第33話王国最強の兵士

「そういえばアルさんってどれくらい強いんですか?」


 昼下がりの訓練場、兵士達が修練を行うそんな場で何気なくエルピスが目の前で剣を振るうアルに対して疑問を投げかける。


 それなりに実力があるのは分かっているし、膂力だけでも高位の冒険者クラス、剣術だけで言うのであれば最高位冒険者級だと言っても問題は無いほどの実力を持っているのは分かっている。

 ただエルピスはそれがどれほどこの世界において強いことなのかを知っていない。


 自らが目にしたものならばまだしも、数字と文字だけで彩られた彼の実力はエルピスからしてみれば未だに未知数なところがある。


「また微妙な質問だな……一応前回の四大国主催の剣聖祭は俺が優勝してるぞ」


「えっと……なんですかそれ」


「そう言えばお前田舎暮らしだったもんな。剣聖祭は文字通り剣聖を決める戦いだよ、人類の中で剣を扱う者達の最上位を決める大会だ。他にも槍なりなんなりあるが人が一番多いのはやっぱり剣だな」


 アルが口に出した剣聖祭とは四大国、つまり共和国、帝国、法国、連合国主催の元に行われる武術祭のことであり、様々な部門が存在する中で剣は人気の部門のうちの一つである。


 ちなみにエルピスの母親、クリムが優勝したのはこの大会最終日に行われる全階級全武器種無差別戦闘であり、近接攻撃武器の達人しか参加の許されていない大会を制覇した彼女の実力は言うまでないであろう。


「剣聖祭ですか、面白そうですね。剣はあまり得意ではないので出られるかというと少し不安なところがありますが」


半人半龍ドラゴニュートだから仕方がないだろ。剣術は人の筋肉を魔力で強化していることが前提で作られている。人の筋肉と構造が違う半人半龍ドラゴニュートが人の真似をしても上手くいかないさ」


「どちらかと言えば僕は人に近い方なんですけどね、最近槍とか弓も触り始めたんですよ」


 槍を使えば間合いに入らせることなく打ち倒し、弓を放てば城壁すら貫通するエルピスだがそれでもまだまだ目標としている地点には足りていない。

 惰性で手に持つ弓を放ちながら、自身の肉体に目を向けてみれば人とは違う点が少しだけではあるが感じられる。

 関節の可動域も半人半龍ドラゴニュートは人より広いので、前世ではできなかった方向に関節を曲げることなどもできるのだ。


 それがなんなのかと聞かれれば別になんではないが、エルピス個人の意見としてはこけたときに骨折しなくてすみそうだなぁと言うものがある。

 実際のところは馬車に市中引き摺り回されようと、切り傷すらつかないのだがそこはご愛嬌だ。


「良いことだな、いろんな武器を触っておけばそれに対する対抗策も見えてくる。俺も一応槍とかなら使えるぞ、ちょっと貸してみろ」


 エルピスが手に取っていた槍を受け取ると、アルが決まった型を披露する。

 王国式の槍術なのか数分程度で終わってしまったその舞は、戦闘に使えるかどうかは別としてアルが槍の扱いに慣れていることを見るには十分なものだった。


「おー! 他人のやってるのみるの楽しいですねこれ」


「そりゃどうも。お前これ覚えとけよ? ルーク様とアデル様は役職的に必修だからな」


 王族がその道を目指している以上余程のことが無ければその夢は叶えられるが、もちろんそれに到達するための条件というものはどのような状況であれ存在する。

 たとえばルークとアデルならば近衛騎士と王国騎士団を目指しているので、武術の習得と魔法の習得。

 さらには戦闘に関する知識にサバイバル術なども要求されるので、エルピスが教えなければいけないことというのは意外にも多く存在する。


「ルーク様はもう会いましたけどアデル様はまだあってないですね、どんな方なんですか?」


「まだ5歳の末の男の子だ。将来は王国騎士団団長の座に着くらしい」


「アルさんと世代交代ですか、随分とまた早いですね」


「この国だと確かに早い方だな、それに王族が騎士団の団長を務めるのもかなり久しぶりのはずだ。宮廷魔術師と騎士団団長は常にヴァスィリオ家が受け持っていたからな」


 ヴァスィリオ家は常に王の剣であり盾であり知恵であった者達で、王の側近としてこの国においては超重要視されており常に魔法使い剣士策士の三人が産まれると言う特徴がある。


 しかしその三人は死なない限り次の代にその役職に適した才能を持つものが生まれてくることがなくなるので、アウローラのような特例でもない限りは今後ヴァスィリオ家は一般的な人間しか生まれてこない。

 だがそれでもその三人だけでこの国の重要施設を三つは最低でも確保できる有能な家で、他国に引き抜かれそうになったことは何度かあるものの役職持ちは王国に絶対の忠誠を誓う傾向にあり一度も裏切りが出たことはない。


