ただ受験生が夜中に赤いきつねうどん食べるだけのお話

葉月林檎

ただ受験生が夜中に赤いきつねうどん食べるだけのお話

「ゔあぁ~……」


 今日何度目かもわからない伸びをする。

 目の前には一生終わらないんじゃないか、と思うほど分厚い問題集。帯には『3年間の全てを総復習!』なんて謳い文句がある。

 横に置いていた緑茶はすっかり冷めきってしまったようだ。飲もうとカップに口を付け、伝わった冷たさにうへぇと声を出した。確かこのカップは、誕生日プレゼントだと友達がくれたものだったろうか。何も考えていなさそうな犬のイラストがプリントされていて、見るたびににやっとしてしまう。


「うわっ、もうこんな時間」


 ふと見た置時計は午前二時前を指し、最後に見た時から3時間以上は経過したことを知らせている。ほんの三十分、理科のイオンの単元を勉強しようとしたのに。ずっとペンを握っていたからか知らないうちにペンだこができてしまったようだ。指が赤くなっている。ノートにペンをぽいと投げるように置いた。


『ぎゅるるるる……』


 静かな部屋に響くそんな間抜けな音に思わず笑ってしまった。そりゃそうだ、夜ご飯もまだなのだから。


 引き寄せられるようにキッチンへと向かい、そのままやかんに手を伸ばす。背徳感満載だが、このままベッドだなんて無理だ。インスタント食品が入った箱からカップ麵を取り出す。


 ぺリリと赤いきつねの蓋を剝がし、丸いおぼんの上にセットする。


「お、ゆで卵発見」


 流石にカップ麵一つではこのお腹は満たされない。おまけにつけてしまえ、と殻を剝いていく。

 そうしている内に沸いたお湯を赤いきつねに入れ、余った分は緑茶の粉末と一緒にカップに注ぐ。シンクの横にあったみかんもついでに付けて完成だ。


 スマホで時間を計っている間には勉強机の掃除だ。すぐにやらないとどうしても散らかることになる。キシリトールガムと梅昆布の袋を捨て、ノートと問題集を閉じ机の脇に積む。散らばった消しカスを集めたところで時間になった。


 いただきますと手を合わせ、蓋を剝がす。ふわっと食欲をそそる香りと共に湯気がたつ。そう、これだ。このワクワク感がたまらない。

 ちゅるっと麵をすする。油揚げにはほんのりとした甘さがあり、勉強で疲れた脳にしみわたる。


「夜中二時のカップ麵、最高だ……」


 だしがきいたつゆを一気に飲み干し、そう呟いた。

 東日本と西日本でだしは違うと聞くが、本当なのだろうか。今度おばあちゃんに送ってもらおう、と心にメモしておく。

 ゆで卵は塩で食べ、みかんは結局四個食べ。我ながらこの時間の食欲に驚いてしまう。まあ夜ご飯まだだったし、と自分に言い聞かせた。


「後は歯磨いて、ベッドにダイブかな」


 昼まで寝てやろう、そうしよう。

 休日だしたまにはいいだろう。

 私はもう一度、伸びをした。

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