95、翼の取れたエンジェル



「‥‥‥いやいや、色々おかしい」


「サトシ待っておったぞ」


 魔王城からプリングの宿屋の自室に転移で戻ると、羽根の生えてない金髪ショートカットの幼い女性がベッドに転がっていた。


 ──俺を殺そうとした人がベッドで寝てる!


「あの時、妾はどうしてもサトシに頼むしかなかったのじゃ」


「‥‥‥女神様、ここに居たら不味いでしょ」


「今は女神の使いじゃ」


 そこは相変わらずこだわるんですね。


「‥‥‥で、俺を殺そうとした『女神様』の使いの方が、なぜ俺のベッドで寝てるんですか?」


「やはり怒っておるのか?」


「結構怒ってます」


「‥‥‥怒らんでくれ。この通り謝る」


 ベッドに転がったまま首を傾けるだけでは、誠意は全く伝わりませんけど?


「トシゾウを暗殺しようとしてたのがバレたのに、よく平気でしたね」


「それが‥‥‥創造主が変なのじゃ」


「‥‥‥変とは?」


「天界に帰ってくるなり、妾に謝ってきた」


 ほう。

 ‥‥‥トシゾウ謝ったんだ。

 

「天界って本当にあるんですね!」


「あとな、サトシを脅した事をちゃんと謝って来いと言われた。だから今は自由に動けてるのじゃ」


 ‥‥‥天界の件は完全に無視された。


「女神様、まず謝る気があるならベッドから降りて、ちゃんと謝りましょうか」


「このベッドは、サトシのいい匂いがするから出とうない。後、妾は女神様の使いじゃ」


「‥‥‥もう、許さなくていいですか?」


「それは困る!」


「じゃあ、ちゃんと謝りましょうね」


「‥‥‥はい」


 ベッドから飛び起きた少女は、俺の前に立つと深々と頭を下げた。


「‥‥‥サトシ、後生じゃ、許しておくれ。もうあんな事は二度と言わんし、信じてくれぬかもしれんが、本当に消滅させる気は全くなかったのじゃ‥‥‥。あの時はああでも言わないと、創造主を殺すことが出来ないと思って、焦っておったのじゃ‥‥‥」


 今度はふざけずに、真剣な目で俺の目を見ている金髪少女。


「女神様が俺に言った言葉は、トシゾウが女神様達にやってたことと、同じなんですよ?」


「‥‥‥創造主にも同じ事を言われたわ‥‥‥」


 ‥‥‥トシゾウが?

 やっぱりトシゾウは少し変わったと思う。


「反省してますか?」


「‥‥‥本当に、ごめんなさい‥‥‥」


 女神様の目には涙が溜まっている。

 殺したいくらい憎んでるトシゾウにまで諭されて、複雑な心境なんだろうな‥‥‥。


「よし、許しましょう!」


「‥‥‥サトシは優しい」


 女神様はそう言うと、俺の胸に顔を寄せて泣き出した。

 なんだが可哀想になり頭を撫でてあげたら、小さい声で『ごめんなさい』と何度も呟いていた。


 ──俺は甘いのだろうか?

 

 ‥‥‥いや、きっと普通に生きてる人たちみたいに、創造主のトシゾウや女神様にだって、色々な想いや事情があるんだ。

 どんなに凄い権利や力を持ってたって、どうしようもなくなって悩んだり、その結果誰かを恨んだりしながら生きてるんだろう。

 この人たちだって俺たちと何も変わらない。

 今回は、それが上手く噛み合わなかっただけなんだ。

 ‥‥‥そう思いたい。


 ──いや、きっとそうだ。



 その後、女神様は暫く俺の胸で泣き続けていた。






「チーーーンッ!」


「‥‥‥そういうのが、よくないんです」


 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、女神様は俺のシャツで鼻をかみベッドに腰かけた。

 シャツのお腹の辺りがベトベトでかなり不快‥‥‥。


「さて、私の用は済んだし、そろそろ戻るね」


 座りながら両手の掌を合わせて、何かしようとしている。

 ‥‥‥転移魔法か?!


「ちょっと! それはいくらなんでも自分勝手すぎるでしょ」


「サトシ、手が痛いわ」


 俺は女神様の手を掴んで動きを止めた。


「まだ帰しませんよ! 聞きたい事が山ほどあります」


「一つ言っておくけど、この会話創造主も聞いてるからね‥‥‥」

 

「別に構わんでしょ。何も説明せずに帰ったトシゾウが悪い」


「‥‥‥サトシ、あなた本当に肝が据わってるわね‥‥‥。アイツあんなでも一応創造主だからね」

 

「どうせ数日後に俺は殺されるんです。今更コソコソする必要もないでしょ?」


 創造主トシゾウに命を狙われるという事は‥‥‥まあ、そういう事だ。

 今回は本気で決闘と言っていた。

 トシゾウが本気になれば、『天使ちゃん』を倒したとしても、俺を殺す方法なんて幾らでもあるんだ‥‥‥。


 おそらく、この世界でトシゾウに逆らうと生きてはいけない。

 頭の悪い俺でも、それくらいわかる。


「その事なんだけど、祠で貴方達あんなに仲良さそうだったのに、なんで急にそうなったの? いや‥‥‥まあ、サトシはその前から命を狙われてたわけなんだけど‥‥‥」


「それは俺が聞きたいです。トシゾウなんか言ってませんでしたか?」


「私にはわからないわ。アイツ、天界に戻って来てから『天使ちゃん』達に何か命令を出してるんだけど、私は完全に蚊帳の外なの。アイツ私には謝るだけで‥‥‥」


「女神様、『女神の使い』の演技を辞めたのはいいんですけど、さっきからトシゾウの事『アイツ』って言っちゃってますよ」


「‥‥‥あっ」


 あっ、じゃないよ。


「‥‥‥痩せてカッコよくなった創造主様はサトシとの決闘に向けて、何かしようとしてるのは間違いないわ」


 今更、『様』付けしたり、変なおべんちゃらを言っても遅いでしょ‥‥‥。


「わかりました、トシゾウが怒った理由はもういいです。この世界の事を教えてください」


「‥‥‥この世界?」


 キョトンと首を傾げる女神様。


「この世界は何の為に創られたんですか。勇者とか魔王とか、トシゾウはいったい何がしたかったんですか?」


「私が生まれた時には、世界はもう創造されてたから、創られた理由はわからないわ。でもウメやユウカを、創造主様が勇者として召喚した理由なら知ってるけど‥‥‥」


「それ、聞きたいですね」


「‥‥‥言うと怒られるかも‥‥‥」



 ピカッ! ゴロゴロゴロッ!!



 突然、耳をつんざくようなカミナリの音が響いた。

 ‥‥‥今日は凄くいい天気だったはずだけど。

 

「やっぱり、怒ってるわ‥‥‥」


 窓から外を見ると、さっきまでの穏やかな天気が嘘のように、黒く厚い雲が空を覆っていた。


「え? これ、トシゾウがやってるの?」


「‥‥‥多分ね」


 天変地異まで起こせますか‥‥‥。

 創造主の力は伊達じゃない。

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