第56話

「ぐふっ……」


 お父さんが口から血を吐き、ゆっくりと倒れる。 


「はぁはぁはぁ」

 

 刀を持つ手が震え、呼吸が荒れる。


「……梨里音」

 

 お父様の、お父さんの声が私の中に染み渡る。手の震えが収まり、呼吸も安定していく。


「済まなかったな……」


「……なんで。なんでこんなことをしたでござるか……」


「俺は……許容できないのだ。俺らは、過去の人間は許せないのだ。……時代の変化に、ついていけない。俺は自分の部下に名誉を失い、故郷の地を離れ化け物相手に戦えなどど命じられない。……すまない。弱い父親で。今、思えば……俺がしてやれたことなど何もなかった」


 お父さんの独白は続く。

 私は何も言うことは出来ない。

 ……なんで吸血鬼を……。


「本当にすまない。……これは俺が出来る最後のことだ」

 


「アウゼスは吸血鬼だ」



 ……え?

 私は固まる。

 今、お父様はなんて言った?


「え……?何、を言っているでござるか?」

 

 理解できない。アウゼスくんが、吸血鬼?


「俺が招き入れた吸血鬼は……そうだな。契約を重んじる相手だった。あの吸血鬼も、俺も互いに契約を守る。俺から言えることは少ないが、吸血鬼にも多種多様な者がいる。人間と同じように……吸血鬼であるアウゼスのことを信用するな」


 お父様ははっきりと私に告げる。

 な、にが?何を言ってッ!!!


「そして……彼のことを信じてやってくれ。……彼は、どこか危うい。自分のことを軽んじているような気がするのだ。彼は自らを傷つけたがっている。それが当然だと……どこかちぐはぐで、心の中で泣いている。誰かに助けを求めている」


 混乱する私の心の中にすっとお父様の声が入ってくる。

 ……アウゼスくんはいつも無表情で、何でも出来て、頼りになって、いつでもみんなのことを助けてくれて。

 でも、脆かった。

 ふとした瞬間。いつもは何の感情も見せないアウゼスくんだけど、気を抜いた時、彼から漏れる闇。奥のない悪感情。

 私は、アウゼスくんの力になりたい、って思っていた。


「好きなのだろう?」


「ふぁ!?」

 

 お父様の言葉に私は硬直する。

 そして、それと同時に私の中で何か一つすとんと落ちる。

 そっか……私は、アウゼスくんのことが好きなのか……。


「はっはっは!だがあまり彼を信用しすぎるなよ。お父さんはまだお前に彼氏なんて認めないからな。……俺のようなダメな人間に惚れちゃダメだぞ。こんなくだらないことをする人間に、な」


「……っ」

 

 私はお父様の、お父さんの声に現実に引き戻される。


「……侍たちを。この国を。家族を頼む。すまないな。こんな父親で。……お前のような娘を持てて幸せだった」

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