第47話技能の使い方

 一体どれほどの数があるのか、数えたくも無い程に積み上げられた本を見ながら、エルピスはため息をついた。


 太陽は既に頭上まで上がっており、かなりの量を読み終えたといえまだまだ残っているのは少々精神的にキツイものがある。

 積まれた本に書かれているのは、今までに王国内の公式戦などで使用された魔法や呪いなどが関係するものが多く、その内容がエルピスが何を調べたいのかを物語っていた。


 積まれた本の数に比例してエルピスの悩みは増えていき、近くの雑貨屋で買ったノートもいつのまにか残り数ページほどになっている。


「—―精が出ますね、エルピス様。魔法について学ばれているのですか?」


「少し調べたい事があってね。それにしても珍しいな、セラがここに来るのは」


 どこから取り出したのか珈琲をエルピスの横に置いたセラは、エルピスの言葉に笑みを浮かべながらそのまま隣へと座る。

 エルピスがセラに対して言った珍しいという言葉の意味は、セラが既にこの図書館内の本を全て読み終えているからだ。


 彼女は一度読んだ本を二度と忘れず、その内容を知識として吸収することができる体質らしいので、既に読み終えた本ばかりの図書館には普段来ない。

 そんな彼女がわざわざ図書館に来たことに疑問を感じていると、セラはまるでそんなエルピスの考えを察知したかのようにこの場所に来た理由を説明する。


「アウローラやエラからエルピス様が何やら困っていると聞きましたので、微力ながらお力添えをしたいと思い来ました」


「そっか、わざわざごめんね、ありがとう。もし良かったらここ教えてくれる?」


「構いませんよ、見せてください」


 セラに対して行き詰まっていた事を聴きながら、エルピスはこの一年間を振り返る。

 まず共和国の件に関してだが暗部を全滅させたことによって、今回の首謀者は手持ちの武力を失い今では肩身の狭い思いをしているらしい。

 商業などに関しても行き詰まる事が多くなったらしく、最近は顧客離れも激しいとか。


 観光業を生業とする国だったらしく、世界中に家があるアルヘオ家に喧嘩を売ったことで……とまぁ後はご想像にお任せする。

 強いていうならば二度と朝日を拝めないようにしたかったが、それなりの地位の人物ともなれば突然死でもした場合に一番迷惑を被るのは国民なので、その案は却下となった。


 アウローラはこの一年間で完全に戦術級魔法をマスターし、魔術師としての才を存分に発揮している。

 王族の方々も日々精進を重ね、魔導祭で使用していたあの魔法もいまでは全員しっかりと使いこなせるようになっていた。


 魔力を変形させ、強化魔法のようにして己に纏うのではなくのではなく純粋な魔力を着るようにして作られている魔法なので、その強さは熟練度が物を言うはずだ。

 先日組手をした時も前回までとは全く別人といっていいほどに強くなっていたので、特に問題がなければこれからも順当に強くなっていくだろう。

 王族が戦うなどというのはよほどの緊急事態だろうが、何事も準備をしておくに越したことはない。


 それ以外の大きな変化といえばあと三つある。

 一つ目は両親が魔族領へと遠征に出かけた事だ。


 いままで遠征程度なら何度も経験しているし、絶対に帰ってくることが分かっていたから騒ぎはしなかった。

 だが魔族領となれば話は別だ。

 好戦的な生物も多く、それに比例して強い生き物が多いあの場所では、名が広く知れ渡っている両親は喧嘩を挑まれる事も多いだろう。


 一番の問題は母が妹の出産も控えていると言う事実だ。

 龍人である母の妊娠期間は人より少し長い、母の体の事を考えるとあまり無理はして欲しくないのだが……。


 自分が付いていったところで、万が一の場合で邪魔になる可能性が高く、置いていかれたという事はつまりそういう事だと考えエルピスは日々の修行に励んでいる。

 二つ目はフィトゥスとアリア、更にヘリアまでもが一旦自分達の地元へと帰っていった事だ。


 なんでも今回の件で実力不足を実感したらしく、フィトゥスは他の悪魔達と喧嘩をしに、アリアは昔いざこざがあって直接村には帰れないらしいが、知識の収集に。

 ヘリアさんは何やら伝説の弓を作ると息巻いていた。


 なにか緊急事態になれば呼べと一人の召使いから全員分のらしいベルや笛を渡されたが、帰省している彼等を呼ぶような事はあまりしたく無いので、収納庫ストレージの奥底に保管してある。

 三つ目は神の称号の称号が強化された事だ。

 詳しく説明すると長くなるので割愛するが、龍神の称号がようやくこの身体に馴染んできた事が一番の影響だと考えられた。


「それにしてもエルピス様、どうしていきなりこうして図書館内の魔法の書を片っ端から読み漁っているのですか?

