20「身バレ」

   💭   🔁   ❤×?230




【セミプロダンサー】舞姫「こ、これでまだ開示していないのは馬肉さんだけよ」


【女子Vヲタ】馬肉「嫌……」泣きながら首を振る。


【セミプロダンサー】舞姫「子供みたいな事言ってないで――」


【女子Vヲタ】馬肉「絶対に、嫌ぁ!!」ほとんど、絶叫だ。


【バカッター】馬子「よっと」馬肉さんの背後に回り、彼女のスマホをひょいっと奪う。スマホを覗き込み、「ん? 何このアニメ絵?」


【女子Vヲタ】馬肉「――――あっ!?」


【バカッター】馬子「バーチャル……YouTober? あ、お前もしかして、武威が良く言ってるVToberってやつ?」


 ……あぁ、やっぱり馬肉さんの正体はVTober――大正マロンだったのか。

 まぁ、彼女が書いている絵を遠目に見た事があるけど、画風がまんま、マロンのお絵描き配信で見たものと一緒だったからなぁ。

 それに、【Vヲタ】武威くんが『マロンタソハァハァ』とか言っている時に、『サブカル女子組』がよく馬肉さんを茶化していたから。


【大物VTober】馬肉「うわぁぁぁあああぁあぁああぁぁああッ!!」鬼のような形相で、馬子に襲い掛かる。「言うなぁぁああああッ!! 返せぇぇええええッ!!」


【バカッター】馬子「Foo⤴⤴ ハイ、チーズ」逃げ回りながら、馬肉さんのスマホで馬肉さんの顔写真を撮る。


 誰も、馬子を捕まえようとしない。どころか、この光景を撮影し出している。

 馬肉さんは、今は涙で顔がぐちゃぐちゃだけど、普段はそれなりに可愛らしい顔立ちをしている――強いて言うなら少し鼻が低いだろうか。

 とは言えよっぽどの完璧美少女でもなければ、Vの者にとって顔バレは死活問題だ。馬肉さんの取り乱しようも理解できる。

 だと言うのに――


【バカッター】馬子「『これが私の素顔だょ』――なんつって」



 ブーブーッ



    (アニメソング)♪



 2つの着信音。

 上江さんと四谷さんのスマホからだ。


 表情を失くした馬肉さんが、2人に駆け寄る。上江さんが掲げるスマホを覗き込んで、


【大物VTober】馬肉「あ、あ、あぁぁ……顔が、私の顔が、マロンのアカウントに!!」ポケットからペンタブ用のペンを取り出し、「うわぁぁあぁああぁあああああッ!! 返せ! コイツ、私のスマホを、マロンを返せぇぇえええぇぇええええッ!!」ペンを振り回しながら、馬子へ襲い掛かる。


【バカッター】馬子「ぎゃはは、VToverこっわ」


 馬肉さんが本気の殺意が籠った目で馬子の目を狙うけど、身長差があるので届かない。

 誰も止めずに、2人の格闘を撮影している。――いや、


【Vヲタ】武威「マロンタソを守護まもるのでござるッ!!」馬子に掴みかかる。


 そのタイミングで、馬子の鼻の穴に馬子のペン先が入った。


【バカッター】馬子「いてぇッ!!」


【大物VTober】馬肉「うわぁぁあああッ!! 死ね死ね死ねぇぇぇええええッ!!」全身全霊、と言った様子で、ペンを押し上げる。


【バカッター】馬子「ぁぇ?」ぐりん、と白目を剥いて、その場に倒れる。


【大物VTober】馬肉「はぁッ、はぁッ、はぁッ……はや、早く消さなきゃ」床に転がったスマホを拾い上げ、言葉とは裏腹に、物凄い勢いでスマホをスワイプし始める。Twittoo民のさがで、付いた返信リプライを読んでしまうのだろうか。「お仕舞いだ……もうお仕舞いだぁぁああああああッ!!」


 僕も、VTover大正マロンのアカウントを確認する。

 馬子に素顔を暴露されたツイートが、凄まじい勢いでいいねファボ拡散リツイートされつつある。返信リプライもどんどん付いていっている。


『マ?』

『これマジ?』

『なになにどうした』

『草』

『w』

『ぶっさwwwwwマロンちゃんのファンやめます』

『(ぴえんマーク)』

『メンバー抜けるわ』

『草』

『魚拓撮りました』

『マロンおわた』

『あーあ』

『意外と可愛いじゃん』

『これマジなの?』

『wwwwwwwwwwww』

『ないわ』

『全然アリなんだけど』

『これなら抱ける』

『つ 魚拓(同ツイートのスクリーンショット)』

『何で急に!?』

『イジメか?』

『草w』

『草に草を生やすな』

『祭りが始まる』

『乗るしかないこのビッグウェーブに』

『ドブス』

『不細工すぎ笑えない』

『幻滅』

『可愛いと思うけど』

『気にするな』

『このツイートをすぐに消せば大丈夫』

『応援してるぞ』

『辞めないで』

『魚拓撮ったから消しても無駄だぞ』

『ブース』

『終わったな』

『この制服、見覚えない?』

『死体晒しのやつだ』

『あれか』

『牛丼屋のバカッターも同じじゃなかったっけ』

『やっぱり。この制服は東京都文京区の猫目高校』

『顔バレの上に身バレって、もう活動無理なんじゃね』


 再び、馬肉さん――大正マロンの中の人を見てみれば、彼女はブルブルと震えながら、スマホを覗き込んでいる


【大物VTober】馬肉「お仕舞いだ……お仕舞いだぁ……もういいや、それならいっそ、私の方から終わらせて――」何やらスマホを操作している。


 僕は自分のスマホに目を戻し、画面を更新する。画面が暗転してから、


『このアカウントは存在しません』


 の、文字。

 まさか馬肉さん、大正マロンのアカウントを削除した!?


