第75話遥か彼方からの恋心
──そんな事があったとは思ってもおらず、下山してきたアウローラ達は目的の宿屋へ向けてゆっくりと歩いていた。
先頭を歩くエラの後ろ姿を見つめながら、アウローラは今日受けた内の一つの依頼のことについて考えていた。
唯一懸念していた事であり、もしかすれば実行不可能なのでは無いかと思っていた盗賊団の処理。
だが実際は現地についてみれば、既にそこに生きている者は一人もおらずただ死骸のみが転がっていた。
エラの話が確かなら、死後二日から三日ほどは経過しているらしい。
鋭利な刃物で切断された痕跡も見られ、今朝冒険者組合に依頼が出されていた以上冒険者がやったとも考えられないので、どこかの暗部か辻斬りがやったのは確実だ。
辻斬りならば別に警戒する程の事でもないが、暗部であった場合いまの状況が状況なだけに気になるところである。
共和国国王がすぐに暗部を差し向けたかどうかは分からないが、もし共和国の国王が暗部を仕向けたのならばあの惨状を起こせる力があっても不思議では無い。
とはいえ暗部達が盗賊を殺す理由がわからない以上、この山の遥か遠くに共和国の国境がある程度しか暗部達の存在を疑う材料はないのだが。
「そう言えば、いつになったらエラに秘密を話すのかしらエルピスは。灰猫はどう思う?」
「おそらく今日あたりじゃないかな? エルピスの性格を考えると引き伸ばしたがるだろうけど、周りにいるあの二人がそれを許すとは思えないし」
「……どうなんでしょうか? 気になるとは言いましたが状況も状況でしたし、言わないというのもおかしくはないかと思いますが」
ふと思い出したように話題を振ったアウローラに対して、灰猫とエラがそう言えばと思い出したように反応する。
なぜ聞いた本人であるエラが覚えていないかと言えば、真面目な空気で言ったわけでもなく、あれは言うなれば話のネタとして振ってみただけだ。
確かにエラがエルピスに対してあんな事を言うのは初めてではあるが、もしエラが教えてと言っただけで教えてくれるような事ならば既に教えてくれているはずだとエラは認識している。
エルピスが言うつもりがあったのならばともかく、そうでないならばそれだけで話してくれることはないだろう。
「着きましたね入りましょうか」
話をしていると時が過ぎるのはあっという間で、いつのまにか目標地点であった宿屋にたどり着いていた。
店先から溢れ出る高級感は見た目だけでその歴史を感じさせ、灰猫とアウローラの喉が軽く音を立てる。
そんな宿屋に圧倒されているアウローラ達とは別に、なにがあると言うわけではないがアウローラの先程の言葉も相まってなぜか緊張感がこみ上げ落ち着きながら部屋へと向かっていくのはエラだ。
木でできた扉を開けて中に入ってみれば、そこには何故か目元が赤いニルと照れているエルピスが仲良く座っており、セラが入ってきたエルピス達を見ながら軽く微笑む。
「帰って来てたのかアウローラ」
「ええ、依頼も終わったしね。帰ってきているのに気づかないなんて珍しいわねエルピス、何か考えごと?」
「んーまぁそんな感じ」
魔法の撃ち過ぎで疲れ気味のアウローラは、髪を結んでいたヘアゴムを外しながらそんなことを言った。
確かに普段のエルピスならばここまで近付いてきているのに気がつかないなどありえないし、アウローラの疑問も当然である。
エルピスとしてはこの後話す内容について考えていたのと、ニルの告白に落ち着きがなくなっていたからなのだが、今からアウローラ達に告白しようとしていた手前それから話すと順番が前後してしまうだろう。
なんとか言い訳を考えようと寸前まで出かかった言葉は唸りとなってエルピスの喉を震わせ、怪しさだけをエルピスから漂わせる。
「お疲れ様ですエルピス様。無事に依頼達成してきましたよ」
「ふぅぅ。もう疲れた、僕は押し入れの中で寝ているから適当に後で起こして」
「灰猫さん、布団があるのに押し入れで寝ちゃ……話聞いてないし。
悪魔の言うこと聞かないと怖いよ? 悪夢見せるよ?」
「おすきにど〜ぞっ」
