第13話 甘さからの、水責め
新人の訓練を見学したあと、ロナさんと一緒に各部隊の上官の皆様に挨拶に向かった。
昨夜のうちに御爺様から詳細を聞いていたらしく、てっきり男の子かと思っていたと驚かれるも、好意的な感じだったのでホッと胸を撫で下ろした。
一般的な軍人のイメージは、粗野で荒くれ者が多く、好戦的。
逆に騎士のイメージは、紳士で分け隔てなく優しく、見目が良い。
誰かに言い聞かせられたわけでもないのに私もそう思っていた。
けれど、実際に顔を合わせて話しをした軍人様は、皆とても優しく紳士的な対応だった。
御爺様は身内にも容赦がないとお父様やルジェ叔父様は言っていたが、軍人になる気はないのに軍学校に入りたいという私の我儘も叶えてくれ、入ったあとのことを考えて訓練までつけてくれるとおっしゃった。
しかも、適当に対応せず指導役として女性のロナさんをつけてくれるという好待遇。
此処へ来るまで不安に思っていたのに、それが今は期待や興奮に変わっていく。
頑張れば一年もかからずに実地訓練に移れるかもしれない。
いや、それを目指して頑張ろう!
期待に胸を膨らませていた私の浅はかな考えは、結論から言うと、大変甘かった。
訓練初日。
貴族の子息や子女であればまだ寝ている時間であろう午前四時に起床。
急いで身支度を整えたら外へ集合し、柔軟と走り込みが行われる。
このくらいであればまだ想定内で、周囲の方達と挨拶も交え軽く会話する余裕さえあった。
そのときに、平民の子はこの時間から家の手伝いや働いている者も居ると聞き驚いたが、「余裕のある家なら手伝い程度なんだろうけどさ……」と苦笑していた数名の新人さん達は、もっと幼い頃から働いていたらしい。
二時間程の早朝訓練を終えたあとは朝食をとる為に食堂へ移動する。
席につき座っていれば給仕されるという生活を送ってきた私は、広い食堂の奥にあるカウンターに並ぶ行列に何度も目を瞬いた。
「あそこにあるカウンターに、このトレーを持って並ぶこと。食事は日替わりだけど、なかなか旨いし、量も多い。調節したければ、盛りつけてくれるおばちゃんに言うといい」
説明する為に一緒に並んでくれていたロナさんがお手本と称してやり方を見せてくれた。
その後を新人さんと一緒に並び、恐る恐るトレーを持って席につき、先に座っていたロナさんのお皿にのせられていた量を見て唖然とした。
男性ならまだしも、女性のロナさんが!?と周囲を見渡せば皆似たり寄ったりで、新人さん達の中には「コレも訓練のうちだから」と顔を真っ青にしながら口に詰め込んでいる人もいた。
朝食後は個々の専門的な技術について学ぶ個別訓練が行われるらしく、私は一人別メニューの基礎体力訓練となる。
新人が居なくなるこの時間は、指導役のロナさんとリックさんは御爺様が監修している演習場での訓練がある。
「絶対に、此処から出ては駄目だ。それと、目を離さないように」
そう私と護衛に言うと、練習メニューとして渡された紙に書いてある内容をこなしておくように言われた……。
「初めはキツイけど、半年経つ頃には慣れているから」
最初の項目である腕立て伏せが出来ず、べしゃっと地面とお友達になっている私。
側で見守っていた護衛がやり方を見せてくれたのだけれど、気合でどうにかなるものではなかった……ごめんなさい……。
これを見越していたのか、出来なかったときの対処法まで書かれていた紙を握り締め次々取り掛かるも、何一つ満足にこなせず、夕食時に食堂へ様子を見に来てくれた御爺様は、意気消沈する私を見て大笑いしていた……。
夕食後は各隊の打ち合わせや意見調整が行われ、その後の就寝までの時間がお風呂や洗濯、猛者になってくると自主訓練といった個人の時間になっている。
私の場合は部屋に浴室があり、洗濯も自分で覚えてやらなくてはならないのにその気力も体力もなく、侍女がしてくれたので他の人達よりもかなり優遇された環境にいる。
のだが……。
「か、身体が動かない。お、お風呂ー……」
お風呂に入ることすらままならず、這いつくばって動こうとする私を見て悲鳴を上げた侍女達に抱えられ入浴することになってしまった。
意気揚々と砦に乗り込んできてこの体たらく……。
ロナさんは半年で慣れると言っていたが、それはこの体の節々の傷みに慣れるだけであって、訓練をこなすこととは別な気がする。
このままでは軍学校に入ってから困ることになるのでは?
同年代の中で最もひ弱だと言われれば、御爺様の名に傷をつけてしまうことに……。
ベッドの中に入るまでは焦りながら色々ぐるぐると考えていたのに、毛布をかけられたあたりで私の意識は途切れてしまった……。
そんな生活が二月過ぎれば、徐々に基礎訓練という名の体力づくりをこなせるようになってきた。
慣れたのではない。やらなければ溺れるのだ……。
一月目辺りで訓練を覗きに来た御爺様が、私が休憩を終えてもぐったり地面に倒れているのを見て、水をぶっかけた。
何事かと目と口を開けた瞬間、二度目の水が大量に降ってきた。
「さっさと立て。邪魔だ」
そう言って上から見下ろした御爺様の顔は、言葉で表せないほど恐ろしく冷たいものだった。
「遠慮はいらん」という言葉で甘やかされていたことに気づき、羞恥心でぷるぷる震えながら、一年以内に基礎体力をつけてやる!と再度決意した。
それからも水攻撃は続き、半年経つ頃には「下の中だな」と御爺様から言われ、一年経つ頃には「中の下」というお言葉を貰えるようになっていた。
その間、一番大変だったのはお父様への言い訳で。
いつ戻って来るのか?というお手紙に毎回どう書こうかとても悩んでいた。
体調を崩してしまって……から始まり、見聞を広げる為に、もう少し御爺様と一緒にいたいなど。何度も手紙の返事を書き、最終的には御爺様が「色々忙しいので此方から連絡するまで待て」と返してしまった。
因みに一年に一度あるあの憂鬱な音楽祭には出席しなかった。
一応義務にはなっているが、怪我や病気ということにすれば、一度や二度出席しなくても問題はない。
お手紙によるとお父様も欠席したらしく、義母と義妹が参加したかは不明。
婚約者とミラベルの遣り取りを目にするのが嫌だというよりも、本当に日々忙しくてそれどころではなかったのだ。
「まだまだ暑いなぁ……」
シャツの首元を指で摘まみ、パタパタと空気を入れる。
先日ロナさんから、もう実地訓練に入っても良いと言うお墨付きをもらい、今日からリックさんの実地訓練が始まる。
御爺様が最初に言っていた一年半という言葉の正確さに悔しく思いつつも感心し、実地とは何をするのだろうという期待が膨らみ、歩きながらついつい飛び跳ねてしまう。
「……ん?」
頬を伝う汗を手の甲で拭い早朝訓練に向かっていた私は、門の方から入って来た一台の馬車に気づき首を傾げた。
少し離れた位置に止まった馬車の扉を御者が開け、そこから降りてきたのは背丈からして大人ではなく子供。
その子供は目深に被ったフードを取ることもなく、そのまま建物の中へと消えて行ってしまった。
真上を見上げれば眩しいくらいの太陽が。気温もこのあと徐々に上がってくる。
このクソ暑い日に、何であの恰好なのだろうか?と疑問に思ったが、上官の子だろうとすぐさま興味をなくし、私の名を呼びながら手を振る訓練仲間達に駆け寄った。
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