第十六部「丑の刻の森」第1話 (修正版)
念の
念の
念の
☆
室町の時代。
そこは歴史のある神社だったが、土着信仰を
時代の為か決して全国からという訳ではないが、遠くからでも多くの人々が訪れた。
修行場所は本殿の裏山にある洞窟。
深い森の中にある、深い洞窟。
山も、その洞窟も、神聖な場所とされた。
神社そのものを
神社の本殿の板間はいつも修行の人々の宿となっていた。
その夜は五人ほど。
連日の早朝から深夜までの修行に、全員が僅かな食事の後ですぐに寝床に着いた。
静かな夜だった。
昼間からの
宙に浮く風に、どんな僅かな音も遠くへ届くだろう。
小さな音だった。
土────。
濡れた土を
その音が届いた先には、
寝室で、
初めは音であることすら気が付かないまま、その気配に神経を側立てる。
やがて上半身を起こすが、浴衣と布団が擦れる音ですら隠せるくらいの小さな気配が、一瞬だけ緩む。
しかし、それは気のせいではないようだ。
その音は参道の辺り。
本殿を抜けると眠りについている修行の人々を起こしかねない。
そう思い、裏口から建物を周り、本殿の正面である参道へ。参道と言っても人の足が作り出した轍のようなものがあるだけ。そして、決してこの神社は誰かが参拝に訪れるような場所ではない。
そこに。
黒い影。
黒い
黒い煙。
そのどれとも形容し難い〝
そしてそれは、まるで大きな蛇の如く宙に
しかし恐怖心は無い。
筒のようになったそれは、遥か上から
〝洞窟の奥〟
〝水晶の原石がある〟
〝火の玉と水の玉〟
〝地の中にある〟
〝探せ〟
〝負の念を清めろ〟
〝
そして、
何十
やがて見付けた物は小さな水晶の原石が二つ。
現れた物は、僅かに黒味がかった水晶と、見たことも無いような透明な水晶。
やがて見付けた湖に、漁師の物であろうか、小さな木舟を見付けて湖の中心を目指した。
そこに二つの水晶を沈める。
何かが起こる訳ではない。
〝
ただ取り
それは神社の奥深くで、長く、眠り続ける。
☆
そしてそこは、
〝
そしてこの神社の裏山には、古くから
更にこの神社にいるのは女だけ。
現在の当主は
この日は
五五才になると、この神社で遥か昔から続いてきた〝
夜。
夕食後。
一人だけ
「…………母上…………今夜にございます…………」
今夜の食事の席では、それまで、誰もが口を開かなかった。
やっと部屋の空気に溶け込んだ
そこに柔らかく漂うような
「……左様でございますか…………しかと、お願い致しますよ…………」
その、総てを受け入れたかのような
そして深夜、日付が変わる。
神社の中はどこも静まり返っていた。
外に僅かに風の音。
森の木々の葉が
月明かりが障子紙を擦り抜け、寝室で仰向けに目を閉じる
その枕元に、
横には竹で作られた
何かを考えているわけではない。
むしろ、何も考えたくはなかった。
自分で何かを考える必要などなかった。
〝
やがて
そのまましばらく。
水滴が落ちなくなるまで。
──…………これで…………最後です…………母上………………
そして、その半紙を素早く、
直後、布団の上に覆い被さるようにして
直後、激しく布団の中が
持ち上げられそうになる自分の体を、
やがて、布団から鼓動が消える。
何も聞こえない。
自らで体重を支えることの出来ない体は想像以上に重い。やがて
地面の
いつの間にか身体中がぬるぬると汗に濡れる。
夜の風が冷たい季節。
そんなことすら忘れるほどの体の熱が体力を奪っていく。
周囲の木々には、
その多くは古く、辛うじて形を保っているものが殆ど。
その総てから強い念を感じた。
周りから〝負〟の視線を感じる。
何かが迫ってくるかのように存在感が増していた。
それでもその圧力が、感覚を失いそうになる筋肉を刺激する。
やがて到着したのは洞窟の入り口。周囲が石で固められ、入り口の板で作られた小さな屋根の下には
数時間前。
洞窟の中も平坦ではない。下り、登る。
狭く、天井はしだいに低くなる。
やっと辿り着いた奥には大きな穴。
そこに
もはや
ただ、体が動いた。
そして
最後に外の
いつの間にか、身に付けていた
しかしその疲労は、罪悪感を達成感に変えていった。
──…………これで…………最後……………………
しかしその達成感はすぐに消える。
不思議な感覚だった。
その込み上げる感覚が何なのか、
夫は総て
女の子が産まれたら、その直後に
そして、やがて母が五五才になる時には、娘が母を殺さなければならない。
その遺体の総ては、裏山の洞窟に埋められた。
それは遥か昔から続けられてきた〝
☆
早朝からの雨は、強さを変えないままに続いていた。
その頃にはやっと雨も止んでいた。
「お疲れさま」
車から降りた
「今日は
そう続けた
「そうみたいですよ。すぐに来るっていうんで帰ってきちゃいましたけど」
すると、
「ゴスロリで霊園巡りなんて
「そうねえ……でも、もしかしたら…………」
そう返した
「
「派手な
「いいじゃない。
そして
「コーヒー入れるね。
その後ろ姿に着きながら
「そうですね…………取材がまだなんで構成段階ですけど」
「そうなの? 取材はいつ?」
「近い内に行こうとは思うんですけど……あっちはどうするんですか?」
「そうよねえ」
「
諦めるはずがない。次の動きを必ず準備しているはず。
それでも
総てに理由がある。タイミングにも意味があると誰もが思った。
「今回の記事……まだ急ぎじゃないんで余裕はありますよ」
「そうなの?」
