第15話実地販売

 米生産開始から早四年。エルピスがこの世界に生まれて九年目の春に、ようやく米は完璧な形で完成した。

 簡易的に作ったビニールハウスの中で精霊を使い試験的に作った為、よほど劣悪な環境以外ではーー例えば一年を通して落雷などが降り注ぐ土地でもないかぎり安定して生産できる。


 尚且つ味も日本のものにはさすがに劣るが、今までのやり方と同程度の品質で作る事が出来た。

 機械がない為手作業で本来なら刈らなければ行けない稲も、水の精霊が処理してくれたお陰で作業を短縮化出来たし、余った部分も火の精霊が燃やして肥料にしてくれた為人がする事と言えば、病気のチェックくらいで良いのが現状だ。


 東国と魔族領にも既に生産方法は流して生産してもらい、それによってかなりの情報料を手に入れたし、契約魔法によって定期的な米の回収もする事が出来た。

 東国の一部領主からは少なからずの反発が有ったが、国主の鶴の一声で全て押さえつけられた様だ。


 無くともどうせ契約には逆らえないのだが、丸く収まるのならそれに越した事はない。


「ーーふう、これでラストかな?」


「ですね。試験的に100個も丸めて見たのは良いものの、商品名はどうしましょうか? 王都で売るにしても名前が無いと宣伝しにくいかと」


「なら丸飯で良いんじゃ無い? 名前の分かりやすさは大切だよ」


 栽培した米を炊いたものを丸めた、日本人なら誰もがおにぎりと言うであろう造形の米を見ながらフィトゥスがそう呟いたのに対して、エルピスは丸飯と言うよく分からない名前で返した。


 おにぎりとかだと、発案者が異世界人だとバレる可能性が高いので安直な名前にしておく。

 ネーミングセンスのかけらも感じられないが、まぁ……大丈夫だと思いたい。

 そもそも自分にそう言う事を期待するのはお門違いなのだとエルピスとしてはそう言いたい。


「エルピス様~! 馬車の準備が整いました~!!」


「分かった、いま行く!」


「行きましょうかエルピス様、忘れ物はございませんか?」


「一通り持ってるから大丈夫」


 フィトゥスに対して心配性だと思いながら、エルピスは家を出る。

 向かう先は王国の首都ヴァスィリオ。

 この前まで行っていた街よりも更に遠く、そして発展しているエルピスが初めていく都会だ。

 

