第72話森妖種

 お洒落な音楽が流れる店内で、エルピスは久しぶりにあった面々に言いようのない喜びを感じつつ、優雅にお茶を飲んでいた。

 本来ならセラ達の方に急いで合流するべきなのだろうが、向こうでどんな依頼を受けたのかなどは一通り耳にしているので動く必要が無いことをわかっている。

 セラからチーム分けの件も聞いているし、受けたクエストのレベルからしてセラ一人でも問題ない事はエルピスも確認済みだ。

 早く行くに越した事はないのだろうが、それでも目の前の彼女達に会う時間を少しでも長くしたいので、セラには悪いがもう少しだけ時間を割かせてもらうことにする。


「それにしても久しぶりですねエルピス様、三年と少しぶりですか」

「大きくなられて嬉しいです。王国にいるもの達から報告はもらっていましたが、やはり久々に会えると見違えるものがありますね」

「そんなに変わったかな? おっきくなったとは思うけど」


 いまのエルピスの実年齢は15歳。

 神人よりは半人半龍ドラゴニュートよりの成長の仕方をしているので、人間換算にすると13歳くらいの年齢と同じくらいの体格のはずだ。

 いまだに身長は低いままだし、筋肉もそれほどついていない。

 強いて言うなら神の権能を解除している事くらいだろうか、変わっていることと言えば。


「ええ。なんとなく、ですが。纏われる雰囲気がイロアス様に似て来ました」

「私達森霊種エルフからすると他人の成長ってかなり年月をかけないと見れないので、そう言うのも関係しているかもしれませんけどね」

「なるほど……そう言われると確かにおっきくなったのかも。お父さんに近づけたなら嬉しいな!」

「ええ、いつかはイロアス様と同じか、それ以上になれますよ。エラもかなり表情が変わったわね、何か心境の変化でもあったの?」

「はい、後で相談に乗ってもらって良いですかリリィさん」

「もちろんよ。ヘリアさんも良いですよね?」

「ええ。というかあなた達いい加減敬語やめなさいよ、私達同僚なのよ?」

「ヘリアもようやく、何言っても敬語使われる側の気持ちが分かったみたいだね。結構困るでしょ」

「そんな嬉しそうに言わないでくださいエルピス様。エルピス様のそれとはまた訳が違うんですから」


 困った顔をしながらヘリアがそう言うが、エルピスはただにっこりとして笑顔で返すだけだ。

 みんなから敬語を使われるというのは、それはそれで壁を感じて少々嫌になる気持ちもわかる。

 おそらくヘリアはもう少しリリィと仲良くしたいのだろうが、リリィからすればまだまだヘリアは憧れの先輩ポジションらしい。


「だいたい同じだよ。信頼されて、尊敬されて、愛されて、理由は人それぞれにしろどれか一つがあるからその人を敬い敬語を使う。本質的には一緒」

「そういうとこイロアス様に似ていますね、遠いところから丸め込もうとする感じ」

「そう? ありがと。うれしいや!」

「あ、いまのクリム様に似てる。家族と似てるって言われて純粋に喜ぶところが」

「まぁヘリアが本気で皮肉を言ったりしないのは分かってるし、嬉しいものは嬉しいからね。それになんだかズレてる気はするけどヘリアに一枚上手な返しができたような感じがして嬉しい」

「むぅ……そういうところはまだまだ子供ですね」


 ヘリアもリリィも、どちらも三年間と少し一度も合っていなかったとは思えないほど自然に会話ができる。

 もし高校生の頃に中学の時の友達と喋ってと言われて、エルピスはまともに喋れたものだろうか。

 ヘリアとリリィが気を遣ってくれているのもあるだろうが、それ以上にこの二人には自分が心から信頼を寄せているのだなと自分でも思う。


「何か変わった事とかありましたか?」

「変わった事か……そう言えば共和国の王様とまた揉めちゃったんだよね。足がつかないようにはしたけど」

「エルピス様は喧嘩っ早いですからね、せっかく私達が帰省したというのに」

「ごめんって、その話聞いたのついさっきだからさ。帰省してるのは知ってたけど原因までは詳しく知らなかったんだよね」

「ーーあら? どういう事かしらリリィ。私伝えてって言ったわよね?」

「いや、あの、ヘリアさん、あのですね。私もあんまりエルピス様に別れを告げたくなくてフィトゥスに投げちゃって、そのあとは……その…」


 目の前で視線だけで人を殺しそうなヘリアを見ながら、エルピスはなるほどどうやら問題はここだったらしいと気づく。

 リリィがフィトゥスに投げたということは、フィトゥスも絶対に誰かに投げる。

 そもそもフィトゥスがエルピス自身に対して自ら離れたいなどと口が裂けても言えるわけがないし、本人もおそらく帰省が解けたら飛んで戻ってくることだろう。

 そう言えるくらいエルピスはフィトゥスに愛されているし、その分エルピスもフィトゥスの事が好きだ。

 だからこそフィトゥスの思考はよく理解できるし、誰かに押し付けてしまうのも理解できる。

 逆の立場だとしたらエルピスも言い出すのに勇気がいる事だろう。


「ーーまぁいいわ、今更言っても何も変わらないしね。そういう事ならもう帰省解除してしまいましょうか」

「ようやくですか!? やったぁ! けっかおーらいです! これでまたエルピス様に仕えられますね!」

「それなんだけど僕もお父さん達もいま旅行中だからこれ以上の人手は……」

「そ、そんな!? パーティメンバーなんて多いに越した事ありませんよ? 大貴族ならそれはもう長い列を作るものです」

「こらリリィ。あんまり無茶言わないの、エルピス様にも考えがあるはずよ、無かったら共和国の王に喧嘩を売っていないでしょうし、私達はこの国にエルピス様がいる間支援する。それで十分でしょ?」