フェルの忠告を聞かずに寝始めた灰猫は数秒もたたずにうなされ始めるが、簡単に起きれるようにしないのがフェルの悪魔らしいところである。
夢を司るのは本来妖精や精霊が行う領分ではあるが、他者の夢に紛れ込む程度のことならばフェルにとっては造作もない。
そんな中でもとりあえず告白の雰囲気をつくりたいエルピスは無言で灰猫が寝ている襖を閉めて、部屋を数え切れないほどの防壁・障壁で囲い畳の上に正座する。
先程振りの正座だが特にこれと言ってどこか痛いと言うことはなく、魔法を使って緑茶を再現したものを出しながらエルピスは無言でアウローラ達に前に座るように勧める。
「え? 何この空気? お説教? 目がマジなんだけど。王国出立の時より怖いんだけど」
「アウローラだけ、というならまだしも、どうやら私もらしいですね。アウローラ、何か心当たりは?」
「あったら圧に負けてもう言ってる。というより無くても言っちゃいそうなくらいぶるってる」
そう言うアウローラは確かに少し震えていて、エルピスはまたやってしまったと少しばかり後悔する。
前国王と出会って身についたエルピスの
それは神の力を世に知らしめるためのものでもあり、絶対者と他者とを隔てる壁のような役割もしている能力なのだが、この能力は他の能力と比べても格別に使い勝手が悪い。
並みの生物であれば威圧だけで死を与える〈神気〉を普段のエルピスは完全に制御しているが、緊張していたりすると不意に溢れてしまうことがある。
「ごめん、別にみんなに対して怒ってるとか不満があるとかそう言うんじゃないんだ。
ただ言っておかないといけないことがあってさ」
「なーんだ怒ってるわけじゃないのね、急に真面目な顔するからびっくりしちゃった。
てっきり実は許嫁がいて結婚式するから旅を辞めるとか言い出すのかと」
「実は──」
「えっ!? 嘘でしょ!?」
「──そんな事ないんだけど」
「あんた一回頭叩くわよ? いいわよねこれ?」
自分で作り出したとはいえあまりに真面目な空気を誤魔化すためにエルピスが少し茶化を入れてみると、エルピスが思っていたよりも数倍怖い顔のアウローラがそこにはいた。
よくボケに回ることの多いアウローラだが、どうやら抑えているだけでツッコミも普段からしたいらしい。
そんな事をふとエルピスは思いながらも、アウローラ達がここに来るまでに決めておいた順番と喋る内容を頭の中で反芻しながらゆっくりと口を開く。
こんな緊張感、幼い頃に学芸会で台詞を言わされたとき以来である。
「まぁ一回落ち着いてよ。話自体はそこまで遠い話でもないんだよ」
「ん? ……ああ、そういう事ね。ようやく決心がついたの、随分長いことかかったわねぇ」
「な!? バレてたのかよ恥ずかしい」
「そりゃ分かるわよ」
半笑いでこちらを眺めるアウローラを見て、エルピスは顔が赤くなっていくのを実感する。
どうやらアウローラは、こちらがアウローラ達のことを友達としても異性としても好きな事を見抜いていたようだ。
だというのに一人悶々とどうやって伝えようかと頭を悩ませていたエルピスの行動は、アウローラからすればさぞ滑稽に映ったものだろう。
そもそも恋愛経験の数自体アウローラの方が多いはずなのだ、昔チラッと聞いたときは前世は30代くらいだと言っていたので、エルピスよりも20歳くらいは年上になる。
さぞいろいろな経験を積んできた事だろう。
穴があったら入りたいとすら思うが、かと言って異空間に穴を開けてそこに入るのもなんだか違う気がして、エルピスは頬を赤らめたまま正座を崩して頭を抱えながら部屋の隅に移動する。
「王国に来た時からずっとラブラブだったもんね。
あんたとエラ。もう付き合ってるの? っていうかセラとニルは? あんた達的には別に構わない感じ?」
「え、あ、うっ……アウローラ冗談は辞めて、エルピス様が私の事を……好きだなんて」
「え? 逆に気付いてなかったの? あれほどわかりやすいのないくらいよ?」
部屋の隅で隠蔽技能も相まって文字通り壁と一体化しているエルピスよりも、さらに顔を赤くしたのは事態に全く追いついていなかったエラだ。