「凄いもんですね」


「ーー団長、会話の最中失礼します。稽古の時間になりましたのでお願いします」


 黙々と訓練を続けていたエルピス達のところにやってきたのは、胸に勲章をつけた三十代くらいの兵士達だ。

 騎士団の中でも上位の実力者しか付けられない勲章も見受けられるので、かなりの実力者であることが予測される。

 見てみれば後からぞろぞろと集まってきており、最初の人物も含めれば勲章持ちが六人気付けば武器を構えエルピスたちの近くまで来ていた。


「もうそんな時間か、悪いなエルピス障壁貼ってもらえるか?」


「良いですよ、なんなら回復魔法もかけて実践向けにいきましょうか。呪術的な要素を組み込んで身体的なダメージを魔力で補えるようにしてここをこうして……」


「おい変なの盛るなよ、おい聞いてんのかコラ!」


「聞いてますって、終わったんでお好きにどうぞ」


 武器を振り回しながら叫ぶアルに対して手をフラフラさせ返事をすると、エルピスは障壁の外に出て木の近くに腰を下ろし試合を眺める。

 膂力のみで敵を制圧するエルピスの周りとは違い、彼等は手に持った技術で敵を制圧するので人の闘い方をするエルピスには良い参考になるのだ。

 それに剣聖祭で優勝したアルは別として、この世界での一般的に強いとされている人物達の強さを知る良い機会でもある。


「それじゃあいつでもかかってこい」


 地面に剣を突き刺しながら両手を大きく広げると、アルは構えも取らずにそう口にした。

 エルピスが魔法を使用する戦闘において杖を持たないように、圧倒的な実力差があるのであれば武器を持つ必要はない。

 兵士達もそれを分かっているのかそれに対して怒りの感情を持つものは居ないようで、六人係でゆっくりとじわじわ間合いを詰めながら近寄っていく姿を眺めながらエルピスも昼食を開始する。


「お疲れ様ですエルピス様、どうでしたか今日の塩梅は」


「うーん、微妙かな。一通り武器は使えるようになったけど母さん相手に通用するとは思えないし」


「クリム様相手だとどの武器種でも厳しいところですね……そのサンドイッチ俺が作ったんですよどうですか味のほどは?」


「美味しいよ、さすがフィトゥス」


 悪魔だからなのかどうなのかは別として、いつものように影から現れたフィトゥスに対して軽口を交わしながら、エルピスは目の前で吹き飛ばされていく兵士達を眺める。

 ちなみにサンドイッチがこの世界において一般的に昼食とされているのは異世界人が持ち込んだからで、この世界にも伯爵がいてその人が開発したと言うわけでは別にない。


「お褒めに預かり光栄です。そういえば今日はリリィとヘリア先輩が後で服を買いに行こうと言っていましたよ?」


「あの二人と服買いに行くと着せ替え人形にされるんだよねぇ。フィトゥスが適当に見繕ってきてくれない?」


「私は悪魔ですので人間の美的感覚には疎いんですよ。流行も良くわかりませんし」


「フィトゥスいくつだっけ」


「秘密ですよ」


 悪魔であるフィトゥスに寿命というものは存在しない。

 基本的に悪魔は消滅させられる以外に死という物がないので、体を滅ぼされようとも生き延びることのできる悪魔は長寿であることが多い。


 リリィとヘリアが200を超えていることを知っているエルピスとしては、おそらくフィトゥスは500くらいは超えているだろうと言う見込みだ。

 実際は1000を軽く超えているのだが、フィトゥスがそれを口にすることは絶対にないし、エルピスもそれほど気にしていないのでおそらくは一生エルピスが知ることはないであろうが。


「ほらどうした、まだ一撃も喰らってないぞ」


「いきますッ!」


「黙ってこい叫ぶな。敵にバラしてどうするんだ」


 大声を上げながら兵士の一人が飛びかかるが見事に受け流され吹き飛ばされる。

 いくら肉体的なダメージをなくしたとはいえ、それでも魔力を尋常ではない速度で削られているのによくもまぁあんなに元気を保てるものである。


「こうっ、なんか力がもっと欲しいですね見ていてまどろっこしいです」


「人は悪魔みたいに魔力で身体強化を上手くできないから仕方ないよ。一般人なんて鉄すらまともに割れないのに、フィトゥスが望む力なんてそれこそ一握りだけだよ」


 エルピスが本気で魔力を使用して肉体を強化すれば、王城を拳だけで破壊することもできるだろう。

 だが一般人ならば良くて一度きりだが、魔法的な強化を受けていない粗悪な鉄剣くらいならば割れるだろうかと言ったところだ。

 それでも日本の基準で考えればあり得ないほどの強さだが、亜人相手にそれではほとんど歯が立たない。


「確かにそれもそうですか。繁殖力が高いとはいえ良く生きて来れましたね人類」


「それこそ神が関連してるとか、世界の意思だとか。そう言う話になるんじゃいない?」


 この世界で今のところ人類は数を減らしたり増やしたりしながらも、少しずつその生存域を伸ばしている。

 人類が占領している土地はこの世界の20%程らしく、おそらくはこれ以上伸びることはないだろうと言われているがそれでも十分な土地の広さがある。


 この世界は地球よりもどうやらかなり大きいようで、王国の国土でも人が住んでいない所を含めれば日本より面積も広い。

 創生神という神の加護を除けば人が生きて来れたのは、単純に土地が広いから外敵と接する機会が少なかったこともあるだろう。


 それでも人類大量絶滅は幾度となくあったのだが。


「それでいえば緑鬼種ゴブリンとかの方が意外だけどね、大体の亜人に嫌われてるし」


緑鬼種ゴブリンに限らず知能が低い生命体は他の種族の女を孕ませて子をなしますから、人より良く繁殖するんですよ。たまに王が生まれたりもしますね」


「緑鬼種の王様か、考えたくもないな。なんかいろいろと酷そう」


「王が生まれたとして巣穴が見つかった時はその土地の管理責任が問われて関係者全員血祭りですからね、そうそう大規模な巣は産まれませんよ」


 笑みを浮かべながらそんな事をいうフィトゥスの話を聞いていると、何故かそれが起こってしまうように感じるのはエルピスの思い過ごしなのだろうか。

 これ以上考えてしまうとその未来が確実になるような気がして、フィトゥスの答えに対して有耶無耶な返事を返すとエルピスも再び訓練に戻るのだった。

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