第79話愚王達の呪い

「どこの誰だか知らないけど、誰の恋人に手を出したのか分かってやってるんだろ!うな?」


フェルとセラが激戦を繰り広げている闘技場、そのすぐ横にある待合室でそれよりもさらに大きな魔力の奔流を身体から発しながら怒りを露わにしているのはエルピスである。

エルピスの眼前に立つのは三人組の顔を隠した集団、どこの誰とも知れない人物ではあるが彼等は明確にエルピスに対して敵対行動をとっていた。

エラの手を掴みその身体を締め上げている彼等はどこの誰なのだろうか、いやもはやそんなことはどうでもいい些事である。


「そう起こるなってエルピス君。俺だって別にやりたくてこうしてるわけじゃない、原因を作ったのは君の配下だ、同じ君の配下がこうして割を食うのは仕方のない事だろう?」

「分かった、お前らは敵だな?」

「何を当たり前のこと──」


男のうちの一人が一歩前に出た瞬間、エルピスは躊躇いなくそれを切り捨てる。

袈裟懸けに切られた男は上体のみをエルピスのそばに落とすと、上半身だけとなった体でパクパクと言葉を落としたのちに程なくして死亡した。

あまりにも早すぎる抜刀にこの場にいた者で反応できたものは居ない、反射神経でどうにかなる領域を超えた一撃だ最低でもレベルⅤ以上の技能スキルがなければどうにもならない。

