第71話 サムライ、黒刀を手に入れてしまう

 昨日の夜は激しい雨だったが、今朝は晴れている様子だ。濡れた石畳が、陽の光で眩しいほどに輝いている。


 朝、館の騎士に呼び出され、俺は領主の館へと出向いていた。リベルト伯とデルツィオに迎えられ、館の地下へと案内される。


 鍛冶職人の作業場である。熱気が満ち、窯から出された赤々とした剣が金床の上で火を噴いていた。


「これが、新たなる刀……」


 俺は目の前に置かれた一振りの刀を手に取った。


 光沢のある漆黒の鞘に赤い下げ緒が巻かれている。


「美しい」

「抜いて見せてくれよ」


 リベルト伯が言う。


 鯉口をしっかりと握り、刃を上にしてゆっくりと引き抜く。


 黒々とした刀身に驚かされる。その刃の表面は薄く氷が張っているように艶やかで、光の加減により青白い斑の紋様が浮き上がる。


 更には、なにやら刀身から冷気のようなものを感じる。刀が持つ冴えや冷たさとはまた別の、本当にひんやりとした空気を纏っているようだった。


「……」

「出来はどうだい?」

「お見事……」

「シエンナの鍛冶職人が苦心して作った渾身の一振りだ。そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」


 デルツィオがやや自慢げに言った。


「特にそなたが注文していた剣身ブレイド部分のというものを再現するのに苦労していたよ。カタナと呼ばれる武器は、あまりここらじゃ馴染みがないからね」

「うむ。それにしても、このような黒き刃は見たことがない。それにこの斑紋様の刃文はもんも初めて目にする」


 なんとも不思議な刀である。


 刀のことを一から十まで知っているわけではない。だが少なくとも、俺が知り見慣れている藩の御用刀鍛冶、忠吉ただよし一門いちもんのものと比べ、刀身の身幅みはばも峰のかさねも厚めである。それでいて、思ったほどの重みはなかった。


