第十一部「粉雪」第3話 (修正版)
新興宗教団体〝
教祖は元々敬虔なクリスチャンだった
宗教団体とは言っても、ほとんどその組織体系はコミュニティーといったほうが正しいだろう。
聖書に書かれている言葉の一つ一つをみんなで意見を交わしながら理解を深めていく。そして神の言葉にみんなで耳を傾けた。
お布施も無い。
「私は別にキリスト教徒ってわけじゃないんだけどさ」
「仏教でもないし…………でも興味があるんだよね」
そう言うと
そこは小学部の校舎と中学部の校舎を繋ぐ渡り廊下の一階。外側から廊下の手すりに寄りかかりながら、
ここに移動したのは廊下の手すりの脇に水道があるからだった。
「え⁉︎ そんな……
みんながそう呼んでいた。
まるでそれは畏敬の念を込めた表現だった。心酔する生徒たちは、
「気にしないでよ」
そして続けた。
「…………そこ…………紹介してよ……」
いつの間にか、胸が高鳴っていた。
自分でも分かるくらいに鼓動が早い。
体の線をなぞるような
「……い…………いい……ですよ…………」
「そう…………じゃあ……私も約束を守らないとね…………」
「……約束…………」
そう呟くように返した
「さっきの三人…………私の〝友達〟をイジメるなんて…………私が許すわけないじゃない…………」
「……友達…………」
その言葉に
そしてその言葉は、
いつの間にか、
重ねられた唇も、
その日の夜、
いずれも警察が動き、翌日の学校は大騒ぎとなった。
色々な意味で引き返せなくなっている自分がいる。
──……私は
「ねえ…………今日これからって、いいかな」
最後の授業が終わると、教室の外で待っていた
断る理由など無い。
断りたくなどなかった。
「…………はい……」
周りの視線など気にならなかった。
体の芯が熱くなる。
そのまま
決して団体を大きくしようというつもりが
そんなタイミングではあったが、まだ学生であったとはいえ、親子で入信してくれている
「キリスト教に興味があるんですか?」
そう話を切り出した
ソファーに座って向かい合い、そよ風がカーテンを揺らす中、並んで座る
僅かに傾いていた陽の光が、二人の目の前の
その
「はい。元々仏教というわけではありませんし…………死んだ母はお寺でお葬式をしましたが…………そもそも日本人はあまり宗教にこだわりがありません。なんとなく仏教式な葬式をしているだけです」
「お父様は────」
「母を殺して逮捕されました」
即答した
「そうですか…………辛い経験をされましたね…………私たちはどんな方でも受け入れますよ…………人々は誰もが弱いものです。だからこそ助け合わなければなりません。そして、私たちは聖書にその道筋が示されていると考えているのです。私たちがあなたに求めるものは一つだけ…………共に神の言葉を聞くつもりがあるかどうかだけです」
身動き一つしなかった。
しかし、なぜかその目に
次に口を開いたのは、その
「いくつかお聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「団体は全員で一二名とお聞きました。どのくらいまで大きくしていくおつもりなのか、聞かせていただけますか?」
その隣で、途端に不安な表情を浮かべたのは
そう思いたかった。
しかし今自分の隣で
──……どうして…………私なんかを…………
その
「少なくとも今は…………団体を特別大きくしていくつもりはありません。もちろん私たちの理念に賛同して参加してもらえる人々が増えるのは喜ばしいことです。しかし、もしかしたら教会も任されることになるかもしれませんし…………私はその教会と共に教義を広めていけたらと…………そう考えているだけですよ」
元々
「そうですか…………」
「少し…………考えさせてください…………」
それから一週間。
放課後。
そして土日の日中。
そして、嬉しかった。求められる度にお互いの気持ちが重なるような気持ちになれた。自分自身が
──……どうして…………私なんかを…………
そして、
同時に
しかし、三ヶ月ほどが過ぎようとしていた頃、
いつの間にか、
「どうしたんですか?」
感情があるとは思えない冷たい表情でそう言葉を投げかける
「……あ……いえ…………ごめんなさい…………」
いつも、まるで吸い込まれるように目を離すことが出来なくなる。鋭いとも柔らかいとも、どちらとも表現のしようのないその目は、いつしか
それが〝嫌悪感〟というものであることに気が付くのには時間が必要だった。それまで
その感覚に気が付くと、
──…………どうして…………あの子が怖いの…………?
