第八部「記憶の虚構」第2話 (修正版)
「…………大丈夫?」
窓側に座った
思った以上に
「大丈夫だよ。リビングのドアにも猫用のドアをDIYしたからね。空気の出入りを減らすために隙間に布を貼り付けてさ…………」
「どこでそんなこと調べるの?」
「ネットの動画。便利な時代になったよねえ。最近は工具にも詳しくなってきたよ」
「乗っておいてなんだけど、そうじゃなくて…………お母さんのこと…………」
「……どうしてだろうね…………知ったからどうなるわけじゃないんだけどさ…………」
「正直……今回のことは私も驚いた…………偶然で片付けるにはあまりにも出来過ぎ…………」
「なんだかよく分からないんだけどさ…………まだ〝あの人〟が…………どこかで生きてる気がするよ…………」
僅かに隣の
──……離さないで…………
新幹線が駅に到着した頃、細かな雪が駅の外にチラついていた。
ホームの空気もピリピリと肌を刺す。
この季節になると、
「この歳になると肌の乾燥が嫌よねえ」
そして
「また言ってる……そういえば保湿クリームが残り少なかったな…………」
「年々化粧品代が上がってる気がするのよね」
「物価じゃなくて私たちの年齢がね」
「いえ、そこには異論があるわ…………そもそも原油価格の高騰が────」
「お、若くてピチピチしたのがお出迎えだ」
駅のタクシー乗り場の前で待っていたのは
相変わらずの黒のゴスロリに、それに合わせた派手な白いコートの出立ちの
「そういうおばさん臭いネタやめてよね」
「だっておばさんだもん」
そう返す
「やめて……この季節が来る度に現実を叩き付けられてる気がするわ…………」
そんな会話をしながらも、三人は
決して街で一番の大きさを誇る神社ではない。全国的に有名なパワースポットというわけでもない。〝
そしてそれにはそれなりの理由があった。
「一通りの話は
「最初は信じられなかったよ…………でもお母さんに聞いたら、確かに覚えてた」
それに応えたのは
「……まあ、私も驚いたよ…………偶然にも程があるよね」
「ただの偶然なのかな…………」
「そう言いたくなる気も分かるけどさ…………なんでもそうだけど、無理矢理に都合よく結びつけじゃダメだよ。私たちの界隈って狭いからね…………その狭い業界内だから私たちは知り合ったようなものでしょ」
「そりゃ、まあ…………」
「それよりどうなのよ。〝あそこ〟の工事」
それは
「ああ……順調みたいだよ。本格的に電線の地中化工事が進んでるってさ。その工事が終わったら本格的に土地の再整地工事に入るみたい。春には電線の工事も終わるらしいから…………思ったより早かったね」
「行政にしちゃ早いね」
「会議でも〝今後の街の発展のため〟って連呼してやったからね」
「功労者だねえ…………その内街から表彰されるかもよ」
「
「そうなの? 二人いるんだっけ?」
「元からあまり仲良くはなかったけどね…………だから家を出たようなものだし…………でもお母さんは評価してくれた」
「……そっか…………」
それを感じてか、返す
やがて車は神社の駐車場に到着する。
車五台分のスペースがあるだけの小ぶりな駐車場だった。
不思議と
鳥居を潜って参道に至ると、その雰囲気がそう感じさせるのか、空気の冷たさが僅かに和らいだようにも感じる。街一番ではないというだけで、決して小さな神社ではない。広い真っ直ぐな石畳の参道が大きな本殿へと向かっていた。
やがて通されたのは本殿の奥と思われる一室。一室と言ってもかなり広い。神事用の祭壇があることから、祭壇が一つだけではないことが伺えた。
中心に
実家とはいっても、
とは言っても決して閉鎖的な空間ではない。扉も無い状態で奥の長い廊下と繋がっていた。やがてその廊下の奥から
先頭に立つ中心の巫女が距離を取って
「大変お待たせ致しました…………当家、
──…………この人か…………
そう思った
その横で二人よりも深く頭を下げる
「いつも娘の
「構いません」
改めて見ると、三人はいずれも冷たい板間にそのまま正座をしていた。しかも立ち振る舞いに隙は無い。
──……さすが
「私は
「…………もうお気付きかと思いますが、私も
すると、すぐに
「いえいえ、本日は日曜日だと言うのにどういうわけか
落ち着きを感じさせる声。
それでいて、どこか〝壁〟を感じさせる。
「……というと?」
「ええ…………実はよくあることなのですが……〝
──……へえ…………
「まあ強いて申しますと、自分で自分に呪いをかけているようなもの…………もちろん形だけでお
