第25話 【ケント視点】中央広場にて~闘神と並び立つ男

 古代龍なんて見たことねぇぞ!? 通常のドラゴンでもSランクの限られた連中しか討伐できないはずだ。なのに……、どうなってやがる!?


「そうだ、ケント! お前の【鑑定眼】で調べてみてくれ! 偽物かもしれねぇだろ!」


 ユージーンがそう訴えて来る。


 馬鹿がっ! あんま騒ぐんじゃねぇ!!


 案の定、周囲の奴らが俺を見た。


 仕方ない……。


「……【鑑定眼】」


 くっ、本物……!


「ど、どうなんだよ?」

「本物だ」

「……っ! いいや、モノが本物でも、それでこの男が倒した証拠にはならない! 何かの間違いじゃないのか!?」

「そうだよ。盗んだか拾ったんじゃないの?」

「きっとそうだ。盗んだんだ!」


 ロキアンナとレイラも頷いた。蔵人がその言葉に険しい顔をする。


「盗んでなどいない。妙な言いがかりはよしてもらおう」

「はっ! 嘘に決まっているぜ。みんな、聴いてくれ!!」


 ユージーンが周囲に向かってオーバーに手を上げた。そして蔵人に指を突き付ける。


「俺たちはこの前、この男の能力審査に立ち会った! コイツは魔力もゼロ! スキルもゼロ! おまけにステータス強化もゼロで身体能力は全くない。転生者かどうかも怪しい無能なんだっ! そんな男がたった一人で古代龍なんて倒せると思うかっ!?」


 人々がざわつきはじめる。だが、それを止めたのはメルテルだった。


「止めてくださいっ!」


 叫ぶと唇を噛みしめるようにユージーンを睨んだ。


「クロード様を侮辱しないでください! クロード様は無能なんかじゃありません! 古代龍を倒したのも本当です」

「そーだよっ! あたしたち、みーんな見てたんだからねっ!」

「そうです。私たち全員が嘘をついているとでも?」


 リリィとルージュもそう言った。


「その可能性だってあるよなっ!」

「うん。アタシたちに負けんのが悔しくてね!」


 ロキアンナとレイラがやり返す。


「それは違いますよ」


 修道女が穏やかに、しかし毅然とそう返した。。


「こちらのクロード様が古代龍を倒したのは本当です。光の三神に誓って嘘ではありません」


 静かにそう言った。


「わたくしは見ておりました。この龍は南に広がる山の高い峰、その山影から現れたように見えたのです」

「ええ、そして野に降り立つと、ここシエンナに向かおうとしたのです」


 もう一人の修道女の言葉に、人々はおののいた。


「な、なんだって!?」

「それじゃあ、町が襲われてたかもしれないのか……」

「ええ、もしもこのお方が食い止めてくれなかったら、この町は今頃どうなっていたことか……」

「嘘だーっ!!」


 ユージーンが地団駄を踏む。


「たった一人でドラゴンなんて討伐できるはずがないっ!」

「いいや、彼女たちの言っていることは本当だよ」


 よく通る声が広場に響いた。俺たちは皆、声がした方を振り向いた。


「リベルト様」

「それと騎士長のヴァンフリード様も」


 民衆が頭を下げる。二人は馬をゆっくり進ませて、俺たちを一瞥すると蔵人の前まで進んだ。


「東の監視塔より、急ぎ報告を受けた。山の頂から何かが飛び立つところを目撃したと。見間違えかもしれないが、ドラゴンのようだったとね」


 そう言うと、龍の頭部に目を落とす。


「恐らくそれが、ソーガ・クロード殿が討伐した纏氷龍イスドレイクだろう。この龍は渡り鳥のように天空を渡り、この季節に魔大陸へと帰る。なぜそれがこの地に降り立ったのか理由は分からないが、春が訪れても続いていた寒冷の原因には納得がいった」

「あっ! 春なのに寒いと思ってたら……」

「そうか。古代龍が山頂にいたからなのか」


 納得したように人々が頷き合う。


「高地にいるはずの魔物が人里に降りて来ている報告もあったが、それにも理由がつくだろう」


 そう言うと、リベルトは老いぼれ騎士ヴァンフリードと共に馬から降りた。蔵人に歩み寄る。


「礼を言わせてくれ、クロードよ。我が町を守ってくれてありがとう」

「さすが我が友だ、ソーガ!」

「よしてくれ、それに──」

「しかし、それではまいったな!」


 蔵人が言い終える前に、レッキオが急に頭を抱える。


「前代未聞だぞ。クロードは今Fランクで、今日クエストに行ったばかり。それもまだ仮登録の段階だ」

「けど、普通に考えたらSランクに昇格だろうね」


 アルマーが口を挟む。


 コイツがSランク? 俺より上だと?


