第54話 学園



ラッセル王国の王都アルクの中心には街を一望できる高い塔が建ち、王都を初めて訪れた者達が必ず一度はこの塔に登る為、塔の周辺にはラッセル王国を代表する様々な店が建ち並んでいる。

城へ真っ直ぐ続く大通り、大聖堂と学園に貴族の別宅が集まる西通り、平民街がある東通りと、ラッセル王国建国時に元は見張り台だった塔を王都の軸とし四方に街路が作られた。

王都で最も古い歴史的建造物である学園も元は要塞だった物で、増築や修繕を繰り返し教育機関として再利用され、歴代の王が学寮、運動場、庭園といった学園の内部を寄進し、同じ敷地内には大聖堂が他の場所へ移されることなくそのまま残されている。


学園の最上階に位置している特別な部屋の一室。

そこには数人の生徒が集まり、各自黙々と割り振られた仕事を行っていた。


窓際に置かれた茶褐色の執務机では、ラッセル王国の王太子であるルドウィークが父親である国王から少しずつ引き継いでいる政務を熟し、彼の斜め前に置かれた机では政務の補佐を任されている伯爵家の子息ディラン・ドラントがルドウィークに渡す書類に記載されている内容の確認を、扉付近に置かれたソファーではガラステーブルの上に積み上げられた大量の書類を仕分けている侯爵家の子息フロイド・アームルと、伯爵家の子息ジェイク・アドモアが向かい合って座っている。


「もうすぐか……」


誰も一言も話すことなく黙々と書類を捌く室内に、ルドウィークの口からポロッと零れた小さな声が響いた。

一瞬だけルドウィークに視線を向けたディランは直ぐに作業に戻り、フロイドは一旦手を止め、ジェイクは「もうすぐ……?」と続きを促す。

声に出すつもりはなく無意識に口から出た言葉を誤魔化しきれず、少し早い休憩だと思いながらルドウィークはペンを置き椅子の背に凭れた。


「もうすぐ、音楽祭があるだろ」

「うん。でも、その前に舞踏会があるよね?今年は凄く華やかだって聞いたよ」

「……母上が例年よりも力を入れているからな。まだ暫く婚約者は必要ないと言ったんだが、聞き入れてもらえなかった」

「当然だよ。王太子も第二王子もまだ婚約者が決まっていないのに、第三王子が先に有力な貴族の令嬢と婚約したら絶対荒れるよ?」


現国王が王冠を手にしたときのように……と続く言葉を口にしなくても皆分かっている。

だからこそ婚約者は慎重に選別しなくてはならない。

叔母の息子であるディランと国王の旧友の息子であるジェイク。この二人の幼馴染以外からもう一人側近を選ぶことにも時間を有し苦労したというのに……。


「政務に慣れることを優先するべきだ」

「面倒な事から逃げて後に回そうとするのは悪い癖だ」


確認を終えた書類を優先度が高い順に纏めルドウィークの執務机に乗せたディランが呆れた顔をしながら助言をするも、この悪い癖をルドウィーク本人は直す気がない。


「王太子妃の最有力候補は二つ下の公爵家の子で決定かな?」

「だが……その令嬢はルドの好ましい異性の系統とは真逆だろう?」

「ディラン……」

「間違っているか?ルドは昔から細身で綺麗な顔立ちの女性ばかりを……」

「確かっ……!あのご令嬢はジェイクに執心だったはずだ」


ディランの言葉を遮るように声を上げたルドウィークが話を戻すと、何かを思い出したジェイクが凄く嫌そうに顔を顰めて項垂れてしまった。


「……あの子とは性格が合わないから絶対に上手くいかない」

「そうか、その、すまないな」

「ジェイクには多少気が強い女性の方が合っていると思うが?」

「嫌だよ……そうだ、僕に薦めるくらいならディランが彼女と婚約すれば?」

「断る」


国王を除き、この国で最も高貴な男とその側近達の会話にしてはとても情けないものだと失笑しながら、この時期になると両親から遠回しに婚約を急かされ気分が憂鬱になる。


「そういえば、フロイドには婚約者が居るんだよね?」

「……えぇ」

「あのロティシュ家のご令嬢だろ?」

「二人はセレスティーアと面識が?」

「ロティシュ家は有名だからね。何度か社交の場で挨拶はしたことがあるけれど、最近は顔を見ていないよ」

「同じ歳だった筈だが……そういえば、学園でも見かけないな」


ルドウィークとレナートが家名と顔を一致させて覚えている令嬢は、王妃が主催する息子達の婚約者候補を集める催しに出席している者だけ。

無論、婚約者の居るセレスティーアは招待されるわけもなく二人が顔を知らないのは当然のことで、同じ伯爵家であるジェイクとディランは他の場で何度か顔を合わせ挨拶をする機会があったのでセレスティーアは面識がある。


――それに。

二大軍事貴族の跡継ぎであり、婚約者は侯爵家。

セレスティーア・ロティシュが学園内で最大派閥を得るのは必然で、その動向を王太子の側近が警戒するのはごく自然なことなのだが……。

その警戒対象が学園の何処にも存在せず、彼女の居場所を探るが誰も知らないと首を横に振られるばかり。


何がどうなっているのかと困惑する幼馴染に親友を売るわけもなく、ルドウィークは無言を貫いてきた。


「休学しているのかな?」

「病弱だと聞いたことはないが、もし病気なのだとしたら一度見舞いに行くべきだろう」


王太子の側近という同僚になってから日が浅く、まだそれほど親しい間柄でもないのにフロイドに私的な事を訊くことができなかった二人が、この降って湧いた機会を逃がさずそれとなく探りを入れたことにルドウィークは気付いていた。


ルドウィークはギュッと唇を噛むフロイドを助けるべきかと思案する一方で、彼がどう答えるのか見てみたいのだから質が悪いとしか言えない。


「セレスティーアは……」


数居た側近候補者の中からフロイドを選んだのには幾つか理由がある。

気兼ねなく接することができる同じ歳というのもそうだが、ルドウィークの質問に冷静にそつなく答えただけでなく、足りない部分を補うかのように際限なく出てくる豊富な知識に目を付けたのだ。

それに、常に笑みを浮かべ感情を表に出さない姿も気に入っているのだが、それはセレスティーアの事だけには適用されないらしい。


「彼女は、軍学校に入りました」

「軍学校って、あの、軍学校だよね……?」

「えぇ。隠すつもりはないらしいので、直ぐに話は広まるとは思います」

「……随分と思い切ったな」


驚くジェイクとディランを余所に、何も言わず黙ったままのルドウィークにフロイドは顔を向け、不愉快だという心情を顔に出し抗議するかのようにジッと見つめ視線を逸らさない。


――フロイドは、今自分がどんな顔をしているのか分かっているのだろうか?


残り一枠だった側近の椅子にフロイドを座らせたのは、彼の婚約者がセレスティーアだったから。ルドウィークだって人間なのだから打算や私情で動いても仕方がない。幾つかある理由の一つではなく、コレが一番の理由ではないのだろうかと思い至り頭を抱えたこともあった。


「セレスはフィルデ・ロティシュの血を色濃く継いでいるのだろう」


そう口にしたルドウィークが姿勢を正しペンを手に取り微笑む。

休憩は終わりなのだと察したディランとジェイクは、ルドウィークの言葉に違和感を覚えることなく各自の仕事に戻っていく。

ルドウィークとフロイドは暫く無言で互いを見詰めていたが、先に目を伏せたのはフロイドだった。





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