第10話 氷・金属VS火・自然

「来るぞ」

「了解じゃ」

『熱源探知』を解除し、爺さんは地面から手を離し立ち上がる。

冷えていく方向を二人で見据える。

奥の方に見える高木こうぼくが、その相手に向かって蔓などで縛ろうと動く。

俺にやってきたのと同じように。

しかし瞬間的に凍結し、動きを封じられる。

その後に凍った樹木は、その巨体をゆっくりと横に倒していく。

これは…まさか…。

ほぼ確信できる存在が俺の記憶にある。

そして現れたのは…

「バルド殿、いくら暑いと言ってもここまでする必要はあるのかね?」

「我は高温は好まん。なぜ我をこの方へ向かわせたのか上に問いただしたいところだ」

「傭兵殿は不機嫌なことで…おや?」

姿を表したのは、バルドと久明だった。

「お前らか」

「…知り合いかの?」

「…まぁな」

これは厄介な相手が来やがった。

「ほう、上の指示に従い当たることもあるのだな。久しいな、世垓功次」

「よもや、ここまで早急に再戦が叶うとは天の導き。御覚悟」


「…ねぇ、S…いや、愁那ちゃん?」

「………」

こんにちは、織原です。

今は彼等の指示で、アメリカ合衆国に向かっています。

世垓君の妹、愁那さんと。

しかし、話しかけても反応がないです。

飛行機の窓から外を眺めたまま一言もしゃべらないのです。

確かに、組織の一番欲しい存在である世垓君を誘き寄せるために、認識操作でその妹を利用するのは、流石にどうかと私も思う。

でも、ここまで変わってしまうのだろうか。

世垓君の研究を中ノ村等としているときに、彼の環境の情報はかなり聞き出せた。

ただ、そこの話だと別のこのような性格ではなかった筈。

あくまで認識操作は、対象の性格や生い立ちを覆すようなものではない。

だから、ここまで変わるのは何かがおかしい。

やっぱり君達世垓兄妹は、この世の例外であるような気がしてやまない。

「もし、君のお兄さんがいたら、どうするつもり?」

「…殺す」

「そ、そう…」

その殺意は、明らかに異常。

…あの子達は大丈夫かしら。

日狩くんと夜見ちゃん…世垓君との戦闘でかなりやられたようだけど、命に別状はないのはこの目で見ている。

だけど、私がいない間の世話を、彼に任せるのは…正直不安だ。

何もされていないといいのだけど…。


「世垓功次、貴様腕を上げたか?」

「どうかな。まだ打ち合ってすらないだろ?」

「いや、構えから分かるな。貴様はあの時よりも強い。これは楽しみがいがある」

「どこからそんなん分かるんだよ」

「今の貴様は、相手を正面に見据え、構えも精神のブレも見えない。相手を殺すことに躊躇いを感じなくなったな」

「だりぃ…」

お互いどちらが先に動くかの睨み合い。

俺は周囲に熱気を発し、爺さんは静かに二人を見る。

バルドは冷気を辺り一帯に展開し、久明は刀の柄に手を掛けている。

この冷気で植物たちが徐々に凍りついていく。

これでは爺さんは本領発揮できない。

だからこそ、このまま『属性』で熱気を出し続けなければ相殺できない。

久明はまだまともに戦っていないので未知数だ。

それにここの樹木は固く大きい。

それを斬ってしまうアイツの攻撃は当たればマズイことは容易に想像できる。

「おや?この『属性』の波長…記録に残っていたような」

「…ふむ」

「そちらの御仁は…もしや、蒼樹楓理あおきふうり殿ではあらんか?」

「蒼樹…楓理?」

久明の目線は爺さんの方に向けられている。

ということは、これは爺さんの名前ということか?

…でも、なんで爺さんの名を知ってるんだ?

「…わっぱ、お前さんらはあの集団の者ということか?」

「やはりそうでござったか。拙者は『属戯会ぞくぎかい』所属、No.287、久明金盛と申す者。御逢いできて光栄だ。No.006、原初の被検体、蒼樹楓理殿」

「これは丁寧なこった。あの狂人集団にも、このような者がいようとはな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんだ?っていうことは、爺さんもあそこにいた奴だっていうのかよ!?」

「…そうじゃな。じゃが勘違いするなよ。儂は小僧と同じで研究対象だったというだけじゃ。別に仲間でも何でもない。むしろ嫌いの部類に入る」

まさか…爺さんも俺と同じような経験をしていたということなのか。

…でも、これで最初に爺さんと会った時の疑問は解消されたな。

何故爺さんが『属性』について知っていたのか。

それは『属性』を研究する組織…『属戯会』にいたからか。

まぁ、こんな状況で分かりたくもなかったがな。

「そうか…ならば、実に面白い。貴様がのNo.006であるなら、『属性』を手にしてから相当な年月が経過しただろう。相手にとって不足なし」

「爺さんをらすわけにはいかねぇ!」

バルドからの殺意がより強くなる。

くっそ…最初戦った時は本気じゃなかったな!?