 この程度の魔法ならばわざわざ書物を読んで手順を踏まずとも、簡単に実現可能かと思いますが」


「本の内容や魔法を見ているというよりは、この世界のルールを見てたんだよ。

 どんな物事にだってルールは存在する。誰かの手によって作られた世界なら、それは必ずどこかに濃く現れるはずだと思うんだよ。

 しかもこの世界を作ったのが前々世の俺なら、絶対に何か面白い仕掛けを一つは残してるはず、それを知りたくて今日は図書館に来てたんだ」


「なるほど……そういう事でしたか。ですがエルピス様、恐れながらエルピス様はまずご自身の状況を客観的に把握してから、そういった物事を処理なされた方がよろしいかと」


 セラに真剣な顔でそう言われ、何か考えたりやらなければいけない事でも有ったかと頭を働かせる。

 数日後に冒険者組合のギルドマスターの娘さんと会う予定や、アウローラと一緒に繁華街をぶらぶらする約束ならば思い出せるが、それ以外となると特に思い当たる節はない。

 その事が顔に出ていたのか、セラに露骨な溜息をつかれる。


「あのですねエルピス様、お願いですからしっかりと技能スキルを獲得したら確認してください」


「……もしかして何か見逃してた? これでもしっかりと技能スキルについては、学んでるつもりなんだけど」


「厳しい言い方になりますが、学んでるならわざわざこんな事をしなくても良いと分かりますよ。

 そもそも呪いや呪術などは邪神の誓約を神以外が使えるように改良された超下位互換ですし。これ借りますね」


 セラはそう言いながらエルピスが持ってきていたノートを横から奪い取るように持っていくと、驚く程の速さで文字を書き込んでいく。

 ノートが五冊分くらい、時間にして大体五分程度だから一冊辺り一分という驚異的な速度で仕上げられたそのノートには、獲得した技能スキルの説明だけではなく、それらの応用方法や弱点などが記されていた。


「まずこれは基本的なものですので、覚えてください! いますぐに!」


「いや、そんな事言ってもこの量はさすがに……半分くらいならまだなんとかなるかもだけど」


 暗記は苦手というわけでもない……がそれでもノート5冊は二週間以上欲しいところだ、半分もどれだけ頑張ったって最低で5日以上かかるだろう。

 そんな見てすぐ覚えられるほど賢かったら朝からこんなところに籠っていないのだ。

 だがセラは自信満々にその程度の事はできると言い切った。


「神の称号を解除しているという事は、エルピス様はいま完全な神人となっています。ならこの程度記憶するのは分けないはずなんですよ?」


「そうなの? まぁやれるだけはやって見るけどさ」


 目と頭に魔力を回しながら、渡されたノートをパラパラとめくっていく。

 一つ一つの技能スキルはそれほど多くないが、それらの応用や利用方法はかなり多く、時計の針が半分ほど回ってようやくエルピスは五冊のノートを読み終えた。


 前世の自分からすれば、考えられないほどの速さで物事を吸収できている実感があり、これがいまの自分の体なのかと少し驚くと同時に、書かれていた内容といままで自分がある程度仮定していた事実のおおよそが間違っていないと証明できて安堵する。


「……ふぅ。ほんとにできちゃったよ……なんか空飛べた時よりびっくりしたわ。とりあえずある程度は理解したよ。だけどいくつか直接指導しますって書いてたやつが有ったんだけど、あれは何?」


「それは重要なものだからですね。例えば邪神の障壁ですが、この障壁のメリットとデメリットが何か分かりますか?」


「邪神の障壁のメリットとデメリット…? メリットは事前に展開しておく事ができる、不意打ちにも対応できる、見にくいので相手から障壁を張っているという事がバレないくらいかな。