そう言って
それでもなぜか、
その
「……
「……そうですよね…………私もです」
あくまで
しかし、
「……あの時の……ことをお聞きになりたいと…………」
「ええ…………私を……救急車が来るまで抱いててくれたと聞きました」
「はい…………確かに私です…………」
しだいにその声は震え始めていた。
「……私はその場におりました…………」
「ありがとうございます……おそらくその時の私は不安で仕方なかったでしょうから…………」
「…………違うんです」
「違う?」
「……はい」
「違うと、いうのは……?」
「…………守ろうと、思いました…………守らなければいけないと…………」
「……………………守る?」
すると、
「お母様は自殺ではありません」
──……………………
「……お母様は……目の前の〝
「…………〝
呟きながら、
そして、空気が変わる。
──……
そんな言葉が
直後、片膝を立てた
そして
膝を立ててそこに立ち塞がったのは
右手を大きく広げて
「…………私に……勝てるの…………?」
全員が瞬きすら出来ない空気に包まれた。
それを破ったのは
「……双方とも…………
「座りなさい────これ以上客人の前で
二人が両膝をつくと、
そこに
「
その水晶に目を奪われたような
「その水晶は……どこで…………」
俯いたままの
「……あの時…………私の体の上には水晶が二つ乗っていたはず…………」
その
「────いえ……私はその時は…………何も…………」
「どうしてどう巡ったのか…………二〇年以上経ってから私の目の前に現れたのは〝火の玉〟だけ…………対になる〝水の玉〟を探しています。ご存じありませんか?」
「……残念ながら…………あの時に水晶の存在には気が付きませんでした…………」
「すでに…………消えていたのかもしれない…………」
「私には、水晶の在り所より…………その水晶に宿る者のほうが気になります…………」
「……よほど……恐れていらっしゃいますね……」
仮にも〝
──……それだけの〝誰か〟が……ここにいる…………
「娘の非礼はお詫びします…………」
「無理もありませんよ…………私にも少し見えました…………そして多分……この水晶を扱えるのは私か…………娘の
「あの時……母と対峙していた〝
すると、ゆっくりと
「…………黒く…………大きな…………〝蛇〟でした…………」
「……蛇…………」
「ただの偶然とは思えません…………どうやら私も、関わってしまったようですね……」
そう言う咲の口元には、なぜか微かに笑みが浮かぶ。
その咲の表情に何かを感じたのか、
「……すいません……今後も……なにかとお願いすることになるかもしれません…………」
そう言うと軽く頭を下げる。
すると、
「……とんでもございません…………
☆
まだそれほど遅い時間でもなかった。
あの神社で過ごした時間は、せいぜい三〇分程度。それでも
「ごめんね……私だけ寝ちゃってた?
柔らかい笑顔を浮かべた
「んー……色々考えてた」
「…………そうだよね……」
そう言って前に視線を戻した
「分かったこともあったけど…………やっぱりよく分かんないね」
その声に、ふと
──……誰にも、はっきりと姿は見せていない…………
──…………大きすぎる…………〝誰か〟がいる…………
ゆっくり寝た割に元気の無い
いつの間にか外はだいぶ暗い。
エアコンを切って
「少し寝たらまた夜中に遊ぶんだもんねえ君たちは」
猫にそんな言葉をかける
「少しだけ…………」
「うん…………いいよ」
いつも以上に、
そしてその
──……ふーん…………ビスクドールねえ…………
翌日の朝食はワンプレート。メインは卵入りホットサンド。炒めた生ウインナーとザワークラウト。いつものコーヒー。
──贅沢だなあ…………
そう思いながら
「いつ気付いたの? 話すか話さないか悩んでたのに……」
ニヤニヤとした
「悩んでるからだよ。私に秘密がバレないとでも思った?」
「秘密にするわけじゃなかったんだけど…………断ったほうがいいかなあって思ってたからさ」
「…………人形って……
そう言いながら、
「うーん…………まあ、ね…………みっちゃんからでしょ?」
「うん……無理しないで…………乗り気しないのに…………」
そう返しながらも、
しかし、
「でもさ…………会ってみてもいいかな…………その人形…………」
「ちょっと…………」
「というより…………その子が会いたがってるよ…………」
──……まさか…………呼ばれてるの…………?
