第70話宿屋にて
久しぶりのエラと二人っきりの状態に何故か話づらくなり、無言の状態が続いて早くも十分。
幸いまだ街中を歩いているので無言でも側から見れば違和感はないが、普段のエルピスがベラベラと無駄なことばかり喋るせいでエラが違和感を感じているのは言うまでもなかった。
いま限りは普段の自分を怨むぞとエルピスが心の中で思っていると、エラが堪えきれないようにして笑みを溢す。
「ふふっ、久々ですね、こんな感じ」
「……そう?」
「ええ。昔を思い出します、暴れん坊のお坊ちゃんだった時のエルピス様を」
「暴れん坊のお坊ちゃんって、俺そこまでひどかったか?」
「そりゃもう。あのフィトゥスさんが引っ張り回されるのなんてエルピス様くらいですよ」
「フィトゥスかぁ……確かにね。そう言えばどこ行ったんだろうね?」
「確か地元に帰ったそうですよ? 何やら悪魔関連で何かあるんだとか」
「悪魔の地元とか絶対行きたくないなぁ」
フェルの反応を見た限りそれなりに高位の悪魔であれば直感的なものでエルピスが邪神である事が露見するようなので、そういった意味合いでもあまり悪魔には近寄りたくない。
この世界では便利屋として扱われている悪魔だが、それは精々初めてあった時のフィトゥス程度の実力のものまでだ、高位の悪魔であればそれはそれは残虐な手もなんでも使うし、どんな種族よりも誇り高い。
「そう言えば昔よく作っていたあの玉、もう作らないんですか?」
「フィトゥスの食料になってた奴? もう一通り魔法に関する修行は終わったから作る予定は無いよ。
なんで急に聞いてきたの?」
「いえ、あれを使えば私も魔力回復できたりしないかなぁと思いまして。
フィトゥスさんは食べた後よく魔力超過で暴れまわってましたけど」
「確かに食べたら回復出来るかもしれないけど……うーんどうだろうね。
下手したら魔力超過どころか体内で爆発する可能性もあるし、あんまりオススメは出来ないな」
特殊な状況、例えばエルピスが魔力を貯蓄しておかなければいけないほどの敵が相手ならば必要になるかもしれないが、そんな相手は今のところ出てきていないし、そんな相手の前で魔力を吸収している暇もおそらくないだろう。
それにエルピス自身が作成したものをエルピス自身が吸収する分には神級魔法の時のように出来るかもしれないが、それを他人が摂取するとなればおそらく出来たところで悪魔か天使のどちらかだ。
それ以外の種族が無理に取り込もうとすれば良くて瀕死、最悪死ぬ。
エルピスが作成しているあれはそれほどの魔力を秘めたものであり、使い切り品として魔道具の一部にするくらいしか今のところ使い道はなさそうに思える。
「そうですか……上手くいけば商品化出来るかも、と思ったのですが」
「悪用される未来しか見えないかな」
「それもそうですか」
あれだけの魔力がこもった石は、見るものが見れば国宝並みの価値がある。
本来ならば個人では到底使えない戦術級魔法であろうともあの石を使えば魔法の才が無くとも使えるだろうし、それなりの才があるものならばもしかすれば国家級すらもあり得る。
素人が使っても街を一つ消し去れるようなそんな危険な物を世の中に流すのはさすがにはばかられる。
「見えてきましたよ、今日泊まる予定の宿」
それから少し歩けば、目の前にかなり大きな木造建築の建物が見えた。
構造としては旅館が一番近いのだろうか?