 デメリットは…なんだろ、魔力を使用しないと障壁の硬度が上がらない事とか?」


 魔力を消費していない状態でも他の魔法的防御手段の中で格別の性能を誇るのだが、それでもある程度以上の敵が相手であれば砕かれてしまうのは仕方のないことか。

 いまだに解放できていない邪神の権能の内の一つなので、この障壁も称号を開放することができれば今よりさらに硬度は上がってくれるのだろうが。


「いいえ、それは本来の邪神の障壁の効果の一部でしかありません。

 まずメリットとしてですが、エルピス様が先程あげたものに加え、他種族からの攻撃に対して強度が上がる、障壁展開後にもある程度は自由に形を変えられるなどいろいろ有ります。

 次にデメリットはそもそも邪神の称号を完全に扱えるように—―エルピス様で言うところの称号を解除する事です—―なって初めて邪神の障壁としての役目を果たします。

 いまのエルピス様の邪神の障壁は、属性、もしくは魔力の篭った武器や剣に対してかなり弱体化しており、普通の障壁魔法より少しだけ硬度が高いだけになっているため非常に脆弱です」


 セラにそう言われて思い出すのは、王国祭で起きたあの事件の際に切られていたアウローラの目と、エルピスの腕や腹に傷をつけたあの男の剣だ。

 いま思えば大会用に普段とは比べ物にならないほどの魔力を使用して障壁を張っていたのに、それを紙切れのように破かれたのはなんらかの理由があるものと考えなければいかなかったのだ。


 あの時は両親に肉薄するほどの強者であったが故に特殊な技能スキル、もしくは単純な力量差で障壁が破られたのかと思ったが、龍神の鱗を断ち切れず、龍神の権能の前に散った事から考えても本来の能力を発揮できていたのであれば、邪神の権能である障壁を打ち破ることなど出来るはずもなかったのだ。

 セラの話はそれだけで終わらず、次は龍神の話へと移行していく。


「そもそもエルピス様は現在進行系で龍神の称号を解放しておられますが、しっかりと龍神の称号について理解していますか?」


「もちろんそのくらいは……分かってるつもりだけど。龍の魔眼の解放に、成龍以上の龍から襲われなくなる。

 後はステータス上昇とステータスの上昇率アップとかじゃなかったっけ?」


 さすがに自分がいま最も頼りにしている能力についてはある程度知識を持っているつもりである、だが先ほどからの問答の感触からして自信を無くしてしまったエルピスは無意識の内に疑問符を浮かべてしまっていた。

