第20話 ミラベル
【guardian】というタイトルそのまま、庇護され溺愛される乙女ゲームがあった。
元貴族のヒロインが名家の伯爵家の養女になり、義姉に虐げられながら多数のイケメンに護られ愛されるというもの。
羨ましい……と、ゲームをプレイしながら何度唸ったかわからない。
可愛らしい容姿に聖母のような性格。
何をしてもしなくても愛されるヒロインの姿に、自分を重ね合わせ陶酔する。
疲れ切った現実から逃避するにはうってつけのゲームだった。
だから、嵌まり込んでいたその乙女ゲームのヒロインに転生したのは運命だったのだろう。
前世には異世界転生ものの小説や漫画が沢山あった。
その中で特に人気があったものは、断罪される悪役令嬢が実は転生者で、主人公が逆に断罪されるというもの。
自身の行いの所為で周囲の人達から嫌われる悪役令嬢。
でも、その悪役令嬢が転生者で、尚且つストーリーを全て把握していたのなら?
幼少の頃から好感度を着実に上げ、前世の知識で基盤を固め、主人公が参戦してきたときに打ち取るつもりでいるのだから勝てるわけがない。
フラグ回避?死なない為の行動?全部、やっていることはヒロインと一緒じゃない。
まともな男ほど悪役側につき、残っているのは馬鹿な男だけ。それを攻略したからと悦に入り足元をすくわれ転落する人生なんて願い下げだわ。
私は、何をしてでもあのヒロインのように幸せな生活を送るのだから。
貴族のくせに人が良すぎる父親と、男爵家とは名ばかりの生活に文句ばかりの母親。古臭いデザインのドレスに少ない装飾品。二人しかいない侍女。
前世の生活の方が自由で様々な娯楽があった……と、うんざりしながら愛らしい子供を演じていたとき、父が事故で亡くなった。
「君が、彼の娘か?」
バルド・ロティシュ伯爵が父の葬儀に来ることは知っていた。
――ここから私の物語が始まるのだから。
泣きはらした顔で伯爵を見上げ、嗚咽を零しながら頷く。
そっと頭を撫でる手に一瞬唖然として見せ、健気に微笑みを浮かべる。
たったそれだけのことで伯爵は同情し、父のことではなく先行き不安な将来のことで憔悴している母に救済の手を差し伸べた。
一代限りの貴族位。母の実家は兄夫婦がいて居場所がない。
平民として生きていけば問題ないのに、産まれたときから裕福な伯爵には大問題なのだろう。
私が成人して嫁ぎ先が決まるまで面倒を見ると言う伯爵にほくそ笑み、援助の申し出を二つ返事で受けた母は媚びを売る。
あの父と親友なだけあって甘いのか、それとも、コレがヒロイン補正なのか。
けれど、ここで私が知らない裏設定があった。
母と私は書類上ロティシュ伯爵の後妻と養女となってはいるが、伯爵家で権限は一切ない。
結婚式もお披露目も無かった契約結婚は、私が嫁ぐと共に破棄され離縁される。
その後の住む場所などは援助してくれると聞き、母は表面上喜んで見せたが裏では憤っていた。
その結果、顔合わせの席で狙いを定めたのか前当主のイケオジに色目を使うが失敗し、意気消沈して私達が泊っている客室に戻って来た。
内心呆れながら、狙うならバルドだと純粋なミラベルを装って言い聞かせ、ついでに彼の一人娘の良き母となれば好意を得られる云々をさり気なく助言しておく。
バルドの娘、セレスティーア・ロティシュ。
彼女はこの世界の悪役令嬢。
もし、セレスティーアが転生者なら、幼少から同じスタートラインに立てるのは幸運だ。
「……初めまして、セレスティーア・ロティシュと申します」
大きくて広い屋敷の玄関には侍女や侍従が並び立ち、その中心を女王のように歩いてきた少女は不機嫌なことを隠しもせず、母と私に向かって挨拶をした。
ヒロインである私が可愛い小動物系なら、悪役令嬢はどの角度から見ても完璧な美形。母はすぐさま彼女に媚びを売り、私は恥ずかしがり屋で大人しい妹を演じた。
養女として伯爵家に住むようになり先ず味方につけようと思ったのは侍女だった。