 何度か訪れた街より更に遠い場所にある王都を思い描いて、エルピスは馬車に乗り込むのだった。


 /


「街が見えてきたニャ!」


 尻尾をブンブン振り回しながら嬉しそうにそう言ったティスタの方を見ると、今まで見た事の有るどんな城壁よりも高い城壁が見えた。

 魔力によるコーティングが成されたその城壁は、威圧感と共に神聖さを醸し出していた。


 こう言った大型建造物を造るという点に関して言えば、前にいた世界よりこちらの方が幾分か発展しているように思える。

 その分高層建築物は少ないので、科学と魔法の短所と長所がなんと無くではあるがエルピスにも理解できた。


「流石に王都なだけあって繁盛してるな。僕達の販売が許されてるのってどこだっけ?」


「今から私達が入る所から、ある程度行った所ですね。貴族街にも近く、結構良い場所らしいですよ」


 地図を見ながらそう告げるリリィに近づき、エルピスも覗き込むようにして地図を見る。

 いくつか区画分けされているこの王都内で、赤いペンで丸が書かれている所は、確かに王城にも貴族街にも近く宣伝するには最高のポイントだと言えるだろう。


 それから数十分程してようやく屋台を開く場所に到着したエルピス達は、道中で買い貯めたお菓子やご飯を食べながら屋台の建設に着手する。


 《#技能__スキル__#:建築Ⅱを習得しました》


 #技能__スキル__#〈メニュー〉の効果の内の1つで有るスキル取得時の通知を受けて、エルピスはスキルによる援護を受けながら建築速度を上げていく。


「これくらいで十分か。フィトゥス! 宣伝の方はどう?」


 一軒家くらいのサイズの、もはや屋台と言って良いのか分からない建物を眺めながら、エルピスは宣伝係としてあっちこっちを走り回っているフィトゥスに呼びかける。

 お父さんのコネも使って前々から宣伝はしていたので、それなりに人は集まるだろうが、念のためだ。


「私の手の物にも現在進行形で宣伝する様に伝えましたし、貴族街に関しては私が自ら赴きましたので、それなりの人数が集まるかと」


「良い仕事するね、流石フィトゥス。次は…ティスタ! 魚の方は用意できた?」


「ほふぇにゃらひょういふぇきたにゃ」


「別に魚を食べている事に関しては怒らないけど、せめて飲み込んで喋りなさい!」


 紐に括り付けられた箱の中にいるまだ食べられていない魚を見て安堵の息を吐きながら、なるべくキツくならない様にティスタを叱る。

 本来なら魚関係の仕事をティスタに任せる時点でこうなる事は予測しなければいけないし、それを別に何匹か食われてもいっかで済ませたエルピスもエルピスだ。


 だが任せた時に最高品質の魚を持ってくるニャ! と言っていただけは有り、どの魚も鑑定する限り良い品質のものばかりで、見ているだけで美味しそうだ。


「ーーんっ。ふへぇ~やっぱり王都は魚が美味しいニャ。にしてもエルピス様、この魚を何に使う気ニャ?」


「軽く焼いてから丸飯の中にでも入れれば、味に変化が出るしお客が付きやすいと思ってね」


「にゃるほど。確かに丸飯の中に魚が入ってたら、猫人族は全員買ってしまうニャ」


「ティスタも今日頑張ってくれたら、後で俺がこの前海で釣った魚で作った丸飯を食べさせてあげるよ」


「本当かニャ!? ならもっと頑張るニャ!」


 カウンターに魚を大きな音を立てながら置いて、走り去っていくティスタの背中を眺めながら、残っている仕事が販売と丸飯の製造だけなのを知っているエルピスとフィトゥスは、小さい声で呟く。


「「あいつ何処に何しに行くんだ?」」


 /


「東国発祥の米。それを品種改良して、更に美味しくした丸飯はいかがですか~! 数量限定ですが一律で銀貨1枚と、かなりお安めですよ~!!」


 一般市民の一日の収入が銀貨十枚のこの国で、銀貨1枚が格安かは定かでは無いが、道行く人はかなりの数目を留めている。

 だが買って食べるかと言われれば話は別らしく、野次馬根性全開で眺めながらも誰も手を付けようとしない。


 確かに未知の食物で銀貨一枚という値段がしたら買い渋るのも分からなくは無いが、それでも正直ここまで誰も買わないとは思っていなかった。


「困ったな……恐らく誰かが手を付ければ、あの中の数人は購入してくれると思うが。このままじゃ時間が経って米の味が下がるぞ」


「変化魔法なら私の得意分野ですし、人間に変化して購入すれば或いは……」


「いや、マッチポンプするにはまだ早すぎる。バレなければ確かにこの状況を変える一手にはなり得るだろうが、バレた場合商売がし難くなるし、恐らくご近所だらけのあの場所に新顔が入った所で、大した効果は無いと思う」


 屋台の裏の方で追加のおにぎーー丸飯を握りながら、エルピスはそう言った。

 とは言えフィトゥスが提案した変化が、この状況において最善手で有るのは変わらないし、近所だらけのあの場所に新顔が入っても効果が無いと言うのも事実だ。


 一番良いのはお父さんに関係している人達ーー貴族が買ってくれる事だが、これだけ庶民が集まっていると自意識の高い貴族はまず寄り付かない、おそらくは当てにするだけ無駄だろう。

 貴族も幾人か通りすがっては行くが、彼等はそもそも屋台の料理など食べに来ない。


 狙い目としてはどちらかと言うと貴族の子供だから、別にそれ自体は構わないのだが。

 はてさてどうしようかとエルピスが悩んでいると、ふと重厚な武具に身を包んだ冒険者が店の前を通りすがった。


「おっ!? なんか新しい屋台増えてるぞ! 寄ってこうぜサリア!!」


「アンタまた太ったのに食べる気? そんなんだからデブタフって言われるのよ!」


「サリア、そこら辺にしといてやれ。グスタフだって太りたくて太ってるわけじゃ無いと思うぞ? ーー多分。アリアもそう思うだろ?」


「ディルはグスタフを甘やかしすぎ。それと何度も言うけれど私の名前はアリアーナブル・レディランスよ、勝手に略さないで」


 なんだか如何にもな会話をしながら、如何にもなパーティーで歩いてきた冒険者達に気配察知のスキルで気付いたエルピスは、裏から飛び出して愛想を振りまきながら、大声で宣伝を開始する。


「そこのマッチョなお兄さん! この丸飯はどうだい!? 中々皆んなが食べてくれないから、一つ銀貨一枚の所を四つセットで買ってくれたら銀貨三枚で良いよ!」


「お、まじで!? いやぁ坊主ちっこい癖に分かってんじゃねえか。良し銀貨三枚だな、ほい」


「アンタ目を離した隙にすぐに食べ物を買うわね……」


 《#技能__スキル__#:詐称Ⅴ・交渉Ⅴを獲得しました》

 顔に貼り付けていた薄っぺらい笑顔が崩れそうになるのを堪えながら、目の前で今にも丸飯を食べようとしている四人組を眺める。

 この場で直ぐに食ってくれるかと思ったが周りの野次馬に眺められて居心地が悪いのか、四人組は装備を持って移動しようとする。


(いや此処で食ってけよ! じゃ無いとちょっと嘘ついただけで手に入った詐称と交渉スキルが可哀想だろ!?)