 そんなエルピスに対してセラは頭を抑えながら深呼吸をし怒涛の如く言葉を並べる。


「はぁ……良いですか、いまからかなり喋りますから頑張って聞き取ってくださいね。

 まず龍の魔眼についてですが、こちらの技能スキルは称号隠蔽状態における名称であって、現在の物とはまた別の能力となっております。

 その名前は《龍神の心眼》こちらに関しては後日自分で調べておいてください。

 次にその他の能力についてですが、戦闘の際にエルピス様も無意識に使用されていた、龍化、ブレス、飛翔もしっかりと能力の内の一つとなっております。

 これと同じように水を操る能力や、変身能力なんかもあります」


「水を操る能力に変身能力? あまり龍と関係ないように思えるんだけど」


「関係あります、大ありです。そもそも龍神の称号とは世界に龍の神と認められた証。

 たとえ伝承であれ書物であれ実在した龍であれ、龍と名のつく生物の上に神として君臨するものが、それらより劣った箇所がある訳ありません。

 つまりそれら龍種が使える能力は、それらの能力より完全上位互換の状態で使用可能になります。この力を神の権能と言います。

 同種族ではたとえ何があろうとも越えられない、神とその他を分ける境目。龍神の最大の権能は飛翔、ブレス、鱗、大まかに分けてこの三つです。

 権能自体は多岐にわたりますがその神を代表するような権能は大体多くても一つから五つほどですので、なるべく覚えておくようにしてください。

 他に質問はありますか?」


 まさか得られると思っていなかった情報の数々に驚きながらも、しっかりとメモを取りつつ記憶に焼き付け次はなんの質問をしようかと頭を悩ませる。

 悩んだ末に出てきたのは、いつか聞こうと思ってたいこの世界についての質問だった。


「じゃあ質問があるんだけど、なんでこの世界にはドワーフとかエルフみたいな前の世界でも有名だった種族が多数存在しているの?」


「その事ですか。それの一番の原因は貴方、とは言っても前ですが創生神様ですよ。

 あの人がエルフが見たいだのドワーフが見たいだの生物担当の神に直接交渉した影響です。

 ちなみにエルフは森妖種エルフ、ドワーフは土精霊ドワーフとしっかりこの世界限定での呼び名もあるんですよ」


「なるほどねぇ。創生神が作ったのならこの世界の現状も納得だよ」


「ステータスという概念自体も向こうの世界からの借用ですし、そもそもこの世界は向こうの世界、エルピス様が元住んでいた世界と兄弟のような世界のなので、おそらく創生神様が何も手をつけていなくともかなり近い種族が産まれていたとは思いますが」


「兄弟のような世界だと、こうやってレベルって要素があったり空想上の生き物がいたりするんだね」


「世界を作る神様も暇じゃありませんからね。既に作られた世界の中で、人や動物の手によって作り出された物をオマージュするくらいしないと手が追いつかないんですよ」


 実体験でもあるのか心底疲れたような顔を見せ、セラはそういう。

 確かに世界を一つ作るとなればそれに含まれる情報量は途方も無いものとなり、疲労もそれらを製作するのにかかる労力も尋常なものでは無いだろう。

 しかも一つ調性を間違えれば頑張って作り上げた物も一瞬で崩壊するのだから、考え方としては随分と効率的だし現実的だ。


「次は……そうですね、技能スキルの種類について説明します」


技能スキルの種類? 特殊技能ユニークスキルとかの事?」


「それについても説明しなきゃいけませんよね。まずですが、技能スキルは生産系技能スキル、戦闘系技能スキル、生活用技能スキルと多種多様な種類があるのですが、これの限界値は一般的にⅤとされています。

 ただし一定条件を満たせばこの限界値であるⅤよりも上のレベルで技能スキルを扱う事ができるようになります」


「その条件って?」


「自分の持っている技能スキルより、更に上手にその技能スキルと同じ事をすればいいんです。

 そもそも技能スキルとは才能のある無しに関係なく生きて行けるために創生神様が考案した制度の一つで、技能スキルのレベルが上がるほどその技に対する補正が高くなるだけであって、最高レベルのⅤでも完全な技とは言い切れません。

 それをどうにかして完成された技として使う事ができれば、晴れて技能スキルの上位互換である特殊技能ユニークスキルに変わる訳です」


 なるほど確かにそう言われてみれば、技能スキル特殊技能ユニークスキルにあれ程まで大きな違いが出るのには、それくらいの理由があるのだろう。


「まぁいろいろと言いましたが、結局の所は実戦が一番です。一戦、してみますか?」


「百聞は一見に、だよね。いいけど手加減は無しだよ?」


「安心してください。死んですぐなら割となんとかなりますから」


 /


 所変わってアルへオ家に近い人通りの少ないいつもの草原。

 吹き抜ける風はまだ少し寒いがほのかに温かさを感じさせ、エルピスの意識をはっきりとさせる。


 息を軽く吐き出し、吸い込むと同時にエルピスはゆっくりと構えを取る。

 この世界において、まともな武術を今のところ習ったことの無いエルピスはしっかりとした構えを知っているわけではないので、我流の構えだ。

 身体は半身に、手は両方自由にして相手からの攻撃に即座に反応できるように、重心は落とさず普段の生活と変わらない程度に。


 前世で培った武術に関する知識があろうと、そもそもそれは人間規格での戦闘の場合において使用できる技であって、瞬間移動や回復術のあるこの世界においてそれらを使用する事を前提とする構えはあまり有利とは言えない。

 特にそれが亜人—―それもおそらくは天使の中で最高峰とされている熾天使級の天使相手ともなれば尚の事だ。


「さて、ルールを決めておきましょう。試合範囲はここから十キロ圏内で、もし人やそれに類する知的生命体がいた場合は戦闘を一時中止とします。

 使用可能な物は技能スキルもしくは特殊技能ユニークスキルで作られた武器種に限りますが、もちろん自らの身体を使って戦う事はセーフです。

 制限時間は特に無し、アウローラ様が魔法でこちらを見ているようですが、どうせ目でも技能スキルでも認識出来ないでしょうから放置するものとします。

 なにか疑問点や不満な事は?」


「いや、ないよ。始めよう」


「ではお先に失礼して」


 そう言って一瞬。

 セラの姿が視界から消える。

 高速移動や魔法による転移などではない、技能スキルを使用しての移動に一瞬呆気に取られるが、すぐに意識を取り直してエルピスは〈神域〉の範囲を今回の戦闘限界範囲である十キロギリギリで固定し敵の出方を待つ。


