第119話間話

「……んっ、ふぁぁっ、よく寝たぁ」


 自分の周りにある無数の酒瓶をどけながら、エルピスは水魔法を使い自身の顔を洗う。

 毒無効化をつけたまま飲んだので二日酔いなどもなく、爽やかな気分でエルピスは朝を迎えた。

 酒の匂いが染み付いた服を着替え身だしなみを整えると、辺りに寝転ぶ土精霊ドワーフ達を避けながら、エルピスはカウンターまで進む。

 そこには昨日と同様にグラスをただ淡々と磨く店主の姿があり、エルピスは話しかけるでもなく黙ってそのままカウンターに座る。


「お客さん、昨日はいい飲みっぷりだったねぇ。あれ程飲む人間は久し振りに見たよ」

「それはどうも…出来ればお水とかあれば欲しいんですけど良いですかね?」

「あぁ、悪かったね気が利かなくて。ほらどうぞ」


 自分で魔法を使い飲料水を出すこともできるが、店にいる手前店にあるモノを頼むべきだろうと言う判断からエルピスは店主に水を頼む。

 すると慣れた手際で水が用意され、エルピスはそれを受け取りながらふと気になったことを言ってみる。


「どうも。それにしても、これどうするんですか? 酒場所かここら一体全部の飲み屋の中がこんな感じみたいですけど」

「代金取ろうにも、店の外に出てったやつとか何人かいるからねぇ。

 減った酒の量と逆算して適当にお代を頭のとこに貼り付けとくのが俺ら土精霊ドワーフのお決まりさ」


 そう言いながら店主はエルピスの前にも紙を置き、再びグラスを磨き始める。


(朝からお仕事ご苦労様です……って俺こんなに飲んでたのか)


 紙に書かれていた本数は四十本とけして少ない数ではなく、この身体じゃ無かったら、間違いなく急性アルコール中毒とやらで死んでいる事だろう。


 水と同じ感覚で飲んでいたし実際水と同じだが、いくらなんでも飲み過ぎだ。

 これからは少し酒は絶つ様にしよう──そう思いながら書かれた代金を支払い、ついでにいくつか収納箱ストレージに入っていた酒をカウンターに置いた後席から立つ。


「これ置いてきますね。実験で作った酒なので、この店の雰囲気に合うかどうかは分かりませんが…」

「これはまた、わざわざどうもありがとうございます。そちらのお連れさんもそのまま持ってってください。多分そろそろ起きると思いますので」

「了解です。では失礼しました」

「またのお越しを心からお待ちしております」


 店の出入り口付近で倒れているゲイルを引きずりながら、店主に見送られエルピスは店を後にする。

 それから数分後、首根っこを掴みながら引きずる様にゲイルを運んでいると、不意に指に何かされる予感がしてエルピスはそのまま手を離す。


「いてっ! 何しやがるこの野郎!」

「貴方が何かしそうだったから、手を離しただけですよ。

 どうやらその分だと足引きずって倒そうとしてたみたいですが」


 見てみればゲイルの左手がいつの間にかエルピスの足首についており、そのまま引っ張って転かすつもりだったらしい。

 このままエルピスをこかすと間違いなくゲイルの方へ倒れ込むようにしてこけると思うのだが、どうするつもりだったのか。


「人の事をズルズル引きずる野郎に言われたかねぇよ!!

 それで今は何処に向かってるんだ?」

「知り合いがここら辺で宿を取っている様なので、そこに向かって歩いてるんですよ」


 引きずる事に対して怒った割には引きずられたまま質問を投げかけてくるゲイルに対して、こいつ歩くの面倒くさがってるなと思いつつもエルピスはそのまま会話を続ける。

 〈神域〉を他国の、それも鍛治神の居る街の中で大っぴらに使うわけにも行かないので、魔神の称号の効果で魔力量の多い人物の方へと向かっている。

 この国に魔神が居ない限りエルピスを除けば一番魔力量が多いのはセラなので、それに向かって歩いて居るだけなのだが、ゲイルは驚きの声を上げる。


「気配察知を使ってる感じがないって事は、魔力察知系の能力か!