 とはまぁ流石に思っても口には出さないが…。

 そんなエルピスの期待に答えてくれた様に、ある程度離れてからマッチョと口にしたぽっちゃりのお兄さんが大声で叫ぶ。


「えっ!? これ美味くね!? うま! 美味すぎ!」


「確かに美味しいわね。特にこの魚の焼き加減が美味しいわ」


「何言ってるんだサリア。塩がまぶされたこれこそ至高だろう。良い塩を使っている」


「良くそんな塩っぱい物食べられますね…やっぱりジューシーなこのお肉入りこそ最強です」


 エルピスと同様にどんな反応をするのかと四人組を眺めていた野次馬達の目が一斉にこちらを向き、まるで肉食獣に睨まれたかのように一瞬身体が怯む。

 だが此処で押し負けるわけにはいかない。


「さぁ買った買った!!」


 お金を振りかざしながら、またこっちに走ってくるぽっちゃりがたどり着く前に無くなりそうな勢いで売れて行く丸飯を見ながら、更にそれを促す様にエルピスはそう叫ぶ。

 応援に駆けつけてくれたフィトゥスやティスタと共に丸飯を売りさばきながら、エルピスは実験の成功を実感するのだった。


 /


「丸飯は? 丸飯は残ってる!?」


 そう言いながら夕暮れの街を全力疾走してこちらに来たのは、#黒髪__・__#黒目のエルピスより少し年齢の高い様に見える女の子だ。

 近くにいるお父さんの様な人が焦った様に走っていることから、彼女がどれだけ全力疾走しているのかが良く分かる。


 恐らくは魔道具なのだろうが、綺麗な金髪に変わった髪が顔に掛かるのも気にせずに、そう元気よく聞いてくる女の子に対して、エルピスは申し訳ない気持ちになりながら答える。


「ごめんね。もう売れ残りは無いんだ…」


 追加で千個近く作った丸飯も全て食べられたし、今のエルピスに売り物として差し出せる丸飯は1つもない。

 後はブランド米をイメージしながら作った数少ない超高給な嗜好品だけだ。


「そ、そんなぁ~」


「潔く諦めろ。坊主、今度はいつ開くんだ?」


「それが…その…ですね……言い難いのですが、今回の丸飯自体が試験的に作ったものなので、今後やるかどうかは分からないんですよ」


「……そうか」


 二度目は無いかも知れないと告げた瞬間に、お父さんの様な人は困った様な表情をし、娘さんの方は泣きはしないものの、地面に伏してまるで死体の様になっている。


「あぁもう! マギアの魔法訓練が夕暮れまでじゃなかったら買えたのに!」


「そうは言ってやるな。師匠も頑張ってるんだ」


 どうやらこの女の子は貴族の子供だったらしい。

 もしくは平民だとしても相当良い家の出なのだろう。


 魔法を使えるものはこの世界のうち二人に一人程と決して少なくは無いが、人に教えられる程の卓越した魔法技術を持つ魔法使いは数がかなり少なく、それを考えるのならばこの子が魔法訓練を受けて居ると言う事はそう言う事なんだろう。

 よく見てみれば横に立っている男の人は、従者兼護衛の人にも見える。


 腰には綺麗な三日月の装飾が施された剣が腰にぶら下げられていた。

 貴族か上流平民の娘……か。

 なら別にあげちゃっても良いかな。


 そう思いながら味を限りなく日本で食べられる物に近づけた、割と作るのに手間暇かかるおにぎりを袋に包み渡す。


「ーーお嬢さん、これをどうぞ。非売品ですので味の保証は出来かねますが」


「本当に!? 本当にくれるの!?」


「はい。あ、それとお父さんかお母さんに、こちらをお渡し下さい」


「わかったわ! 行くわよ、アル!」


「はいはい分かりましたよ。ーーありがとうな坊主」


 夕焼けの道を歩きながら仲良く歩いて行く二人組を見送りながら、エルピスも片付けを開始する。

 先程エルピスが丸飯と一緒に渡したのは、アルヘオ家がこういう事を始めましたという紹介と今後国内においてそういう商売を始める可能性がありますという書類だ。


 そんなもの勝手にすればいいだろうと言われればそれまでだが、貴族の中にはたまに国のことを自分の所有物だと勘違いしているものもおり、ないとは思うがこういうものを配っておくと後々の面倒が避けられる。


(さて、家に帰ったら今回の反省してから品質に関して再開発するとしますか!)


 売り切れた丸飯達を思いながら、エルピスはテキパキと帰る準備を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る