身を乗り出しながら吠える鍛治神を目の前にして、これなら別に用心棒なんか必要ないのではないかと言う気さえしてくる。
神の圧を受けてもいまのエルピスは何も感じないが、とはいえ絵面の時点で既に怖い。
「ひ、ひぃ。勘弁してくださいよ冗談じゃないですか」
「……まぁ見たところ実際生まれてまだ少ししか経っていない様だし、そんな子供に怒るのもみっともないからここらへんにしておいてあげる」
「ありがとうございます」
「それで用心棒の話だけど」
「あ、続けるんですねその話」
出来れば続けて欲しくない話ではある。
なにしろ再三言うようではあるが、最悪神と戦うことになるのだ。
雄二に権能を与えた神と戦う可能性が非常に高いいまの状況で、いきなり神と戦うことになったらさすがに手が回らない。
「当たり前じゃないか、必要性があるものは確保しておかないとダメだろう?」
「それについては同意しますがね」
「まぁとは言っても対価がないと君も素直に頷いてはくれないだろう?
ただでさえ私だって嫌な神と戦うことを肩代わりしてもらおうとしてるんだ、それなりの対価は払うよ」
「というと?」
とは言っても対価があると言うのならば話は別だ。
いかに厳しい作業であろうとも対価を得ることができるのならば、頑張って成し遂げる気にもなる。
対価次第ではあるが考えても良いだろう。
エルピスがそう思っているのを察知したのか、鍛治神は笑みを浮かべて提案をエルピスに告げた。
「そうだね、君専属の鍛治師になってあげよう。聞いていた話だとゲイルさんにもう既にやって貰っているらしいが、技術も行動範囲も私の方が上だ。
それに迷宮は既に作り終えたからね、暇なんだよ一般人に私が作った道具を渡すわけにもいかないし」
「残念ですがそれだと報酬にはなりませんね。貴方の腕を疑うわけではありませんし、もちろんゲイルさんに気を使っているわけでもありません」
「理由はなんなんだい? 言っては悪いが私は鍛治神だよ? 私さえ味方につけておければ誰よりもいい装備を作り出せる」
「これを見れば分かるかと思います」
そう言いながらエルピスが出すのは
この刀を作れるのはこの世界で鍛治神とエルピスのみ、そして鍛治神が作っていない刀が目の前にあるのだからそれをもつエルピスが何なのかはある程度予想がつくことだろう。
そのエルピスの考え通り鍛治神は答えにたどり着き、楽しそうに笑い声を上げる。
「なるほどね。そういう事か、あははははっ!! 面白いねぇ! まさか同業者だったなんて。
それなら確かに私の能力も必要ないだろうね、戦神としての一面も鍛治神としての一面もあるなんて、貴方に渡せるのは後は私の身体くらいしか無いんだけれど」
「勘弁してくださいよ一切気がない癖に。もう少しマシな冗談を言ってくださいよ」
「確かにそうだね。私は旦那に全てを捧げる覚悟をして婚姻したからこの体は旦那のものだ、君にはあげられない。
じゃあ君は逆に何を欲するんだい? 何をすれば満足するんだい?」
どうやら何が何でも用心棒としてエルピスを雇いたいらしい。
先程までそんな事を考えてすら居なかっただろうに、一度必要だと思えばあらゆる手を尽くそうとするところは職人肌の土精霊の神であるところの鍛治神らしいともいえる。
ここでNoと断ることは簡単ではあるが、向こうが要求を素直に飲んでくれると言うなら受ける価値は十二分にある。
エルピスにとって明確なメリットとなるのは鍛冶神の称号の解放優先度が下がることだ、生産職の神がその能力を使って武器を用意してくれるのであれば鍛冶神の称号の解放は最後でもいいだろう。
「そうですね、では三つ条件を飲んでいただければ用心棒をしましょう」
「聞こうか。その条件を」
「一つ目は知識です。貴方の頭の中にある知識を全て僕にください、鍛治について、魔物について、他の神について、その他プライバシーを侵害しない範囲においての全てです。
対価として僕は僕の全ての記憶を貴方に渡します」
エルピスがこの世界の事で知らない事は数多ある。
全知でない以上そんなのは当然の事なのだが、長く生きた神は擬似的な全知であったとしてもおかしくはない。
常に最強の敵をイメージし、それを倒せるように動く。
それがエルピスがこの世界で生きていく上で必要だと感じた事であり、いままで自分の胸の内で守ってきたルールだ。
鍛治神の知恵が全て手に入るのなら刀の強化も捗る事だろうし、それ以外にも仲間の装備だって更に強化することができるはずだ。
それにエルピスは完全に鍛治神のことを信用している訳ではない。
過去に何処かで何かがあって、洗脳されている可能性もあれば悪に染まっている可能性もある。
出会ったばかりの人間を意味もなく疑いたくはないが、相手が神であるだけにそんな甘えたことも言っていられない。
「信用して欲しいなら記憶をよこせか、まぁ真っ当な意見だし私も別にそれは構わないけれど、君は良いのかい?