見た目は普通の中学生の女の子。
しかしその中身が人間であるのかすら
その
土曜日の夜。
すでに九時を過ぎていた。
街の外れの小さな教会。周囲に民家が全く無いというわけではなかったが、それでもやはり距離がある。しかも教会の周囲には林があるためか、夜は静けさだけがまとわりつく。
そんな場所のせいか、土曜日とはいえ、そんな時間に訪ねてくる者はいない。
すでに明日のミサの準備を終え、後は寝る準備をしようとしていた頃、
「すいません…………こんな時間に…………」
いつもの
「…………いいんですよ……何かあったんですね…………」
何か無ければこんな時間に一人で来るというのもおかしい。今まで一人で来たこともなければ、もちろんこんな時間に来たこともない。
「……お話しください…………」
高い天井。その
その振動に
──……見透かされてはいけない…………
小さな恐怖心が思考の奥で
──……救わなくては…………
「…………教会と…………団体のことについて…………この先のことです…………」
その
「……先……のこととは…………」
「協会からの支援金と信者の援助だけではこの教会を維持出来るとは思えません」
「NPO団体の助成金も────」
「外部からの持ち込みに頼ってどうするんですか」
いつの間にか、
──……どういうこと…………?
言葉を返せずにいる
「この教会……もしくは
「────
──……私は冷静を欠いている…………
そして、その
「────生ぬるい……」
──…………え?
その〝目〟は、すでに今までの
「…………私によこせ…………」
そこからの記憶も無い。
翌日には
元々の信者からはお布施に対して反論がなかったわけではない。それによって離れた信者もいる。しかしほとんどの信者には受け入れられた。拠点が教会に移ったことで、それが後押しになった側面もあるのだろう。新しい信者にとっては珍しくもないことだ。金額は決められていない。月に一回。収められるくらいで良かった。
それから数ヶ月、年明け早々に養護施設に戻らずに行方不明となった
学校から
聖堂の扉を開いた先にあるのは、それまでとは僅かに違う光景。
薄暗く、間接照明が空間の奥行きを深めていた。
そこに外の風が、空から舞う粉雪を聖堂に招き入れる。
その先。
キリスト像が無い。
十字架に貼り付けにされ、まるでこの世の苦悩を総て背負ったかのようなキリスト像が、今夜は
そこにいるのは、祭壇の段差に座る
扉からの冷たい風に、その
扉から祭壇までの距離を感じさせないその〝目〟の力に、
その硬さを和らげたのは
「……入ってよ」
決して大きくはないその声は、空気を震わせながら
意識とは別の何かが足を動かしていた。低めのヒールのローブーツが教会の硬い床で甲高い音を立てる。
しだいに近付く
背中を丸め、
そのすぐ後ろまで行くと、その小さくなった体は微かに震えていた。
そして
その黒い服は修道服。
その先に光る物が転がっているのが目に入った。
その目の下で、
そして、
不安だった。
会いたかった。
すぐにでもその肌に触れたかった。
でも今、
再び
体だけではない。
気持ちまで凍りついてしまったような、そんな状況で、
「……この人…………自分ではやれないみたい…………」
まるで外の粉雪を思わせるようなその冷たい
この教会で修道服を着ているのは────
「邪魔だから……自分で死んでって頼んだんだけど…………怖がっちゃって…………」
その声に、
床に額をつけた
点々と黒い液体のような物も辺りに散らばっている。
「……やっぱり…………果物ナイフじゃ難しいのかなあ…………」
その場に似つかわしくない
「…………手伝ってあげてよ…………」
その声に、うずくまっていた
怯え切った両眼が、
その左の手首には何本もの迷い傷。そこから流れる物は、決して多くはない。
そして、この空間に響き渡るのは
「…………ね……〝私のために〟…………手伝ってくれるでしょ…………?」
その後の
ただ、床から果物ナイフを持ち上げた
ナイフについた液体が
──…………〝
──………………私を求めている……………………
その後は、
やがて聖堂が静かになった時、顔を上げた
その顔を、なぜか
そのまま
服を脱がされ、暖かいシャワーを浴びながら、
背後から
まるで、
翌日、
すでに綺麗にされた聖堂に、もちろん
「今日から、私が新しい教祖として指名されました」