「初クエストで仮登録中にSランク……、聞いたことがないぞ」

「だが、その実力は十分に値するだろう?」


 首を捻るレッキオに、ヴァンフリードは言った。老いぼれは、そのままリベルトに向かって問う。


「しかし、爵位はどうなりましょうなぁ?」

「今回の討伐が認められれば……って、それを認めるのはこの私だから認めるつもりだが──すぐに公爵だろうな。いや、と言うより」

「?」


 リベルトに見られて、蔵人が首を傾げる。


「果たして公爵で終わらせてよいものかね。個人的にはそれよりも上が相応しいと思うが」

「ははは、よいかもしれませんな。公爵ではなく、王族よりも上位に列すればよい」

「おいおい、それは流石に反逆罪だ、馬鹿者……」


 老いぼれの言葉に、笑いながらリベルトは蔵人に向き直った。


「だが、それは王への謁見後、正式な登録をしてからになる……。クロードよ、申し訳ないが陞爵しょうしゃくは少し待ってくれないか?」

「そんなことは構いませぬ。それより──」

「ソーガッ!」

「むっ!?」


 ヴァンフリードが急に蔵人に抱き着いた。


「友として嬉しいぞ! ぜひ騎士団の連中にも武勇を聞かせてくれ」

「う、うむ……」

「なんだ、素っ気ないな」

「何と言うか、手応えが、なかった」

「な、なんと!?」


 その言葉に人々も慄いた。


 手応えがなかった、だと……! ふざけやがって!


 だが、リベルトは「愉快な男だな!」と笑う。


「クロードよ。君は自分がどれほどのことを成し遂げたのか分かっていないようだな。この世界に来て間もないから無理もないが……。実はな、過去にもたった一人だけ、古代龍を個の力で討伐したものがいるんだよ」


 それを聞いて、人々は皆、納得したように頷き合う。


「誰だか分かるかな?」

「いや」


 蔵人が首を横に振ると、リベルトは「神様さ」と答えた。


闘神とうしんヴァインボルグ──英雄神とも呼ばれる神が唯一、古代龍をたった一人で屠ったそうだ。神話の話だけどね。しかし、エルーテ・ロンドでヴァインボルグ以外に古代龍を一人で倒した男など聞いたことがない。それ程の偉勲なのだ……。君の今日の行いはこれから先、伝説や神話に語り継がれるだろう」


 ヴァンフリードがそれを聞いて何か思いついたような顔をした。


「ならば、リベルト様。新しく爵位に【英雄神】と言うものを設けるのはどうでしょう?」

「ハハハ、英雄神か……。だから反逆に当たると──」

「すっ、すまん! ちょっとよいか、お二方!」


 蔵人が少し声を大きくして会話を遮った。


「どうした、先ほどから不満げだが?」

「褒美でも欲しくなったか、ソーガ?」

「違う、そうではない! リベルト伯もヴァンフリードも、そして町の方々もだが。少し勘違いをされている」

「ほう、と言うと?」

「恥ずかしながら、拙者は遅れを取ったのだ。先に戦っていたのは女子おなごたちだ。ずっとイスドレイクが町に行かぬように食い止めていた。拙者一人で戦ったわけではない」

「なんと、そうだったのか。それは失礼した」

「そして、その証拠に……」


 蔵人が五人を見やる。リリィとルージュ、メルテルや修道女たちも、キョトンとした顔で蔵人を見た。


「皆、顔や手が赤くなっておるぞ。特にルージュとリリィはひどいな」

「え? あ、ホントだ」

「これって……」


 二人が自分の手を見て驚いている。メルテルたちも互いの顔を見やった。確かに腫れたように赤みが差している。


ではないのか? 恐らくイスドレイクにやられたのだろう」

「あっ、ブレス攻撃の……!」

「私たちは前の方にいましたからね」

「早く手当てせねば凍傷になる。それに身体も殴打している様子……。リベルト伯、ランクやら爵位の話はいつでもよい。もう行かせてはくれんか?」


 そう言われて、リベルトもヴァンフリードもハッとしていた。


「何と言うことだ! 乙女たちの一大事に気づかなかったとは!」

「すまん! 行ってくれ!」


 蔵人が五人に向き直る。


「みな、治癒所へ急ごう」

「「な、なんてお優しい方……!」」

「クロード様……」

「クロちゃん、ありがとう」

「ありがとうございます。ソーガ様」


 蔵人の態度を見て、周囲の奴らは口々に賛辞を送り蔵人を褒め称えた。

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