第81話神樹の城
神樹とは森霊種達が崇拝する木々の頂点に君臨する意思を持たぬ神である。
白い幹に見るものの心によって色を変える葉、数キロにも及ぶ根はその巨大さに道標としても使われている。
この世界が生まれた頃から存在した大木は、かつて森妖種の国の中心で全てを見守る神としてその存在を世界中に知らしめていた。
そんな神木がへし折られたのはちょうど千年前のこと、森妖種が土精霊の手引きによって知らぬ間に鍛治神の夫を殺してしまった時から神木は不滅と思われたその姿を無くしてしまったのである。
だが神木は無くなったとはいえ不滅の存在、森霊種達は折られた神木を用いて白亜の城を作り出したのだ。
何者もにも破られる事は無い白亜の城、罪を犯したことによって作られたその城の最も奥にある玉座で腰をかけていたのは森霊種の国の女王である。
「…………退屈ね」
そう口にしたのは森霊種の国の女王、アールヴ・オリーべ・エルグランデその人。
頬杖をつきながら神樹の新芽から取れる葉を編んで作られた
森霊種の寿命は平均的に三千から五千年と言われている。
さらなる寿命を得ている彼女の正確な年齢がいくつなのかもはや覚えている者もいないが、退屈を感じるには十分すぎるほどの時間が彼女の中で流れているだろう事は察することもそう難しく無い。
考えてみれば彼女の人生の中でも一番楽しかったのは神樹が折れた時だ、空一面が火に包まれていたのを見た時はその真新しさに驚き毎年開催しようと提案しかけたほどである。
「女王様、面会者が居るときにそのようなことを口にしてはよろしくありませんよ」
「だって退屈なんだもん。本当は私も喧嘩祭りを見に行きたかったのにさ、なんでまだ行っちゃダメなのかしら」
片膝をつきながら目の前で何かを言っていたそれを無視して、女王は悠々自適にそんなことを口にする。
目の前のそれ──共和国からやってきた使者をアールヴは対処したくてしていたわけではない。
正直言ってアールヴからしてみれば人間など瞬きの間に死んでしまうような種族の事は、よほど面白い人物でもなければ記憶に残ることすらないのだ。
だが国家というものを上手く運用していこうと考えるのであれば、やはり国同士の付き合いというものはしっかりとしなければいけないもので、適当に向こうからの言葉に相槌を打っていたのだがそれも面倒になってしまった。
「そちらの要件は理解しました。限定的ではありますが捜査権を認めましょう、正式な通知は追って知らせます。退出しなさい」
「女王様!」
「いえいえ構いません。ありがとうございました女王よ、それでは」
これっぽちも感謝する気のない感謝の言葉を耳にしながら、アールヴはそうして出ていった人間の姿をつまらないものを見る目で眺める。
王が殺されその調査をするためにやってきたと聞いたからどれほど復讐心に燃えた人間が見られることかと思えば、その目に宿っていたのは明確な下剋上の意思。
空いた席に座るのは自分だという浅ましいまでの考えは数千年他種族を見てきたアールヴからしてみれば隠せていると考える方が不思議なものだ。
去っていく男の背中を見つめながら考えることは、あいつはなんの目的でここにきていたのだろうということだ。
「最高位冒険者エルピス・アルヘオ氏の身柄確保ですか、正直関わりたくない案件ですね。
聞けば騎士団から数人勝手に動いたものがいたとか、全く血の気の多いことですね」
「ふむ……なんっか最近妖精や精霊の調子がおかしいんだよね、みんな酔ってるみたいな。
いつにも増して神樹の力を感じるしなんかありそうだな」
「なにか…と言いますとそのエルピス氏の事ですか?」
「私の勘はなかなか外れないんだよ。いまから会いに行こうか」
「無茶をおっしゃらないでください、渦中の人に会いに行って良い結果が得られるとは到底思えません」
聞けばどうやら事件性のある最高位冒険者を追いかけてやってきたとのこと、アールヴにしてみればどうせ捕まえることなど不可能なはずなのによくそんな面倒な事ができるなというものである。
あの男の用事はその時点でアールヴにとってはつまらないものとなったわけで、次の面白そうな題材であるそのエルピスとやらについて聞いてみれば返ってきた返答は当たり前にそうだろうなというものであった。