明らかに気配が違う。

「ま、色々知ろうがやることは決まってる。お前らを倒す!」

「あぁ、来い!世垓功次!」

「あの組織の者なら手加減はいらんじゃろ」

「お望みとあらば、一刀両断にいたしょう」

…………………………………………………

「行くぞ!『炎拳』『バースト』!」

拳を振りかぶり、バルドに接近する。

「『氷刃オストリー』」

それをバルドが氷の剣を作り出し、受け止められる。

「やっぱり、あん時本気出してなかったな!?」

「当たり前であろう。だが、今回は違うぞ」


「『鮮美透涼せんびとうりょう』」

周囲から大量の尖った葉を久明に向ける。

「『快刀乱麻かいとうらんまつ』」

すると久明はその迫る葉をすべて切断した。

「その太刀筋、儂にゃ、一切見えぬのぉ。こりゃ手強い」

「この葉、これ程の勢いで斬らねば、拙者の方が弾かれている。余程『属性』を込め、硬度を上げたと見える」


「殴って殴って殴る!」

攻撃される前に、殴り続ける。

それをバルドは剣で防ぎ続ける。

周囲に『属性』の衝撃波が放たれる。

飛び散った氷塊は熱波によって融解され続ける。

「重いが、狙いが甘い」

すると、バルドの足払いを受けそうになる。

「っ!?あっぶねぇ…」

その足には、氷の刃がついていた。

仕込み刃みたいだな…。

避けていなかったら俺の足はサヨナラバイバイしていたな。

「なら『炎脚』!」

足の防御力と速度を上げる。

「全力で来い。貴様の持てる全てを我に当てるのだ」


「『山紫水明さんしすいめい』」

葉の波が地面に流すことで、足元を葉で埋め尽くす。

「ぬっ?」

突如現れた、大量の葉に気を取られた久明。

隙じゃよ。

「『流星光底りゅうせいこうてい』」

葉の波に気を取られた久明の上空から、大木の槍が振り落とされる。

「『季札剣きさつけんく』」

それにギリギリで反応し、刀を向け斬り防ぐ。

防ぐ刀から火花が散る。

あの刀、刃こぼれはしなさそうじゃな。

「実に危うい。よもや貫かれるところであった」

「儂の誘導から逃れるとはな。焦りの言葉とは裏腹に、実に冷静じゃな」

「蒼樹殿、『剣術十年、槍三年』ということわざを御存じか?」

剣術をつけるには10年、槍術には3年かかるということわざ。

それだけ鍛練を詰んだということじゃな。

こりゃ厳しい戦いになりそうじゃ。

「…なるほどのぉ」


「こちらから行くぞ!『雷氷グロムレデゥイノリィ』!」

「なっ!?」

瞬きをした直後に、バルドが至近距離まで来ていた。

マズいっ…攻撃範囲内だ!