赤い血溜まりが足元を通り過ぎて広がっていく事に嫌悪感を感じながらも、エルピスは改めて武器を構え直す。


「お、お前人質が目に入ってねぇのか!? 殺しちまうぞ!!」

「一瞬でもそんな素振り取ってみろ、それより早く殺す」

「エルピス……」

「大丈夫だよエラ、安心してて」


殺意を剥き出しにしながらもエラに対しての対応はいつもと変わらないエルピスだが、身に纏っている雰囲気はかつてアウローラ奪還作戦で見た時の姿そのものである。

一度犯した失敗を二度も犯すわけにはいかない。

殺す覚悟を決めた神人はやはり常世の存在がどうにか出来る者ではなく、人質の存在を主張していた男が一歩後ろへと臆病風に吹かれて下がる。


「おい下がんなよ馬鹿。まぁでもちょうどいいわ」

「おい空何言って──」

「お前の全部を賭けたらこの国くらいぶっ飛ばせんだろ? 頼んだよ」


だがそれを待ち受けていたようにしてエラを捕まえていた男がもう一人の男に手を伸ばす。

恐怖に顔を染める男の姿は何度か見たことがある死を目前にしたもののそれ、だがそれよりも空という単語をエルピスは警戒していた。

そしてそれと同時に鑑定を使用し、目の前の人物達が誰なのかを確認する。

聞いたことのある名前に背格好、もしやと思い鑑定を見てみれば目の前にいたのは間違いなく前世で自分と同じクラスだった同級生であった。

そしてその特殊技能ユニークスキルの中に一つの項目を発見する、その能力は〈爆発者ハートロッカー〉。

効果は無機物を爆発物に変化させること、同意もしくは隷属している生命体をその魔力量や技能スキルなどを考慮した爆弾へと変化させる。

転生者を使用して作り出す爆弾は一体どれほどの効果を持つのだろうか──


「──エラッッ!!」


エルピスは己が持つ全力を投じて邪神の障壁をこの部屋にいる自分以外の全員に展開する。

そしてその瞬間、森妖種の国を全てチリに変えてしまうほどの爆発が待機室の中を猛烈な勢いで蹂躙していく。

それは一分ほど待機室の中を燃やし続けると、行き場を無くしてしまったのかぽすりとその火を消してしまった。

国を焦土に変えてしまうほどの圧倒的な火力すら防ぎ切る障壁を展開するエルピスの圧倒的な防御力は圧巻の一言だ。

もそれを褒めるようにして手をパチパチと叩きながら言葉を重ねる。


「凄いっ! 凄いよエルピス君! あっぱれだ、本当にすごいよ! いまのを止めるなんて誰にもできないと思ってたよ!」

「エルピス様! 離しなさい! このっ!」

「暴れない暴れない。エルピス君ちなみにさ、なんでここに俺らが居るか知ってる?」

「フェルが共和国盟主を殺した件で遊びにきたんだろう? アウローラ達の依頼者にあった盗賊団を殺したのもお前らだろう?」


突如として世間話をしかけてきた空に対してエルピスは特に文句も言わずに付き合う。

いまはまだ違和感に気がついていないようだが、もう少しすればセラかニルのどちらかがここで何かが起きているという事を察知してくれるだろう。

それまで時間を稼げばエルピスの勝利は確定する。

時間をかけて困るのは向こう側なのだ。


「正解。あれにはしっかりと理由があってね、僕の技能スキルは物の価値に比例してその火力を増す。無機物の場合は特に顕著なんだ、魔石なんかいい起爆剤になってくれる」

「話が長いな、応援が来たら不利になるのはそっちだぞ」

「来ないよ、もう準備は終わってるしね」


再度同じ規模の爆発が起きたところで先程貼った障壁は未だな機能を失っていない、あの程度の爆発ではどうやってもエルピスの命には届かないだろう。

そう思っているとふと空は右手を異空間へと突っ込んだ、一瞬探したような素振りを見せた後にぽろぽろとこぼれるようにして落ちてきたのは魔石だ。

(これはレベルで得られる祝福ギフトか? 収納系の祝福があるのは確認してたけどこの程度なら問題なく──)


「エルピスこの魔石は──!」


だがエルピスは出てきた魔石の大きさや形ではなくその性質を覚えておくべきだったのだ。

エラが叫んだ理由は魔石のその特性を知っていたからである。

 空が取り出した魔石は感応石と呼ばれる周囲の魔力を大量に取り込み形とする魔石であり、エラがエルピスの魔法を安定的に運用できない方法はないかとかつて探していた方法の中にあった物である。

 この場にはいま魔神が使用した魔法の痕跡が残分に残っており、周囲にただよう魔力の量は通常のそれとは比較にならない。


「さぁエルピス君、今度も耐えられるかな?」


ぼこぼこと流れ落ちる魔石は止まる事を知らず、エルピスがエラの言葉にまずさを感じて無理に攻撃を仕掛けようとした瞬間大量の人間の心臓がその空間からこぼれ落ちてきたことでエルピスは一瞬気が動転する。

空にとって最も人間の価値あるものは心臓である、それをこうして保管しておくことで万が一の起爆剤量としていたのだ。

神の魔力と自信にとって最も価値のあるものを大量に消費しての人生最高の爆発、その威力はもはや空でさえも想像できないほどのものだ。

先程の真っ赤な大炎ではなく真っ青な炎は圧倒的な破壊力と共に待機室の中を蹂躙し──そしてエルピスの記憶はそこで途絶える事になった。


/


 久しぶりに身体が動かない。

 まるで夢の中にいる様なふわふわとした気持ちになんだか言葉にできない気持ちが湧いてくるが、こういうときは決まって自分がロクな状況になっていない事をエルピスは知っている。