「それは確かに。そうだな…、まずは誰か送り込んでみるか。騎士団長を呼んできて」
「了解いたしました」
直接接触するのが難しいというのであれば、次にアールヴが行うのは間接的に接触する手段の模索。
騎士団長という冠こそ被ってはいるものの、もはや女王の便利な使いとして顎で使われているその役職を引っ提げてフルフェイスの騎士がやって来るまでにはそれほどの時間を待つこともなく、片膝を着きながら騎士団長はアールヴの顔を怪訝そうに眺める。
「お呼びでしょうか」
白と緑の特徴的な鎧にその身を守らせて中世的な声音でそう問いかけてきたその声には、確かに忙しいのだからどうでもいい用事だったら怒るという意思が感じられるのだが、アールヴにそれを気にするようなそぶりはない。
「相変わらず来るの早いね、私だったら一月くらいはほったらかしにしちゃうのに」
「あいにく暇をしていない身ですので。それでどのような用事で?」
「分かったわよそんなにせかさないで。人類がこの神都で何かをしているのは知っている?」
「把握しています。一部の人類種から彫刻品などを輸入している家系の森霊種たちが、その件に対して力を貸しているのも把握済みです」
「把握してくれていて良かったわ、貴女に対して罰を与えるようなことはしたくないもの」
罰とアールヴが口にしたとたんに室内の温度が明確に下がる。
部屋の中に居るのはメイドと騎士団長とアールヴだけ、なのに温度が下がるという事はメイドか騎士団長か、はたまた両方が罰に対して怯えている証拠だ。
こほんと小さく咳ばらいをしたアールヴは話を続ける。
「要件は一つ。最高位冒険者エルピス・アルへオの身辺調査よ」
「アルへオ……アルへオ?」
「どうかした?」
「いえ、聞いたことのある家名だと思いまして」
「アルへオ家は我等がエルグランデにも居を置く亜人と人類種を結ぶ仲介役です。
現状の家長は最高位冒険者イロアス氏、奥様はあの破龍クリム様です」
「なるほどあの二人の子供か、そうなってくると恩を売るのも悪くないわね。今どこにいるかは把握している?」
「……大変申し上げにくいのですが」
自分にしては珍しく話がトントン拍子で進んでいくななどとアールヴが考えていると、ふと騎士団長がその流れをいったん断ち切った。
数千年にも及ぶ長い付き合いでもはや家族といっても差支えのない関係であるというのに、何を言葉に詰まるようなことがあるのだろうか。
そう思いアールヴがメイドに対して目線を向けてみれば、メイドも疑問に思って居たのか首をかしげながら手元にある書類を数枚ぱらぱらとめくり数行文字に目を通すと同じように視線をそらし始める。
「女王として厳命する。知っている情報を吐きなさい」
「はい。現在エルピス・アルへオは騎士団によって身柄を拘束しようとしたもののその直前にやってきた新たな勢力に襲われ重体のため特別病棟で監禁中になっています」
「恩を売るどころじゃないわね」
森霊種の国では基本的に病院というものに寝泊まりするようなことはほとんどないといっていいい。
それは森霊種が薬学知識にたけていることもあるが、亜人種ゆえの頑丈さから腹部を貫通したくらいならば、適切な威力環境さえあれば半日ほどで完全に治療が可能だからだ。
そんな森妖種の国で重体と呼ばれるような患者は基本的にもう死んでいる、魔法によって無理やり生かされているだけの存在を森妖種たちは重体者というのである。
アールヴが知っている重体者で生き残ったのは数千年前に臓器の過半数と全身の骨を失い魔法発動に必要な回路系全てもボロボロになっていた幼子くらいで、それ以外の重体者は例に漏れずそのすべてが死んでいった。
仲良くしておいた方がいいと口にしていたその前にそんな事が起きていると、さすがにアールヴもどうしようかと頭を悩ませるくらいのことはする。
最悪の場合は首都で英雄と破龍が暴れ始める可能性すらあるのだ、英雄の方は一般市民を巻き込むような真似はしないだろうが破龍に関しては理性が残るかどうか微妙なところだ。
「とりあえず今すぐ貴方はエルピス氏のところに行ってお詫びと状況説明を、ビアルスは悪いけれど関係者の洗い出しとさっきの申請書を遅らせておいて。私の方でも調べておくわ」
