第27話 『弾幕館の殺人』の評価はいかに?

「あたしはいつもの流れをお邪魔したくないんで、雪花パイセンが言いたいことを全部終わってからでいいッス」

「そう。ありがとう。本当に、紅理子ちゃんは可愛いわね」


 口調からはまったく感じられないが、可愛いと思っているのだろう。


「では、鐘太。聞いて」


 いよいよ、雪花の評価を聴けるのだ。居住まいを正し、向き合う。


「まずは、わたしのために書いてくれてありがとう。大好きな弾幕をネタにした作品を、恐らくはすごく勉強して書いてくれているのが伝わってきて、すごく嬉しかった」


 淡々と語られるのだが、「すごく嬉しかった」とまで言われると書いた甲斐もあったというものだ。


「内容も、今までとは一線を画していたわ。前は、書いた作品のキャラクターを置き換えたからどうしても物語に無理が出ていた。でも、今回は最初からキャラクターを動かせている。だから、物語もちゃんとこのキャラクターたちのものになっていたわ」


 そういう風に意図して書いていたから、伝わったことが素直に嬉しいな。


「弾幕を暗号に使ったミステリ、という趣向もいい。特に、弾幕にメッセージをこめるというのはすごくすごくすごくすごくすごくすごくいいアイデアでこういうやり方には共感するわ」


 なんだろう? 俺が弾幕をネタに使ったことを喜んで評価してくれているのだろうが、すごくが多すぎて返って嘘くさい。


 いや、雪花は嘘をつかないから、本当にそれぐらいすごく共感してくれたのだろうが。一体、なぜだ?


「『弾幕館の殺人』という定番の形式のタイトルもいいわ」


 どこかのトチ狂った建築家が建てたとされる弾幕館。

 嵐によって外界と遮断されたその館で、次々起こる連続殺人事件。

 ゲーマーの主人公がミステリマニアの友人と共に、館の謎を追い、真犯人を突き止めて殺人を食い止める、というような内容だ。


 謎解きには、館に場違いに設置された筐体に入った弾幕シューティングゲームが鍵となる。弾幕には館のギミックが示されていて、その謎を解くと隠された通路や、部屋が発見されていく趣向。


 犯人は、館の秘密を知る者だ。


 誰も知らない設備を使って人知れず殺人を繰り返している。弾幕の謎を解いて同じ知識を得ないと犯人は止められない。


 ゲーマーの主人公は弾幕シューティングをクリアして動画に撮影し、ミステリマニアの友人と検証しながら館の謎に迫っていく。


 そういうストーリーだ。


 荒唐無稽だし、ギミックのために無理矢理な館ものにしている自覚はある。隠し部屋や隠し通路を多用していて、ノックスの十戒にも反している。


「弾幕の色、形状が部屋の何かしらの設備に紐づいていたり、弾の発射タイミングがモールス信号になっていたり、暗号のための暗号ではあるけれど、トチ狂った建築家をちゃんとこういう館を創りそうに描いてるから、作品内ではギリギリありそうに思えたのはよかったわ」


 どうやら、辻褄は上手くあわせられていたようで安心する。


「正直、全体的に仕掛けの強引さは感じずにはいられないし、館には抜け道隠し部屋のオンパレードでノックスの十戒破りも甚だしいわね。それでも、エンターテインメントとしてのミステリであればこういうのでいいんじゃないかしら」

 何やら、さっきからずっと好意的に受け止められている。

 そこからも、いいところばかりが雪花の口から出続けていた。

 今までのダメだしとは逆の流れで、段々と薄気味悪くもなってきたところで。

「端的に言えば、面白かったわ」

 そして。


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……」


 無表情に抑揚もなく平坦に、そう口にした。俺も紅理子ちゃんも、絶句してその声を聞いていた。


 ひとしきり、いい切ったところで。


「わたしは、感情表現が欠落していて笑顔にはなれない。だけど、こういうときは笑ってもいいんじゃないかとは思えた」


 そうして。


「だから、笑いをオノマトペで表現してみたわ。これが、わたしの鐘太の作品への敬意よ」


 どう受けとめていいのか、解らなかった。


 雪花を笑顔にするのが、目的だった。

 今、雪花は笑顔にはならなかったが、笑いたいとは思い、言葉で表現してくれた。


「おめでとう……目的を達成したのに、反応が薄いわね?」


 俺の反応がないことを怪訝に思っているのだろう。


 俺の目的は達成されたと素直に喜べばいいのか?

 そうしたら、次の目的は?


 そう考えると、自然と答えが出た。


「いや、ダメだな。俺は妥協しない」

「どういういこと?」

「雪花が笑いたいと思える作品を書き続けていれば、いつか本当に笑えるかもしれないだろう? だから、俺は妥協せず、これからも雪花を笑顔にするために小説を書くよ」


 これが、答えだ。言葉で笑いたいと何度言われても、本当に笑顔にするまで俺は止まれない。


「そう。わかったわ。ふつつかものだけれど、これからもよろしくね」

「ああ、よろしく頼む」


 俺は決意を新たにして……


「鐘太パイセンも雪花パイセンも、あたしの存在、完全に忘れてるッスよね」


 少々ムスッとした紅理子ちゃんの声で、我に返ったのだった。


 雪花は、


「心外ね。わたしは、忘れてなかったわよ。可愛い紅理子ちゃん」


 などと、淡々と宣っている。彼女が言うなら、そうなのだろう。


「だから、紅理子ちゃんの感想を聞かせて欲しいのだけれど。もちろん、先輩だからと遠慮する必要はないわよ?」

「ああ、なるほど。そういうことッスか……雪花パイセンがあたしの存在を忘れていたってのは失言ッスね。すみません」

「わかってもらえれば、いいのよ。気にしないで」


 なんだか妙に解りあっているが、俺にはさっぱりだった。


 ともあれ、次は紅理子ちゃんの感想だ。

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