エラは今回の話の内容に全くついてこれておらず、おそらく何か異世界関係の話なのだろう程度にしか想像していなかった。
それが蓋を開けてみればエルピスが自身のことを好きだというのだ、驚いても仕方がないだろう。
もちろん女として愛されたいという欲はあったが、分不相応である事はエラ自身が誰よりも分かっており、だからこそエラは旅に同行する中でエルピスの側にいるだけでいいという気持ちを徐々に作り上げてきていたのだ。
ようやく割り切れるかもしれない、そう思い始めた矢先にこの出来事、作り上げた気持ちなどまるで元から存在しなかったかのようにどこかにいってしまい、自身の心にトゲを刺しながら作り上げたはずの心の壁は、その一言だけで気持ちと同じく何処かへと消えていく。
恋は盲目とはよく言ったものだ、自身の身体の自由が利かない人生ではじめての状態にエラはただただ困惑し、それなら敬称を外して呼ぶべきなのかなとか、セラとニル、できればアウローラにも幸せになってほしいなとか、イロアスとクリムに報告しないとなとか、そんな事を考えていた。
他の面々に対して既に精神的優位に立っているし、なんなら両親にご挨拶までしに行く気なエラはとりあえず無いとは思うが万が一違った場合に備えて保険をかける。
「てっきり私はエルピス様は私に対して何も思っていないのかと」
「……何も思ってないわけないじゃん」
耳をすましても聞き取れないほどの小さな声でそう言ったのは、壁際で死にかけているエルピスだ。
その頬は相変わらず赤く、珍しく肩も震えているが、先程よりまでは心が落ち着いてきているように見える。
「生まれた時から付きっきりでいつも側にいてくれて、何かあったらしっかりと怒ってくれて、趣味も合うし笑顔が可愛いし」
「──え、エルピス様やめてくださいそれ以上は。あのっ、そのっ」
「エラ顔すっごいにやけてるわよ」
「うそっ、そんな、アウローラ見ないで」
「なにこの子可愛い」
そう言いながらアウローラはエラの頭を優しく撫でる。
どこか悲しそうな顔をしているアウローラが少し気になるが、今はエラから返事を貰いたい。
この世界で二度目の告白、それもほとんど時間差なしでだ。
たとえ何度やろうともこの緊張にはなれる気がしない。
そんな緊張の中、震える肩を押さえ込むこともせずに、エルピスはあたふたしながら口を開く。
「そういう訳で……エラ、アウローラ」
「は、はいっ!!?」
「え、私含める理由なに?」
「付き合ってください」
「────はいっ!」
「──へ? いやいやいやいや、ちょっ、ちょっとまって!」
エルピスの決死の告白は片方から確かな手応えを、だが片方からおかしな手応えを感じてセラとニルは疑問符を浮かべる。
ニルもセラも愛の女神なだけあって、対象の人物が一体誰のことを好いているのか、またその人物同士の相性はどのくらいなのかなど一目見れば見極めることができる。
なのでエルピスに早く告白するように急かしたし、事実エラの方は無事に告白を終わらせることができた。
何が不満なのだろうかと二柱の神は思案して、そしてようやく結論が出た。
アウローラはまさかエルピスが自分の事を好いているとは、夢にも思っていなかったのだ。
エラに対する感情には気付いていても、自分に対しての感情にはまったく気付いていなかった、それがいまアウローラが驚いているただ一つの理由。
「え、なに? 私も含まれるの?」
「どうやらそうらしいですね、まぁ私的には構いませんよ?」
「さっきまで焦り散らかしてたくせに、焦ってる人見て余裕だしてんじゃないわよ。
というかエラはいいの? ようは二股よ? というかエルピスもよく言ったわね!?」
「別に珍しい事でもありませんし? 私的には告白されたのでOKです」
「ちなみに最初に告白してたのは私」
「それよりも先に婚姻してるのが僕」
「あったま痛い。いやそりゃ嬉しいわよ? 正直好きだけど、でも、いや確かに気持ちは分かるけど…」
そう言いながらアウローラは頭を強く押さえる。
迷う気持ちは分かる、エルピスもこの数年間ずっと悩んできていたのだ。