「了解しました」
「そのように」
騎士団長とビアルスと呼ばれたメイドが退出していくのを見送ると、アールヴも足早にその場を後にする。
大地に根を下ろしているのではないかと関係各所に言われている程に動くのを嫌うアールヴだが、必要に追われてしまっては仕方がない。
重たい腰を上げながら問題解決のために動き出すのであった。
・
そんなこんなで騎士団長であるアヴァリは特別収監病棟、通称特監へとやってきていた。
罪を犯したかどうか司法によって裁かれてもいないのにエルピスがそんなところへと収監されているのは、森霊種の国で力を持つ者が融通を利かせたからなのだろう。
女王であるアールヴの発言は絶対ではあるが彼女は政を積極的には行わず、数十年から数百年単位で間を開けながらいくつかの法案の整備などを行うだけだ。
だから彼女の持つ実権というのほとんど機能していないことが多く、そのためこうして国内は貴族たちが好き勝手に権力を行使しているわけである。
だが彼等も考えなしで権力を振りかざしているわけではない、あまりにもやり過ぎれば女王の目に留まるし、そうなってしまえば彼等は埃よりも軽く吹き飛ばされるような存在だ。
だからこそいままで慎重にやってきた彼等だったのだが、今回に関しては運が悪かった、そう言うしかないだろう。
エルピスに対して女王が興味を持ってしまった時点で、今回の件に関係した全ての森妖種の断罪が決定したのだ。
「私だ、開けてくれ」
「これはアヴァリ様、お話は陛下から既に。どうぞお通りください」
「ありがとう。陛下から何か伝言はあったか?」
「特にはありませんでしたが……そういえば普段通りの活躍をしてくれるだろうと」
「そうか。悪いが数人いまから負傷するから病室を開けておいてくれ」
「はい、分かりました?」
受付の女性に対してそんなことを口にしたアヴァリは病棟の中を一定のペースで歩いていく。
説明されているわけでもないのにアヴァリが迷うことなくエルピスのいる病室へと向かえるのは、それだけ彼の気配がただならぬものだからである。
道中エルピスの知り合いだろうか、人の女性と会釈を交わした後に数分ほど歩くと最も奥にある病室へとたどり着いた。
病室を監視している看守は二人、アヴァリも見たことのあるその顔に少しだけ残念な気持ちが湧き上がる。
「これはこれはアヴァリ騎士団長! 今日はどのような用事でこのようなところに?」
「なに、私用だよ。残念だ、君達の顔は覚えていたのだがな」
「アヴァリ様? 一体何を──っグ!?」
アヴァリは他人の顔を覚えない、長い時を生きてきた中で他者の顔を覚えられるほどに興味を抱くことができなくなっていたのだ。
またこれで覚えることができなくなったと残念に思いながら、アヴァリは腰からぶら下げた剣を鞘に収めたまま喉仏へと向かって振り込む。
突如の事に血反吐を吐き出しながら膝を曲げた森妖種に対し、追い討ちをかけるようにして後頭部へと殴打を数度加えるとぴくぴくと体を痙攣させながら動けなくなる。
脊髄は損傷しないように殴ったものの、頭蓋骨はどうやら陥没してしまったようだ。
冷静に地に沈んだ名前すら覚えていないそれを記憶から抹消していると、ふと隣にいたもう一人から叫び声をあげる。
「アヴァリ様!? ──援護を! アヴァリ様がご乱心なされた!」
騎士団は基本的に連携をする事が得意ではないのだが、自分一人では絶対に勝てないのだからその判断は間違っていない。
肉の壁が出来ればもしかすればワンチャンスが生まれるかもしれないと考える勝利に対しての貪欲さは評価に値する。
「なっ!? 大丈夫か!」
「余所見をしている暇があるのか?」
「は、速い!? ──ガハッ」
「この狭い室内だ! 羽交い締めにしてしまえば何もできん!」
「剣を抜くな仮にも騎士団長相手だぞ!」
理性がほんの少しだけ残っている者が騎士団長に対して剣を抜くという行為に対して注意を投げかけるが、獣に襲われているのに武器を抜くなという方が無理だろう。
病室の中からやってきた物を含めて六人以上の兵士達はあっという間に中傷を負いなす術なく地面に五体を投げ出す。