「くっ…『炎鎧』!あっがっ…」

何とか守りの技を使うが、衝撃が右横腹に入る。

「斬り落とす!」

「…『ノヴァ』!」

「むっ…」

「はぁ…はぁ…っぶねぇ、いてぇ…」

あのままだと、『炎鎧』ごと斬られていた。

溜めの時間がなかったから、そこまでの威力じゃないがバルドと距離が取れた。

「『フルアーマー』『生成:ソード』!」

「…ほう」

同時に『炎拳』『炎脚』『炎鎧』を発動する。

「アミーを討つことになるとはな」

「その肢体、燃やし尽くしてやる」


「蒼樹殿、逃げるだけでは拙者を殺せぬ」

「じゃったら、離れてくれると嬉しいがのぉ」

儂の攻撃の殆どは、遠くからのもの。

こうも近づかれると、戦いづらい。

じゃから、波に乗り距離を取ろうとしてるのじゃが。

久明はそれと同じ速度で金属板を足元に生成しながら追う。

「このままでは追い付けぬ。であらば…」

久明は走りながら、もうひとつの小さな鞘から抜く。

「『抜刀:投』」

「ぬっ…それは投げるものじゃないじゃろ…」

脇差が投げられ儂の頬を掠める。

久しぶりの出血じゃな。

しかしそれで移動の速度が一瞬減速する。

その時に距離が縮む。

「『抜刀:瞬』」

「ぐふっ…」

一瞬にして抜かれ振り上げられた刀が、儂の胴を襲う。

距離がギリギリだったこともあり、軽く傷をつけただけであった。

じゃが危うかった。

体勢を立て直さなければ、追撃が来る。

「『深山幽谷しんざんゆうこく』」

「ぬっ?ぐっ!?」

地面から大量の極太の根を出し、暴れさせる。

「小癪な!『快刀乱麻を断つ』!」

暴れる根を全て切断するが、すぐさま再生し久明は吹き飛ばされる。

「ふぅ…ほんと、見えぬのぉ。年寄りにゃ、優しくして欲しいものじゃ」

「このような…ご老体がおりますまい」

もっと、自然と一体にならなければこやつらは退けぬな。

「『再生』」

大地からエネルギーを受け取り傷を修復する。


「はぁぁぁっ!」

「ふっ!」

氷と炎の剣が混じり合い、打ち合う。

「いいぞいいぞ!」

「うるせぇ!」

なんでこいつこんなに楽しそうなんだ!?

もっと速く重く斬らねぇと、押しきれねぇ!

「もっとぉ!」

「むっ!?」

体重を乗っけて、前のめりになりながら押しきる。

そして、バルドの剣が弾かれ後ろに体勢を崩す。

今だ!

「甘い!」

「っと!」

しかしバルドは体勢を崩しながら、足で蹴り上げ俺の腹に仕込み刃を向ける。

それを横に躱す。

勢いづいてきたところに、避けてしまったので空中に跳んでしまう。

「『ブースト』!」

「『滑走スカルジェイシー』!」

だが追撃の手を緩めるわけにはいかないので、そのまま『ブースト』で接近する。

しかしバルドも地面に氷のフィールドを瞬時に張り、滑るように距離をとる。

「逃がすか!」

「追いつけるか!世垓功次!」

マジかよ、追いつけねぇ!

『ブースト』よりも速くバルドは移動する。

でも、俺にはな!

「『ロケットパンチ』!」

纏っていた右手の『炎拳』を飛ばす。

「『展開ラズバーティーバニー』!」

氷の壁が、バルドの前に出現する。

それは予測済みだ!

「『ロケットパンチ』!」

続けて左手の『炎拳』を飛ばす。

さっきの壁は既に溶解している。

「くっ!?」

『ロケットパンチ』をすれすれで避けられたが、バルドの足元に着弾し爆発したのでそれに巻き込まれ吹き飛ばされた。

何とか受け身をとったようだ。

「なかなかの威力…まさか、2撃来るとは」

「あの状態から避けられるなんてな。相変わらず厄介な奴だ」

「やはり相応の実力をつけた貴様は、我と相性が悪い」

「どうだか。互いに一撃貰えば、そこにあるのは死。それなら、スピードのあるお前の方が強いんじゃないか?」

「ほざけ」

体についた土を、白いコートから払う。

「…制限解除、上位種『凍土』!」

「っっっ!?」

これは…爺さんと初めて戦った時と同じ気配!?

しかも、今上位種って…。

「これからが本番だ。我がプライドにかけて、貴様を消す」


「…こりゃ、マズったのぉ」

まさか、あちら側にも上位種へと移行することが出来る存在がいるとはな。

「バルド殿も本気か。であれば、拙者も合わせねば不作法というもの。刀にかけて、上位種『合金』」

すると、久明は刀を一度鞘に納め、再度抜刀する。

すると抜かれた瞬間、刀から尋常でない気が放たれる。

抜かれた刀の刃は、通常の銀色から離れ黒色に変化する。

「まるで妖刀じゃな」

「こちらを扱うのも、拙者にとってはお初。斬りすぎてしまう際は、平にご容赦いただきたく」


「『永久凍土ヴェーチネ・メルゾラータ』!」

「くっ…さっむ…」

バルドが大きく腕を広げると、一瞬にして辺り一帯を氷で包む。

そして、俺の足に少しづつ氷が纏わろうとしている。

マッズ…このままじゃ、足が凍る。

しかも『炎脚』が無効化される。

「『バースト』!からの『ブースト』!」

地面に立っていると、拘束されてしまうな。

…っ、そうだ。爺さんは!?


