第80話無罪証明
エルピスが倒れて早二日。
その情報は帰省解禁の報と共に全世界に広がるアルヘオ家のコミュニティに広がり、各地で混乱を引き起こしていた。
殺し屋にエルピスが狙われたこと、共和国の王といざこざが有ったこと。
それらを含めて情報を受け取った各国に広がる家は、それぞれができる最大限の行動を起こしていた。
情報を入手する家、犯人の目星を付ける家、弁護士を用意する家。
その行動は多岐に渡るがこうして各家が連携して行動できたのは、エルピスが米の件で各地に広がる家同士の繋がりを強くしたからだ。
「アウローラ様、今は一旦アウローラ様に我々の全権を委ねます。
先行しているリリィ並びにヘリアさんから情報は頂いて居るので、アウローラ様の命一つでいつでも動くことが可能です」
「エルピスのとこの諜報部隊か何か? 随分と殺気だって居るけどそんなんじゃあいつが感知しちゃうわよ、もう少し抑えなさい」
「……すいません」
とりあえず森妖種国内に居たアルヘオ家系列の者達の中でも、特に動ける者だけを集めて作った特設部隊の隊長である男がそう言ったのに対して、アウローラは冷静な表情でそう返した。
その彼女を見て隊長は一瞬もう少し焦っていても良いのでは、そう思ったが、すぐにその考えを修正する。
目の前の少女は内心焦っているが、だからこそ表面上落ち着いているのだ。
焦って行動するだけでは最悪状況が悪いほうへと傾く可能性もある、それをしっかりと分かっているからこそ、こうして落ち着いているのだと理解して。
「数はこれだけ?」
「いえ、周辺の国からも力のある者達が集まってきています。あと弁護士や医師なども」
「とりあえずその人達には固まって行動するように伝えてちょうだい。
今回の敵はかなり強いわよ、下手するとこっちに向かってきてる途中にやられちゃうかもしれないし」
「了解しました、他には何か?」
「エルピスの症状はセラかニルのどっちかに聞いて、私じゃ分からないわ。
そういえばエルピスが開けた大穴の処理はどうなってるの?」
「あれは超常現象ということで方がついていると、共和国にいる諜報員から。
それから今回の敵ですがもう没落しましたが、元共和国盟主が手を引いているとか。
森妖種側がわざわざ人間の事情に首を突っ込んできたのもそれが原因です」
「なるほど、そういう事ね。その貴族の後ろを洗っといて。
場合によっては一つの家を潰すわよ、私からの命令はそれだけ。
後はやりたいようにしなさい」
「了解しました、では」
四方に飛び散っていく影を見ながら、アウローラはこれで良かったのかと頭を悩ませる。
考えうる限りの最悪を考えて行動してきたつもりだったが、今ほどの状況はさすがに想定していなかった。
アルヘオ家の力のおかげでなんとか情報も得られたが、貴族が絡んでくるとなるとかなり厄介だ。
前回もそうだったように、やはりこの世界において他人の邪魔をするのは、自らの利権にうるさい貴族達。
だが彼等は間違いを犯した、没落貴族となった共和国元盟主の力に惹かれて協力するくらいなら、世界各国に居を置くアルヘオ家と仲良くしておいた方が良いに決まっているのだ。
「こっちの事はやっておくから、後は任せたわよ」
病室でエルピスの看病をする二人のことを思いながら、アウローラは座っていた椅子から腰を上げる。
今は自分のできることを精一杯やろう、そう心に決めてこれから来るであろうアルヘオ家の者達を迎えにいくために、アウローラは街の方へと向かうのだった。
/
場所は変わって病室。
エルピスの寝る横で手を握りながら側に座るのはエラとニル、部屋の隅でいつになく凹んでいるフェルに尻尾をだらんと下げてやる気なさげな灰猫。
どんよりとした空気が漂う一室に、ふと扉をノックする音が響いた。
その音に灰猫が頭を上げて興味なさげに明後日の方を向くと、凹んでいたフェルが仕事を貰えて嬉々とした表情で扉を開けにいく。
今のフェルにとってはこの程度の仕事でもさせてもらえるだけ嬉しいのだ。
「どうもこんにちは警察です。あなたがフェルさんですか?」
だが扉を開けてみればどうだ、やってきたのはフェルが共和国の王を殺した容疑を調査しにきた警察だった。
対面にいても気になるほどの猫背に整えられることなく生えた髭、タバコの匂いとなんらかの薬草の匂いがして清潔感は全くなく、不快感なら割増であった。
そんな警察の男に対してフェルは嫌悪感を顔に浮かべないようにしながら、対応を進める。
「はい、そうですが」