「うーん……ヘリアさんがそういうなら……分かりました。この国にいる間はなんなりとお任せください! 出国された際は各地に散らばっている者達に伝えて緊急時は援護できるようにしますので、あの城の時のように魔力を解放してお呼びくださいね」


 そう言われてエルピスは城での出来事を思い出す。

 アウローラが連れ去られて怒りに染まっていたエルピスは、その衝動そのままに垂れ流された魔力を気にも止めずに怒鳴りつけるようにして従者達を呼んだ過去がある。

 さすがにあんな呼び方は恥ずかしくてもうできないが、魔力を込めて呼ぶだけで来てくれるようになるのはありがたい。

 エルピスの魔力の波長に合わせてくるのか、それとも精霊の乱れでこちらにくるのかは定かではないが、彼女達がそれで来れるというのだからそうすればいいのだろう。


「あと出来ればその隠蔽技能は消してもらえるとありがたいです。こうして対面に座っててもすっごく神経張り巡らせてないとエルピス様のお顔がよく見えないんですよね」

「私も最近慣れましたけど確かに隠蔽をもう少し弱めてもいいかと、街中では逆に目立ちます」

「隠蔽系の技能はつかってないはずなんだけど……ちょっと待ってね」


 〈メニュー〉を活用して自分の能力一覧を見ながら、エルピスはセラに自分のいまの隠蔽がどういった風に機能しているかを確認する。

 数秒とせずに帰ってきた返信には精霊神と盗神の力のせいでいつもより隠蔽能力が高くなってしまっている事、またそれのおかげでエラの正体が混霊種メディオである事がバレていないと記されていた。

 確かにエラの種族が周りにバレないように気を遣ってはいたが、それの影響が自分に響いているとは思っておらず、エルピスは自分の技能の扱いの下手さに苦笑する。

 だが問題点を把握し意識さえすれば、制御することはそう難しいことではない。

 盗神の力を抑えつつ周囲の精霊を従え、エラには軽い認識阻害をかけておく。

 一度すれば経験値増加Ⅴの効果ですぐに慣れるので、特にこれと言って問題点はなく隠蔽も上手く出来るようになった。


「さすがですねエルピス様、もう絶妙な隠蔽の仕方を覚えたようですね」

「いつまでも力技で隠しているのも品がないしね、言ってくれて助かったよ」

「言われてすぐできるあたりエルピス様も規格外ですね。それで、これからエルピス様はどういう風に動くおつもりで?」

「とりあえずは冒険者としての名声稼ぎかな、最高位冒険者としての二つ名も貰ってないし、多少は貢献しておかないと王国の冒険者組合の顔が立たないからさ」


 オリハルコンやヒヒイロカネなどと違って、最高位冒険者には個別個別に二つ名が与えられる。

 普通ならばヒヒイロカネの段階である程度決まり、最高位冒険者になった瞬間にその名前で定着するのだが、エルピスの場合は少々特殊だ。

 いきなり最高位から始まったので誰もエルピスのことを知らないし、だから二つ名などもちろんつくわけもない。

 とりあえずはこの街で二つ名がつく程度には仕事をして、名声を稼いで置きたいのだった。

 最高位冒険者にしてくれた王国の冒険者支部にも顔を立たせてあげたいし、それにいつまでも両親の力の下でぬくぬくと育ってきたおぼっちゃまだと思われるわけにもいかない。

 エルピス自身は別に構わないが、今までエルピスのことをほめてくれた人に申し訳が立たないからだ。


「なるほど、そういうことでしたら討伐ついでに喧嘩祭りに出たらどうですか?」

「あれここでもやってるの?」

「ええ、支部がある場所ならどこでもやっていますよ」


 喧嘩祭りとは王国でも行われていた冒険者同士の試合だ。

 基本的には素手で魔法の使用は禁止だが、場所によってはルールも多少変わるらしいとアルが言っていたのを思い出す。

 確かに喧嘩祭りに優勝すれば知名度は格段に上がるだろうが、果たしてエルピスが祭りに参加してもいいものなのだろうか?

 王国で行ったときはアルがいたからまだ何とかなったが、この国に果たして祭りに参加する強者がいるのだろうか。


「実力差的に参加していいのかな?」

「もしあれでしたら私とヘリア先輩でお相手いたしましょうか? これでも強いんですよ私たち」

「確かにいいかもしれないわね、久しぶりにエルピス様とも手合わせしたいですし」

「それなら私もエルピス様と戦ってみたいです」

「ならエラと私とリリィで相手します。それなら盛り上がるでしょうし、エルピス様も手加減しなくていいでしょう?」

「まあそういうことならいい…のかな? 負け無いからね」

「もちろんです。手加減抜きですよ」


 リリィやヘリアと戦うことに少し抵抗はあるが、確かにこの三人が相手ならばエルピスもかなり本気で戦えるだろう。

 それから少しして大会の日程や応募方法を聞いたエルピスは、セラに任せっきりなクエストを受けるためにその場を後にするのだった。

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