 一年前のあの事件の際にはまだ本調子でなかったらしく、ずっと寝込んでいたセラだが、どうやら口に出すまでもなく本調子を取り戻したようだ。

 〈神域〉があるおかげでなんとかセラの気配を辿ればするものの、エルピスの意識が追いつくよりも先に、セラは次の場所へと転々と移動しているのであまり〈神域〉は意味をなしていない。


「ハァァァっ!!!」


「—―ぐっぅ…ッ!!」


 いつの間にか背後へと迫っていたセラの蹴りをなんとか紙一重で回避し、即座にその場所から距離を取る。

 早いなんてもんじゃない。

 人間の限界点を嘲笑うようなその速度は、エルピスがいままでの人生で見た中でも最速に近く、頬を冷たい汗がゆっくりと落ちていく。


 エルピスがいまこの状況で使用できる技能スキルは、かなり限られている。

 まず常時使用状態である〈神域〉、次に錬成や魔法その他諸々だが、その多くは格下、もしくは止まっている相手にしか効果をなさないようなものばかりだ。

 転生前に見たあのメニュー表を見ても解る通りに、おそらくいまのエルピスが持ちうるこの能力は、全て創生神が自分が使用したい能力を詰め合わせただけのものだ。


 創生神がどれ程の力を有していたのかは定かではないが、単身他の神の本拠地へと乗り込めるほどなのだから、それ程までに強かったのだろう。

 故に彼は敗北を知らず、故に彼は自らが命をかける戦闘に置かれた際にどのような能力が最も現実的に有効活用できるのかを理解できていなかった。


 その事に悪態をつきながらも、エルピスは未だに見えないセラの気配をただただ馬鹿正直にたどる。


「ほらほら!! そんなんじゃ傷一つ付けられませんよ!」


「女の子に傷つけたくないから、遠慮して攻撃してないだけだし!」


「そうですか、なら遠慮出来なくなるくらいの一撃叩き込んでやりますよッ!!」


 一キロ先の遠方からエルピスの胸元まで、瞬きするほどの時間でセラはその距離を詰める。

 だがエルピスもそうやすやすと攻撃を許すほど甘くはない。

 事前にセラのくる位置を予測し、回避不能な魔法による一撃をセラの進行方向に向かって放っていた。


(この距離じゃ回避は無理だ! 起爆後に一気に決め—―っ?!)