「そうですかそうですか、それは良かった。それでそちらのベッドで横になっているのが」
「我が主人のエルピス・アルヘオです。
主人は現在床に付しておりまして、代わりに私が話を聞きましょう。どうぞ中へ」
「あ、いえいえこちら側で場所は用意してますんで、そっちに来てください。ここではなんでしょうし」
「いえ、パーティーメンバーの間で何があったか説明するのも手間ですし、ここでしてください。
先に我々を容疑だけで二日も拘束しているのはそちら側です、主人の指示のもと素直に従っていますがそれ以上は許容範囲外ですのでご了承下さい」
向こうの本拠地に行けば、何か無理やり喋らされる可能性がないわけではない。
魔法やそれに類するものならばフェルには効かないが、もし巧妙な話術で秘密でもぬかれようものならお笑いものだ。
それにこうしてこちら側の陣地で会話を進めさせることで、下手な事は向こうも聞けなくなる。
「……そうですか分かりました、では何人か騎士を呼んできます。
あるとは思いませんが逃げられては困りますのでね」
「どうぞご自由に」
主人を見捨ててこの僕が逃げ出すと思っているのか、そう言いたくなる気持ちを抑えて、フェルは素直に了承する。
そんなフェルの姿を見て拍子抜けしながらも、男は一旦部屋の外に出て周囲の騎士を集めるのだった。
数分して部屋の中に四人の騎士が入ってきて、エルピスの近くに二人、フェルの近くに二人いつでもこちらを取り押さえられるように両脇に立った。
入ってくる時に顔は見たのでいつでもやり返しはできる、今はしょうがないから話をしっかりと聞いて、下手を打たないようにしようとフェルは嫌々ながら目の前の男に集中する。
そういうところが今回の事件を巻き起こしたのだが、それを直接伝えられたところで治るフェルではない、今更なのだ。
「それでまず共和国盟主の殺害の動機ですが…」
「お待ちいただきたい。あなた方がいま確認すべきなのは殺害の動機ではなく何時何分に僕がどの場所にいたか、その事のはずです。
前提条件を間違えていますよ」
「………失礼しました、確かにそうですね。
では一週間ほど前のこのぐらいの時間帯、貴方はどこで何をしていましたか?」
「先にこの国へと向かっていた主人の跡を追って、この街へと向かっていました」
嘘ではない。
フェルは共和国盟主殺害後に、すぐにこちらへと向かってエルピスを追いかけて走っていた。
フェルが本気で走っても追いつけないほどに早いエルピスが魔法で出した馬の話は置いておき、事実ではあるので何人かは確認すればフェルが走っていくところを見た人物はいるはずだ。
とは言っても一般人では目で追えないので、黒い何かが通り過ぎていったくらいの感覚だろうが。
「なるほど、では何故貴方一人だけ出発が遅れたのでしょうか」
「雷精団に王国への推薦状を書いて欲しいとの旨を伝えられましたので、主人からその作業をやっておくように命じられそれで遅れました」
「なるほど、ちなみにその雷精団とは今も連絡は?」
「取っていませんね、私は悪魔です。契約者に命令されれば行いますが、そうでなければわざわざそのような事は致せません」
自分で言っていて自分に腹が立つ。
エルピスの事をただの契約者などと思っているはずもないし、それに契約者に命令されなくとも、もしエルピスがそれを望んでいる風であるならばフェルは事前にそれをしておく。
だがそれをしないのはいまフェルがエルピスに忠誠心がある事を見せすぎると、後々どうしてもフェルが黒になるとなってしまった場合にエルピスに迷惑をかけてしまうことになるからだ。
もし殺した事が確定したとしても今のままの雰囲気を保てばエルピスの指示では無くフェルの暴走で方がつく、最悪の最悪の場合の選択ではあるが、そういう逃げ道は作っておくに限る。
「なるほどなるほど、そう言えば共和国周辺でこれまで未確認の超巨大な穴が発生しましてね。
おたくの主人が共和国に来た際とちょうど被るんですよ、それにこれに関しては誰とは言えませんがおたくの主人がやったって証言も出てるんですよ」
「ええ、それは事実のようですね。私が召喚される前なのでそれについては伝え聞いただけですが」
「なるほど、それは認めるわけですね。それが原因でああしてベットに横に?」
「いえまさか、別の原因ですよ」
「理由を説明してもらっても?」
「何故?」
「何故って、説明してもらった方が理解しやすいじゃないですか」
「なら別にしなくても構いませんね。貴方が今回調査するのは共和国の盟主の話でしょう?