強さを追い求める騎士団の中で常に最強の座を守り続けてきた団長、森霊種の国の最強の兵士であり最高位冒険者であるアヴァリを前にしては、騎士団員ですら脅威にはなり得ないのだ。
「弱いな、権力になど手を出そうとするからだ。判決は追って知らされるだろう」
きっと女王がエルピスに興味さえ持たなければ、彼等は明日からも普段通りの生活を送っていただろう。
だが残念なことに興味を持ってしまった以上その付近で発生した悪事は全て彼女の手によって精算され、雑用係であるアヴァリの手によって捕らえられた罪人達は裁かれるのを待つしかないのである。
「随分とまた凄い登場の仕方だね。ちょうどそろそろエルピスが起きる頃だよ、用事があってきたんだろう?」
冷たい目線で見下ろすようにして積み上がった騎士団員達にそんなことを口にしていたアヴァリの前に、いつのまにか灰色の毛並みが綺麗な獣人種の少年が立っていた。
アヴァリの間合いのほんの少しだけ先、ギリギリで距離感を保っているそんな灰色の少年に感心しながらアヴァリは今日初めて頭部の甲冑を取り外して素顔を見せる。
ほんのりと緑色の髪に黒い瞳、褐色色の肌に長い耳を携えたアヴァリは剣を地面に置き腰を曲げてこれ以上ないほど綺麗に頭を下げた。
「この度は我々騎士団員並びに森霊種の住民が迷惑をかけた、本当に申し訳ないと思っている」
頭を下げたアヴァリを見て部屋の中で奇妙な空気が流れる。
怒りでもなく侮蔑でもない、奇妙な雰囲気にアヴァリはどうしたことかと頭を上げて見てみれば、なにやら奇妙な雰囲気が部屋の中にまとわりついていた。
「えっと…混霊種がなんでここに?」
「ああそういう事か、私はあの戦争以前からこの国に仕えている。例外という事だ、気にしないでくれ」
もはや自分でも忘れてしまったことをぶり返されて少し驚きながらそう返すと、質問を投げかけてきた悪魔はそういう物なのかと納得する。
「窟暗種だろうと森霊種だろうといまはどうでもいいんじゃないかい? それよりも問題はエラちゃんの事だろう」
「灰猫が言う通りね。アヴァリさん、悪いけれど問題はまだ解決していないの。
そこのそれらを殺しても問題は解決しないのよ」
そう言って倒れる森霊種達に視線を向けるセラだったが、その視線は先程アヴァリが向けていたそれよりもはるかに冷たい物である。
もし殺して問題が解決するのであれば遥か前に殺していた事だろう。
「その気配は天使か…しかもかなり上位の。報告は受けているのだがもし良ければ詳しく教えてもらえるだろうか」
「私達の仲間の一人が攫われたのよ、貴方達のせいでここからも動けないし困ったものよ」
「それは……申し訳ない。即時解放の手続きを終わらせよう、捜索の方もこちらで行おう。
もちろん補償と国名を賭けての救出確約も。女王陛下から直接の謝罪も受けてもらえると嬉しい」
「随分と殊勝な事じゃありませんか、急に変わった態度の理由は一体何なのでしょう?」
「怒る気持ちも分かる、だが森霊種の国はそう言うところなのだ。
女王が興味を持たなければ、国を揺るがさない限り全ての事件は有耶無耶に流される。
長い寿命を持つが故の自堕落さが招いた結果だ、私からは詫びる事も出来ない」
天使と悪魔、森霊種よりもさらに長い寿命を持つ者達を前にしてそんな事を口にするのは怠慢か。
だが長年代わってこなかった社会形態を今更すぐに変えるのは難しい話だ、なまじアールヴは問題が起きてから解決できるだけの力を持っているだけにこんなことがあってもまた同じようなことを繰り返してしまうのだ。
アヴァリの言葉を受けて静かになった室内に何とも言えない空気を感じていると、ふと布一枚を隔てた先で誰かが動く気配が感じられた。
「痛っ……喉つぶれて……誰かいる?」
「エルピス、ようやく起きたのね。今は少しくらい寝ていなさい、体に障るわよ」
「俺はどうでもいい……エラは…エラはどこに…」
「大丈夫、大丈夫よ」
うわごとのようにして連れ去られた女性の名前を呼ぶエルピスであったが、ベットの傍に立ったセラが手をエルピスの目に当ててそっとなでると、先ほどまでと同じように規則的な呼吸が聞こえエルピスがどうやら眠らされたらしいという事がわかる。
聞いた話では理由が不明な外傷を負って重体になっているらしいが、それでも体を無理やり起こそうとするほどには捕まった女性の事が気になっているらしい。