「こりゃ、あかん。『千山万水せんざんばんすい』!」

横からの『属性』を感知し、直ぐに周囲の枝・根を伸ばし蜘蛛の巣のような網目状の空中に足場を張る。

その直後、その全てが凍ってしまった。

小僧の方の敵さんが、とんでもないことをし始めたのぉ。

地面が全て凍っておる。

それどころか、草木から獣に至るまでここを象徴する自然という自然が、氷河期のように動きを止めている。

これじゃ、儂の動きを殆ど止められた。

小僧、何とかしておくれ。

「このような完全なる弱者の隙を攻撃することは拙者にとって無粋なことであるが…これはある種の戦争」

「しばらく話をせんか?儂の研究をやめてから数十年。儂も成長した。その内容は話そうではないか」

「時間稼ぎのつもりであろうが、会話には相応しくない場。もっと良い場での提案を願いたい。ここでの最善の行動は、蒼樹殿を斬ることにある」

世の中、そううまくはいかんのぉ。

小僧、お前さんの出力でこの凍土を溶かすには命を削ることになるやもしれんが、戦局を変えるにはそれしかない。

頼んだぞ。


爺さんの『属性』はほぼ封殺されたも同然の状況だな。

なんとかこの状況を変えるには、この凍った大地を溶かすしかない。

「溶けろ!出力最大『フルブースト』!」

推進力で吹き飛びそうになるのを防ぎながら、地面・植物に張り付いた氷を溶かす。

くっそ…全然溶けねぇ!

「もっと!」

息がしづらくなる程に、炎を噴射することに意識を向ける。

よし、少しづつ溶けてきた。

「『氷河レドニック』!」

「ぐっ…んなっ!?」

バルドの方から肺をも凍らす冷気が襲ってくると、少しづつ溶けてきた氷は再度張り直された。

冷気を防いだ時、地面に降りてしまう。

「隙だらけだ!」

「うぐぅ…は、離せ…」


「逃げるだけでは、状況は打破できぬぞ!蒼樹殿!」

「逃げるしかできない状況なのじゃが…」

事前に張り巡らせていた宙に凍る枝と根を走り、久明から逃げる。

徐々に切断され地面に叩き落とされる儂の自然を見て心が痛むが、そうも言っていられない。

「『抜刀:螺旋』」

久明は一度鞘に刀を納め、構える。

そして次の瞬間、抜刀と同時に回転しながら直進する。

儂の足場となっていた自然が、輪切りのように切り落とされる。

あの突進を避ける体力は最早無い。

なら耐えるしかない。

「『森羅万象』」

本来ならこの自然を用いた防御をしたいところだが、それもできない。

だから『属性』自体の力で自然を生成し身を固める。

「なぬっ!?弾かれた!?」

なんとか攻撃を防げたようじゃ。

じゃが、既に息は切れている。

小僧、急げ!

「むっ!?」

なんじゃ、この気は!?

儂の正面、おそらく久明じゃろう。

その時久明は、自身の刀を天に向け振り上げていた。

そして一息。

「奥義:『錐刀すいとうもっ泰山たいざんこぼつ』!」

勢いよく刀が振り下ろされる。

その瞬間、今まで発動して一度も破られたことのない『森羅万象』が真っ二つに斬られる。

そして斬撃の衝撃波が直進する。

凍った大地すら意にも介すこともなく斬撃は、500m届き密林に渓谷を作った。

「…こりゃ、異次元じゃな」

『森羅万象』を破られ、刀折れ矢尽きる、といった状況となる。

「御覚悟」

死を目前にし、小僧の方を見る。

すると小僧も小僧で、あのバルドに首を掴まれ持ち上げられていた。

…こりゃ、お互い終わったな。


「『凍結ザモローズヘンニィ』」

「あっがぁ…」

掴まれた喉から徐々に凍っていくのを感じる。

首から始まり、胴、腕、足の感覚が無くなっていく。

感覚が無くなり意識も失われていく中、頭で理解できることは一つだけ。

…………死ぬ…………

口も鼻も凍り、完全に呼吸が止まる。

そして視界が氷で覆われたとき、俺の全てが閉じられた。


「久明、世垓功次は完全に沈黙した。後はNo.006だけだ」

「小僧…」

首を掴まれたまま、動くことないその氷塊を見て自然と言葉が出る。

まだ未来ある者を、失ってしまった。

やはり儂だけで相手をしておけば良かったと、そう思わずにはいられない。

「御苦労であった。バルド殿、後は任せてもらいたい」

最早儂にも如何こうする体力は残ってない。

『属性』のエネルギーは多少残っておるが、それは既に存在するこの自然を扱う程の事しか出来ない。

「一度は0と手を合わせてみたかったが…充分楽しめましたぞ」

「ほおけ。ならば、さっさと殺っておくれ」

本来であらば、既に朽ちておる身。

ここで失われることは自然の理。

何を恐れることがあろうか。

振り上げられていた刀が完全に儂を捉える。

「…むっ!?これは…」

「どうか致したか?」

「いや、世垓功次から熱を感じる」

「しかし、沈黙したのでは…」

「うむ」

まさか…小僧生きて…。

まだ、諦めるなという事かの。

「喉が光った…?」

「っ、バルド殿!」


……

………

…………死ぬな、俺!

……………『火炎砲かえんほう』!