  俺達土精霊ドワーフは基本的に魔素の扱いが下手だからなぁ。羨ましいぜ」

「確かに魔法の使い方下手そうですよね、鍛治以外のことになると途端に繊細さが無くなるというか、ガサツというか」

「うるせぇ! 土精霊ドワーフなんざそんなもんだよ!」


 実際問題土精霊でも高位の魔法使いは少なくはあるがいるので、種族的に魔法が使えないわけではないのだが単純に短気な人が多いのが問題だろう。


 魔法の基礎的な修行はどれも地味だ、エルピスも授業の一環で仕方なく瞑想を取り入れた時は眠らないように我慢するのが大変だったものだ、


 そんな他愛も無いやり取りをしながら歩いて居ると、不意にエルピスは一つの宿屋の前で足を止める。


「ようやく目的地に着いたのか? んーっと、ここって確か料理が美味いことで有名な宿屋だな」


 見てみれば広そうな宿屋は他にもいくつかあるのにピンポイントでここを選んだという事は、アウローラか灰猫が食にこだわって選んだのだろう。


「そうなんですか、とりあえず入りましょうか」

「朝飯もついでにここで食ってくか」


 ようやくエルピスから引き摺られるのを辞めて、立ち上がり大きなノビをしたゲイルと共に白一色の宿屋の中へと入っていく。

 この世界では珍しく自動式な扉に日本を思い出し少し懐かしむ。


 土精霊の自動化技術は中々に素晴らしいもので、街道を馬車が走ることもなく基本的には街の地下を網のようにして展開している地下道で物資が行き交っている。


 階段を上がり部屋の中へ入りまだ靴を脱ぐ所なのに、ふと奥の方からドタドタと音が聞こえてきた。

 セラ辺りが気配察知で来ることを分かっていたと思うので、迎えにきてくれたのだろうか。


「なんだ? 出迎えか?」

「そうだと思うんですが、それにしては足音が荒々しいというか…なんで縄!?」

「対象を補足、全員突撃!!」


 アウローラが指をこちらに向けながらそう言うと、アウローラの影から三つの影が躍り出た。

 それらは的確にエルピスの身体を押さえ込むと、効率的に最短で自由を奪っていく。


「アウローラ何言って!? ちょまって痛い痛い!!

 セラ、エラ頼むから関節決めるのやめて! お願い!  死んじゃう! 

 後ニルは地味に首を噛むな! 痛いから!」

「言語道断! 異国の地で朝帰りしたかと思えば、愛人まで連れてくるとは──生きて再び地面を踏めると思わないことね!」


 膝を折らされ拘束されたエルピスを見下しながら、アウローラは絶対に許さないとばかりに口にする。

 それに対して命の危険を感じたエルピスは、必死の形相で首を振りながら否定した。


「いやあの人はそんなんじゃ無くて、交渉して連れてきた鍛治師だから! 顔見てみ? おっさんだろ!?」

「ぼ、僕エルピスさんに花を散らされて…それでお前もハーレムの中に入れてやるからって」

「こう言ってるけど?」

「おいぶさけんなおっさん! お前いつのまに髭剃りやがったこら!  というかそのショタボイスどっから出てるんだ!」

「とにかく言い訳無用! 話は部屋で聞かせてもらうわ!!」

「俺は無実だ──っ!!!」


 先程までとは立場が変わり、アウローラに引き摺られていくエルピスを見てゲイルは不敵な笑みを見せたのだった。


 /


「うぅ……散々な目に遭った。本当に覚えてろよおっさん」


 あの後転移魔法を使用して外へと無理やり逃げ出したエルピスは、大通りを歩きながらゲイルに対して文句を投げつける。


「あの嬢ちゃんがあんな反応するもんだから、てっきり常習犯なのかと思ってな。

 まさかまだ女の裸すら見た事ないお子様だったなんて予測がつかないだろ?」


 笑いを押し殺した様にそう言ったゲイルに対して、エルピスは恨めしそうな視線を送る。

 今の人性どころか日本にいた時の人生ですら、生で女性の裸体を見たことの無いエルピスからすれば、その手の言葉は完全に言い返せない。


 言葉を濁すために愛想笑いで返しながら、エルピスは目的の場所へと歩いていく。


「さて、ここが俺の鍛冶場だ。取り敢えずは入れよ」

「失礼します」


 思ってもみればアウローラ達は心配してくれていたのかなと思い、次会った時はちゃんと謝らないとなと思いつつゲイルに勧められるまま中に入る。


 鍛治に関していえばどの生物も右に出ない土精霊だが、鍛治以外はからっきしなので部屋の中はかなり汚い。

 足の踏み場もないどころか、踏む場所全てになんらかの刃物があるので、エルピスや土精霊でなければ怪我をすることだろう。


「いろんな武器やら防具、更に日用品まで、随分と多種多様なものを作っていますね」

「そうだろ? やっぱりいろんな物を作っとかないと、腕が落ちるからな。

 これより良い物も奥に置いてあるんだぜ?」


 素晴らしい品の数々に見惚れて居ると、ゲイルから更に良いものがあると言われ確認も取らずに走ってエルピスは店の奥へと進んでいく。


 鍛治神の称号がこの先に良い武具が有ると直感に語りかけてくるので、それに身を任せて足を動かすと狭くなっていた店幅が急に広くなる。


「おいおいどこまで行くんだ──って良く此処が分かったな。

 外からだと全然分からないように隠してるのに」

「隠してましたけど僕一応鍛治神ですからね。

 良い武具が有れば直感的に気付くんですよ」

「そうかぁ? そこらに置いて有るのは、何と言っても俺が今ある技術全てを使って作ってる実験的な武具で──ってお前鍛治神なのかよ!?」


 後ろで何かを騒いでいるゲイルを無視して、エルピスは収納庫ストレージから折れた聖剣と魔剣を取り出し、石で作られた台座の上に置く。


 確かに昨日あれだけ鍛治神についていろいろと喋っていたのに、自分も鍛治神だと言い出したのだから驚くのも無理はないだろう。


 権能は使えないので具体的にいえば違うのだが、称号自体は持っているのでそう言っても良いだろう。


「言ってませんでしたか、まぁ神は一柱しか居ないわけではありませんし。

 それより今なら凄く良いものが作れる気がするんです!」

「いや、あー、まぁいいか。はいはい分かったよ。本当にお前は掴み所が無いと言うか、何と言うか……」


 頭をボリボリと掻きながら、まるでおもちゃを与えられた子供の様に跳ね回るエルピスを眺めてゲイルは静かに言葉をこぼす。


 こういう奴は基本的に人の話をちゃんと聞いていない、自分のしたいようにさせてやらないと意識がそっちに行ったままになるのだ。


 神になる者はこんなのばかりなのかと思いながら、エルピスの近くに行くのだった。

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