 せめて末端でも動かせればと指に力を込めてみるが、今はそれすら出来そうになかった。


「──と言うことで──さんが」


 ほとんど感じられない五感のうち、唯一聴覚のみが無事に仕事を果たしエルピスの耳に誰かの声を運んでくる。

 声音からしてフェルだろうか? 声の中には怒りの感情が混じっている様に思え、エルピスはその事に動かない頭で驚く。


 彼が怒りを露わにするのは短い付き合いではあるがまだ見たことがない。

 それにこれから先もそれ相応のことが起きなければ、見る事はないだろうと思っていた。

 それがこんなにも早くフェルの怒りの感情に触れて、エルピスの頭の中を驚きが埋め尽くしていく。


「なるほどね、それならエルピスがああなったのは納得だわ。まさか殺し屋が来るなんてね」

「これに関しては完全に僕の失態です、人の執念深さを舐めていました」

「エルピスが死んでたら殺してたけど、生きてるから反省は後よ。それよりも早くエラを助ける為に──」

「──っ!!」


 ボーッとした頭でおそらく自分の周りでなされている会話を聞いていると、不意に出た言葉でエルピスの意識は完全に覚醒する。

 何故今自分がこうなっているか、何故自分がこうしてここに倒れているのか。


 そしていつもは身近にある気配が一つないことを、ようやく思い出すことができた。


「どうやら起きたようね、エルピス。無理に動かないで。

 とは言っても指先すらまともに動かせないでしょうけど。

 貴方はいまこの世界の枠組みから外れかけてるわ。

 下手に動けば死ぬわよ」

「──っっ!」

「……分かったわ。口の封だけは外してあげる、だけれどあまり喋りすぎは身体に悪いわよ」


 自分の身体の死よりもエラの姿がない事を聞きたいエルピスに対して、セラが呆れた様にしながらエルピスの唇にセラが手を乗せると、先程までとは違って声が少しだが出せる様になった。


「状況…は? どれく…らい寝てた」

「状況としては最悪、とまでは言わないけど良くは無いわね。

 共和国盟主殺しの容疑でいまは詰所で事情聴取待ち、セラもニルもあんたにつきっきりでここから動けない」

「不幸中の幸いといえばこうしてエルピスが無事なこと。

 リリィさんとヘリアさんが居るからエラの居場所をここに居ても探れること。

 あと盟主の死体が誰かも分からないほどにぐちゃぐちゃで、なおかつ一般基準的に犯行が不可能な距離にいるからシラを切り通せばこっちの問題はどうにかなりそうなことかしら」


 アウローラが大雑把とした現状を、セラがこれからの事を話してくれたおかげで、エルピスもかなり落ち着いて来た。

 そして思い出すのは控え室での──エルピスがいまこうなった原因のことだ。

 急に現れた三人組の男は突如エラに対して用があると言い出すと、エラの手を掴んで何処かに連れて行こうとした。


 それをみすみす見逃すエルピスでは無く、男の腕を掴んで威圧をかけたところまでは特に普段エラが街中で絡まれた時と同じだったのだが、そこで普段と違ったのは男二人がエルピスの威圧に怯えなかった事だ。

 結果的にその中の一人の男にエラを盾にされ、エルピスは何も手が出せない状況となってしまったのだ。


 もう一つこの時点で普段とは異なることがあった、それはセラとフェル、さらにはニルが魔法を使用していたことだ。

 エルピスの魔力量自体には全く問題は無かったが、同時に扱える魔力の流れには魔神の称号を解放していようと権能を使わなければ限度がある。

 無理やり自分の手元に流れを戻すこともできたには出来たが、セラとフェル、どちらかの魔力を突然消せば致命傷とまではいかずともそれなりの怪我を負うことは明白だったし、ニルが張っている障壁を無理やり剥がす様な事をすればそれこそあの辺りが更地になっていてもおかしくはなかった。


 そうして偶然に偶然が重なることで、男達は意図せずして魔法を使えないエルピスに対してあの近辺にいた生命体全てを人質にする事に成功していたのだ。


「それにしてもまさかあんたが取り逃すとはね、強かった?」

「強さで言えば…アウローラよ…りちょっと強いくらい…。ただ問題は…ゲホッ!」

「一気に喋りすぎるからですよ。ほら水飲んでください」


 普段と同じ様にペラペラと喋ろうと少し間隔を詰めて喋ろうとしただけで、堪えきれない胸からの圧迫感でエルピスは堪えきれず咳をする。


 そんなエルピスを見かねてセラがエルピスの口に水を運び、エルピスはそれをゆっくりではあるが飲み込む。

 そうしていると介護されるってこんな感じなのかなとぼんやりと考える程度には余裕が戻ってくる。


「…んっ、ありがと」

「それで問題ってなんなの?」

「……あいつら同郷…だ」

「王国民ってこと?」

「…ちが…う。俺とアウローラと…いっ」


 そこまで言いかけて言葉が途切れる。

 喉が焼けるように熱い、空気がまるで毒のようだ。


「なるほど……そう言うことね」

「ん? どゆこと?」

「灰猫は知らなかったっけ? 私とエルピスは転生者よ。しかもその驚きぶりからしてもしかして知り合い?」

「知り合いどこ…ろか同じクラスだ」

「本当に!? そう言えばそんな事言ってたわね昔。そりゃあんたも逃すわけだ、驚いたでしょ」


 アウローラにそう言われて、エルピスは素直に首を縦に振る。

 遥希達と分かれてそれほど時間もたたないこんな時に、殺し屋として元同級生が自分たちを殺しに来たのだ、予想していなかったわけではなかったがあの時は怒りが先行した物のいまとなっては驚きが一歩先をいく。