この世界では一夫多妻制は広く浸透しており、その逆である一妻多夫も一般的だ。
権力や力がどうしても集中してしまうこの世界の関係上、仕方のない事ではあるのだが、日本人であるエルピスとアウローラはそれに強い違和感を覚えてしまう。
前世では小さい時から一人の人を愛するのが常識であり、エルピスもその例に漏れる事なくそれが普通だと思っていたから、この決断をするのにはかなり時間がかかった。
というよりエルピス自身いまだに完璧な答えがあるかと言われれば、無いのが現状ではある。
結局はエルピスが誰か一人を選べず逃げた先の答えなのだから。
「こう言ってはなんだけれどアウローラ、貴方ならそう言うと思ったわ。
そう言うところも含めてエルピスはあなたの事を好きになったのでしょうし」
そう言ったのは珍しく顔が真面目なセラ。
喋っている内容自体は普段から真面目風なのだが、実は彼女結構適当なところがある。
だがやはり自分の司るものには本気になるようで、真面目な顔をしているセラはそれだけでかなりの迫力があった。
「考え自体を否定する気は全くないわ。一人の人と添い遂げようとするその姿は人間的に正しいし、独占したいと言う気持ちは人間のあるべき姿だもの」
「その点で言うと僕の司ってるものがそっちに近いね。
狂愛、って言うほどでも無いけど独占したいって気持ちは人間特有のものだと思うし」
「別に独占したいとか…無い訳じゃ無いけど……貴方達はそれでいいの?」
「私は構いませんよ。エラの事もアウローラの事もエルピス様と同じくらい好きですから」
「ちょっと姉さん僕は!?」
「ほんのちょっぴり好きよ」
「納得できない……。まぁでも僕もおんなじだな、エラちゃんのことも姉さんのことももちろんアウローラさんの事も好きだよ」
「私も同じです」
「ならいい、の? なんかおかしな気がするけど」
一瞬頭が混乱して考えがまとまらなくなったアウローラ。
そんなアウローラの隙を見逃さんとばかりに、ニルとセラは笑顔で畳み掛ける。
「ここを逃したらもう二度とチャンスは無いのよ?」
「そうだよ。それにエルピスなら僕らの事をちゃんと愛し続けられるもんね?」
「ああ、もちろん」
「そうなってくると最後はアウローラ次第だよね。決断は早くしないと後悔しか産まないよ?」
少々卑怯な気はする、落ち着いて冷静に考えを導き出すまで待つのが正しいのは分かっている。
だがニルやセラからすればそれは最悪誰か一人しか選ばれないと言う悪手であり、エルピスからすれば数年かけて悩んでいた事を今更また悩んだところで再び答えが出てくるのかというところだ。
ならば後悔しない選択肢を選ぶしか無い。
「分かったわ、負けよ私の。惚れた以上は仕方ないとするわ。
ただし言葉通りちゃんとみんな平等に愛する事、記念日も守る、他の人に目移りしない。分かった?
重いって思うかもしれないけど四人相手にするんだからそれくらいちゃんとしなさいよ?」
「あ、その点については私も同意です。
無いとは思いますが浮気されたら地獄を見せますからお気を付けてくださいね」
「付き合うんだからみんな敬語も敬称もやめて楽に喋ろうよ、疲れるよ?
あ、僕からはそうだね。多分この中で一番重いけどちゃんと相手してね? 姉さんより酷い目に合わせるから」
「敬語と敬称をやめる…で、できるかな。えっと、エルピス、これからよろしくね?」
「…ああ。みんな全員絶対に幸せにしてみせる。世界中の誰よりも」
人生で今ほど強く誰かの事を思ったことがあっただろうか。
エルピスは心の底から強く願う。
どこかの神にではなく自分に、彼女達をなにを差し置いても幸せにするという決意を。
こうしてエルピスはようやく自分の気持ちを告白することができたのだった。
神の力について完全に説明を忘れているが、エルピスもその他の人間もそんなことがあったことすら忘れている。
ただ今は愛し合う者達の確かな繋がりを感じるだけの時間だ。
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