「くっ…」

バルドは掴んでいた功次を投げ飛ばす。

そして地面に投げ捨てられる。

「バルド殿、防御態勢!」

「うむ。『展開ラズバーティーバニー三重トロイノイ』!」

「刀身変化『鉄壁』!」

バルドは氷壁を3重に固め、久明は刀を氷壁の手前の地面に突き刺すと鉄の壁を作り出す。

その直後、功次の首を覆っていた氷が溶ける。

そして壁の方を向く。

「来るぞ!」

「承知!」

凍って開かない口を無理やりこじ開けるように、口元が赤く光る。

そして口元の氷が溶けると、甲高い音がなる。

その時、功次の口から炎のブレスが発射される。

それは氷壁に向かって直進し着弾。

爆発を起こし、一つ破壊される。

そのまま第二の壁を貫き、威力を落とさないまま第三の壁も蒸発。

「マズいぞ!」

バルドの声と同時に鉄壁に着弾。

鉄の壁は簡単には溶けず、炎を受け止める。

しかし、それも間も無く着弾し続ける場所が融け始める。

「破られる!避けるぞ!」

「承知!」

そして二人は左右に回避した瞬間、鉄壁は完全に融解し炎が貫く。

その炎は止まることを知らず、直進し奥に広がる氷河の自然を溶かす。

「調子に乗るな!世垓功次!」

「ここで形勢逆転など面白くもない!」

左右からバルドと久明が炎を吐く功次に迫る。

「『極氷刃オーチャン・オストリー』!」

「刀身回帰『抜刀:螺旋』!」

凍り動けない功次が、二人の間合いに入る。

「『体内爆破』」

「ガハッッッ…」

「ぐっっっ…」

斬られると思われた直後、功次の胴体が赤く発光し爆発した。

爆発は衝撃波を起こす。

それにより纏っていた氷ごと二人を吹き飛ばした。

そして自然を氷河に変えた氷は、その熱気と衝撃により全て溶かされ吹き飛んだ。

「貴様……何っ!?」

「これが…0の…」

なんとか立ち上がった二人は、功次のその姿に驚愕した。

全身に白炎が巡り、眼は白く変化していた。


「被検体0、『属性』の完全覚醒を確認」

「…ようやくか」

「バルドと久明を退かせますか?」

「いや、そのまま戦闘を続行。奴の戦力を計る」

「了解……っ!?様子が変です!」

「…何?」


「小僧…」

あの姿…一体なんじゃ?