マグカップを三つ並べながらそう言った
「今回のネタは?」
すると
「……
「へー」
「今でも実際に
「でも一般的にはその瞬間を見られちゃいけないって言われてるんでしょ? しかも誰かに話してもいけないのに…………どうして情報が流れてるの?」
「そういう決まりって、割と最近になって誰かが勝手に広めたものみたいですよ。神社の参拝の決まりと同じようなものなんじゃないですか。誰かが〝それらしい嘘〟を〝それっぽく〟広げていくんですよ。まるで昔からの〝
「インターネットの
「降霊術だって、ほとんどはただのオカルト好きが面白がって作ったものでしかないのに、真剣に信じてる人もいますからね」
そこに、縁側から
「昔…………神社ってコミュニティーの中心だったんだよね。今より村単位の小さなコミュニティーが点在してたわけでしょ。朝に誰かがいつものように参拝に行くとさ…………
「キツかっただろうね…………本来は無関係なはずのトラブルもついつい呪いに繋げていってさ…………」
聞いていた
「……それが、呪いの実態…………?」
「呪いは人の念が作り出す幻…………本当に人間が人間を呪い殺せるなら…………この世界に物理的な争いなんて必要なくなるよ…………」
すると、
「正論よね」
そしてコーヒーメーカーまで歩くと、マグカップにコーヒーを注いだ。それをテーブルに運びながら続ける。
「でも場所が限られてるってのも変な話よね…………人気の場所って言うのもおかしいけど、なぜかわざわざそこに行って
コーヒーの香りが広がる。
それに誘われるように猫を抱いた
「それもネットの
「ある意味、確かに変だけどさ……どこも有名じゃダメなんだろうけど有名になってるわけだし。
すると、ニヤリとした笑みを浮かべた
「……もちろんです。一番有名なのは…………
「
返したのは
「ここなんですけどね」
そう返した
「ここは画数の多いほうの〝
地図を見る
先に口を開いたのは
「ここ…………次に行こうとしてた所だね…………」
驚いた
「そうだったんですか⁉︎ じゃあ
「うん…………資料に載ってた神社だから間違いないわね。昨日、
「面白いことになりましたね。一石二鳥じゃないですか」
そう言って満面の笑みを浮かべる
「そう? 私は昨日の
その
続けるのは
「やけに行きたがってた感じがする…………」
すると声を落とした
「どっか
「あれは違うと思うよ」
「……何か感じてるみたいだね…………それが何かは分からないけど…………」
少し間を開けて、その言葉を拾うのは
「明日行く? 取材も込みでさ」
☆
しかしその夜、暗くなっても
すでに二〇時を回る。割とマメな性格の
一九時を過ぎたくらいで三人に不安が過ぎり始めるが、
二回、三回と出ることがないまま返信もないと、途端に
『あれ? 今日は
「ええ⁉︎」
「おかしいですよ」
そう言って台所に足を進めながら
「もう八時ですよ。何回電話しても返信もないし、
三角のおにぎりに
「お弁当。ちゃんとおかずもあるからね。飲み物は途中のコンビニでいいよね」
「途中って、え? お花見の季節は終わりましたけど…………」
すると、
その
「神社の場所とルートは大丈夫だよね。もう出るよ。
そしてやっと
思わず声を上げる。
「気付いてたなら────」
「ごめん……少し前まで私も気が付かなかった…………私に気付かれないように意識操作してたみたい…………バカなことして…………」
すると
「珍しいね…………こんな勝手なことする子じゃないのに…………」
そして、僅かに震える
「一人で…………
それに返すのは
その目が鋭くなった。
「思ったより…………大きな展開になるかもね…………行ける?」
すると、唇を噛み締めた
「…………いつでも」
☆
暗闇に隠れるように、
狭く、急な階段だった。
しだいに足全体に疲労を感じていく。石の階段は足の裏への緩和にはなり得ない。容赦無くその硬さが体の芯に響いた。
左右の森は暗く、影となり、風に揺れた。
真っ暗な夜空すらも蠢いているかのようだ。
動物の声すら聞こえない。
冷たい風が体を冷やしていく。
ここまで、山の中を歩いてきた。決して短い距離ではない。人が歩くための道でもない。整地されていない土と草が足の負担を容赦無く増していく暗い山。
やっと辿り着いた石の階段は上が見えない高さまで続いていた。
階段を登ってから、どれだけの時間が経っているのだろう。
もはや
いつものゴスロリの服もあちこちが擦り切れ、破れ、全体的に土埃を被ったようにくすむ。
──……あのままには…………しておけない………………
そして、最上段。
大きな鳥居が出迎えた。
その先、少しだけ開けた場所に、その神社はあった。
黒い森に囲まれ、暗い衣を
強い風が
疲れて擦り切れた
ゆっくりと、一歩ずつ
本殿の正面は開いたまま。そこから見えるのは、闇だけ。
そして、急に空気がざわめく。
そのざわめきが、やがていくつもの足音に変わったかと思うと、途端に
反射的に足を止めた
いずれも顔を伏せ、その顔は夜の闇の中で
そして、聞こえるのは、本殿からの声。
「……来たか…………」
そこにも一人の
「……私はここを
その
そして、その口が開く。
「…………
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十六部「丑の刻の森」第2話へつづく 〜
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