彼女達との組んず解れつなんかも含めて私に全部見られてちゃって」
「僕まだチェリーなので構いませんよ別に……ってなんですかその目線、やめてくださいよ同情ですか?」
「悲しいね色を知らない神様ってのは、旦那に身体を捧げてなかったら貰ってあげてもよかったんだけど。それで二つ目は?」
「二つ目は神の紹介です。貴方が知っている神を誰か紹介してください、先ほど貴方に聞いたのと同じことを聞きたいので、三つめは敵対行動の禁止です。これはこちら側にも作用する相互作用の契約にします」
エルピスが鍛治神の元へとわざわざ来たのは、製産職の神であることが条件の一つである事は既に前述したと思うが、もう一つの理由としてエルピス自身が鍛治神であるが故に穏便に話を済ませられる可能性が高かったからだ。
そして今回それが関係あったかは別として、こうして戦闘にならず上手く話が進んだ。
二つ目の条件は王国を出立する時点で既に考えていたことであり、こうして神に紹介される形で様々な神に出会っていけば、紹介した側としては下手な相手を紹介できないし紹介された側としては紹介したものの顔を潰す事はできないのでエルピスを雑に扱うことができなくなる。
それでももちろん場合によっては殺されそうになる可能性もあるが、それでもその可能性がかなり削られるのだから万々歳だ。
「そういう事なら残り二つも問題ないね。海神辺りは言わないでも勝手に君のところに行くだろうから、次の相手として妥当な酒神を紹介してあげよう」
「ならこれで契約成立ですね。手を出して頂いても?」
「いいよ、久々だね神同士の契約は。父親とした時以来だよ」
神同士の契約はそう頻繁に行われるものではない。
お互いの事をお互いが契約で縛るので、基本的に自由な神達からすれば唯一の不自由だと言っても差し支えないからだ。
だがこれをしておけば確実に裏切られず、またエルピスも相手を裏切れない。
約束の形としてはこれ以上ないほどに有効に動いてくれるのだ。
「それでは先程挙げた二つの条件に了承し、これを守る事を誓ってください。僕は用心棒になる事を誓います」
「わかった。私レルバン・フォン・コーラス・ヘパイストスは上記二つの契約を遂行しよう」
「僕エルピス・アルヘオはその契約の代価として貴方の身を全ての脅威から守ります。
……これで契約完了ですね」
お互いの腕を交差し宣誓の文言さえ唱えてしまえば、それだけで権能が発動し契約は完了した。
邪神の権能によって受理された契約は、お互いの名の下に完全に相手を縛り上げる。
もちろん邪神の称号を持つエルピスであろうとも契約を破れば無事ではすまず、死にはしないが相当の痛手を負うことになるだろう。
腕に刻まれた契約痕を物珍しそうに見ながら、鍛治神はポツリと言葉を発する。
「随分と珍しい契約方式だね、何か君の称号に関係しているのかい?」
「それは今から分かりますよ。一つ目の契約執行の為に魔法を起動させました、十秒後に互いの記憶をリンクさせます」
「便利な能力を持っている事だ」
存在しない便利な魔法も、魔神の権能を使えば簡単に作り出すことができた。
まだ試作段階なのでいくつか問題点はあるだろうが、お互いの記憶を交換して後に元に戻すくらいならば問題なく行える。
鍛治神が言い終えてから少しして一瞬の内に数千年分の記憶が頭の中に流れ込み、無理やりインプットされていく。
感覚としては五秒ほどだろうか、あまりの頭痛に体がふらふらと揺れながらもなんとか歯を食いしばって堪え、エルピスは記憶を整理する。
「—―うっ……さすが長く生きてるだけ合って情報量が多い」
「なるほどなるほど、いいねぇ面白い、面白いよこれ! 魔法を用いず物理的な部品を使用しての動力確保かな?