 エルピスが仕掛けた地雷式の魔法。

 その一歩手前、魔法が発動するギリギリのところでセラが足を軽く持ち上げた。

 どのような行動をとったところで回避不可能と思われたその魔法は、だがセラが空中を蹴った事によって避けられた。


「それも技能スキルか…っ! まったく…せめて生物らしい動きをして欲しいもんだよ」


「生物らしい動きをして欲しい? してるじゃないですか、この程度の事ならば十分人間であろうと可能ですよ。生物らしくない動きとはこう言った物の事を言うんですよ」


 回避の為に空中に居座っていたセラが右手を振るうと、エルピスの視界が赤く染まる。

 そして徐々に視界は黒くなっていき、ついには何も見えなくなった。


「どうですか? エルピス様の目の魂を刈り取ってみました。これが天使のみに許された特殊技能ユニークスキル、これが天使が天使たり得る力、その名も〈魂刈〉。

 一定以上の天使全員が持つ特殊技能ユニークスキルであり、魂という概念に攻撃する攻撃です」


「はははっ…それは……ちょっと卑怯じゃないのかな? それに目に魂は宿ってないと思うんだけど」


「いえいえこの程度、対亜人や対英雄を想定しているなら、まだまだ甘いくらいですよ。それにエルピス様だって無意識のうちに似たような事はしているんですから。

 良いですか? 現実的に考える事を辞めてください、不可能なんて物はこの世界にありません。出来ない事なんてないんです。

 技能スキルで無理なら特殊技能ユニークスキルで、それでも無理なら権能で、更に魔法や体術なんかも組み合わせればこの世の中において実現不可能なことなど存在しません。

 現実で凝り固まった頭を柔らかくして、ただひたすら倒す事だけを考えてください。そうすれば道は見えるはずです。目に魂があると思えばあるんですよ」


「なんでも出来る…か。分かったよ、頑張ってみる」


 自分の手を見つめながら、エルピスは自らに言い聞かせる。

 不可能などないのだと、理不尽など踏み潰せと、可能性という物をかなぐり捨ててその先に手を伸ばし、確定された勝利へとその足を伸ばす為に。

 願いはやがて祈りに変わり、祈りはいつか呪いとその形を変えていくように、現実もその姿を徐々に変えていく。


 とは言っても劇的に何が変わるという訳では無い。

 現実的に言うならば、ただ視界が広がっただけ。

 いままで自分が自分に、多分これくらいしか出来ないだろうなと無意識にかけていた力の枷が、ようやく外れただけ。


 だがそれだけでも、たったそれだけであろうとも、その変化は絶大だ。


「どうやらコツを掴んだようですね」


 世界の色が変わって見えた。


 そう言ったとしても何も矛盾しない程の圧倒的な変化と共に、かつて一度も味わった事の無いような量の情報が頭の中を駆け巡る。

 それらは〈神域〉の効果によって徐々に統制されていき、そして映像として映される。


 目が潰されている筈なのに普段と同じ様に見えるという事自体が驚きだが、それよりも驚いたのはその精密さと範囲の広さだ。

 草原にいる虫やそれらに類する生き物はもちろんのこと、空気の動きから魔力の流れ、さらに言えば相手の行動すらも同時に一切漏らす事なく把握する事ができた。


 セラもエルピスがある程度〈神域〉に慣れてきたのが分かったのか、攻撃の構えを取りエルピスの事をジッと見つめる。


「さあ避けられますか?」


「危なっ! その技能スキル、武器に宿すタイプじゃなくて武器の周りを纏ってる感じのかな?」


「よく分かりましたね、上手く〈神域〉を使っているのが離れていても分かりますよ」


 うっすらと笑みを浮かべながら、セラは鎌をゆっくりと構え直しつつそう言った。

 セラがこちらに向かって踏み込む気配を事前に察知し、重心を後ろに倒した瞬間ーーセラの身体が霞む。


 頭部、腹部、下腹部の順番に振るわれた鎌を〈神域〉の効果を使って、エルピスはギリギリのところで捌ききる。

 鎌が振り下ろされた位置とセラの力の込めかたによって、大雑把な攻撃範囲は分かるのでなんとか避ける事は出来るが、攻撃に転じるとなると話は別だ。


 ただでさえ体術面で相手に負けているのに、その上触れたら負けなので剣や魔法で攻撃するしか無いのだがそれらも彼女の前には効果をなさないだろう。


「諦めるには早いけど…これはどうしたもんかな」


「まだまだ〈神域〉の本当の使い方に慣れていない今のエルピス様では、少々厳しすぎましたかね?」


「言ってなよ、負けてから言い訳しても遅いからね」


 微笑みを浮かべながらそう語るセラに対して、エルピスは笑いながらそんな事は無いと言葉を返す。

 分かりやすいほどの強がりは、だが確固たる意志の元に勝利への導きを映し出す。

 自らの力を信じ己の能力を信頼し、ただただエルピスはセラに向かって駆け抜けていく。

 その背中に確かな自信と、少しの好奇心を乗せて。


 /


 結果から言ってしまえば、セラの圧勝でこの勝負は幕を閉じた。

 体術面だけでなく魔法面でもセラは秀でた才を見せ、〈経験値増加Ⅴ〉の能力を使用しているエルピスをして、なお驚かせるほどの戦闘中の成長速度は圧巻という一言に尽きる。

 そんな彼女はこれで全盛期の半分も力を出せていないらしく、エルピスが神の称号を複数開放すればするほどに、セラも全盛期の頃に近づくという事らしい。

 これはセラがこちらの世界に来た際に獲得した称号の効果らしいのだが、そもそもエルピスが能力を解放した事で強くなるというのはどういった原理があってのものなのだろうか。

 まぁそれらを考えたところであまり利益は無いし、もしその能力を解明できたらパーティー全体の能力上昇に繋がりそうだなぁと思考を巡らせながら、エルピスは王都までの旅路を歩くのだった。

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