 それに、この鞘と刀身は──。


「これは玉鋼たまはがねではないな。もしや……」

「ああ。イスドレイクの素材だ」


 問いかけに、リベルト伯が答えた。


「鞘は鱗、カタナに使っているのは骨だよ」

「骨……」


 骨の刀……。聞いたことがないな。


容易たやすく折れたりせぬのであろうか?」

「当たり前だ」


 デルツィオが嘆息しながら笑った。


「龍の骨とは恐ろしく硬いのだ。その分加工も難しいが、最良の武具の素材となる」

「ほう……」

「古代龍の骨ともなればなおさらだ。その辺のなまくらな剣や槍よりも、よほど頑丈だと思うぞ」

「なるほど」


 やり取りを聞きながら、リベルト伯がやや自慢げに言う。


「それに、それはイスドレイクの武器だからね。氷属性も付与されている」

「氷、属性とは?」

「相手を斬れば、氷結させる力があるってことだ。ひんやりとしているだろ?」

「ほう!? 刀身が発している冷気がそれか……」


 驚く俺を見てリベルト伯がにやりと笑った。


「気に入ってくれたかな?」

「もちろんにござる!」

「これを作った職人も、あとで労ってやってくれ」

「承知」


 ゆっくりと刀身を鞘へと戻す。光の加減で、刃に銘が刻まれているのが見えた。こちらにも、銘を刻む習慣があるらしい。


「なんと刻んであるのでござろう」

「凍てつく黒刃ギアフェルム」

「ギアフェルム……」

「正式名──龍骨刀・纏氷てんひょう鏖刃おうじんギアフェルム、だ!」


 ……長い。


「ハカマに括れるように、紐もおまけしてるぞ。深紅の紐だ、かっこいいだろ?」

「うむ。まことにありがたい」


 二人に向き直る。二人の奥では、こちらに背を向けて黙々と作業をする職人がいた。

 ここに来てから、目も合わさずにひたすら金槌を振るっている。シエンナの御用刀鍛冶であろう。


 両手で刀を掲げ、三人の目線まで上げると、深く一礼する。


拙者せっしゃには勿体ないほどの立派な一振りでござる。大切に使わせていただき申す」

「…………」


 職人の親父は背越しにちらと見ると、軽く目だけを動かして頷いた。


 フフ……。こちらにも堅物な職人気質かたぎの親父がいたね。


 少し嬉しくなった。


 この町へ来て、ひと月以上が経った。人々の見てくれやら風習やらは、俺の知る世界──肥前の国や日本ともだいぶ違う。けれども、前の世界で見知った人柄の者をこちらでも見かけたりする。


 同じように、この世界でも人々は泣き笑いしながら日々を生きている。世界が違えど、人の本質的なものは変わらんのかもしれぬ……。


 ドタドタドタドタ……!!


「!?」


 上に戻ろうとしていると、騒がしい足音が降って来た。一人の騎士が、階段を転げるように降りて来る。


 俺たちは何事かと顔を見合わせた。


「デルツィオ様、大変です!」

「どうしたのだ?」

「泥ゴーレムが出現しました!」

「泥ゴーレムが?」


 俺たちの前に、騎士が素早く跪く。


「詳しく報告せよ」


 デルツィオが短く言った。


「西の門より出て、北西に広がる農地近くに泥ゴーレムが発生! 農作業に出ていた村人数名が襲われて負傷したとの報告が入っております!」

「魔物の数は?」

「定かではありませんが、村人によると五~六体ほどいたとのこと……」

「わかった。十名ほどの旅団を組んで、すぐに討伐へ向かう。ほかの騎士たちにも至急、その旨を伝えよ!」

「ハッ!!」


 短く返事をすると、騎士は嵐のように去っていった。


「今日は忙しくなりそうだな」


 リベルト伯がため息を漏らす。


「ええ、そうですね」


 表情を引き締めて、デルツィオは頷いた。


「魔物が出たのだな? 先ほど言っていた泥ゴーレムとはどういう魔物なのだ?」

「泥で出来たゴーレムだ」


 リベルト伯が返す。


「ゴーレムってのは、地の魔人とか土の人形とも呼ばれる魔物だよ。人の形をした、泥や岩で出来た魔物さ」

「ほう……土塊が人の形を成した魔物か」

「ああ。発生する場所によって、身体が泥で出来ていたり、岩で出来ていたりする。最も厄介なのは鉱石ゴーレムって言って、金属を含む硬いゴーレムだな」


 リベルト伯が困ったように息を吐くと、デルツィオを見やった。


「北西の農地ってことは、いつもの場所かな?」

「恐らくは」

「よく現れるのか?」


 俺が訊くと、デルツィオは肩をすくめた。


「ちょうど丘の下、水はけが良くない窪地があってな。雨が多くなるこの時期に、時折発生するのだ。ま、年中行事みたいなものさ」

「うむ。昨日の夜も雨だったからな」

「心配しなくても、五~六体であればさほどの脅威ではない。泥ゴーレム自体が、ゴーレムの中でも低級の魔物だからね」


 確かに。騎士は慌てていたが、リベルト伯とデルツィオの落ち着きぶりから察するにそんな様子である。


「どうだろう、デルツィオよ。この機会に、例の若騎士ルーキーくんたちも連れて行ってみては?」

「そうですね……。泥ゴーレムであれば、初陣には持って来いかもしれません」

「ブルッツ三兄弟のことか?」

「ああ」


 デルツィオは頷くと、俺の顔に目を止めて一瞬黙った。そして、にやりと笑う。


「どうだい? 英雄神クロード殿もご一緒に」

「望むところよ。拙者も、この新しい刀の試し斬りがしたいと思うておったところだ」

「ならば共に」

「うむ」

「クロードがお供してくれるのであれば百人力だな。よろしく頼んだよ!」


 リベルト伯が笑いながら俺とデルツィオの肩に手を置いた。

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