第24話 【ケント視点】中央広場にて~凱旋

 巨大な荷車にクリムゾンベアを乗せて、俺たちは町に戻った。老いぼれ騎士は領主に報告に行くと抜けたが、騎士二名にも手伝わせ全員でギルドまで運ぶ。


「お~い、危ないぞぉ、ソコ通してくれ。すまないな、道開けてくれー」


 ユージーンが道行く人に声をかける。驚く人々を掻き分けて、俺たちクリムゾンベア討伐組は堂々、中央広場へと凱旋した。


 広場には露店が並び、町の連中が思い思いに買い物をしていたのだが、巨大な荷車のそのまた上に乗る巨大な魔物を見ると、誰もが立ち止まり俺たちに注目する。


「これでケントは一気にSランク行くんじゃない?」

「おっ? いよいよSランク冒険者の仲間入りですか?」


 ロキアンナとレイラの言葉に思わず笑いが零れる。だが、俺は首を横に振った。


「だったらいいけど、それはないかな。AランクからSランクの間には大きな壁があるからね。でも、今回で三人は間違いなくAランク冒険者だな」


 金策のために来た辺境の地だったが、良かったぜ。クリムゾンベアの素材も高く売れるだろうしな。


「すげー! これお兄ちゃんたちが狩ったの?」

「ああ、そうだが」

「すげーっ!! かっけー!」


 小さな子たちが寄って来て、興味津々で見上げる。


「ほーら、あんまり近づくなよ、噛みつかれるぜ?」

「ええっ!?」

「ユージーン、あんまりからかうなよ」

「ハハハ! ちょっと俺、アルマーを呼んでくる」

「ああ、ついでだ。レッキオも呼んできてくれ」


 やけに静かだな。と思ったら、周囲の人々は驚きの眼差しで俺たちやクリムゾンベアを見ていた。


「す、すごい……」

「あの人たちが討伐したのかな?」

「きっとそうだよ。冒険者ギルドの方たちだもん」

「見てみろよ。みんな装備がボロボロだ。激闘だったみたいだな」

「そりゃそうよ。あんなに大きな魔物なんだから。それをたったの四人で……、すごすぎるわ」


 口々にそんなことを言っている。


 まいったな、注目の的だ……。ま、まんざらでもないが。


 受付のアルマーとギルドマスターのレッキオが来るまで、俺たちはそんな声を浴びねばならなかった。



「な、何だいこりゃ!?」

「うおぉっ!? コイツはクリムゾンベアではないかっ!?」


 姿を見せた二人が、またまた驚きの声を上げる。


 やれやれ……。


「ほ、本当にケントたちが倒したのかい!?」


 アルマーが俺たちや騎士を見て、バチバチと目を瞬かせた。


「あ、ああ……」

「まあ、な」


 歯切れの悪い騎士たちをレイラが押しのける。


「アタシら以外に誰が倒せるっての? それよりさ、これでアタシらもAランクだよね?」

「そりゃ、そうだよ。クリムゾンベアはAランクパーティーに討伐依頼を出すのが普通だからね」


 それを聞いてみんな思い思いにガッツポーズをした。


「よくやったな、ケント隊! 手強かっただろう?」とレッキオも俺の手を握る。

「ま、どうにかなったよ」

「さすがだ! これでお前も──んっ?」


 言葉を止め、レッキオがどこかを見やった。俺もその方に首を巡らせる。


 あの男だ。槍賀そうが蔵人くろうどとリリィとルージュが姿を見せた。なぜか修道女も一緒だった。そしてその中に、俺はメルテルを見つける。


 あ? なんでこの男、メルテルと一緒にいるんだよ?


 アルマーが三人にも声をかける。


「ソーガさんたちも今戻りかい? お疲れだったね!」

「うむ」

「ただいま」

「ん? なんだか三人とも疲れた顔してるね? 何かあったのかい?」

「いえ、ちょっと……」


 三人はどこか浮かない顔をして顔を見合わせていた。


 さほど薬草を集められなかったか、あるいは俺たちのクリムゾンベアに驚かされているのかもな。


「ルージュにリリィ、どこに行っていたんだ~? こっちは大変だったんだぜ、これをここまで運ぶのに。【アイテムボックス】さえあれば、ここまで苦労せずにすんだんけどな。お陰でこ~の騒ぎだ」


 ユージーンが嬉しそうに肩をすくめてみせた。


「ねぇねぇ! アンタらもクエスト帰りだよねぇ? 成果を見せてみなよ? 何しに行ってたんだっけ?」

「どーだったんだよ? 【アイテムボックス】があるから、さぞたくさん集めて来れたんでしょ!? ホラ! 早く見せて見せて!」


 ロキアンナがクリムゾンベアをぺしぺし叩きながら笑う。レイラも煽り口調で続けた。


 この流れは……いいねぇ。


 俺は笑いで顔が歪むのを必死に堪えた。同時に俺の中に強烈な嗜虐心が芽生えていた。


「いいっすよ~、別に……」


 俺はそう言うと、三人の前に出た。


「薬草採集に行ったんでしたよね? お疲れ様でした。ま、ポーションはね。大事なアイテムですから。大切な仕事っすよ」


 そう言うと、ルージュとリリィが互いの顔をちらちらと見合っていた。


 おいおい、頼むぜ? 引き下がんなよ?


