第35話魔法の訓練

 マギアが魔法陣に魔力を注いで数秒後。

 徐々に白く染まった視界が色を取り戻していくと、地平線まで続く平原が目に入った。

 〈メニュー〉の能力の一つで有るマップを開いたところ、どうやらここは王国からアルヘオ家までのちょうど中間地点のようだ。


「さてアウローラ様。こうして今回の訓練に使用する平原に着いたわけですが、準備は出来ていますか?」


「ええ。昨日のうちにセラから詳しく教えてもらったから、そこら辺のことは飛ばしてもらって構わないわ」


「それなら話は早いですね」


 一体いつのまに教えてくれたのか、セラが既にアウローラに対して今回する事を細かく説明していてくれたようなので、エルピスも準備に取り掛かる。

 単純に魔力を最低限度まで減らすと言っても、急激に減らした場合身体にどのような負担がかかるか定かではない。


 なのでセラに安全装置の様な役割をして貰いながら少しづつ魔法を放ち、アウローラの魔力を限りなく0にして貰う必要があるのだ。

 セラに少々負担がかかるが、交代要員としてフィトゥスも呼んでいるのでそこまで時間もかからないだろう。


「じゃあもう撃ち始めて良いかしら?」


「はい大丈夫ですよアウローラ様、中級程度の魔法から徐々に撃って身体を慣らしていきましょう」


 少し離れた場所でアウローラが魔法を撃ち出したのを確認してから、エルピスは少し距離を取りアルキゴスの方へと近づいて行く。

 そこには既にマギアとエラが控えており、事前に意図を汲んでくれていた三人に感謝しながらエルピスは声をかける。


「この辺りに人って居ますか? アルさん」


「大丈夫だこの平原は街道からも、街からも離れて居るから、基本的に人は居ない」


「鳥や獣なども余りいる様には見えませんが…そういう場所なのでしょうか?」


「人の行き来が激しい訳でもないが、なんせアルヘオ家への道のりじゃからな。野良の獣は基本的に危険を感じて近寄る様な事はせんし、アルヘオ家に何か用でも無い限り人も近寄らない場所じゃよ、ここは」


「うちの扱い酷いですね、じゃああそこにいる透明化した鳥はイレギュラーな個体という事ですか……どうしますマギアさん、この距離なら間違いなく落とせますが」


 エルピス達からそう遠く無い距離を、一定の間隔を開けながら飛ぶ鳥は、だがそれほど速度も出ていないし、こちらが気付いている事に気付いて居ないため落とそうとすれば簡単に落とせるだろう。

 だがマギアはゆっくりと首を振ると、ため息を一つ吐いてから話を進める。


「はぁ……いやすまん、エルピス君に対して溜息をついた訳じゃ無いんじゃ、許しておくれ。ただあの鳥が索敵しているという事実を認めるのが、どうにもおっくうでな」


「あの鳥は何か特別な種族なんですか? 見た限りではだだの使い魔にしか見えませんが」


「だだの使い魔というのはあっておるんじゃがな、あの鳥はオルック・ラット=バードという隣国の特殊部隊が愛用する獣じゃ」


 苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべながら、名前も思い出したく無いと言いたげにマギアはエルピスの質問に答えた。

 王国の隣国、つまり四大国と呼ばれる人類生存圏の中で最も大きい国の内の一つに数えられる、共和国の特殊部隊が愛用する鳥。


 これがもし四大国以外の国の特殊部隊であったり、特殊部隊であったとしてもそこまで強く無い部隊ならばマギアもここまで顔をしかめないだろう。

 だがマギアの知る限りあの鳥を使用している部隊は、共和国の末席が子飼いにしている暗殺部隊のみ。

 暗殺部隊というと人を殺す事だけが目的と捉えられるかもしれないが、名義上暗殺部隊と呼ばれているだけであって、実際はただの雑用係だ。


 そんな者たちが鳥を街中に飛ばさずに、わざわざアルヘオ家と王国を繋ぐこの場所に配置した事には何らかの意味があるはずだ。

 まず間違いなく今もあの鳥以外の方法で、どこかからーー見られている。


「大方ではありますが、事の重大性は理解しました。この場から早急に離脱したいところですが、そうすればなんらかの行動を取られる可能性があるので、今は様子見ーーという事でよろしいでしょうか?」


 向こうもこちらが気付いていないとはさすがに思っていないと思うが、実際に行動を移せばどういった行動に移るかは不明だ。

 だが意外にもそれを一番気にしそうなアルキゴスがエルピスの意見を否定した。


「それをしたいのは山々なんだがな、残念ながらもう既に囲まれているだろうから、様子見をするのはあまり得策じゃ無い」


「アルよ、こういう時の為に何か秘蔵の品は用意しておらんのか?」


「無茶を言わないでくれ師匠。どちらかと言えばそれは師匠の役割でしょうに、まぁ無いわけでは無いですが」


「何か持っておるのか?」


 何か持っているのかというマギアの質問に対して、アルは首を軽く縦に振るとそのまま指をエルピスの方に向ける。

 秘蔵の品では無く秘蔵っ子ですがそれでもよろしいですかーーそう言いたげなアルの足を軽く踏みつけ、エルピスは周りを囲っているであろう人物たちにバレない様に声を荒げた。


