第二十部「深淵の海」第1話 (修正版)
それは一つの未来の形
いくつもある
誰かが選択するかもしれない
未来の形
☆
まだ入学して数ヶ月。
小学校とはいえ、最初の人間関係はその後の学生生活に大きな影響を及ぼす。それは中学、強いては高校までの関係になりかねない。
そして実家は代々地元の政治家を輩出してきた家柄だった。国政へ進出した人間も多く、地元のあらゆる業界に影響を及ぼしていた。
小学校も歴史は長い。現在の校舎そのものは昭和五〇年代に建て替えられた物だが、学校の設立自体は大正まで遡る。元々は中等部が前身となる形で戦後に小学部、中学部と高等部が続けて設立された。
血の繋がりは濃くとも、家族の関係は希薄。それは
その兄と違い、
一度だけ、
「喋らなければいいだけです。
母は厳粛な政治家の妻を演じることに忙しかった。
その母親代わりに
正直、
──……私はご主人様のためにここにいる…………
この想いだけが
支え続けた。
週に一度顔を見せにアパートに来ると、お金を置いていく。そんないつも帰ってこない母を待ちながら、狭いアパートで、ずっと一人で生きてきた。
父親が誰かは知らない。すでに物心がつく前にはいなかった。いつの間にか今の現状を寂しいと思う感情も失われていた。
そのまま成長したことが自分にどんな影響を及ぼすのかなど、まだそんなことを考えられるほど大人ではない。
──……総ては……
そんな
「────来月の三日、お父さんが死ぬよ」
近所で〝気持ちの悪い子〟と噂が立っているのも知っている。しかし家柄のせいか、表立って非難してくる大人はいなかった。
そして、
その度に、周囲の大人以上に気持ちが悪かったのは
それが〝予言〟なのか〝呪い〟なのか、もちろん
さらに思うのは、
しかし、その時は突然やってくる。
「明日、あなたのお母さんが死ぬよ」
夕食時、
──……………………え?
すでに病床に伏せって引退していた母親にはしばらく会っていなかった。
食後のお膳を台所まで運ぶ。
すでに何年も住み込みで働いている屋敷。
雰囲気に変化があっただけで直感的に気が付く。
その夜は、何か、騒がしかった。
誰かに聞いてみたかった。しかしなぜだろうか。何かを確かめるのが怖かった。
「────……あの……………………」
班長は横目で
何か、
──私程度の使用人には関係の無いことなのだろう…………
しかし、胸騒ぎは収まらない。
そして、
すでに二二時は回っていた。
今朝早くに亡くなったとのことだった。
母はもう何年も入院したままだった。
突然、母親だと言われ、目の前に置かれた
──……母は……
娘である自分に対する冷たい仕打ち。
まるで夢と現実の区別もつかないかのようなそんな心持ちのまま、
〝 明日、あなたのお母さんが死ぬよ 〟
──………………死神………………
廊下を歩くが、足に力を感じているわけではない。無意識の内に動いていた。
やがて、廊下を
僅かに聞こえる、誰かの声。
そして無意識に、光と共に漏れてくる声に意識を傾ける。
「どうして、みんな私をさけるの?」
──……
『みんなには
──……誰…………?
「なんで? 私は分かるよ」
『みんなに見えないものが
「怖いの?」
『普通の人たちはね。私は分かるよ。あなたと同じだから』
──……子供? …………女の子…………こんな時間に………………
「それなら、私のトモダチは〝かえで〟だけだね」
──…………〝かえで〟? そんな子供はこの御屋敷には………………
そこにいるのは、
☆
そこは〝蛇の会〟の拠点となった。
そしてこの日は全員が集まっていた。新しいメンバーが増えたこともあり、現状とこれからのことについての席だった。初めての全員揃っての会合でもある。
もうすぐ夏が終わろうとする昼過ぎ。照りつける日差しも少し前から感じなくなっていた。
正直、
〝蛇の会〟発足人である
それと並行して進められたのは電気の問題だった。元々電気の無い生活をしていた
やがて冷蔵庫と大量の食料が運ばれ、晴れて
この日も
最初の
まるで何事も無かったかのような静けさだった。しかし裏を返せば、その静けさが不気味でもある。少なくとも蛇の会としてはそう見ていた。
「ここも暮らせるようにはなったけど…………」
そう言って本殿の座布団に腰を下ろしながら続けるのは
「元々暮らしてた
すると、
「失礼ね。よく来てたくせに」
「あら、
そしてその二人に絡むのは近くに座った
「二人の
その
全員が自由に座布団に座り込む中、
やがて
「────つまり、
すぐに
「それは間違いないようです。以前調べている時にはどうにも噛み合わない部分があったんですが、
すると
「私も日本神話に詳しいわけではありませんけどヒルコなんて初めて聞きました。内閣府の中でも聞いたことはないですね」
その言葉を
「元々ヒルコなんて
さらに
「それを言ったら内閣府の存在意義だって分からない。元々内閣府を作らなくたって
誰もが抱いていた疑問。今まで全員揃った状態でこういう話をする機会が無かったことに、素直にみんなが驚いてもいた。
少し間を開けて声を漏らしたのは
「…………
そして、全員が一斉に
やがて、
「…………
その
だからと言って、蛇の会は決して
そして、大きくなった組織にはリーダーも必要だと感じていた。
同時にそれは全員が感じていたことでもある。今のままというわけにはいかないことを感じるほどに組織は大きくなった。しかもそれはみんなで選んだこと。
誰もが、その選択の上での
「────
「…………
そう繋いだのは
その〝
「……あの方は…………何を求めているのでしょう…………」
その言葉を
「それを理解することに関しては、我々にも非はあります…………正直、私たちは