「出しなって、オラ! どんだけ摘んで来たか見せろっってんだろ?」

「そうだよ。恥ずかしがる必要ないじゃん? こっちのクリムゾンベアと比べるものでもないんだしさ」


 いいぞ、もっとやれ! もっとやれ! もっとやれ!!


 今、俺たちには多くの人々の目が集中している。

 露店の店主、買い物客、建物の窓からも、多くの人が見ている。これは絶好の舞台だ。


 蔵人、テメェをメルテルの前で完膚なきまでに貶めてやるからな……!


「ハァー……。分かったよ」

「えぇ、そんなに見たいのならお見せします」


 二人がため息を漏らす。ルージュが【アイテムボックス】を出した。中から出てきたのは、二つのかごに入った薬草。かご半分くらいの量だ。


「おや? 私が出してる依頼を受けてくれたんだねぇ」


 人混みの中から太ったおばさんが現れた。


「む? お主はもしや薬屋のベラ殿か?」と蔵人が問う。

「ああそうさ! そこの角で薬屋をやってるベラだよ!」

「お主の依頼を請け負わせてもらった。こっちに入っているのが毒消し草でござる」

「ふんふん……」


 ベラがかごを覗き込む。


「いいじゃないか! これくらいあればしばらくは大丈夫だ。依頼はあのまま貼っておくから、また頼むよ。春になって蜂も多くなったし、これからは毒のある魔物も増えるからね」

「承知した」


 俺は笑いを堪えきれずに、鼻から息を漏らした。いかんいかん。


「良かったっすね。初めてのクエストにしては上出来っすよ? でも、その二人はこっちのパーティーメンバーなんで、今度から勝手に持ち出さないでくださいね?」

「……」

「なんすか?」

「あ、そうだ! それからぁ……」


 リリィがわざとらしい声を上げる。


「?」

「クエストの途中で魔物を討伐して、その素材も持ち帰ってるんだよね~」

「なに?」

「ええ。こちらにいるソーガ・クロード様が一人で倒した魔物です」


 ルージュもそう言った。


 一人で、だと? コイツのステータスで倒せる魔物と言ったら限られているが……? それで挽回しようとでも? ふっ、ふひひっ……! ヤ、ヤバイ! もう笑い堪えんの無理だ……!


 だが、その前に爆笑したのはユージーンたちだった。


「ハハハ! なんだ、スライムでも倒してきたか?」

「ギャハハッ! そうなの? スライム? スライムなの!?」

「いっ、いいじゃん。見せなよ」

「分かった。じゃあ見せるから、ちょっと離れてくんない?」


 リリィにそう言われて、俺たちは怪訝な顔をした。


「皆様も、危ないですから少しお離れになってくださいませ」


 ルージュも人々にそう告げる。メルテルや修道女までも人々に注意していた。


「ねえねえ、なにがはじまるの~?」

「ごめんね。ちょっとだけ離れてようね?」


 不思議がる子どもにメルテルが言っている。


「ここで出さんでもよいのでは?」


 当の本人である蔵人は渋い顔をしていた。


「いいんだよ! 見せて欲しいって言ってんだから!」

「そうですよっ! そんなに見たいのなら、存分に見せてあげたらいいんですっ!」

「う、うむ……。二人とも、ちと怖いぞ?」

「じゃあ出すからね? 本当にみんな近づかないでね?」

「行きまーす」


 なに勿体ぶってんだよ? まあいい。自分たちから目立ちに行きやがった。盛大に! 恥を! ……か、け????


「んなっ!?!?」


 折りたたまれた巨大な翼が出て来て、俺は仰け反った。人々も同じだ。


「で、で、でかっ!? なんだよ、これ!? 翼……!?」

「まだ出て来るぞ! 次はでっかい腕だ!」

「すごく凶悪な鉤爪だよ。どんな魔物だったんだろう?」

「いやいや、ちょっと待て、みんな! この蝙蝠のような飛膜ひまくに巨大な腕。まさかこれって……」

「最後出すよーっ!」

「行きまーす!」


 リリィとルージュが最後に出したのは、黄金の血を滴らせる巨大な龍の頭部だった。それを見て、広場の人々が一斉にどよめいた。


「こっ、これは……っ!!」

「ド、ドラゴンじゃないかっ!?!?」

「ええーっ!?」

「なんだってーっ!!」

「ほ、本物だっ! 本物のドラゴンだ!」

「顔だけでクリムゾンベアよりもデカいぞっ!?」


 そんな野次馬を押しのけて、レッキオが蔵人たちの前に飛び出す。


「な、な、なっ、何の冗談だ……!? 嘘だろ、クロードッ!!!!」


 蔵人に掴みかかった。


「お前がこれを狩ったと言うのは本当なのかっ!?」

「う、うむ。それがどうした?」

「ど、ど、どうしたって、お前……。このドラゴン……、古代龍だぞっ!!!! この漆黒の龍は間違いなく、纏氷龍イスドレイクじゃないかっ!!!!」


 その言葉に、広場に集まった人々がまた大きく驚嘆の声を上げた。

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