 見れば、馬肉さんがスマホを床に置き、ふらふらと教室を出て行く。


 ――キンコンカンコーン……


 凍り付いていた教室が、チャイムの音で融解する。クラスの面々が、馬肉さんと馬子の格闘でしっちゃかめっちゃかになっていた机と椅子を戻していく。


【担任】古井戸「何の騒ぎかね、これは」教室に入って来て、倒れている馬子の元へ駆け寄る。「喧嘩かね、チミたち?」しゃがみ込み、馬子の鼻からペンを引き抜く。


 ――


 という音とともに、赤黒く太い何かが鼻から出て来る。

 馬子の体が、ビクンと痙攣した。


【担任】古井戸「ヒッ!?」ペンを取り落とす。「な、な、何なんだチミたちは毎日毎日毎日毎日ッ! 最後の1年だというのに、大人しく過ごす事が出来なんのかね!?」気が動転しているのか、馬子を放置したまま激高し出す。


 対する生徒たちは冷ややかだ。

 先生にとっては定年間際の最後の1年かもしれないが、こちらとしては人生に1度しかない高校2年生なわけで。どころか、明日をも知れぬ身の上なわけだけど。


【担任】古井戸「明日から修学旅行だがね、2泊3日に短縮されたから、今から配るしおりを各自ちゃんと確認しておくように!」プリントを配り出す。「ホームルーム終わり」プリントを配り終わった先生は、「何だいコレは、汚い」ティッシュで馬子の鼻から出ている赤黒いナニカを包んで、ズルリ、と引き出す。赤黒いナニカが際限なくずるずると出て来そうだったので、先生はぶつぶつ言いながらそれを鼻の中に戻し、鼻にティッシュを突っ込んでから、馬子を負ぶって教室から出て行く。


 静寂が、教室を包み込む。

 馬子は、無事だろうか?

 いや、それよりも――


【神絵師】上江「そ、そうだ!! 美穂、美穂は何処!?」


 そう、馬肉さんの事だ。

 彼女は自身のアカウントを削除してしまった。出目さんと同じように。

 もしかしたら、彼女はもう――


【神絵師】上江「美穂!」教室から飛び出す。



 ジリリリリリン♪



    (アニメソング)♪



 その時、四谷さんのスマホと、床に置きっぱなしになっていた馬肉さんのスマホが鳴った。

 僕はすかさずTwittooを開く。アカウント検索画面で……あった! つい先ほどまで存在しなかったはずの、馬肉さんの実名アカウントが!

 そしておなじみの『ルール説明』リツイートと、そして――


「……1分間の、動画」


 再生する。


『美穂、あぁ、美穂!』上江さんの声がする。


 カメラは学校の廊下を走っている。つまりは、今回のカメラは上江さんの目?

 カメラは階段を駆け上り、屋上に出る。

 屋上の端、フェンスの外側に、1人の女生徒が立っている!


『美穂ッ!!』


 上江さんが叫ぶと、女生徒――馬肉さんが振り向いた。

 いや、動画の中の彼女は、イラスト――大正浪漫系美少女VTober大正マロンの姿をしている。


 僕は慌てて窓を開く。


『落ち着いてッ!!』「落ち着いてッ!!」


 スマホと頭上の両方から、同じ声が聞こえる。


『「こっちに戻って来て! 今なら間に合うから!!」』


 動画の中では、顔バレした彼女に向けられた誹謗中傷のコメントが、画面を覆いつくすような勢いで横切る。

 コメントが引いた時には、彼女の姿はもう無い。






 ――反射的に、顔を上げた。

 目と鼻の先に、上下逆さまになった馬肉さんの顔があった。






「あ――――……」


 何も、出来ない。

 今さら手を伸ばしたところで、受け止め切れようはずもない。

 僕はただ茫然と、顔に風を感じながら、馬肉さんが落下していくのを見送る。


 ――ドチャッ!!


 と、音がした。


「いやぁぁぁああああぁぁぁぁあぁぁああぁあああッ!!」


 頭上から、声がする。


「美穂、美穂ぉぉぉぉおおぉぉおおおぉおおおおおッ!!」


 左目が、猛烈に痛い。

 頭蓋をぐちゃぐちゃにさせた馬肉さんのすぐそばに、薄っすらと黒いもやが見える。

 多分、彼女が、そこに、いる。

 その姿は、果たして生身かバーチャルか……。

 気にはなったけれど、僕には眼帯を外す勇気が無かった。


 いいねの亡者どもが、スマホを片手に窓へ群がって来る……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る