転生者なのは言っていたけれどまさかこんな記憶もあったとはねぇ!! アダルティな物が全てもやをかけられているのが不服だけれど、これは中々に知識欲を駆り立てられる」
「ちょ、なに人の記憶のヤバい方覗いてるんですか!? そっちは見れない様にしたはずですよ!?」
銃器や日本での技術に関する全てには隠蔽用の魔法をいくつかかけてあったはずだ。
もちろんそんなものを見つけてしまえば鍛治神の知識欲と創作意欲に直撃して間違いなくロクでもないものを作られてしまうからなのだが、想定していたよりもはるかに鍛治神の知識に対する欲は貪欲だったようである。
「神に対する対処が甘いねぇ。さっきの制約は抜けられないけど、この魔法くらいならギリギリ私でも手出し可能なのさ、これに懲りたらもう少し魔法を丁重に扱いなよ魔神さん」
「ええ、あなたから記憶もらいましたからね。もう二度とそんな失敗しないですよっ!」
いくつかの技能に対する対抗策や、魔法の裏道なども知識として既に頭の中に入っている。
今回こそかなりまずい失敗をしてしまったが、とはいえ鍛治神とエルピスは敵対関係というわけでもない。
今後敵になるとは考えにくいので、そう言う面で言うのならば別に問題ともいえない。
「そう怒らない怒らない、じゃあこれで一通りそちらの話は終わりでいいかな?」
「不服です……ええ構いませんが。何かあるんですか?」
これ以上一体何があると言うのか。
ずいぶんと疲れた、もうとっととどこか休める場所でゆったりと眠りたい。
「そう疑うなよ、別に悪い話じゃないんだ。君の専属の鍛冶師になるって話はまだ生きているからね、私の鍛治を見せて上げようじゃないか。
本当は門外不出の製造方法なんだけど今日は特別だよ?」
「そういう事でしたらお願いします」
「悪いけど魔力とか勝手に借りるから文句はなしだよ」
エルピスが今回していたのはただの契約なのでニルやセラのように能力の貸し借りなどできるはずもないし、ましてや権能の貸し出しは種族が限定されているうえにそれ用の契約を結ぶ必要があるはずなのに、鍛冶神はエルピスの刀を手に取ると勝手に龍神と魔神の権能を使用し始めた。
先程の契約の最中に気が付かないうちに忍び込まされていたのだろうか、まったく好き勝手してくれる。
一瞬大きく魔力が持っていかれた感覚と共に鍛冶神の手の中にバスケットボールほどの大きさの白い塊が浮かび上がる、それは鍛冶神の記憶の中にあった神樹を焼き払った光と同じ性質を持っている。
だがあの時の塊は野球ボール程度の大きさしかなったことを考えるといま目の前にあるそれがどれだけ危険な代物であるかなど考えるまでもなかった。
「思っていた通り便利なものだね龍神の称号も魔神の称号も」
「人の作った契約に勝手に変なもの紛れ込ませておきながら何楽しんでるんですか」
「別にいいじゃないかどうせ君のために使うんだから。それよりも目を離さない方がいいよ? すぐに終わるからね」
飄々とした態度の鍛冶神はエルピスの指摘を受けても何か言葉を返すこともなく、そのまま鍛冶神は作業を進めていく。
鍛冶神の手の中にあるのはこの世界の物理法則が通用しない世界が出来上がる前の炎、鍛冶神がこの能力を使用するのはこれで三度目の事である。
一度目は鍛冶神の名を継承した時、二度目は森妖種たちを殺めようとしたとき、三度目が今だ。
その中にエルピスが作った刀が入っていくと一度溶けてまた同じような姿に戻っていってしまった。
権能が概念であるならば確かにわざわざ火に当て叩きながら鍛造していく必要性などどこにもないのだ、鍛冶神が今しているのは彼女にとって最高の鍛治なのだろう。
そうして光がエルピスの視界を染めていくと先ほどまでと変わらない姿ではあったが、確かに何かが変わった刀がそこにはあった。
経験と知識を持った彼女は同じ存在でありながら、エルピスが作った武器よりもはるかに良いものである。
「これで終わりだ、はい」
「ありがとうございます、すごいですね鍛冶神の権能は」
「これは鍛冶神の秘儀だからね、君の魔力や権能を借りなければ打てて数百年に一度だよ」
「そういう事ですか、まあ緊急時以外には使ってもらっても構わないので好きにしてください。今日のところは一旦これで解散でよろしいですか?」
「いんや、まだ一つやってもらわないといけない事がある」
「まだあるんですか……」
「すぐに終わる話だよ、君がうなずくだけでいい」
この地に来てからまだ宿屋で一度も眠ってすら居ないのだ、初日は酒場、次の日からはぶっ通しで鍛治をしていたので睡眠時間も確保できていない。
しょうもない話だったら適当に流そう、そう思っていると鍛治神は今日一番の爆弾を投下してきた。
「君さ、私の娘の夫になる気はあるかい?」
—―これ以上の面倒ごとは勘弁して欲しい。
足元に置いてある生首についての話すらまだだと言うのに、一体何時になったらアウローラ達に会えるのだろうか。
きっとそれはまだあと少し後の事なのだろう。
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