まさかつい先日できたばかりの彼女とまでは想像もつかないところだが、相当に大切な存在らしいとはさすがにそんなエルピスの行動を見ていれば察しもつく。
今回ばかりはもしかすれば無事に回収できないかもしれないが…そう思ってはいるもののさすがに口に出せないでいたアヴァリに対してニルは小さく言葉を投げかける。
「悪いけれど外でいいかい? 記憶の混濁が激しいんだ、数日前から起きてはうわごとの様にしてああしてる」
「ああもちろん私はそれでも構わないが……」
「灰猫とフェルはここを頼んだよ、姉さん行こうか」
「エルピスはあと数時間は起きないと思うわ。容体も安定するとは思うけれどもし何かあったらすぐに私を呼んで」
「分かったよ」
部屋を後にしたアヴァリ達はこれから待つ重たい話を少しでもましにするために、風通しのいい屋上へと足を運んだ。
この場所はその立地も相まって会話を他者に聞かれるという事は殆どといっていい程ない。
念のためにといくつかセラが障壁を張ったのを確認した後、アヴァリの方から口を開く。
「ひとまず今回の件に関係した者達はこちらである程度の処分を考えている、もし何か気になるようであればそちらに任せてもいいのだがどうだろうか」
「私は不幸になってくれるなら別になんでも構わないわ、ニルは?」
「僕としてはいろいろとやりたいこともあるんだけど、残念なことにそれをエルピスが望んでいるとは思えないからね。
あの刑事と今回裏で問題を起こそうとしていた数人後でリストアップして渡すからそれだけ身柄を貰ってもいいかな? 処理をフェルに任せてみるよ」
「趣味悪いわよニル」
「僕が直接手を下さないだけどれだけマシか教えてあげたいくらいだよ」
拷問を得意とする悪魔は少なくないが、先程部屋の中で見た悪魔が話題に出たそれならばおそらく森霊種の国で与えられるであろうどんな拷問よりも酷いものが待っているだろうとアヴァリにも予想がつく。
長い年月を生きてきたアヴァリだが、目の前の二人とあの悪魔だけは自分よりも歳が上であると言うなんとなくの直感が働いていた。
長く生きれば強くなると言うわけではないが、戦闘を好む上位の悪魔は弱ければすぐに死んでしまうので、生きている年月がそのまま強さに比例することが多いのである。
「とりあえずこちらからの要求を伝えるわ。今後一切こちらの行動を邪魔しないこと、今回の件で発生する損害や被害の情報を隠蔽すること。いいわね?」
「もちろん、女王からも良いように計らうようにと指示が出ている」
「エラちゃんの位置はそっちに見つけてもらうとして、あとは女王との会談かな。どうせあるんでしょ?」
「申し訳ないと思っているのだが、元々こうしてサポートができるのも女王の興味が湧いたが故だ。
我慢してくれと言う言い方はおかしいのだが、耐えてくれるとありがたい」
なんとも口にしづらそうな顔をしながらそう言ったアヴァリの姿は、それこそ中間管理職のそれである。
アヴァリとしては目の前の二人が暴れ始めた場合に止められる確証がないので、出来ることならば暴れてほしくはない。
だが自分が口にしていることが相手を怒らせる可能性があるという事も重々承知しているので、こうしてなんとも言えない言葉選びをしてしまうのだ。
そんな所が女神二柱にはどうやら好評のようであり、普段ならばそろそろ怒りの感情を見せていてもおかしくないニルの表情もいまだに明るいままである。
「エルピスは今日の夜には会話ができるレベルにまでは回復するわ。
悪いけれど病室から出すことはできないから、そちらから来てもらえるからしら」
「了解した。こちらから陛下には伝えておこう。何かあれば下の受付の者に言っておいてくれ、話は通しておく」
そうして一旦アヴァリの目的はこれにて達成された。
問題はエラと呼ばれる少女の場所の判別と女王がエルピスのことをどう思うかという二点のみ。
最低でも国が絡んでいる今回の件、救出には久しぶりに自分の力を出さなければいけないだろうと言う状況に直面して、アヴァリは獰猛な笑みを浮かべるのであった。
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