今のエルピス様は関係ありません」
食らいついてきた警察に対してフェルが強気に回答すると、睨みつけながら渋々引き下がる。
どうしてそこまでエルピスの状態が気になるのかは知らないが、無駄な話をするのは好きではない。
いまはとっとと無罪証明をして、こいつを帰らせるのがフェルの仕事だ。
「確かにそうですね、では次に迷宮攻略に乗り出したおたくの主人は偶然その場で共和国盟主の一人であり、今回の被害者であるディタルティアに会った、相違ないね?」
「その点に関しては猫に」
「ええ間違いありません。僕が僕の二つ名にかけて誓いましょう」
「ありがとうございます、ではその場で何か揉め事があったとこちらの情報があるのですが」
「こっちが狼煙焚いて冒険者組合から依頼まで受けてるってのに、不法に占領してこようとしたからだよ。
雷精団と会ったのもそこで」
「なるほど、恨む理由は十分にありますね」
「ん? 刑事さんか何か知らないけど、勘違いしてるね。
僕ら冒険者は名誉と金さえ手に入ればいいし、今回の件では莫大な金を手に入れた、別にあいつに思うところなんてない」
灰猫がそう言って尻尾をゆらゆら揺らしながらジロリと警察の方を見る。
警察側が得た情報にも今回エルピスは大貴族の総資産に匹敵するほどの金銭を得たとの情報があり、確かに莫大な金銭を受け取った事は確認できていた。
「ですがそう簡単に割り切れるものでしょうか? それにこちらの情報ではそちら側が不当に占拠していることになっているのですが」
「へぇ、面白いね森妖種って。冒険者組合敵に回すんだ」
「──やはり先ほどの質問はなかったことに」
さすがに組合を引き合いに出されると分が悪いと瞬時に判断して、刑事はこの話から身を引く。
そもそもが国際法違反な上に、無理やり丸め込もうと思って出そうとしていた副組合長の名前。
だが共和国に置かれた冒険者組合も所詮支部の一つでしかなく、そこまでの権力は持っていない。
冒険者組合の大元に今回の件を告げ口されてしまうと、困るのは刑事と副組合長の方だった。
「まぁいいよ別に。それで犯罪一個増えた共和国の王様を、僕達はどうやって殺したのか教えてもらっても」
「随分と自信満々に言いますね、まるで自分達が完全に潔白だとでも」
「完全に潔白だから完全に潔白な言い方をするさ、それでそっちはどうやって殺したと思ってるの」
「……お答えしましょう。一つめはエルピス・アルヘオ殿が転移魔法を使用して殺害した。
二つめはフェル氏が殺害後にこちらにやってきた、三つめは協力者がいる、このどれかと思っています」
「おかしいね、コロシアムではフェルが殺した前提で話進めてたのに、まぁいいや新事実でも発見できたんでしょ。
それで一つめと二つめ、どうなってるの? 証拠として成り立ってないよね?