日本家屋に対して学がないエルピスは見た限りでその程度の印象しか抱けないが、記憶の中から精一杯出した答えはそれだ。
周りを見てみればいつのまにか飲んだくれや柄の悪そうな人物は居なくなっており、上品そうな森霊種が着物姿で歩いている。
「すごいな、この世界でここまで大きな木造建築。ダレンさんの家以来だ」
「ダレン様はイロアス様の御兄弟ですからね、規格外なのが通常運転なんですよ。
個人であれ程の家をお持ちになるのはダレン様くらいです」
「父さん達は確かに規格外だからね。もっと自重して欲しいよ」
「エルピス様がそれをおっしゃいます?」
何か言っているエラに対して苦笑いだけを返して、エルピスは早々に中に入っていく。
途端に木造建築特有の木の香りが漂い始め、懐かしい感覚が身を包んでいった。
ふと上げていた視線を下に落とすと着物姿の
「ようこそおいでくださいました。人間のお客様は久しぶりです」
「ここまでかなり遠いですからね、手続きなどはどちらですれば?」
「長旅でお疲れでしょうし、私共の方で致しておきましょう。お連れさまも随分と疲れているようですので」
そう言いながら
理由としては両種族がかなり昔に戦争したからなのだが、人間からすればかなり昔でも
「ではお願いします。先払いか後払いどちらですか?」
「どちらでも構いませんよ」
「なら先に払っておきます。一週間ほどなので……これくらいあれば足りますか?」
「はい。余りは最終日にお渡しいたしますね」
エルピスはポケットから何気なく出したように見せかけながら
中身がいくら入っているのかは知らないが、持った感じからして結構入っている気がした。
この世界の通貨に関してはあまり触れて居ないので、人間の国の金銭が
「ありがとうございます。また後で来ますので、鍵はその時に渡していただけると嬉しいです」
「了解しました、それでは後ほど」
一通りの会話を終えて外に出ると、意外そうな顔をしたエラがこちらを見ていた。
基本的に感情を分かりやすく表に出したりしない彼女がそんな顔をしている理由が気になり辺りを見回すが、エルピスの目には原因らしきものは見当たらない。
「まさかエルピス様があんなにまともに他人と喋れると思ってませんでした」
「なにそれ酷くない!?」
「だって灰猫には刺されそうになり、前国王様とは出会い頭に喧嘩を売り、いいとこ無かったですから」
「いやまぁ……うん。でもおにぎり売ってた実績もあるし帳消しって事で」
エルピス自身、自分がかなり喧嘩を売りやすい口調であり、性格であるのは自覚している。
なるべく直そうとはしているが、どうしても直せないものであり、この世界に来てからもずっと悩んでいることの一つでもある。
基本的には敬語を使って喋る分には喧嘩を売るような事にはならないと思うが、共和国の王だったりにはかなり強い言い方をしたような気もするし、今後貴族と喋ることがあればそう言った事も気をつける必要があるだろう。
前国王は別として灰猫に刺されかけたのを何故エラが知っているのかも別として、エルピスは自分の頭の中で注意しておくことの内に口調を入れておく。
「そういえば作っていた時期ありましたねみんなで。今は量産体制が出来上がったおかげで楽できますが」
「昔は結構いろんな人に頼って引っ掻き回しちゃったな」
「フィトゥスさんもそうですけど、それ以外の人達も積極的に関わっていましたね」
思い返せば無理を言ったものだ。
この世界に元からあったものではあるが、エルピスが納得する味という答えのない物を作ろうとしたのだ、みんなの疲労もかなりのものだったことだろう。
そう考えているとみんなのことが懐かしくなって来て、ふとエルピスはエラに疑問を投げかける。
「みんなどこに居るんだろうね。アウローラの件以来急に帰省するって言ってそれから一度も会ってないけど」
「急に帰ったのは共和国の王の一件があったからですよ。
腐ってようとも王様相手ですからね、復讐する相手で考えられるのは私達なのでエルピス様を危険に晒さないためにみんなで決めたんです」
「……だからか。急にみんなに嫌われたのかと思って焦ってたけどそれなら良かった」
「私達がエルピス様を嫌いになることはありませんよ。
皆さん帰省前に会うと寂しくなるからって別れの挨拶押し付けあってましたから」
「なんかみんならしいや。けど結局誰も来なかったのはなんでなんだろ」
「ああ、それなら私が純粋に忘れてただけですね」
「あー……っておい! そんな重要な事忘れないでよ!」
「うっかりって奴です」
うっかりで解決しないで欲しいが、目の前でてへっと笑うエラを見ては特に何も言い返す気は起きない。
それに嫌われていないことが分かっただけでも、十分にエルピスからすれば僥倖だ。
「探せばこの辺に居るのかな?」
「もしかすれば誰かは居るかもしれませんね」
エラがそう言うのと同時にエルピスは久々に全力で〈神域〉を使用する。
神が使用する〈神域〉の範囲はこの国一つくらい簡単に収まるほどに広大な範囲に及ぶ。
下手に関係のない人物に刺激を与えないように少しの時間しか使用しなかったが、それだけでいまのエルピスには十分だ。
こちらを見つめながら何をしているのかと顔を覗き込むエラの手を握り、エルピスは目的の場所へと向かって一目散に走り出す。
「え、エルピス様!?」
「居たんだよ!」
エラの静止を聞かずにそのまま走り出したエルピスは、いくつかの角を曲がり店先で商品を眺める二つの人影を見てさらに足を早める。
長い髪に白い肌、エルピスが近寄ったことで一瞬変わった髪の色は、小さいときにいつも見慣れたあの色だ。
「久しぶり! リリィ、ヘリア!」
走った勢いそのままに、エルピスは二人に思いっきり抱きつく。
数年ぶりの再会に膨らむ話題を想像しながら、エルピスはにっこりと笑顔を浮かべて久々の再会を喜ぶのだった。
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