第45話 聖女、女子修道院を追放される
外が暗くなる中、ギルド前で俺は人を待っていた。予想通り、ルージュとリリィと共にメルテル殿も戻って来た。顔色が優れないが、理由は分かっている。
「お帰り」
「あ、うん。ただいま」
「ソーガ様……」
二人とも浮かない様子だ。
「どうした?」
「実は──」
「いや、ここでは何だから中で話そう」
そう言って三人をエントランスホールに入れる。
「……」
暗がりの中に、気配を感じる。ここの所、メルテル殿の周辺に見え隠れしている影──恐らくバルバリタの手の者か……。
エントランスのテーブルで話を聞いた。
メルテル殿を修道院へ送り届けるつもりだったらしいのだが、修道院へ着くと、建物の前でローザ殿や修道女たちが待ち構えていたそうだ。
そこでローザ殿より、メルテル殿は修道院からの破門を言い渡された。
理由はメルテル殿に対する町の噂だけではない。
治癒所を訪れた酔っ払いが、何を血迷ったのか修道女に遊女まがいの行いをさせようとしたとか……。
レッキオたちに取り押さえられて、男は騎士に連行されたそうだが……。
メルテル殿が修道院にいると、また同じことが繰り返されるかもしれない。修道院の長ローザとしては、これ以上修道女を危険には晒せぬということだった。
修道院にも治癒所にも、もう顔を出さないで欲しいときっぱりと言われたそうだ。
「大変だったな」
「いえ……。わたしとしても、マザー・ローザやお姉様たちに迷惑はかけたくありません」
「ならば、ここへ来るとよい」
そう言うと、メルテル殿が目を瞬かせてこっちを見上げた。
リリィとルージュが同時に頷く。
「うん、それがいいよ。そうしなよ」
「ええ、私もそれがよいと思います」
「けれど、ここにいたら皆さんにも迷惑が……」
リリィが大げさに手を振る。
「迷惑なんて誰も思わないって! ねぇ?」
「ええ。歓迎いたしますよ」
「メルテル殿。お主は拙者がこっちへ来た日、修道院へ泊れるように取り計らってくれた。今度は拙者が恩を返す番だ」
そう言うと、メルテル殿は苦し気に唇を引き締めて俯いた。
アルマー殿は帰っていたから、レッキオに訳を話す。レッキオはすんなり了承してくれた。空いている部屋を自由に使っていいそうだ。
俺は自室の隣にメルテル殿を案内した。
「ここを使うとよい。ベッドのシーツもきれいだと思う」
「ありがとうございます」
「うむ。ここの所、色々とあって疲れただろう? ここならば、皆がいるから安全だ。今日はゆっくりと休むとよい」
「クロード様……」
メルテル殿が口を惑わせる。部屋を出て行こうとしていたルージュとリリィも何事かと立ち止る。
「どうした?」
「……あの手紙は、届きませんでした。彼女に、奪われていて……」
「そうであったか」
やはり、あの女は一筋縄ではいかぬようだな……。
下を向いたまま、メルテル殿の肩が震えだす。
「クロード様……。本当は、これはあなたとは、何にも関係のないことなのに……」
「?」
「本当は、誰も巻き込んじゃいけないのに……! けれど、わたし、どうしたらいいのか……!」
メルテル殿が俺をまっすぐ見る。紫色の瞳が涙で揺れていた。ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
「お、お願い、します。も、もう一度だけ、助けてください……!!」
声を絞り出すようにそう言った。
メルテル殿……!!
「頼まれずとも、はじめから拙者はそのつもりにござる」
メルテル殿が立ち尽くしたまま泣いている。
一瞬、デルツィオの言葉を思い出した。
肩を抱いて、優しい言葉をかける。俺は……できなかった。
見かねたのか、ルージュがメルテル殿の肩を抱いてベッドに座らせる。
「二人とも、よいか?」
「え? うん」
「何でしょう?」
ここはギルド内。そして部屋の中。ここでなら、誰も聞いていないだろう……。
「メルテル殿……。そなたも分かっていると思うが、この二人は信じられる者たちだ。力にもなってくれるだろう。あのことを、もう話してもいいと思うのだが」
何のことかと戸惑う二人に、メルテル殿はバルバリタとの因縁──ある男から婚約破棄を突き付けられ、バルバリタの脅しによって家族を人質に取られた身でシエンナへ逃れてきた事実を話した。
「そんな辛いことがあったんですね」
「なに、その男っ! それにあのバルバリタってやつ、メッチャ嫌なやつじゃんか!」
黙って聞いていた二人は、話が終わるとそう言った。
「メルテル殿、安心するといい。お主の味方はたくさんいるぞ。ヴァンフリードとデルツィオもこのことは知っていて、そなたの味方となり動いてくれている。そしてな、ローザ殿や修道女たちもお主の味方なのだ」
「え?」
そう言うとメルテル殿が顔を上げた。
「今日お主が破門されたのは、内密にローザ殿から相談があったからなのだ。修道院の周辺に、近頃、不審な人影が目撃されている。恐らく、そなたの命を狙うバルバリタの手の者だろう」
「それじゃあ、もしかして」
リリィの問いかけに頷いて続ける。
「うむ。このままではメルテル殿も守れないし、修道女たちにも危険が及ぶ。だから、ローザ殿も身を切る思いで、メルテル殿を遠ざけたのだ。別に嫌っているわけではない」
「それでは、破門されたメルテルさんをギルドで匿うことまで考えて……?」
「うむ」
「そっか。ここなら安全だもんね。あたしたちもいるわけだし」
「マザー・ローザ……」
メルテル殿は安堵したように小さく言った。
「花祭りでのバルバリタの狙いは、恐らくメルテル殿を孤立させること。そして、孤立させたメルテル殿を闇討ちすることが本当の目的だろう」
「そんな……!」
「けれど、そう考えるのが妥当でしょうね」
「しばらくは外へ出る際は用心が必要だな。できるだけ誰かと一緒のほうがいいだろう」
「はい」
メルテル殿が小さく頷いた。
俺たちは、明日からメルテル殿が外出するときは誰か付き添おうと取り決めた。
「クロード様。わたし、本当に何をどうお礼をすればよいのか……」
話の終わりに、メルテル殿にそう言われる。
「そんなものはいらんよ」
「けれど、それでは……」
「あ、そうだ。それなら」
そう言って皮剥けだらけの手を見せた。メルテル殿が小さく声を漏らす。
「ちと稽古に熱が入りすぎたのだ。また手当をお願いできないか?」
「はい、喜んで」
涙を拭いてメルテル殿が笑う。
二人は部屋から出て行き、俺は一人でメルテル殿に【聖術】の治療を受けていた。
「メルテル殿……」
「はい」
【癒しの手】を当てられながら、俺は言った。
「拙者こそ、申し訳なく思っている」
「何がでしょう?」
「少し前に古代龍を倒した後、ケントらから難癖をつけられたことがあったであろう? あの時、メルテル殿は拙者を庇ってくれた。ケントたちの揶揄から守ってくれた。けれど、拙者はバルバリタの大芝居を止められなかった。そなたを守れなかった……」
「いいのです。お気になさらないでください」
メルテル殿がそう言って笑う。その笑顔を見てあらためて決意する。
「死から世界を救うのは、ひとまずお預けだ」
「えっ?」
「今はメルテル殿を守ることだけ考える。決して何人にも、そなたを殺させなどしない」
「……はい」
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