上位種とも違う恐ろしい気配。

味方である筈の儂ですら、命の危機を感じる。

まるで正気がない。

そのように取れる。

じゃが、何か覚えがあるぞ…。

「久明、これは…」

「さて、不味いことになったことだけは明らかであるな」

「質問を返せ!貴様、『属性』の研究的側面も持っているのだろう!?あれはなんだ!?」

「そう急かすでない。…拙者の予測だと…『属性』の暴走」

「『属性』の暴走だと?」

「恐らくであるがな。『属性者』の持つ欠点であるデメリット、理性の欠落。それは徐々に…おっと話している場合ではないな!」

「『絶炎球:25連』」

通常の小僧が使う『炎球』の5倍はあるだろう大きさの球が、小僧の周りに漂う。

「あれは…防ぎきれるのか…?」

「これは…不味きかな…」

……………………………………

「舐めるなよ、世垓功次!」

「『属性』に不可能なし!」

二人は意気込み、目の前に存在する絶望に構える。

「………」

功次が手を前に突き出すと、『絶炎球』が二人に向かって発射される。

「『絶対零度アブソリューティネーヤ・テンペラトゥーラ』『散弾氷塊ドロボベーヤ・レドヤネーヤ・グレイバ』!」

「『快刀乱麻を断つ』!」

バルドは極低温のフィールドを展開し、『絶炎球』を減速させ、フィールドの宙に生成され続ける氷塊で相殺する。

久明はバルドが迎撃しきれなかった『絶炎球』を高速で切断していく。

「久明、援護は任せろ!」

「承知!」

功次に久明が接近し、無数の氷塊を漂わせるバルド。

「『絶炎陣』」

功次は半径1kmにも及ぶ『炎陣』を張る。

範囲内の地面全てが炎で覆われ、其処ら中から炎柱が立ち、自然が焼き尽くされる地獄絵図となっていた。

「なぬっ!?これでは踏み場がないではないか!」

「『絶対零度』ですら、相殺できん…」

「拙者は足場を作る!迎え来る攻撃は頼む!」

「うむ。背中は任せろ!」

久明は宙に金属板を生成しながらそれを足場にして功次に接近する。

そして功次は迫り来る久明を見据え口を大きく開ける。

「『火炎砲』」

「なぬっ!?」

甲高い音と同時に功次の口から、ブレスが久明を襲う。

足場の金属板が『火炎砲』により吹き飛ぶ。

そして久明は宙に投げ出される。

「ここで一太刀!『抜刀:重』!」

宙で体勢を変え、全体重を刀に乗せて功次に落下する。

その久明に首を向け、『火炎砲』を当てようとする。

「させるか!氷塊よ!」

「………」

注意が逸れた隙に、バルドが功次の胴体に複数の氷塊を当てる。

「バルド殿感謝!御覚悟ぉぉぉっ!」

そして怯んだ功次に、久明の刀が振り下ろされる。

「『流星光底』」

「なぬっ!?」

突如久明に向けられた大木の槍が落ちる。

それに反応し、刀で受け流す。

「『体内爆破』」

「うぐっ…」

しかし功次を斬れなかったことで、隙を晒してしまい至近距離で衝撃を受けてしまう。

遠く吹き飛ばされ受け身をとれなかったため、久明は大きくダメージを受ける。

「久明!」

バルドは激痛に悶える久明を起こす。

そしてある人物のもとを見る。

「No.006!貴様ァ!」

「ようやく体力が戻ってきたわい」

蒼樹は腰を叩いて、ゆっくりと立ち上がる。

「たとえ小僧が暴走していようと未来ある者を守るのは儂等の務め。ここで若い芽は摘ませはせんよ」

そして静かに白炎と熱気を立ち昇らせる功次に目を向ける。

……………………………………………

儂はあの状態を知っている。

一度同じように経験をしているからな。

じゃが…小僧のその後は任せるといい。

……………………………………………

「『火炎砲』」

倒れる久明に向けて、功次が口を開く。

「ゴミが!氷塊よ、『極双氷刃』『展開ラズバーティーバニー五重ピチクラートノイ』!」

バルドは久明を後ろに置き、二本の剣をクロスし構える。

それと同時に漂わせていた氷塊全てを功次に向かわせる。

「バルド殿…逃げよ」

「誰に指図している。我が貴様の言葉で退くとでも?」

氷塊が功次に向かっていると、ブレスが発射される。

ブレスは飛んできた氷塊全てを蒸発させて、立ちはだかる氷壁に向かう。

先程と同じように、着弾時の爆発で破壊され勢いを止めることなく蒸発させる。

「くっ…」

全ての氷壁が破壊されると、ブレスはバルドに直進する。

それを二本の剣で受け止める。

熱気が、衝撃がバルドの腕を、顔を、全身を襲う。

徐々に剣は、溶かされていく。

「ふざけるなよ!世垓功次ィィィィィッッッ!!!」

その時、バルドの右手に持たれていた剣が完全に蒸発する。

そしてブレスはバルドの右腕を飲み込んだ。

「ッッッッッ…」

激痛に襲われるが、ブレスが突如止まる。

「………?」