そんなのこの二人だったら出来るけど、それ言い出したら最高位冒険者全員調べないとダメだし、なんなら僕も多分頑張れば出来るよ?」
身体能力がずば抜けて高いから疑われたであろうフェル、遅れてきたのもあるだろうがそれを巻き返せるほどの足の速度だ、確かに疑いを真っ先にかけられるのも無理はない。
事実そうなのだしその推理は当たっているのだが、この世界において殺して単純に移動不可能な距離まで逃げるというのは現場を目撃でもされていない限り、よほどの証拠でもない限りは立証不可能だ。
普通の人間ならばできない事を出来る、だからこそエルピスが召喚した悪魔でありセラに対して生意気な口を聞ける悪魔なのだが、ここまで非常識だと罪を立証するのも一苦労だ。
現実的には不可能な距離までエルピスとフェルは移動している、だが実際に移動しているのだがら可能な事は可能なことが立証されている。
だがそれはエルピスとフェルだけではない、他の各国にいる強者たちが行なったという事も成り立ってしまうのだ。
見られないように移動して一人呑気に外に出てきていた盟主を殺すなど、最高位の冒険者たちからすれば苦でもなんでもない。
朝飯前に終わってしまうような簡単な出来事だ。
「それは認める……ととっても?」
「取れるものなら取ってみなよ。これを証拠としてエルピスの名声に傷をつけてみな、アルヘオ家はもちろん何人の最高位冒険者が動き出すだろうね」
「所詮は個人、国には勝てるはずもない。国を相手取る覚悟があるとでも?」
「勝てる。だから彼等は最高位なんだよ、あんまり
個人で国を落とせる実力がある最高位冒険者など一握りではある。
だが実際にそういう人物が存在するからこそ灰猫の言葉は重みがあった。
そもそもこの世界は力が全て、何を言われたところでエルピスという絶対的な力を持つ者がいる限り、どこまで頑張ったところで所詮は弱者の足掻き。
この混乱に乗じて攻め切れていない時点で、共和国の盟主は既に詰みになっている。
「そうですか、今日の聴取はここまでです。この件はまた後日、詳しく法廷で」
「法廷まで僕らを呼べれば良いね、もう少しでアルヘオ家の弁護士もこっちに来る。
事件を解決できる良い証拠が見つかれば良いね」
「……願わくばその減らず口が閉じる事を祈っているよ」
減らず口はどちらの方だ、そう言いたくなる気持ちを抑えて、灰猫は手を振って笑顔で男を見送る。
ようやく面倒な相手が終わった、そう思い一息ついた灰猫に尊敬の念を見せたのは横でおろおろしていたフェルだ。
堂々たるその態度、公僕に対して一歩も引かぬその姿、フェルはその姿に自分には無いものを感じた。
「さっきのがこの国の警察? 陰気臭い顔してたわね」
「お帰りアウローラ、こっちの方は問題ないよ。そっちは?」
「さすがアルヘオ家の人間って感じね、敵は絶対逃げられないわよ。もう位置も掴んでるし、後はエルピスが復活すれば──」
「よしっ! もう動ける!」
アウローラの声に反応したかと思うと、エルピスは大きく身体を起こしてベットから飛び出る。
若干疲労の色は見えるがそれなりに回復はしているようで、久しぶりのエルピスの顔に灰猫始め他の面々は少し顔が綻ぶ。
「ようやく復帰ってわけね、全快じゃないみたいだけど」
「あれっ? バレた? 技能の大部分はまだ使用不可能だね、身体も普段の半分くらいしか動かないし」
「そ。それで勝算は?」
「必勝。久々に本気でキレてる、絶対にこのケジメは付けさせるよ」
「──まぁもう少し先の事だけどねそれは。おやすみエルピス」
だが言葉も気力も十分であろうと体はまだまだ瀕死のままだ。
いまのエルピスは火事場の馬鹿力で動いているだけに過ぎず、ちょうど死ぬ前の人間がいつもと変わらない動きをするのと同じように動いているだけで、瀕死である事には変わりがないのだ。
ばたりと意識を失ったエルピスはニルが用意していた枕にその体重を預け、また不規則な呼吸音を病室の中に響かせる。
こうして将来戦神として世界中に名を馳せるエルピスの武勇はここからゆっくりと始まるのだった。
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