第31話訓練
アウローラを起こし、朝食を取ったエルピスは王城内にある魔法訓練場に来ていた。
中学校のグラウンド程の広さの訓練場には、所々に藁で作られた人形が立ち並び、日頃は軍に所属する魔法使い達が修練の為に使用しているらしい。
だが今日はアウローラと王族が魔法の練習をする為、訓練場にいるのはエルピス達と宮廷魔術師長のマギアだけである。
訓練には安全面も考慮してアルキゴスが同席するはずなのだが、昨晩負傷したので今は療養中だ。
「初めましてとは言っても昨日会ったが改めてエルピス君。儂はこの国の宮廷魔術師長をしている、マギアと言うものじゃ。大層な肩書きを持ってはいるが、同僚だと思ってくれればいい」
見た目は初老くらいだが先先代の時から宮廷魔術師長だというマギアにそう挨拶され、エルピスはなるべく体から力を抜いて自然な受け答えをする。
「そうですか、ならそうさせて頂きます。マギアさんには僕の苦手な、理論的な魔法の使い方についてみなさんに説明してもらいたいと思っています」
「分かった。ーーやはりお主もイロアスと同じで感覚派なのじゃな、アルヘオ家の者達は天才肌が多いから仕方ない事ではあるのじゃが」
そう言いながらマギアは声をあげて笑う。
確かに父から魔法を教えて貰った時は、あの魔法と似たような感じで撃てば良いよというような、完全に感覚派の教え方だった。
エルピス自身もそれで魔法が撃ててしまっているので、理論的に教えろと言われても少し時間がかかる。
魔法学と言う学問も存在し、学園と呼ばれるところで盛んに研究されているらしいがエルピスからしてみれば撃てれば何でも良いのだ。
「まぁそういう事ですので、マギアさんお願いしますね。では魔法の訓練を始めたいと思います。先ずはみなさんが自分で得意だと思った魔法を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」
キョトンとする生徒達を前にしてもエルピスは特に動揺する素振りも見せず、ゆっくりと冷静に落ち着いて相手の返答を待つ。
エルピスがこうして得意な魔法を聞いたのには、ちゃんとした理由がある。
それは王族とアウローラの魔法適性が、本人の自覚している物と一致しているか調べるためだ。
魔法適性とは魔法を使う人間と相性の良い魔法。
要はコツが掴みやすく、最も自身の魔力と同調している魔法の事だ。
因みに魔法は適性が無くても使えるが、適性の魔法より威力や燃費が若干ではあるものの悪いので、基本的に魔法使いの戦いは適正魔法重視の戦い方になる。
その点を考慮しての質問に、順番に答えが返ってきた。
「僕は火と水、後は雷が少し出来るくらいですかね」
「私は雷に土ですね」
「兄ちゃんも姉ちゃんも凄いな! 俺はなんにも出来ねぇや」
「僕もそんな感じかな」
「僕は火と水」
「私は氷と炎かなぁ」
「私? 私は勿論全部よ! なんてったって最強だからね!」
王族の方々はしっかり返事をしてくれるが、最後のアウローラはやはりと言うかなんと言うかブレなかった。
鑑定で見る限りアウローラを除く全員が、自分の魔法適性をちゃんと理解しているようだ。
本人もまともに言ってる気はないだろうし、自分の鑑定能力でもしかすれば既に自身の適性を知っているかもしれないが。
「アウローラはこの前の儂の個人授業をちゃんと聞いてなかったのか……? お前さんの適性は、火風光水の四属性じゃ。適正魔法が四つも有るのは、王都中探してもお前さんと数人位しか居ないんじゃぞ」
「えっそうなの? 冗談で言ったつもりだったけど私って意外とチートだったのね」
本当に意外そうな顔をしながら、アウローラはそう言って笑う。
ちなみにアウローラ以外に適性として四属性が操れるのは、エルピスが確認した限りでは高位の魔法使いが二人位だ。
少数派と言っても魔法使いとして大成している者自体が少ないので、総数にすれば王国にも居ないわけではない。
そんな中でアウローラが手を上げながらマギアに質問をする。
「けどならなんで私は超級の魔法が満足に使えないの? 魔法を唱えてもちゃんとした効果が出ないし…」
こちらをチラリと見ながらそう言ったアウローラは、確かに昨日見た限り魔法を使うのが苦手だといっても差し支えはないだろう。
だがそれは魔法操作の