状況に困惑していると、功次が力無く足から崩れ落ちる。

その姿には、先程の威圧感は無くいつも通りの功次だった。

体に纏った白炎も消え、地面に張られていた『炎陣』も解除されていた。

「バ…バルド…殿」

「………無事か?」

「拙者は無事だが…貴殿の腕が…」

「…問題ない。我はこれでも元軍人。腕を失うことなぞ予想の範疇だ」

「…かたじけない」

「立てるか」

「うむ」

左腕だけになったバルドの手を借り、久明は立ち上がる。

「貴様、動けるか」

「僅かに」

「我はこのような状態だ。これ以上『属性』を酷使すれば、命を落としかねない」

「そうであるな。『属性』の使用量が限界値に達すれば、身体の維持が不可能になる」

「だが、今の奴は完全に動いていない。仕留めるには今しかない」

バルドの言葉に、久明は頷き刀に手を掛ける。

しかし、二人の前に立ちはだかったのは…。


「させんよ」

こんなところで、小僧を死なせてはならん。

「貴様…」

「蒼樹殿、ここは手を退いてはくれぬか」

二人は微かなる体力で構える。

「それはこちらの言葉じゃな。お前さん等も既に限界じゃろう?」

「我々はソイツを消すことで任務が達せられる。退けと言われて退くことは叶わない」

「蒼樹殿なら『属戯会』に所属する『属性者』が退かぬことを御存じである筈」

「知っておるよ。じゃがな…人間決して退けぬ時と言うのは、生きていれば一度はある。儂にとって、人生最後の時が今なんじゃよ」

分かってはおった。

こやつ等は退かんことを。

それでも一縷の望みにかけて行動せんことには何も変わらん。

今の間だけでも、多少の体力が戻った。

こやつ等も既に上位種を扱うほどの、体力は残ってはおらん。

であれば、儂一人でもある程度は戦えるじゃろう。

「…どうしても退かんのであるな」

「そうじゃな」

「愚かな選択だ」

「そいつは儂が決めることじゃよ」

小僧に被害が及んではならん。

「『森羅万象』」

小僧のまもりを、大地に任せる。

そして小僧の衣嚢いのうにこれを…。

………90%………

「無理ない程度で援護を頼めるであろうか」

「構わん」

「その代わり、前衛は任せてもらいたい」

「頼んだ」

久明は刀を抜き接近する。

「若いのは元気なもんじゃのぉ」

地面から根を暴れさせる。

………84%………

「くっ…邪魔だっ!」

久明は自身の身体に打撃を加える根を切断していく。

「凍るが良い」

「困るのぉ」

バルドは冷気を漂わせ、自然が凍りつき始める。

「油断するでないぞ『鮮美透涼』」

………74%………

体が重くなってきたのぅ。

無数の葉がバルドに向けられる。

「凍結が間に合わなかったか。なら!」

腕を大きく振り、氷の結晶を作る。

結晶と葉がぶつかり、粉砕され合う。

「御覚悟」

根を全て排除した久明は金属板を足場に上から接近する。

「『流星光底』」

………64%………

息がし辛くなってきた。

「二度も効かぬ!」

大木の槍を受け流し、衝撃なく地面で受け身を取る。

そして直ぐ様距離を詰める。

「『山紫水明』」

………54%………

腕も痺れてきたのぉ。

「それがハッタリであることは…何っ!?」

地面を葉の波が覆う。

「今のお前さんが儂に追い付けるかのぉ」

久明は儂がいた地点を横に斬るが、空振る。

葉の波に乗り距離を開ける。

そして久明の足元の葉を儂とは逆方向に動かすことでより距離を開ける。

「我を忘れるな『氷塊レドヤネーヤ・グレイバ』」

バルドの氷塊が背後から襲う。

「ぐふっ…せ、『千山…万水』」

………39%………

足元が…覚束無く…なってきおった。

「ぐっ…だが、この程度…」

「バルド殿!」

伸びてきた枝がバルドの胴を殴る。

「行け!我に構うな!」

「っ、御意!」

久明は波が止まると、刀を納める。

「御覚悟…『抜刀:螺旋』!」

これは、避けられない。

不味いのぅ。

そのとき背後をみると、そこには何十年と生活をしてきた儂の巨木がそびえ立っていた。

小僧の暴走でかなり燃え尽きてしまっても、こやつだけは儂と共にあるか。

…最後の宴じゃ。

盛大にやろうではないか。


……………

…………

………

……

ん?

俺は…どうなったんだ?

息はできる。

『鮮美透涼』

目も開く。

腕も足も動く。

『流星光底』

心臓の鼓動を感じる。

俺は生きているのか。

『山紫水明』

爺さんは…どうなった?

戦いは…どうなった?

『千山…幽谷』

この…声は…。

…はっ!?

「おい、爺さん!」

なんだこれ!?

何も見えないぞ!?

この空間球体か?

…こいつに覚えがある。

爺さんの技にこんなのがあった。

それにこの声、外で爺さんが戦っているのか!?