可哀そうな境遇で謙虚な子供は女性の母性を擽る。
その次は下働き、侍従と順調に進んでいたが、伯爵の補佐をしている執事は一筋縄ではいかなかった。
「養父様に会いたい」と瞳を潤ませても「お忙しいので」と躱され、「渡したいものが」と調理人と作ったお菓子を持参すれば「領主様は甘いものは好みません」と遮る。
腹の立つ男だ……と苛立っていたとき、セレスティーアからお茶に誘われた。
この時点で彼女は転生者ではないと結論を出していたが、念には念をとそのお茶の席で、よくざまぁされている頭の悪い転生者になりきった。
結果はやはり白。真っ白だ。
本当に悪役になるのだろうか?と首を傾げたくなるほど呑気で危機感もない。
相手にもならないと鼻で笑うが、予言という形で忠告だけはしてあげた。
まぁ、悪役が手を下さなくても周囲が勝手に私を虐めはするだろうが、大人しくしているのであれば断罪されても少しは擁護してあげるつもりだ。
学園に入るまでにセレスティーアの婚約者であるフロイドを攻略することにした。
「結婚されるまでは、大好きな義姉様と少しでも一緒にいたい」と事あるごとに口にしていれば、皆が喜んで協力してくれる。
それは、セレスティーアが婚約したあとも続き、良かれと思ってしていたことが全てセレスティーアを傷つけることになると、フロイドも気づいていなかった。
――馬鹿ばっかり。
我慢も出来ず癇癪を起したセレスティーアも、無残に踏み潰された花束を見て悲しそうに俯くフロイドも……皆、私の手の上で踊らされている。
「どうして……」
そう呟くフロイドに呆れてものが言えない。こんな男と結婚しなくてはならないセレスティーアは悲惨だわ。
花束を拾って慰めはするが、私はフロイドとエンディングを迎える気はない。
侯爵家の次男だからこそ兄と比べられ、歪んだ性格になってしまい、一番でなければ嫌だとヒロインを束縛し重い愛情を示すヤンデレ。
怖くてとてもじゃないが一緒に居たくない。
狙うは王族一択。
この国の第一王子である王太子は公式のキャラ投票でそこそこ人気があった。
王子という設定では珍しい黒髪に、顔は王族なだけあってイケメン枠。
性格も真面目で誠実だし、ヒロインだけを一途に愛すのも好感が高い。
でも、その王太子よりも人気があったのは第二王子。
出されるグッズは即完売。ネットで少しでも悪く言われようものなら熱狂的な信者が突撃し炎上する。
絵師の執念が感じられる端整な顔立ちなのに、兄以外には冷ややかな態度で蔑む眼差しを向ける毒舌王子が毎回人気投票一位を攫っていく。
あとは……別の国にも王子がいた筈。
第三王子か何かで、激しい王位争いを繰り広げた結果勝ち残り王となる。
男らしい野性的容姿のわりには凄く優しいと評判だった。
その他にもまだ攻略対象は何人かいるが……。
フロイドの次に狙うのは王太子だろうか?
セレスティーアよりも一年遅く会うことになるが、アレなら敵にもならない。
「楽勝だわ」
自室に籠った義姉を心配する素振りをしながら嘲笑っていた翌日。
屋敷からセレスティーアが忽然と消えた。
あれだけ愛嬌をふりまいてやったのに、誰一人としてセレスティーアが何処へ行ったのか教えてくれない。
しかも、お茶会や観劇に音楽祭というイベントは、セレスティーアがいないだけでその全てがなくなりフロイドと会う機会がなくなってしまった。
毎日イライラしながら「義姉はいつ帰ってくるのですか?」と執事に尋ねに行くが教えてくれないし、母に縋ってみたが、執務室への入室は禁止されているし寝室は別だから最近顔も見ていないと言う。
どこで何をしているか知らないが、あと一年……。
学園に入る年には帰ってくるだろうと、コレも私が知らなかった裏設定なのだと楽観視していた。
まさか、あのセレスティーアが、軍学校へ入るなんて夢にも思わなかったから。
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