各々長椅子に腰を降ろした信者たちが感じるのは〝凄み〟だけ。
その光の無い目に恐怖を感じたのは母親の
そして、
無意識に、その目から涙が溢れていた。
感情とは別の何かが涙腺を刺激する。
そして、その場の全員が自我を失っていく。
そこに入り込む
「信者を増やしなさい…………〝私のために〟」
そしてそれから数ヶ月。少しずつではあったが
しかしその拡大は、組織内の反対勢力を〝力〟で抑圧しながら維持されているものに過ぎなかった。そしてそれは、いつも別人のようになった
それは決して、ローカルな宗教団体を大きくすることではない。
探さなければならなかった。
そのための組織。
そのためなら、誰の命も惜しくはない。
ある日、テレビの画面の端にその人物を見付けた
「〝
ニュース画面の端に一瞬映っていただけ。
しかし、その中に〝何者〟がいるのか、それだけは確信を持っていた。
──……今度こそ…………
☆
年に一度くらいしか顔を見せない。もっとも
そもそも
事務所の扉を開けた
全身の印象は黒。黒いレースを重ねたフリルのロングスカートに、丈の短いジャケットにも所々に黒いレースがあしらわれ、まるでベールのような黒いレースを下げたツバの広い帽子。
何度か
──……親子だなあ…………
その姿を見た
「派手よねえ…………そろそろ年齢的に────」
「何を言うのよ…………」
帽子をゆっくりと脱ぎながら
「仕事柄……今日はあまり目立たない服装にしてきたの」
「かなり目立つと思うけど」
そう返す
「あなたこそ相変わらず派手ね。そんなフリフリの服なんてどこで売ってるのかしら」
そう言いながら
その想いを照れ臭く感じるのか、つい口が悪くなってしまう自分が嫌だった。
「お母さんだってフリフリでしょ…………そんなレースだらけの服なんてどこで売ってるのかしら」
「オーダーメイドです」
「嘘でしょ⁉︎」
「ホントです────あなたも少しセンスを磨かないと…………いつまでも彼氏も作らないで…………」
「そういうのは私はちょっと…………」
「……まさか…………あなたも
「違います」
すぐに
「──私も違いますよ!」
「まったく…………」
大きな溜息と共にそう呟くように声を絞った
「反抗期になる子供の気持ちが分かったわ…………」
「私は母親としてあなたの身をいつも案じているんです」
「で? 今日は何? まさか暇だからって理由でそんなレースだらけのオーダーメイド服で遊びに来るほど暇じゃないでしょ?」
それから口を開いた。
「…………少し前に…………女の子がここに来なかった? 一週間くらい前かしら…………」
それを聞いた
事務机に戻った
「……あ…………」
それを
「さすがお母さん…………いつの間にか監視カメラでも取り付けてたの?」
「まさか…………」
そう応えた
「分かってるでしょ? あなたのエリアは私の〝管轄内〟です。一〇年以上探してた相手なの…………久しぶりだったから……私も記憶を整理するのに時間がかかったけど、今までどこに隠れていたのか…………」
「…………あの子…………何者?」
まともな相手でないことは
そして誰を探していたのかも分かっている。しかし相手の求めるものも分からないと同時に、その動きを予測することも難しかった。
「──探してたってどういうこと? 知ってるの?」
少しだけ早口になり始めた
「落ち着きなさい
その
それに対して、決して姿勢を崩さない
「私も直接会ったことはありません…………私が会ったのはあの子の両親と…………その母親のお腹の中のお子さんだけ…………」
「どういうことなのよ⁉︎ あの子…………
「分かっています…………これは、私の責任でもある…………私が見誤った…………あの子にもすでに素質はあった…………でも問題なのは…………あの子を操っている者の存在…………」
「待ってよ…………
「私もそれは分かっています…………あのお二人の考え方には私も驚きましたが、同時に私も多くのことを学びました。でもあのお二人も…………すでに気が付いているはず…………」
「でもあの二人なら────」
「いえ────」
そのままの声が続く。
「……
「
「……
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十一部「粉雪」第4話へつづく 〜
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