「いやですよ穏便に過ごしたいのに! 特殊部隊とか絶対に相手したく無いです」


「そうは言うがエルピス、このままだと危害が及ぶぞ。良いのか?」


「……その言い方は卑怯ですよ、そんな事言われたら助けないわけにもいかないじゃ無いですか」


 友達や家族を様々な危険から守り、少しでも悲しみを一緒に背負ってあげられる様になる為に、エルピスはこの世界に来てからの毎日を鍛錬に費やして来たのだ。

 それが発揮される機会だと思えば、特殊部隊という名前から面倒な気配を感じる一行を追い払う程度なら、まだ悪く無いと思えた。

 それに良い方法を思いついたのだ、周りの人間にはバレないようにしつつエルピスが周りの奴らを排除する方法を。


「素直じゃ無いなお前は」


「五月蝿いですよアルさん、帰ったらこの技能スキルも含めて本気で戦闘させてもらいますからね」


「ああ。それくらいなら付き合ってやるよ、俺は何をすれば良い?」


「気配察知の技能スキルは持ってますよね? それを使用してくれるだけで良いです」


「分かった」


 〈気配察知〉の技能スキルはいくつかの実験で、使用者を中心として円形状に伸びていく事が分かっている。

 つまりエルピスとアルがかなり近くまで寄っていれば、〈気配察知〉を誰が使用したかは識別することができない。

 そうなれば間違いなく身長的にも見た目的にも、エルピスより先にアルが警戒されるはずだ。

 アルが〈気配察知〉を使用し草原の大部分を範囲の中に入れた事を確認してから、エルピスは最近距離が延びた気がする〈気配察知〉を発動する。

 

(やっぱこれなんか前のと違うよな…?)


 神殿から帰ってくる間に起きた身体の変化のうちの一つで、エルピスの気配察知は魔法察知と混ざることで〈神域〉という新たな特殊技能ユニークスキルに変化しているのだが当の本人はそれを知らない。

 アルの〈気配察知〉を飲み込み、比べ物にならない程の距離を範囲内に入れた〈神域〉は数キロ先でこそこそと隠れる人の気配を捉えた。


 その気配は神域に入った途端とてつもない速度で範囲外に飛び出ていったが、〈神域〉は刹那の時間であろうとも範囲内に入ったものの詳細な情報が手に入る。

 次見つけた時は同一人物かどうか、すぐに判断可能だ。

 敵側もこれほど広い〈気配察知〉の範囲を持つ人物がいると知れば、向こうから手を出して来る事は無いだろう。


「これで恐らく大丈夫なはずです。申し訳ありませんがマギアさんには周辺の警戒を、アルさんにはフィトゥスに事情の説明をお願いします」


「了解じゃ、地雷系と索敵両方を仕掛けるからあまり遠くには行かないようにアウローラを見ておいてくれ」


「分かりました」


「エルピス~っ! 魔力全部使い切ったわよ!」


「ーー随分と早かったですね」


 フィトゥスを背後に従えながらこちらにやって来たアウローラは、どうやらこの一連の流れに気付いて居ない様に見えるので、魔法の訓練を安全に行う為に敵が来ていた事は伝えずに話を進める。


「まぁ魔法の連射には結構なれてきたからね。それで次は魔力をエルピスから貰うんでしょ?」


「正確に言うとこの魔法結晶からですがね。これを直接飲み込んでもらいゆっくりと体内で魔力に還元してもらえば今回の作業は終わりです」


「それだけならわざわざ外に来なくても良かったんじゃ無いの?」


「最悪口に含んだ瞬間に魔力が暴発する可能性が有りますので、この平地の様に人の少ない場所でないと少なくない被害が出ます」


「それってどれくらい?」


「王国中に雪を降らせたあの魔法と、同じくらいの魔力を使用する爆発魔法とでも思って頂ければ分かりやすいかと」


 実際にした事は無いから正確なことは言えないが、あの時と同じ魔力が暴走すれば間違いなく王城は跡形も無く消し飛ぶだろう。

 それどころか王都すらおそらくは壊滅的被害を被る。

 いま思えば先程のような他国の闇の部隊が出張って来る事を想定して、実験の場所を龍の森にすれば良かったのだろうがもう遅いしこのまま進めても問題は無いか。


「見た目完全に石じゃん。食べれるの?」


「頑張って柔らかくして林檎の味付けもしているので、問題は無いかと。もし魔力が暴走した場合は無理に逆らわず、体外に魔力を流してください。私が処理しますので」


「そう? じゃあ任せたわよ、いただきまーす」


 /


 魔法によって隠蔽されたテントの中に居る男達は、隠そうともせずに苛立ちの声を上げる。

 まるで会議室の様に並べられた長机に座っているのは二人。

 片方はまだ二十くらいの青年で、修羅場を何度も潜った者特有の落ち着いた雰囲気を持っている。

 もう片方は三十過ぎの頬に十字の傷がある男、こちらはかなり筋肉質な体格をしており細身な青年とは対照的に映った。


「クソッ! 戦士長があそこまで強いという情報は届いていないぞ! なんだあの気配察知の範囲は…そもそもあれは気配察知でどうこうなる範囲なのか? 密偵に井戸に流す様に指示した毒もなんの影響か効いていない様だし、作戦を練り直す必要があるか?」


「そう焦るな、十六日後に開催される王国祭。その時に決着をつければ良いだけの話だ。それに王女を殺すのは、計画が完了してからだぞ。ちゃんと分かってるのか?」


「分かっている、確かに焦る必要は無いな。それに万が一にはこいつもあるしな」


 カプセルの様な物を取り出した青年は、錠剤程度のサイズのそれを見ながらゆっくりと顔を笑みに染めていく。

 絶対的な自信と磨き上げた技量、それに今回は大量の資金に特別な報酬まで用意されている。

 手足となる部隊員の数は五十と少し、あの戦士長でもその人数相手に一人で何かが出来るわけでもない。

 まして全員がこれを使用するとなれば、尚更だ。


「我らが主人さまの為に頑張ってお仕事をするとしますか」


 椅子を蹴り飛ばし立ち上がった青年は、そのまま外に出ていく。

 その背中は勝利に対する自信に満ち溢れ、これから起きるであろう悲劇に期待している様だった。

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