☆
平日。
その日は朝から大粒の雪。
エアコンでリビングが暖まった頃、ソファーの上で丸くなる三匹の猫に声をかけた
僅かに雪の積もり始めた道。
まだ凍ってはいなかった。しかも思ったより気温は低くない。肌に刺さるような冷たさは感じなかった。
それでも緩やかな坂を下りながら舗装された幹線道路まで歩くこと三〇分。やっと
──……今夜は泊まりになるかな…………
まだ道路が凍結しているわけではないからか、それほどバスも遅れなかった。
「依頼主はあくまで着物ブランドの代表取締役の
運転をしながらそう説明する
「ノイローゼになってるっていうのは四代目で間違いないのね?」
「毎日のように夢に人形が出てきてうなされるそうだよ。今もこれから向かう本家に暮らしてるから会うことは出来るだろうけどね」
やがて到着した
「あまりオープンにはしたくないようでね…………」
そう言って
裏口と言っても決して小さいわけではない。それなりの大きさの扉があり、そこから車ごと入ることが出来た。
「随分と小さな裏口だこと…………」
そんなことを呟きながら
──……嫌なら最初に私が断ればよかっただけなのに…………
裏口の門を閉じた使用人が三人を屋敷の入り口に促した直後、そこに現れたのは着物を着た初老の女性だった。
その女性にすぐに声をかけたのは
「お疲れですね社長…………お待たせしました」
確かにその女性の顔は疲れていた。六〇を過ぎているとはいえ、顔のシワを別にしても目の下のクマが目立つ。
「すいません
見ると、女性の背後には使用人が一人、体を支えるように控えている。
それでも、その女性の立ち振る舞いはプライドを感じさせるものだった。決して
女性は
「満田さんにこんな素敵な女性のお知り合いがいるなんて…………身長もお高いのでウチの会社でモデルでもお願いしたいくらい…………」
「社長、まずは…………」
そう言って話を遮ったのは
女性は息苦しそうに軽く息を吐くと、続ける。
「…………失礼いたしました…………私は当家四代目の姉…………
☆
本家の広い座敷で一通り話を聞く過程で、数人の使用人が一人ずつ呼ばれた。
「物音と言いますか…………パタパタと歩き回る音と言いますか…………その部屋は板間なんですが、何度もそんな音を聞いています」
「最初は一人の声でした…………笑い声のような感じで……聞き間違いかと思ったんですが…………少し前は何人もの話し声が聞こえて…………」
そして誰もが口を揃えて言う。
〝中を覗いても誰もいなかった〟と。
そんな証言が広まり始めたのは、どこのお寺や神社でも断られ、やがて四代目の
「どこでも引き取りを断られたということですけど」
隣の
「断られる理由は聞きましたか?」
すると
「どこも〝手に負えないから〟…………というばかりで、それ以上は語っては下さいませんでした…………」
「なるほど…………」
すると
「……何かは分からないけど、恐れた…………?」
「そんな感じだね…………それじゃ────」
そして小さく
「……分かりました…………ご案内いたします」
〝人形屋敷〟と呼ばれる離れは本家の建物と隣接して建てられていた。離れとは言っても立派な平家だった。簡素な柵で囲われてはいるが、その部分だけでも狭くはない。離れというより別邸と言っても差し支えない和風建築。庭もしっかりと整えられ、現在でも管理されているのが見た目だけでも分かった。
事実、人が住んでいないにも関わらず定期的に使用人が清掃に入るほどだ。古くからそれがこの家での仕事の一つだったのだろう。
「以前はこの家中が人形で溢れていました…………使用人一〇人ほどで週に一度は清掃をしていたのですが、だいぶ大変だったようですよ」
数人の使用人が
その部屋は外に面する廊下から更に奥に入った部屋。
障子ではなく木の引き戸。
その重そうな引き戸を開けると、その〝木箱〟はすぐ正面にあった。
決して広い部屋ではなかった。部屋の壁の一つに古い
その上にその
しかし不思議なほどにその箱は古さを感じさせなかった。いくら素材が
全員でその木箱を囲むように近付きながら、最初に口を開いたのは
「この箱は最初からの物ですか? 何度か新しくされたことは……?」
「いえ……最初の頃は分かりませんが、少なくとも私の記憶では、ありません」
古いビスクドールが姿を現す。
しかしその歴史を感じさせるのは着ている青いドレスだけ。その色に鮮やかさはすでに無い。白かったであろうレース部分も僅かに茶色く変色していた。
しかし顔だけは白いまま。
陶磁器の上に塗料を塗っているとしても、長い間色
金色の髪も、まるで
輝いて見えるほど。
深みのある瞳。
誰もが目を奪われていた。
しかし、
その
「…………気を付けて…………この子は生きてる…………」
すると
直後、
二人は同時に足に力を入れた。
──……入ってくる…………
──…………会いにきたよ…………
「かなざくらの古屋敷」
〜 第八部「記憶の虚構」第3話(第八部最終話)へつづく 〜
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