 あの時一歩前に出た人物もおそらくクラスメイトだったのだろう、それを切り捨てたと考えると手が震えそうになるが、エラを連れ去られたという事実を思い出すとその震えもすぐに収まる。


「まさかと思っ…たよ。とりあえ…ずこれからどうする? できれ…ばエラを助けに行きたいんだけど」

「私も同意見ね。エルピスは置いてかないとだし、セラとニルは動けないだろうから私と灰猫で行って来てもいいし」

「僕も行きますよ、今回こうしてここで止められてる原因の一つでもありますし!」

「めちゃくちゃやる気出してるところ悪いけど、あんたはお留守番よ。

 ここであんたが居なくなったら罪を認める様なもんだし」


 たとえ容疑者のうちの一人であるエルピスがこの場にいるとは言え、いきなり容疑者の片方がどこかへ行けば逃げたと思われても仕方ない。


「エラの身体は大丈夫なのかな? そもそもどんな理由でエラを拐ったんだろう?」

「エラは…大丈夫。できる事全部して障壁かけたか…ら。依頼主は…共和国盟主の…っく…誰かだと思う」


 エラの素肌を軽く撫でた同級生の事を思い出し、エルピスは若干の嫌悪感とともに灰猫の説明に応える。

 エルピスが神化しかけていたのは二つの神の称号を解除している今の段階で、無理やり完全状態の邪神の障壁を捕まっているエラに貼ろうとしたからだ。

 称号の開放程度ならばまだしも、権能を使用しての障壁展開は今のエルピスには無理があった。


 たがらああなったわけで、いまエルピスが動けないのは権能を無理に使用している上に神化を阻止しているため、再生と崩壊が身体中で起こっているからだ。


 自分の身体の再生は自力では間に合わないことが確定しているのでこうしてセラとニルが二人で回復魔法をかけ続けてくれているのだが、もしセラがある程度痛覚を遮断してくれていなかったらいまごろ痛みに悶えていただろう。


「障壁の硬度ってどんなものなの? 普段エルピスの周りに貼ってあるあの魔法とはちょっと違うやつくらい?」

「詳しくは言え…ない。でもあれを破るのは…セラでも無理」


 ただエルピスが倒れた上にこうして身体が動かせない程に疲労している分、あの障壁は何者だろうと破壊できない最高の硬度を誇る。


 魔神の魔力と龍神の鱗、そして邪神の障壁をエラには纏わせてある、たとえ神級魔法だろうとも耐えることが可能だ。

 アウローラの時のような失敗は二度としない。


「ならエラは安心ね、セラが破れないくらいだしあいつらも破れないでしょ」

「姉さん、この世界って貫通系の能力あったっけ? 一応だけど心配になってさ」

「その点も大丈夫よ。エルピスの鱗とおんなじのを付与したみたいだし、そうでしょ?」

「良くわかる…ね、ここから」


 いまのエルピスは〈神域〉もまともに使えないのでエラの正確な位置は分からないが、障壁でなんとなくの位置はわかる。

 東にここから数十キロ程離れた位置に障壁の反応を感じるが、あそこまで探知出来るのだとしたらエルピスの〈神域〉に近い性能を持っている。


 いや、もしかすれば神域すら持っていてもおかしくはないのだ、何せセラはエルピスですら実力を測れないほどの強者なのだから。


「とりあえずエラの身は安全です。一旦休息して体を治すことに専念してください。

 こちらでもいろいろと手は回しておきます」

「あり…がと。俺の技能と…か自由に全部…使っていいよ」

「分かりました。龍も叩き起こして調査させます、今はご自身のお体の回復を急いでください」


 いつのまにやら前までと同じ様に敬語に戻っているセラ、隠してはいる様だが彼女も相当焦っているらしい。

 だがそんな事にも気付けないまま、エルピスはまた再び気絶する様にして眠りにつくのだった。

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