92、高級ホテル



 プリングの宿屋。


「ニア様!」


 俺を見るなり飛びついてきたのは、マスク姿の美人勇者だった。


「レイラ、ただいま」


「‥‥‥無事で良かったです」


 祠に籠る生活は3ヶ月ほど続いた。

 その期間、連絡など取れなかったため、かなり心配をかけたんだろうな。


「大丈夫、この通りピンピンしてるから」


「本当に良かったです‥‥‥」


 顔を上げたレイラの顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、とても可愛い。

 色々あったけど、とりあえず無事に帰って来れて良かった。


「ところで、レイラはなんでここに居るの?」


 祠を出ることにした俺たちは、まずアリスさんを送り届けるためプリングの宿屋に転移していた。

 3ヶ月間も留守にしていたのだから、下手すると変な人が住み着いていたりするかもなと、不安を抱えながら宿屋の扉を開けると、マスク姿の美人2人がカウンターに立っていた。

 客の姿も見えるので、店主不在なのに営業中のようだ。


「女神様の啓示で、アリスさんが祠に召喚されたって聞いたんで、魔王さんと宿屋に居ました」


 ‥‥‥なんと。


「2人共ありがとう。別にお客さん入れなくて良かったのに‥‥‥」


 気を使って俺の後ろにいたアリスさん。


「アリスにはいつも世話になってるからな。かなり儲けたぞ」


 カウンターに立つ、もう1人のマスク姿の絶世の美女がニヤリと笑った。

 背が高く、レイラにはない妖艶さが漂っている。

 

「‥‥‥鉄仮面してないんですね」


「宿屋の受付がそんな格好してたら、客が来ないだろ」


 やはり魔王であった。

 鉄仮面の受付は確かに異様だが、魔王が宿屋の受付というのもいかがなものかと‥‥‥。


「ニア様、魔王さん目当てのお客さんかなり多いんです。常に部屋は満室でしたし、なんなら1ヶ月先まで予約でいっぱいです」


「レイラ目当ての客も大量だっただろ‥‥‥」


 宿屋が繁盛していて何よりです。


「‥‥‥ちょっとあんたら、一泊で2,000ゴールドって‥‥‥」


 カウンターで帳簿を見て口を開けるアリスさん。

 日本円に換算すると‥‥‥一泊20万円?!

 元々の値段は一泊20ゴールドなんですが‥‥‥。

 

「 いくら値段を上げても客が来るんだ。取れる時に取っておいた方がいいだろ?」

 

 ニヤリと笑う魔王。

 どんな高級ホテルですか?

 

「‥‥‥申し訳ないけど、明日から通常価格に戻すね」


 苦笑いのアリスさん。


「アリスは真面目だな。アホどもから、絞り取れるだけ絞り取ればいいんだ」


「あんたら目当ての客が、私しか居ない宿にそんな大金払うわけないでしょ‥‥‥」


「アリスも良い線いってるんだから大丈夫。自信を持て」


「‥‥‥あんたらと一緒にしないでよ」


 ──本当に仲良くなったなこの人たち‥‥‥。


 苦笑いのアリスさんと偉そうな魔王の談笑に、俺は思わず笑みを浮かべた。



「ニア様、これからどうするんですか?」


 俺に頭を撫でられて、嬉しそうにしがみついていたレイラが顔を上げた。


「あ、そうだ、2人には話しとかないといけない事とか色々あるんだ」


 創造主トシゾウの事や、そのトシゾウと10日後に決闘する事などもろもろ。


「その前に一つ質問がある」


 アリスさんとの談笑をやめ、こちらに近づいてきた魔王。


「なんでしょう?」


「俺には、それをしてくれないのか?」


 それと指差した先には、俺に抱かれて頭を撫でられているレイラ。


「‥‥‥えっと、必要ですか?」


「俺もこの期間頑張ったし、寂しかったぞ」


 顔が赤い。

 ‥‥‥こいつ、可愛い。


 ──魔王のくせに、生意気な!


「よし、来い!」


 両手を広げて待ち受ける。


「行くぞ!」


 可愛くぴょんと飛びついてきたはずの魔王のタックルは凄まじく、俺は宿屋の入口まで吹き飛ばされていた。


「頭も撫でてくれ」


「はい」


 床に転がりながら、俺の上に乗る魔王の頭を撫でると、嬉しそうに頬擦りしてくる。

 なんか違う感はあるが、喜んでくれてるようなので良しとしよう。


「当分離さないからな」


「‥‥‥どうぞ」


 転がりながら魔王の頭を撫でる俺を見て、アリスさんとレイラは笑っていた。

 なんとなく皆笑顔。

 ‥‥‥ただ一人、部屋の隅に立ち、輪に入っていない魔族が目に入った。


 ──イレイザ。


 そういえば、イレイザの事も話さなきゃな。

 嬉しそうに俺にしがみつく魔王は上司。

 レイラは確か、過去に俺を誘惑したイレイザの命を狙っていたはず‥‥‥。


 ──皆、仲良く出来るのか?



 問題は山積みだな。

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