恐怖や不安があるからこそ、誰もが自分を強く見せようとする。〝怯え〟が多ければその裏返しは強くなる。
「……いつも思い返すのは後悔ばかり…………私たちだってそう…………でもね……過去が見えたって未来が見えたって、分からないことって多いものよ」
「分からないことって0.1%だと思ってた…………」
そう言った
「…………でも、もしかしたら逆なのかもね…………」
すぐに返したのは
「……弱気な……言葉じゃないよね…………」
「安心してよ。前向きな後悔だから」
微かに微笑みながらのその
「前向きだから、この場所と
「ここの結界は本物…………この先、
「あの人たちにトラップ仕掛けるなら私が一番だろうね」
しかし
何者によるものなのか分からないまま、しかしその結界は事実。
完全に誰かによって守られていた。
それについて
「ここの結界って、やっぱり
すぐに返したのは
「……どうだろうなあ…………あれからは
その
「────……囲っていたのか…………」
そう言った
「
顔を正面に戻し、声のトーンを落としてさらに
「……
それに返したのは
「その情報でしたら私が調べます…………情報屋が数名…………まだ切れてはいません」
「それが内閣府ですものね…………そっちはお願いします」
その会話に挟まったのは
「後は…………娘さんよね」
全員が
その
「今更だけど、私は何かを濁すのは好きじゃない…………娘さんは……
その
しかし、その
僅かに腰を浮かせ、反射的に言葉を漏らす。
「……そんな…………それじゃまるで…………」
そして、それにすぐに返したのは
「分かるよ
「────何が違うんですか⁉︎ みんなそうやって誰かを祭り上げて────」
「私も分かりません」
そう言って声を上げた
「…………娘は〝神〟ではありません…………」
そして
「……強力な〝力〟が宿ってる…………」
「────
「私の〝能力〟が言ってる…………
そんな
誰もが
誰もが
だからこそ、誰もが口を継ぐんだ。
「……
そう
「…………
「────だったら……!」
「────私は────娘さんを自分と同じ運命に
その言葉を
「
ネックレスのチェーンを外すと、そこに下がった〝火の玉〟を左手に絡める。
☆
一度、世界は後退した。
世界規模の戦争が終結してからおよそ二年。
かつてはインターネットの世界に精通していたユイですら、すでに今年が何年なのかについては自信が無いほどだった。
「今年って何年だっけ?」
唯一の知り合いである
「もう忘れたよ。四〇年代でいいんじゃない?」
あくまで大体でしかなかったが、二〇四〇年代であることは誰もが認識していたことだろう。ただ、そんなことを意識する余裕も無いほどに、その日を生きることに多くの人々が必死だった。
日本国内でも多くの場所が戦場となった。
ユイの住んでいた小さな町でも被害が大きく、今では人の住めるような建物もほとんど残ってはいない。多くの所がそうだと思われるが、そういう地では治安も良くない。ユイが少し離れた海沿いの街に移り住んだのもそれが理由だった。
そのくらいに、まだこの国は国としての機能を果たしてはいない。
しかし一般の国民が知らないだけで、国を統治する組織が存在することは確かだろうとユイは考えていた。大体ではあったがほぼ週に一度の食料と水の支給があるからだ。それを自衛隊が運んでくる。自衛隊が動いているということは、それを管理する組織が存在する。しかしインターネットも無くなり、情報が遮断された世の中ではその実態を知る
それでも未だにインフラは動かないままだ。水道、電気、ガス、ガソリンスタンドすら動かなければ、見ることのある車は自衛隊の車両のみ。
もちろん世界の状態など知りようがない。戦争が始まる以前は〝世界政府〟という言葉も聞かれ始めていたが、今では覚えている人も少ないだろう。
あるのは〝不安〟ではない。
世の中に蔓延するのは〝あきらめ〟だけ。
まだ、誰にも未来のことなど見えてはいない。
少なくとも食料の支給日に行列に並ぶ人々には、例え未来は見えてもせいぜい明日まで。
それはユイにとっても同じだった。
誰も管理することのなくなった古い映画館の屋上に暮らし、最近はほとんど外出することもない。移ってきたばかりの頃は生活に使えそうな物を求めて毎日のように外出していたが、近頃は物もある程度揃ってきた。体を動かすためにたまに建物の外に出るくらい。それでも戦争前の趣味だったアウトドアの知識がこんな形で生かされるとは思っていなかった。テントも他のアウトドアグッズも、そのほとんどが戦前から使っていた物だ。
そこで暮らそうと思ったのは〝海が見えたから〟。
そして周囲に人が暮らせそうな建物が無いこと。サバイバルの毎日の中で近所付き合いをしようとは思っていない。
元々人と関わるのは得意ではない。幼い頃からそうだった。誰もが自分を避ける理由が〝霊感〟と呼ばれるものであることは、ある程度の年齢になってから知った。
それでも
戦時中にユイがこの街に移り住む前、以前暮らしていた街でユイが戦闘に巻き込まれたところを救ったのが
戦時中は一階にある映画館のオフィスのような一室で身を潜めていた。夜に屋上で焚き火は出来ない。空を飛ぶドローンに見付かりたくないからだ。小さなスチール製の
その朝日の美しさは、何物にも変えがたい。
それは希望の持てない毎日の中で、せめてもの、ユイにとっての癒しだった。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二十部「深淵の海」第2話へつづく 〜
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