「おい!爺さん!俺を出せ!俺も戦わせろ!」

全力で叩くがビクともしない。

すると、どこからか蔓が俺の腕を引っ張る。

そして俺の手に何かが置かれる。

「…な…んだ…これ?」

気づいたら俺の腕に、植物で作られたアクセサリーが。

…これは、爺さんが皆と別れる前に配っていたものだ。

ネックレスのようだ。

とりあえず首に着けてみる。

すると大きな揺れがこの球体を襲う。

「うぉわっ!?な、なんだよ!?」


「最後の宴じゃ!お前さん等に面白いものを見せてやろう!」

「「っっっっっ!?」」

迫る久明の攻撃を避けるでもなく、巨木を背に叫ぶ。

そして二人は、非常に怯えたような眼を出す。

功次よ…自然を、未来を、世界を任せたぞ。

「『天上天下唯我独尊』!!!」

儂は高らかに叫ぶ。

そして身に含む全てのエネルギーを解放する。

「…………………」

全身が枯れ木の様に細くしぼんでいく。

…老いぼれの身じゃ。

そんな変わらんわい。

「No.006…貴様、まさか!?」

「蒼樹殿、辞めたまえ!」

二人は全力で制止をかけているようじゃが、もはや何も聞こえぬ。

こう思うと、長くて短いような人生じゃったな。

あやつらであれば、上手く生きるじゃろう。

儂がおらんでもな。

意識も、身も、全てが薄れていく。

ボロボロと全身が崩れ、巨木の麓にこの身を散らす。

儂の体は永久に、未来永劫にこの美しい星に還元される。

「…さらば」


「何が起きている!?」

「蒼樹殿…なんてことを…」

蒼樹殿の姿が完全に崩壊すると、この大いなる地に激震が走る。

『属性者』は自身のエネルギーはある種の生命エネルギーに関連していることが分かっている。

そして誰よりも長く生きたであろう、蒼樹殿は誰よりもその身に『属性』を秘めていた。

それを自身の肉体をもエネルギーとし、全てこの大地とあの巨木に与えたとあらば、それは想像を絶する規模の『属性』を行うとしていることを意味している。

「バルド殿、退避を!」

「うむ!」

被検体0を取り逃がすのは口惜しきことだが、今の我々に蒼樹殿のあれを破ることは叶わない。

「くっ…揺れが…」

振動がどんどんと大きくなっていく。

最早立ち上がることすらもままならなくなっている。

これでは…巻き込まれる。

「なぬっ!?地面が隆起して…うおわっ!?」

「なんだこれはっ!?」

二人して空中に投げ出される。

地面から40mはあろうかと言う高さだ。

地を見れば、そこには蠢く無数の巨根。

これがあの巨木の根であるか。

そしてあの巨木、益々大きくなっていく。

「久明、どうする!?」

「…どうにもならぬ」

落下する中、0を包む蒼樹殿の球体が巨木に飲まれていくのが見える。

一体どうする気なのか。

「…どこへ…っ!?上だ!」

バルド殿が巨木の上を指す。

そちらの方を見れば、先程まで地に転がっていた球体は巨木の天辺に置かれていた。

「何をする気であるのか…」

するとググググと言う鈍い音を響かせながら巨木が反り返っていく。

「あんなの、木の挙動ではないだろう!?」

「であるが、それが『属性』。蒼樹殿ほどの『属性者』が命すら使ったことを見れば、世界の常識すら覆してもおかしくはない」


…功次よ 世界へと羽ばたけ…

「っ!?爺さん!爺さん!」

全力で叩くがやはりびくともしない。

それでもなんとなく分かる。

この球体を襲う振動は爺さんの仕業で、ただ『属性』を使うだけでないことくらい!

「開けろよ!開いてくれ!」

そう叫ぶ俺の首にかかっていたネックレスは、温かく震えていた。

………さらばだ………

「じぃーさぁーんっっっ!!!」


「そんな馬鹿な!?」

「んなっ!?」

蒼樹殿と一体化したであろう巨木は、その先端が地面に着こうかと言うほどに沿ったと思ったのもつかの間。

勢いよく元に戻るバネのように動き捉えていたSを捉えていた球体を何処かへと投げる。

そしてそんな巨体が瞬間的に動こうものなら、とてつもない衝撃と風圧が辺り一帯を襲う。

「「くっ…」」

それらを防御するが、宙に舞わされている以上抵抗虚しく遥か彼方まで吹き飛ばされる。

「死ぬなよ!久明!」

「バルド殿の方こそ!」

そして互いにどこかへと吹き飛んだ。


『『『「…………………???」』』』

長老の言うとおりに、近くの国まで走っている村の者たちは一同に動きを止める。

『これが…温かくなったが、震えた』

『と言うことは…』

………勝てたが、死んだ………

それを意味していた。

それに気づいた瞬間、皆は涙を流した。

いや、薄々は気づいていたのだろう。

背後から聞こえる猛烈な轟音と叫び声。

本来、都市部では喧騒によりあっさりと流されるであろう音が全て自然の風に乗り流れてくる。

そこからどれほど苛烈な戦いになっているかも、彼らには容易に把握できた。

そして一人、皆と同じように涙を流しながらあることを思うものが。

「コージ、イキル?」

ランサはそれを思った。


…………………………………………………

つい先程まで、功次の火炎によりそのほとんどが焼失したはずの自然は、取り残された巨木を中心として、急速に再生を始めていた。

枯れた大地にすら、力強く新たな命をものの数分で芽生えさせる。

それは自身の長い旅路を終えた蒼樹の命を苗床として、新たな自然を形成していく。

…………………………………………………


場所:アメリカ合衆国

『大統領、新たに謎の飛行物体が接近していると報告が』

『それはどんなのだ?』

『球体に形作られた土と植物の塊です』

『で、それはどこに向かっているんだ?』

『フロリダ州です』

『…ほう』

それは聞いた大統領は、静かに口角を上げる。

『運命とは実に面白いものだな。我々の目的とする存在を撃退しうるモノが、そこに向かうとは』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火属性を手に入れたら世界を敵に回したんだが クロノパーカー @kuronoparkar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