コツさえ掴めば直ぐにでも強くなれる可能性があるんだから、そこまで急がなくても良いと思うのだが、強い魔法を使いたいという気持ちは分かるので、早く教えろと言いたげなアウローラにエルピスはヒントを出す。
「そう言った問題は、大体魔力操作の
「一回やったけど、全身から血が噴き出したよ?」
「はぁ? ーー失礼しました。もしかしてアウローラ様、初級や中級の魔法に持ちうる魔力を全部注ぎ込みました?」
「うん。初級の魔法に魔力全部込めたら超級にならないかなぁと思って」
「間違いなくそれが原因ですね、他の皆さんも真似しないように」
エルピスの言葉に反応してどきりとした顔をしているのが一人二人、男の大雑把さはどこの世界でも共通のようだ。
初級や中級の魔法に上級や超級に匹敵する魔力を込めた場合、しっかりと魔法自体を操作出来ないと超過した魔力が逆流し体内で魔力が暴れて内臓系が大変な事になる。
逆に言えばちゃんと操作できれば魔力の消費は多いが、初級の魔法で超級魔法並みの威力を持たせることもできる。
簡単な術式で魔法を使用することができるので、超級をギリギリ使用できない程度の魔法使いには重宝される魔法の使い方だ。
だがあまりにも魔力の操作が難しすぎて、そこまでするのなら普通に超級魔法を使った方が良いと思うが。
「もしかして結構危ないことしちゃってた感じ?」
「危ないですね。下手したら死んでましたよ」
「ーー危ねぇ、俺この後やろうとしてたんだけど」
「兄さんもう少しで死ぬところだったね、グロリアス兄さんならそんな事はしないだろうけど」
「お、おう。兄ちゃんはルークみたいに馬鹿じゃないからそんな事しないぞ」
その後も魔法の基礎をアウローラや王族のに教えていき、アウローラがやっと超級を少しだけ使えるようになると、アルキゴスがすっかりと回復して帰ってきた。
帰って来るなり直ぐに魔法を打ち合っているエルピスとマギアを無視しして、アルキゴスはアウローラを褒めちぎりだす。
この前の話を聞く限り、アルキゴスからするとアウローラは姪っ子に当たるので、可愛くて仕方がないのだろう。
そんな二人の事を眺めていると、アルキゴスの事を回復してくれていた人物が音も無くこちらに来ていた。
「エルピス様、アル殿の治療完了致しました。それと少し急ですが、私に名を下さい。どんなものでも構わないので、新しく付けていただけると嬉しいです」
「んー敬語似合ってませんよ? あの空間の時みたいな口調で大丈夫ですけど」
「人の世界は立場が全てです。召喚物に舐められていると思われては、エルピス様の品格まで下がりますよ? それ
より名前を、契約が未了で止まっていますので」
赤い瞳に銀色の髪、透き通るような肌は日光に侵される事なくその神聖さを保ち、口から漏れ出る言葉は幸福感を与えてくる。
名前を付けてと言われれば別に断る理由もないので、考えては見るが……やはり良い名前は思い浮かばない。
(治療……セラピー……セラピーはなんか妖精っぽいよなぁ、妖精って見た目でもないし…)
「じゃあ今日から君の名はセラだ。よろしくねセラ」
「はい。よろしくお願いします」
挨拶も兼ねて差し出された右手を掴んで握手すると、手に何かしらの紋様が刻まれ肌に浸透していくようにして徐々にそれは薄れていくと、ついには見えなくなってしまった。
(ーーにしても肌スベスベだなぁ、やっぱり神様は人間と体の作りが違うのかな。あと手を繋ぎ始めてから、背中に凄い殺気が飛んできてるんだけど。
この感じは確実にエラだよなぁ…そろそろ殺気だけで人を殺せそうなレベルだけどこの手を離してしまうのは男としてダメな気が……)
「ほらほらラブラブしてないで、早く私に戦術級魔法教えてよ!」
もうアルキゴスとの話は終わった様で、向こうから歩いてきたアウローラがセラとエルピスの間に割って入り喋りかけてくる。
やはり貴族の娘なだけあって空気を読むのが上手だ。
後少し遅かったら後ろから刺されていただろう。
「そう言いましても戦術級からはまず魔力量の増加から始めなければいけませんので。教えられる事なんて、余り無いんですよね」
戦術級魔法の多くはそもそも超級魔法とは格が違う。
超級魔法までは才能でなんとかなるが、戦術級からは才能ですらどうにもならない。
そもそも戦術級は個人で使える魔法では無いので、圧倒的な魔力量に針の穴を通すような細かい魔法操作を要求される。
正直な話難しいだろう。
「うーん、じゃあさ、試しに一回だけ、戦術級魔法使ってみて良い?」
お願いされてしまったからには断る訳にもいかず、しょうがないかと安全に魔法を使う方法を考える。
妥当な案としては魔法の制御に特化した誰かを呼ぶ事だろうか。
だがフィトゥスはリリィと一緒に街に降りてもらって居るから居ないし、ヘリアはヘリアで用事があるからなぁ。
「そうなると…そうですね。悪魔でも召喚して魔法の操作を補助してもらいましょうか」
「エルピスが魔法の操作を手伝ってくれるんじゃないの?」
「手伝いたいのは山々ですけど、私は障壁を貼ってアウローラ様の安全を確保しないといけませんので」
「えー、そうなの?」
「悪魔ならしっかりと仕事をこなしてくれますし、大丈夫ですよ」
この世界での悪魔とは、魔力を代償として色々やってくれるどちらかと言うと便利屋としての役割が強い種族だ。
だが全体的にそうだと言う訳では無く、一部の上流階級の者達は召喚に応じない事が多いし、応じても莫大な金銀財宝や命を取られたりする事もある。
今回はそんな上流階級の悪魔を召喚しなくとも可能な事なので、アルも承諾してエルピスは悪魔の召喚を開始しようとする。
ーーそう言えばセラは、悪魔と出会っても大丈夫なのだろうか?
悪魔と天使は喧嘩してるイメージが強いけど。
そう思いながらセラの顔を見ると、エルピスの意図を汲み取ったのか了承の意を示す。
「別に悪魔くらい召喚しても構いませんよ。ーーなんなら私が魔法の補助をしましょうか?」
どうやらセラは意外とーー神だからこの程度のことできてもおかしくはないがーー有能だった様だ。
セラが出来るなら、わざわざエルピスが何が出てくるかわからない悪魔召喚で悪魔を召喚しなくても良いだろう。
発動しかけていた魔法陣を途中で破棄し、エルピスはセラに依頼する。
「じゃあお願いするよ」
「了解しました。アウローラ様、お手をお貸しいただいても?」
「あ、うん。どうぞ」
エルピスがそう言うと、セラはアウローラの近くまで歩いて行き、アウローラの手を握った。
魔力操作をセラ主導で行い、魔法を発動するようだ。
この前ようやく使い方が分かった、龍の魔眼の効果の内の一つである魔力の流れを読み取る能力を使うと、それがよく見えた。
「もう魔法を撃ってもらっても大丈夫ですよ」
「わかったわ。的はどうする?」
「じゃあーー」
「ーー危なくない? うん、分かった。じゃあやるよ」
この短期間にアウローラとセラは結構仲が良くなったらしく、何か小さな声で喋っている。
少し距離があるので内容は聞こえないが、魔法のコントロールについてでも喋っているのだろうか。
そう思っていると、話がまとまったのかアウローラが魔法を唱え始める。
確かこれは炎系統の上位魔法だった筈だ。
「命を賭して火の神に告げる。我の眼前に立つ愚か者達にその聖火を持って命の浄化を!
アウローラが唱えた魔法は、セラの的確なサポートによって、綺麗な炎槍の形になりながら威力を増し狙いを済ましてこちらに飛んでくる。
詠唱からも分かる通りに本来は広範囲を標的とする魔法だが、今回はエルピス個人に対して撃って来ているので数日前にエルピスがやったように単体に対しての威力は計り知れないほどに上がっていた。
「──氷壁」
特殊魔法に分類され水魔法の派生である氷魔法、その初級魔法である氷壁に戦術級の魔力を込めてエルピスはアウローラの攻撃を受け止める。
避けられないわけでもなかったが、どこかに飛んでいってしまっては事故が起きかねない。
「うっわすっげ!?」
「中々凄い威力の魔法ですね。ただ人に向けちゃダメですよ、死にますから
「良い魔法じゃ、だがそれにしてもあの威力の魔法を咄嗟のーーそれも無詠唱の魔法で止めるとはさすがじゃな」
「規格外にも程があるでしょ……やっば」
反省していなさそうなアウローラに言うことだけを言ったエルピスは再び授業に戻る。
人に対して魔法を躊躇なく打てるのは良い事だが、果たして人を殺すことが彼女にできるのだろうか。
そんな事を何時ぞやのフィトゥスと同じ様な状況に陥りながらふとエルピスは思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます